とあるサマナーと仲魔の日常的な掌篇。
 連作短編集として「魔を従える者たちの狂騒曲(https://syosetu.org/novel/306863/)」が同設定作品となります。

登場悪魔:ロキ、未熟なロキ、マカミ、バジリスク、アルテミス、サキュバス、暴れ馬バイコーン

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分霊

 高位の悪魔は固有の名を持ち、ひとつの個を持つ存在である。しかし、その魂は決して唯一ではない。

 神代、神として崇め奉られた強大な悪魔も、永い永い刻を経て、彼らの信奉者たる人間に忘れ去られた。そしてその魂は千々に分かれ、〈分霊(わけみたま)〉として数多(あまた)の存在になることにより力を失う。そしてただの〝悪魔〟と為り下がり、落ちぶれた。

 ボクにはその中でひとつ、なにと引き替えにしてでも手に入れたい魂があった。

 その魂の名前は〝ロキ〟。

 

 

「北欧神話に登場する金髪碧眼の美男神。

 巨人族出身だがオーディンに認められ、アース親族の一員とされた。

 大変な美貌を持つ。悪賢い面も持っており、度々周囲を困らせる。

 

 オーディンの息子で、光の神である『バルドル』を殺したことにより、

 世界は光を失い、世界の終焉『ラグナロク』が始まった。

 

 巨人『アングルボザ』との間に、巨獣『フェンリル』、

 世界蛇『ヨルムンガルド』、冥界の女神『ヘル』を儲ける。

 

 ラグナロクでは、巨人族を率いて神々と戦う。

 当時、悪戯を行う為に女神『フレイア』から奪った

『ブリーシンガメン』を奪還されたことのある

 光神『ヘイムダル』と相打ち、息絶える運命にある」

 

 

 

 ボクの手元にある悪魔全書に、こう書かれている悪魔。

 そしてようやく手に入れた、〝ロキ〟の魂の一欠片──未熟なロキ。

 未熟なロキを仲魔にしてからソレなりにはなるのだけれども、最近この未熟なロキがいうことをきかない。その理由もまぁ解ってはいる。最近ボクは未熟ではないロキも手に入れたのだ。

 ロキという魂は元々の性質からいってもかなり天の邪鬼だとは思うのだけど、思いっきり……拗ねている。本人に云っても「拗ねてなンかいねェ!」と返ってくるだろうから、訊いてもいないけど。

 まぁ、おチビちゃん──以後未熟なロキのことはこう呼ぶことにする──の相手は愉しいから良い。

 問題はこっち。未熟じゃないロキのほう。

「たかだか人間のクセに生意気だな、オマエ」

 主であるボクに対してもこの云いざま。身を乗り出し、いまにも引き裂いてやらんといわんばかりのでかい態度で迫るロキ。

 不機嫌全開なロキを後目に眼前へと垂れ下がる金髪に指先を伸ばし、豪奢な金糸を一房絡め取る。それから、澄んだ宝玉のような氷蒼の瞳を間近に覗き込み、ふっと嘲るような笑み口端にを浮かべてみせる。勿論ワザと。

「ボクがそう云われて、おとなしく引き下がるような人間だと思ってるのかい? そういうお前は、たかだか〝人間〟とやらに〝使役〟されてる〝分霊〟のひとつに過ぎないだろう?」

 未熟な悪魔に比べれば充分に成熟しているともいえるが、いまは神代とは違うのだ。おもむろに指を差してきっぱり云い切るボクの言葉に、整った容貌の中で流麗な弧を描く太眉がピクリと跳ね上がる。

「お前とボクの魂に刻まれた〝契約〟が在る限り、お前の総てはボクのモノだ」

 眉間に深い皺を刻み、ロキがボクを()め付ける。なんて甘美なのだろう。愛しい相手から向けられる憎悪の眼差しというのは。

「その爪で、引き裂いてみるかい? このボクを」

 両手を広げ、魔王と恐れられる高位悪魔の前に無防備な姿を晒してやる。太い指先がゆっくりと近付いてきて、ボクの喉許に伸ばされる。

 喩えボクの霊格のほうが上であっても、ロキならばボクを一捻りすることなど容易い。

 しかし、本人がどんなに望もうともその爪がボクを引き裂くことはない。(いにしえ)から伝わる〝契約〟故に。ボクの喉笛を握り潰したい。無言で空の拳を握りしめ、ロキは忌々しげに爪をカチリと打ち鳴らす。

「お前にとって、どんなに不本意な契約であっても、契約は〝契約〟だからね」

 行き場を失った手を取ると、ソレを弄ぶ。

「……この世に散り散りとなった魂総てを集めて、お前を完璧なモノにしてやろうか?」

 上目遣いに見上げるボクと交差する巨躯のロキの眼差しに、剣呑な光が宿る。

「そうしたら、躊躇(ためら)うことなく……オマエを引き裂けるな」

 愉しげに、実に愉しげに嗤うロキに対し、にっこりと音の出るような笑みを返して手を離す。

「良いね。お前のそういう処が、大好きさ……。ま、話はそんなトコだよ、魔王サマ」

 それでもまだ不満を隠しもしないロキとの話を切り上げると、〈COMP(コンプ)〉を操作しおチビちゃんを喚び出す。

「ナンでいきなり、追い返すンだよ!」

 外に出るなり、ボクに詰め寄り喚き散らすおチビちゃん。

 ロキはおチビちゃんに一瞬不快そうな眼差しを向けるも、澄まし顔&横柄な態度で佇んでいた。

「え~、だってこんな狭いトコにヤロー3人で居たらむさ苦しいでしょ~」

 とか云いつつ、おチビちゃんを引き寄せぎゅむぎゅむしてみる。

「オマエが暑苦しーぞ、クロ」

 ジト目で見上げてくるおチビちゃん。

「暑苦しくないもんね。ま、そーゆー訳で、おチビちゃんと魔王サマは仲良くするように」

「ナンでだよ!」

 声を張り上げるのはおチビちゃんのほう。ロキは云って訊かせたのもある所為か、おチビちゃんを極力無視することに決めたらしい。まぁ喩え〈分霊〉とはいえ、未成熟な自分の姿を目の前に突き付けられることの不愉快さは理解出来ないでもない。

「なんででも~♪」

 喚くおチビちゃんを置いて更に〈COMP〉の操作をすると、マカミんとこけこを喚び出す。こけことはボクの仲魔の邪龍バジリスクである。

「狭いッつったクセにまだ喚び出すのかよ?」

 同時に召喚する仲魔が増えれば増えるほど、おチビちゃんを構う機会は減る訳で、唇を尖らせたおチビちゃんの表情はだんだん不貞腐れてゆく。

「アルジ、アルジ。ドコカ行クノカ?」

 外に出られたことがただ嬉しくて、辺りをキョロキョロと見回し愉しげに羽根、首、シッポと振り回すこけこ。

「クロ~、遊ベ。マカミト遊ベ~」

 今度はふわふわと宙を飛ぶマカミんを見たおチビちゃんが、追い払おうと手を払う。

「クロ~、チッコイノ寝カセテイイカ? マカミノ邪魔スル~」

 くわぁっと口を開きおチビちゃんを威嚇するマカミんを引き寄せて、自分の身体に巻き付ける。

「おチビちゃんはマカミんに妬いてるだけだよ。気にしない気にしない~」

 短いけれどもビロードのように柔らかな毛皮に覆われた、しなやかな身体を愛おしげに撫でてやる。マカミんが嬉しそうにボクの周りをぐるぐる回る。

「なっ、妬いてなんかいないぞっ」

「ハイハーイ。静かにね~、おチビちゃん」

 (いき)り立つおチビちゃんをたしなめ、続けて喚び出したのはさっきゅんとアルテ。

「お呼びかしら、主様。いまはまだ満月ではないようだけれども」

 世間一般よりストイックなアルテ。自分の中のアルテミスという神のイメージはストイックな処女神。合体召喚した悪魔には召喚者のイメージってのが結構投影されるようだ。

「別に、融合補助のためだけにキミを喚び出す訳では無いよ、アルテ」

 アルテミスは融合補助を担う悪魔だ。世間一般では戦闘には向かないとされている。でも、ボクは彼女の闘う姿が好きだ。だから、ただ融合を手伝ってもらうだけでなく、闘えるスキルを持たせた積もりでいる。

 それでも彼女は、自身の役割は融合補助だと割り切っているようで、そんな遣り取りになることも多い。

 苦笑いを浮かべるボクの心情を見抜いたのか、さっきゅんが馴れ馴れしく擦り寄ってくる。サキュバスといえば、処女神でもあるアルテミスとは相容れない女魔だろう。

「ハァーイ、クロウ。今日はダレを誑かせばいいのかしらァ?」

「ソレ、もんのすっごく人訊き悪いんだけど? まるでボクがいつも誰か誑かしてるみたいじゃん」

「大差ないでしょォ。あらァ、イイオトコがいるじゃない」

「なに、さっきゅん。主のボクを差し置いて魔王サマのほうがイイ男とか云っちゃう訳ぇ?」

「そうねェ、クロウはちょっと子供っぽいのよ。アタシの好みからすると」

 歯に衣着せない物云いのさっきゅん。そういう処が気に入っている。ニンゲンは思ったことを口にしないのも多いから。勿論、それは自分も含めてだけど。

「あぁ、ハイハイ。子供っぽくて済みませんねぇ。っと最後にインブリも喚んであげないとね」

 最後に召喚したのは騎乗用に調教されたバイコーンのインブリウム。

「クロ、今日モインブリ乗ルカ? ドコイク? インブリ走ル、クロノタメニ!」

「うん、あとで出掛けるときにはインブリの背に乗せて貰うよ。頼むね」

 インブリウム、嘆きの海。それは大破壊前のとある書物に出てくる白昼の夢馬の名前だ。

 名前を与えたお陰で、確りと自我を持つようにはなったけれども、自分のしたいことが最優先な獣仲魔にいうことをきかせるのはちょっと大変だったりもする。

 でもこれが、いまのボクの大切な仲魔。今日そこへ、新しいメンバーが加わるのだ。

「んじゃ今日はみんなに新人を紹介するよ~。ほら、魔王サマは自己紹介して」

「ナンでこんなヤツら相手にそんなモンしなきゃナンねェんだ?」

 開口一番、否定の言葉。予想通りだけどね。

「決まってるだろ。ここでは、お前が、()()()()()()で、()()()()だからさ、魔王サマ」

 そこで「コイツ、オレよりシタッパか?」と嬉しそうに指さすのは勿論おチビちゃん。不服そうなロキには愉しげな眼差しを送り付けるだけで、ボクはおチビちゃんを窘めることもしない。暫しの沈黙の後、渋々ながらロキが口を開く。

「……オレは魔王ロキだ」

 流石にその先を云わせるのは後々に遺恨が残りそうなので、そこで口を閉じたロキのあとを継ぐ。

「は〜い、良く出来ましたっと。以後、仲魔同士の諍いは赦さないから。今日のお供は魔王サマ。仲魔にしたばかりだから調子も見たいしね。そういうことで他のみんなはお留守番!」

「えェー」

 不満気なおチビちゃんを最後に送還し、ロキと向き合う。

「それじゃ、行こうかロキ」

「いつか殺してやる……」

 ぼそりと抑揚のない声が上から降りかかる。

「いつか、ね。愉しみにしてるよ。生憎とボクはあくまで矮小で脆弱なニンゲンにすぎないので、お前に護ってもらわないとなぁんにも出来ないのさ。簡単に野垂れ死んじゃったら詰まんないだろ? 宜しく頼むよ、魔王サマ」

 白衣を翻し悠々と足を踏み出すボクのあとを、しばらく置いてロキが無言で付き従った。


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