一章「セイ・ホワット・ユー・ライク」
十年前
ぼーくらはみんなーいきているー
いきーているからうたうんだー
ぼーくらはみんなーいきているー
いきーているからかなしいんだー
てーのひらをーたいようにーすかしてみーれーばー
まっかーにながーれるーぼくのちーしーおー……
と、不意にピアノの音が止まる。
「ん? どうしたのだ? センセイ」
トウカが尋ねた。
「……ちょっと、外に行こうか」
ピンク色のエプロンを着たセンセイ――エレンは微笑んでトウカの頭を撫でた。
「そ、と……?」
シドウとトウカは顔を見合わせる。
今までセンセイはみんなで外に行こう、なんて言わなかった。しかもトウカに関しては、外にすら出さなかった。そう、何かを怖れていたように。
そして俺達はまだ、何も知らなかった。いや、知ろうともしなかったんだ……。
「うわぁー、これが外かー!」
トウカは初めて見る外の景色に目を輝かせて山道を駆け昇っていた。空には月が昇っている。
「ちょっとー、駄目だよー、あんまり離れちゃー」
シドウはトウカの後を追うように走る。その後ろにはセンセイが歩いている。
「ん? この花は何だ?」
急に止まったので士道が「うわっ」と十香の背中に顔をうずめることになってしまった。
「何だよー、トウカ……」
シドウはトウカが見ていたその赤い一輪の花に目を輝かせた。
「うわぁ……! センセイ! 来て来て!」シドウは手招きしてセンセイを呼ぶ。
センセイはかがみこんで花を見た。
「ああ、これは『アネモネ』だね」
『あねもねー?』二人の声が揃う。
「そう。アネモネ。『風(アネモス)の花』とも呼ばれているんだ。でもね、風に吹かれると、すぐに散ってしまう」
「えー、何でなのだ?」
トウカが無邪気に小首を傾げる。
「そして、花言葉は――」
と、後ろの方で何かが爆発した。
「――『消える希望』」
十年後
『……こちら人類解放連合軍強襲空中艦ミズガルズ級一番艦〈ミズガルズ〉艦長、マミ・ケベック、ミズガルズ級二番艦〈フラクシナス〉へ。応答願います』
「こちら、〈フラクシナス〉艦長、キョウヘイ・カンナヅキ、どうぞ」
『今回の作戦は、作戦前に伝えた通り、トーキョー上空に現れた『バブル』の破壊です。我々が先行しますので、貴艦はその後に着いてきて下さい』
「了解しました」カンナヅキは通信機をコンソールに戻す。
「ですが、私たちにも、やるべきことがあるんですよね」
〈フラクシナス〉のブリッジの真ん中に座っているカンナヅキは口元の端を上げた。
「大丈夫、大丈夫、きっと……」
薄暗いカタパルトの上でシドウはそう呟いていた。
『あんたなにブツブツ呟いてんの? 気持ち悪いんですけど』
と、通信機から髪をポニーテールに纏めた少女――コトリ隊長――の声が画像と共に聞こえてきた。
「あ、すいません、隊長」
連合軍の第九戦術的顕現装置機動隊に配備されてからの初めてのミッション、緊張するのも十分頷けることであった。
そして今自分の装備している物を見てみる。
黒い装甲、両肩には大袖のような物が着いている。背中にはウェポンラックがあり、腰には高出力スラスターが増設されていた。〈イェーガー〉、最近開発されたばかりの新型のテスト機だが、これを扱えるのは何故かシドウだけであったということだけあって、特例としてこれが支給されたのであった。
『ま、いいわ。とにかく私たちの任務は、他の奴が何と言おうとも『あれ』の回収だかんね。あと『スピリッター』に殺されるのもナシよ』
「りょ、了解」
シドウは前を向く。
『スピリッター』。十五年前に次元の裂け目から突如出現した『それ』は瞬く間に世界中に攻撃を始めた。球体のような体にただ一つ着いている水晶のような眼球。一見脅威には見えないが、眼球の部分から全ての物質を貫通させるビームを放つ。
これだけならばまだ対応ができるのだが、『スピリッター』が出現する時は『バブル』という直径十キロメートルの球体を伴って出現し、そこから無限に『スピリッター』たちが現れる。
「目標地点、到達しました」とナカツガワが言う。
「よし、カタパルトゲート、オープン。コンバットモードへ移行。AMM(反物質弾頭)を一斉発射後に、ウィザードを出します」
カンナヅキは指令を出した。
「了解。カタパルトゲート、オープン」
グォォンという音と共にカタパルトが開く。既にその空域は戦場となっており、幾筋もの光条が飛び交っている。
「よし……シドウ・タカミヤ、行きます!」
カタパルトが始動し、体がぐっ、と押しつけられるような感覚。そして大空に放り出された。
無限に連なる本棚しか存在しない場所、『バベルの図書館』に本を一冊抱えている少女――長い髪を不均等に括っている――が立っていた。
「……来たのね。良かったじゃない。トウカ」
少女は微笑んだ。
「ハァ、ハァ」
トーキョーの街に逃げ遅れた女性が走っていた。空はもうすっかり『スピリッター』に覆われてしまっている。スカイツリーの真上には『バブル』が浮かんでいる。
と、女性の前に三体の『スピリッター』が現れた。
「キャアッ!」女性は尻もちをつく。
その時、「大丈夫ですか!?」と言う声と共に女性の後ろから刀を持ったシドウが飛び出し、『スピリッター』を横一文字に斬った後、逃した『スピリッター』を背中から取り出した対S弾が装填されたカービン銃で撃つ。撃たれた『スピリッター』は破裂し、血をばら撒いた。カービン銃を手放すとストラップで繋がれていたウェポンラックに引き戻されて収納された。
「大丈夫ですか」シドウは女性に手を差し伸べる。
「あ、はい……」
女性はシドウの手を掴み、女性を立ち上がらせた。
『シドウ! 何やっているの!? 早く回収に戻りなさい!』
「……はい!」
シドウは脚部ローラーを使って滑るように移動し、跳んだ。そして随意領域(テリトリー)を展開して、飛ぶ。
「くっ、手を焼かせて……あのバカ!」
紅い、紅い彼岸花が死の光を放つ。
〈スカーレッドリコリス〉、圧倒的な火力を持つ、死の花。
「クッ、まだ見つからないの……!」
下ばっかり見ていたせいで上方に敵が群がって来てしまった。
「チッ……コア・フィードバックシステム!」
〈スカーレッドリコリス〉の装甲が展開し、赤い線が剥き出しになる。
「うらぁぁぁ!」
上空にきりもみ回転しながら〈ブラスターク〉とミサイルを辺り構わず発射し、『スピリッター』を焼き払う。上空に血の道が描かれていく。
周囲の敵を一掃した後、一息つくと、再び『バブル』の方から夥しい数の『スピリッター』が迫ってきていた。
「……意地でも見つけさせないつもりね」
「……一体どこにいるんだ?」
周囲を見渡すと一部だけ『スピリッター』が群がっている所があった。
「あそこかッ!」
しかし、群がっている所に近づいた途端、『スピリッター』の大軍勢がこちらに進路を変えた。
「!」
シドウは加速しウェポンラックから二丁、カービン銃を取り出して応戦する。次々と『スピリッター』を撃ち落としていくが敵の数が減る様子はない。
「クッ……埒があかない!」
カービン銃の弾を撃ち尽くしたシドウは銃をウェポンラックに収納し、両腰のスラスターを作動させて急加速する。
『シドウ! そこをどきなさい!』
「隊長!」
横に目線をやると、コトリがありったけの弾薬をばら撒きながら大量の『スピリッター』と共にこちらに向かっていた。
『わたしの心配はしないで、早く回収しなさい! 見つけたんでしょ!?』
「でも……!」
『早く行きなさいって言ってんでしょうがッ!』
「……は、はい!」
シドウはウェポンラックから二本の黒い刀を取り出し、目標の地点に向かって飛ぶ。
そこには数百体の『スピリッター』が円球状に固まり、蠢いていた。
と、こちらに気づいた『スピリッター』がビームを発射する。
シドウは再びスラスターを作動、球の周りを円を描くように飛行する。そして何回か回ったあと、下から一気に突入を試みる。これで失敗したら、死あるのみの決死の作戦だった。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
突入する寸前に刀できりこみを入れ、そこに出来た裂け目に突入した。
中は暖かかった。生物の胎内のような、異様な静けさと暗さが、そこにあった。そしてシドウは中に佇む一人の白いワンピースを纏う少女を見た。
長い夜色の髪、その後ろ姿。これは間違いなく……
「……トウカ……」
トウカがこちらを向く。驚愕に満ちた顔のまま。
「シドー?」
すると、何か触れてはいけない物に触ってしまったかのように『スピリッター』が散らばった。一気に光が差し込み、様々な光条で彩られたカラフルな空が見えた。
「え?」
トウカは翼を失った鳥のように落ち始める。
「……!」
シドウは急降下しながらトウカに手を伸ばす。それに応じるようにトウカも手を伸ばした。
そして手を掴み、思いっきり抱いて、再び上昇した。
「トウカ……ずっと、ずっと、会いたかった……!」
しかし、トウカの表情は晴れない。
「わたしは、シドーと一緒にいちゃ、駄目なのだ……」
「何で、何でそんな事を言うんだよ!」
「見ただろう。わたしは『ニンゲン』じゃない……」トウカは俯く。
「だから何だよ!」
トウカははっと顔を上げた。
「キミが何と言おうとも俺は――うっ」
不意に、唇が、重なった。
その途端に体に何か温かいものが流れ込んで来た。
「わたしだって、一緒にいたい!」
すると、トウカの体が光と共に消え、〈イェーガー〉に吸収された。
そして、七色の光がシドウから放たれ、周りにいた『スピリッター』が消滅し、〈イェーガー〉の外観が変わり始める。
色は紫と金になり、ウェポンラックがあった所には無機的な翼が生える。
そして、シドウは全てを知った。
「そうか。分かったよ。トウカ……」
シドウは『バブル』に向かって飛んだ。
「……まだ見つからないのか?」
カンナヅキはクルーの一人に向かって言った。
「ええ、まだ報告は……ッ! 『バブル』内部の霊波が急上昇! 溶融爆発(メルトダウン)が来ます!」
「第九部隊に急いで報告! 前線を維持したまま帰って来るまで持ち堪えるんだ!」
「艦長! シドウ君にコンタクトが取れません!」
『何?』コトリの顔が眼の前のディスプレイの左端に表示される。
「隊長! 何をするつもりですか!」
『わたしがあのバカを連れて帰るから、回収終わり次第そこから撤退して。〈スカーレッドリコリス〉なら、飛べるわ』
「ですが!――」
『――通信終了』
カンナヅキが反論しようとした途端、通信が一方的に閉じられてしまった。
「隊長……」
「分かってるよ、トウカ。要するにあれを還せばいいんだろ」
シドウはちょうど『バブル』の真下に来ていた。
そして翼の部分を十個のビットに分割し、円を描く。すると円の面に魔法陣が現れた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
シドウが上に押し上げるような動きをすると、魔法陣ごと『バブル』が上に押し上げられる。
「元の場所に、還れェェェェェェ!」
小さな光が幾つも瞬いた瞬間、天高く伸びる虹色の光の柱が現れた。
「……ついに、ついに見つけたわ……ハハッ、これで行ける……『カナンの地』へ」
光の柱を見ているコトリはそう呟いて笑った。
どうだったでしょうか?二次創作を今までやってきて、ここまでの原作破壊もなかなかいいものだと痛感しました。
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