2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話 作:キンニャモニャ
就活というのは、とても難しいものである。
特にそれが超難関とされる職場であれば、なおさらだ。
多くの若者がそこへの就職を希望し、その大多数が不本意ながら去っていく。
ある男もまた、大多数の同志と同じように、夢破れた1人だった。
男は不合格となった理由は理解できているが、納得ができなかった。自分の力に大きな自信を持っているので、まさか自分が……という思いから抜け出せないでいる。
来年まで待って3度目の挑戦をするのか、見切りをつけて、兄が継ぐ予定である家業の手伝いをするのか。そんな選択もできずに、今日もまた自宅近くの大きな公園のベンチで時間を潰していた。
それはランニングを走り終え、休憩しようと立ち止まったウマ娘をボケーッと眺めていた男が、ふと口から漏らした言葉だった。
「あー……このままじゃあ怪我するかもなー……」
「え?」
人よりも優れた耳を持つ、恐らくまだ中学生になったばかりのウマ娘が振り返った。
偶然、周りには他に人がいない。
男とウマ娘の視線が合った。
ウマ娘は訝しむように男を見る。
それに対して、男は無反応。目が合っているはずなのに、男はまるでテレビに映る俳優を見るように、他人事とすら感じる目でウマ娘を見ていた。
そんな男の様子を見たウマ娘は、やばい人に話しかけちゃったかなー、なんて後悔していたが、今さら視線は逸らしづらい。男とにらめっこを続けた。
「…………」
「…………」
「…………………」
「…………………あの~」
ウマ娘は意を決して男に話しかけてみた。
「…………………え?」
ようやく男がウマ娘を認識した。
男は目を何度か瞬いたあと、気まずそうに自分を見ているウマ娘が現実のものだと理解した。
「ねえ、さっき言った言葉なんだけど」
「……言ってない」
男は逡巡したあと、キッパリと言い放った。
ウマ娘は、男の『しまった!』という感情を読みとり、そんなわけ無いだろと追求した。
言った
言ってない
言った
言ってない
言った
言ったかもしれないが、それを証明することはできない
言った
言ったかもしれないが、それが本当に俺が言ったことかはわからない
言った
そう言えば、君に話しかけられる直前まで、俺と似た背格好のイケメンがいたから、その人が言ったのかも
そんな人はいない
いた
いない
いた
いない
いなかったかもしれないが、それを証明す――
言った!!
……はい
若いウマ娘であったが、相手がたとえ大人の男でも、逃げ腰ならば攻めるに難くない。主導権を握ったウマ娘は男を追い詰めた。
男は厄介なウマ娘に捕まったな、という感情を隠さない。
そんな男の様子を見たウマ娘は、絶対に追求してやる、という安い決意に満たされた。
「別に大した理由はないって。ただ、君の走りに違和感があっただけだ。君に話しかけた訳でも、物知り顔でアドバイスをしてやろう、なんて気持ちは一切ないぞ」
「それはあの顔を見ればわかるよ」
なんて失礼なガキだろうか。
男は少しイラッとしたが、それでも相手は毛も生えそろってないガキだと思い直し、気持ちを落ちつけた。
「それよりも、なんでそう思ったのか教えてよっ!」
「なんでって、だからなんとなく思ったんだよ。ゆがみ、いびつ、不自然、そんな感じ?」
男に他意はない。
まるでたまたま見つけた歌ってみた動画を見て、めっちゃ歌が上手いから、この子はメジャーデビューとかしちゃうんじゃない? なんて考えるのと同じ程度の無責任さで口に出した言葉だった。
決して、バスト90にウエスト57のモザイクがかかった写真を見て、そんな丸い輪郭と太い首でウエスト57はありえんw なんて疑いの視線で観察した上での発言ではない。
「感じ? もしかして、トレーナー資格とか持ってるの!?」
ウマ娘が男に近づく。
「いや、ただの無職」
「え゛」
「正確にはトレーナー試験に合格できなかった無職だな」
「……落ちたの?」
「2年連続でな」
「えええっ!!」
男は未だ悔いの残る表情でウマ娘に告げた。2度目の不合格から少し経つが、男の傷は未だに癒えていない。
「ウマ娘の君にはわからないかもしれないが、中央の合格基準はメチャクチャ高いんだ。2年連続不合格くらいはザラだぞ」
「う、うん。それは聞いたことあるけど……えええぇぇ」
「なんだよ、嘘は言ってないぞ」
ウマ娘は目を見開いて、男を無遠慮に観察する。
それを男は仏頂面で眺めていた。
「それは何となくわかるけど、でも、なんかさ……」
「だからなんだよ」
「トレセンにいるトレーナーたちより、なんか「ぽい」なって思ってさ」
「ぽい……か」
男はその言葉を噛みしめるように目をつむった。
「いや、言ってることがフワッとし過ぎてるんだけど、なんか納得させられる雰囲気があるっていうかさ」
「買いかぶり過ぎだ。ストレートでトレーナーになってるヤツらの方が優秀だぞ。少なくとも俺みたいな不適格の烙印は押されてない」
現に、男の1回目の受験、2回目の受験にもストレート合格のトレーナーがいた。彼、彼女らのことは男も受験で目にしていたが、まさに品行方正で、ウマ娘に関する知識も申し分のない人たちだったと、男は記憶している。
「ふてきかく…………不適格っ!?」
ウマ娘の尻尾がピンッと跳ね上がった。
「ああ。2回目の面接で、なんど挑戦しても合格することはないって面接官に言われた」
この男の面接にはトレセン学園の理事長も同席していた。幼さを感じるほど若い見た目をしているが、とても優秀と評判で、ウマ娘に関する可能性に寛容と聞く理事長だ。そんな人が別の面接官が放ったその言葉を否定しなかったとき、男の心にヒビが入った。
「そんなこと言われるの? 面接で?」
男が大きく頷いた。
「ああ。当事者が目の前にいるぞ」
「どんな悪い事したら、そんなこと言われるの?」
「なにも。ただ自分に正直に答えただけだ。……まあ、原因はわかるがな」
男は遠い目をした。
「なにさ」
「たぶんアレだ。ウマ娘にうまだっちするかって聞かれて、はい! って答えたことだと思う」
それは、トレセン学園の面接では必ず聞く質問だった。
とはいえ、質問としての難易度は下の下。突破率はこれまで100%の質問だった。
そう、この男が現れるまでは。
男は自分が答えた後、その場が一気に冷え込んだのを思い出した。それまで和やかで、男のウマ娘に対する熱意に共感して、トップ合格間違いなしの空気が面接官の中で流れ始めたところでの爆弾投下だった。
ウマ娘があんぐりと口を開けて男を凝視した。
「…………」
「…………?」
「…………するの? うまだっち」
「するだろ。ドチャしこだよ」
「へ、変態だーーーーっ!」
男に近づいていたウマ娘が跳びはねるように距離をとった。
「はあ?」
そんなウマ娘の様子を見た男は、お前が聞いてきたんだろうが、と心の中で毒づいた。
男の視線が鋭くなったのを感じ取ったウマ娘が耳をギュッと絞った。
「な、なんだよっ! おじさんが未成年に手を出しちゃダメなんだよ! あ、まさか今回もボクを狙って!?」
「自惚れんなよジャリ」
「ジャ――!」
これまで散々失礼なことを言ってきたウマ娘だが、男は子どもの言うことと思って受け流してきた。
だというのに、まるで自分が大人であるかのようなウマ娘の言葉に思わず鼻で笑ってしまった。
「誰が寸胴のガキに欲情するかってんだ。テメエみたいなのは同い年の猿とでも盛(さか)ってろ」
ウマ娘だけあって、彼女の容姿は確かに整っていた。
しかし、男にとってそれは中学生――未成年の可愛らしさでしかない。男がウマ娘と同い年の初い男子であれば、彼女は意中の相手になりえたかもしれない。だが、とっくに成人している男からすれば、くっそ生意気で失礼だけど、大人としてムキになる訳にもいかないから対応しているだけに過ぎない。
方向性は違うものの、同レベルの子と学生時代に付き合っていたので、男が彼女の優れた容姿にこじらせることもなかった。
少し間を置いて、男の言葉を理解したウマ娘が尻尾を逆立てた。
「な、なななな、なんだよーっ!!」
「ったく、逆に名誉毀損で訴えるぞ」
「そっちがうまだっちするとか言い出したんでしょっ!」
「面接の話だろ。お前にじゃない。普通に考えればわかるだろ。どんだけ自信過剰なんだ」
「……自分で言うのもなんだけど、ボクかなり可愛い方だと思ってるんだけど?」
「毛も生えそろってない猿どもには大人気だろうな。ちなみに、相手が成人してる場合は、そいつのことをロリコンって呼ぶんだよ」
ちなみに男は断固としてロリコンは許せない人間であった。
「……じゃあ、うまだっちは?」
「そりゃあお前、スタイルが良すぎるウマ娘たちに決まってるだろ。お前もトレセンに居るんだよな? だったら、成人してるグラビアアイドル顔負けのスタイルの子がいることくらいわかってるだろ」
「……スーパークリークとか?」
「ちょうどその子だ。面接でスーパークリークみたいな子が担当だったらどうか、って聞かれたから、パトスを抑えられるかは五分五分ですねって答えたんだよ」
男としては、スーパークリークが歳相応の幼い性格をしていたら理性で耐える自信があった。だが、彼女が見た目相応、年齢不相応に大人びていたらマズいと感じていた。
繰り返すが、トレセン中央の面接では、この男以外の男性受験者も似たような質問を投げかけられていたが、全ての受験者が難なく突破している。無論、本心がどこにあるかは本人のみが知ることだが。
「面接官は良い仕事したと思うよ」
ウマ娘が神妙な顔で言った。
「俺、嘘はつきたくない人間なんだ」
「いいことだと思うけど……言って良いことと悪いことはあるよね」
「お前みたいなジャリを例に出してくれてたら、俺も今頃トレーナーだったんだけどな」
男は小馬鹿にしたようにウマ娘に視線をやった。
「なったとしても、いずれ絶対に問題を起こして追い出されることになるから、どっちでも変わらないよ」
「俺からすると、トレーナーになったヤツらは全員が去勢しているようにしか見えないんだよな」
「勘違いだと思うよ」
男はわかってないな、と首を振った。
ウマ娘はそれを見て、イラッとした。
「ウマ娘は基本的にアイドル顔負けの容姿をしていて、レースに本気で取り組んでいる。人生をかけてるって子もいるくらいだ。だというのに、自分が負けたレースの後でも勝ったライバルを心の底から祝福して、ウイニングライブに笑顔で参加する心の持ちよう。そこに大人顔負けのスタイルが加わってみろ。そんな子に心が惹かれないヤツは男じゃないね」
男はウマ娘を心の底から尊敬していた。無論、男が考えているようなウマ娘ばかりではないと思うが、それも子ども故に仕方がなく、理想をバカにしない心持ちが好ましいと感じていた。
温かく見守るではなく、尊敬してしまう。それこそが、男がウマ娘を対等の存在と認識してしまう要因だった。
「学園中のトレーナーにケンカを売ってるよ。それ」
「無論、大人と違ってまだまだ経験が浅い部分はたくさんある。だけど、それ以外が大人以上なら、我慢できるかどうかなんてわからないだろ……! なのにあいつらは、やれマルゼンスキーはどうだ、やれスーパークリークはどうだと気軽に聞いてきやがる……!!」
「そんなこと力強く言わないでよっ! これ、急に変なことで怒鳴られてるボクの方が怒るべき話だと思うんだけどっ!」
さっきよりも更に一歩下がったウマ娘が、それでも男から逃げ出すことなく怒鳴り返した。
「確かにそうだな」
「い、いきなり落ち着かないでよっ」
男はついつい感情移入をしてしまうが、自分を客観視できる優秀さも持ち合わせていた。
試験に落ちた鬱憤がつい露見してしまったが、ガキンチョに話すことでもないと冷静になった。
「とにかく、君が一目惚れしたイケメンハンサムは、残念ながらトレーナーじゃない。諦めて去勢済みのトレーナーたちと夢を追いかけてくれ」
「前半に酷い誤解が見つかったけど、まあ、うん」
男は話は終わったとウマ娘から視線を外したが、ウマ娘は立ち去ること無く、どこか納得していないように突っ立ったままだった。
男は少し待ち、ウマ娘が諦めた様子を見せないことに、ひっそりと息を吐いた。
「そういえば……」
「なに?」
男が居心地の悪さを感じて切り出してみると、すぐにウマ娘が食いついた。
とはいえ、男にはウマ娘が欲しがっていることを話すつもりはなく、ただ自分が気になっていることを口にした。
「桐生院って子は受かったか知ってるか? 去年、受験したはずなんだが」
「桐生院トレーナー? うん、たしかハッピーミークって子のトレーナーだったような……」
「そうか。まあ彼女なら当然か」
男がウンウンと頷いた。
「知り合いなの?」
「向こうは覚えてないと思うけど、集団面接で一緒になって、少しだけ話をしたんだよ」
「いやあ覚えてるかもよ。トレーナー面接で、担当の子に手を出すかもしれない! なんて言う人は印象に残るでしょ」
「それは個別面接の話な。彼女と会ったのは、その前の集団面接のときだよ」
トレーナー試験では筆記試験で足切りをした上で、集団面接を行う。そしてそれを乗り越えた者が個別面接に挑むことになっていた。
男は集団面接の中で、ひときわ小柄で、どこか浮世離れしたような空気をまとっていた彼女を思い出したのだ。集団面接で彼女の対応を目にしただけの関係だが、たったそれだけでも彼女の優秀さは理解できた。加えて、名門である桐生院家のご令嬢ともなれば、活躍するのは時間の問題だと思っていた。
「面接って複数あるんだね。なに? 桐生院トレーナーも気になってるの?」
「そりゃあトレーナー目指してたんだから気になるだろ。彼女なら新人で経験が浅くても、担当の子を立派に仕上げてくると思うから、もし一緒のレースに出ることになるなら気をつけろよ」
「ハッピーミークは一つ上の世代なんだよね。でもシニアに行ったらぶつかるよね。覚えておくよ」
「てことはデビュー済みか。ハッピーミークだったな。覚えておこう」
男は純粋に期待のルーキートレーナーがウマ娘とどんな信頼関係を築けているのか気になっていた。もしかしたら自分が同じ立場にいたかもしれない。そう思うと悔しさもあるが、好奇心の方が大きかった。
どうせ暇が続くんだし、重賞に出るときはレース場まで見に行こう、なんて考えていた。
「……ねえ、話を戻すけど、ケガってなに?」
「あ、ペットに餌をやる時間だから帰らないと」
ウマ娘からその話題が出るや否や、男は時計を見ること無くベンチから立ち上がった。
「それ絶対うそでしょっ!」
「本当だよ。うちには食べ盛りのメダカが4匹ほどいるんだ。腹を空かせてるだろうから、もう話してる時間がない」
「なんで誤魔化すのさ!」
男を掴みこそしなかったが、ぐいっと距離を詰めたウマ娘が男に食って掛かった。
男はそれを煙たそうに見ながら、しぶしぶと口を開いた。
「……君、トゥインクルシリーズでの目標は?」
「無敗の3冠バ!」
怒っていたかと思えば、自信と希望に満ち溢れた表情でウマ娘は言った。
「だったら、これは俺から言うべきことじゃない。君の担当になったトレーナーと乗り越えていくべき課題だ」
ともすれば釣られて笑顔になってしまうかのようなウマ娘の笑顔だが、男の口角は1ミリも動かない。
「どういうこと?」
「俺から言えるのは、できるだけ早くトレーナーを見つけたほうが良いってこと。もちろん誰でも良いわけじゃない。高い水準のベテラントレーナーが望ましい」
「……なんだよ。不安になるじゃん」
ウマ娘は尻尾を垂れ下げて、耳をせわしなく動かす。
「不安になったなら良かったよ。この出会いは偶然じゃなかったと思える」
男の感情は揺るがない。
「教えてくれないんだね」
「元トレーナー志望者として、君のためにも言うべきじゃないって思うから言わない」
「んんーーっ! なんかずるいよ、その言い方っ!」
「大人ってそういうもんだろ。……じゃあイケメンハンサムはクールに去るぜ!」
「あ、うん、またねっ!……って、ちょっと待ってよー!!」
話の流れをぶった切って、本当に去ろうとする男の上着をウマ娘が捕まえた。
中学生で本格化前のウマ娘とはいえ、その力は成人男性を上回る。
男は、ゲッと嫌そうな顔をする。力勝負に持ち込むのは下の下と判断し、男はそのまま動かず、少し考えてから口を開いた。
「……ちなみに君、スーパークリークと知り合い? だったら紹介してくれない?」
「やっぱりサッサと行って!!」
思春期らしい潔癖さに煽られたウマ娘が手を離すと、こんどこそ男はスルスルと公園を後にするのだった。
公園には、やっちゃったと後悔する気持ちと、だからって追いかけられないという気持ちでヤキモキするウマ娘が取り残された。