2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話 作:キンニャモニャ
大阪杯は既にG1です。
メジロマックイーンは強化されたトウカイテイオーと競い合うことでケガが少し重くなり、ケガの治りが遅くなって、大阪杯(当時で言う産経大阪杯)を回避した世界線です。
スポーツ選手には4月生まれが多いらしい。
幼少期の成功体験がモチベーションに繋がるという論理にかなった説があるが、実際に4月生まれは多い。
アスリートであるウマ娘たちにも同じ傾向が見られた。
その日、2人はいつものように施術をした後、いつものようにリビングでゆったりしていた。
「大阪杯勝利、おめでとう。すごいぞテイオー」
「えへへー、でしょでしょ!」
男の称賛に、テイオーは飽きもせずにニコニコと笑ってVサインをした。
「2着のナイスネイチャに8バ身差か。完勝だな」
テイオーの得意な距離とはいえ、G1でこの着差は圧倒的だった。
決してナイスネイチャが弱いわけではない。だが、ここまで差があると、世間的には中距離でテイオーに勝てるウマ娘はいないのでは、と騒がれてしまう。そうなると国内で走り続けるのではなく、凱旋門賞に挑戦するというのは必然的なものだったとすら男には思えた。
「うん! でもネイチャの気迫もすごかったよ。2400mならボクの圧勝は変わらないけど、長距離だと少し怖いかも」
「長距離はダメだぞ」
「わかってるよー。もう無茶はしないって。信じてよー」
テイオーは耳を力なく倒した。
「そうは言ってもな。突然、やっぱり春天に出たいとか言い出さないかヒヤヒヤしてる」
「もう春天はいいってば。長距離はマックイーンに譲るよ」
「それがいい」
言いながら男は時計に目をやった。
まだ問題ないと視線を戻し、紅茶を傾けた。
「あれからもう1年かー。春天ももうすぐだねー」
「春天か。メジロマックイーンの他に、メジロパーマー、マチカネタンホイザ、そんでもってライスシャワー。一見すると荒れ模様なんだけどな」
どれも実力者揃いだ。
男的にはマチカネタンホイザが穴になると思っていた。G1勝利こそないが、堅実な走りとマイペースさを発揮できればチャンスはあると思っていた。だが同時に、今回はそれは叶わないとも思っていた。
「マックイーンが勝つよ。絶対に」
なんでもないようにテイオーが言い切った。
「でも大阪杯は回避したろ。本調子で挑めるかわからないぞ」
「回避したって言ってもさ、ボクが出走していなかったらマックイーンが勝ってたと思うよ」
「本調子じゃないのにか?」
「本調子じゃないのにだよ。たしかにネイチャも調子良かったと思うけど、マックイーンには勝てないと思う」
わかってるじゃないか。男は内心でテイオーの油断のなさを称賛した。
目を閉じて満足気に頷く男を、テイオーがジトーッとした目で見つめた。
「……なんか最近マックイーンがすごい絶好調なんだよね。去年ボクが春天でレコード出したでしょ。今年は確実にそれを上回るとか言われてるんだー」
「そりゃあすごい。マックイーンは本格化に入ってから長いよな。なのにまだ成長するのか」
「すごいよね。これはさ、もう何かあったとしか考えられないよね」
探るようなテイオーの目が、男を捕らえて離さない。
男は余裕の仏頂面で、それに真っ向から対峙する。
「だな。案外、テイオーに勝ちたい気持ちが強いから、モチベーションが高くて限界を超えたりするんじゃないか」
「それもあると思うよ。長距離で直接対決できない分、せめてレコードだけでも上書きしたいって言ってた。……でもたぶん、それだけじゃあないと思うんだー」
「どうだろうな。それより春天に勝ったら宝塚記念に乗り込んでくるぞ。テイオーも気を引き締めないとな」
「それ、マックイーンから聞いたの?」
カップを持つ男の手が止まった。
「…………いや、違うけど? なんかの雑誌だか、インタビューだよ」
なんだったけかなと、男は考えるような仕草をした。
テイオーは瞬きすることなく男を見つめる。耳はギュッと絞られている。
「マックイーンは今はどんなメディアにも春天に集中するとしか言わないよ。本気で春天のレコードを狙ってるから、自分の気持ちが揺らがないように、今はそれだけに集中しているはずなんだけど」
「そうは言っても記者から『宝塚の可能性はあるか』とか聞かれたら、意識してるとか答えるだろ」
「答えないよ。マックイーンは言わない」
「へー……」
「……マックイーン、あれから来てないよね?」
「…………」
「センセー、どうして黙ってるの? なんとか言いなよ。ね?」
男はトウカイテイオーの詰め方に感心した。中学生だったら難しい会話の運び方、そして圧。なんだかんだで成長してるよな、などと余裕をこいていた。
しかし、男も修羅場(面接試験)に直面した経験は1度や2度ではない。答えづらい質問を投げてくる圧迫面接と比べれば、面接官(テイオー)のことを知っているのだから、この状況を大して危機とは感じない。
「きょうはステキな日だな」
「誤魔化さないでよ! ていうか、話のそらし方が下手すぎるっ!」
「はながさいてる。ことりたちもさえずってる」
「やっぱり来てるんでしょー! なんで隠すのさー!」
「こんな日には、おまえみたいなヤツは……」
「な、なんだよ! ボクは引かないからね!」
「ゲーセンにでも連れてってやろう」
「え……ゲーセン!?」
テイオーの決意にヒビが入った。
「そう。前から行きたいって言ってたろ」
「そりゃあ行きたいけど、人目が嫌だから行きたくないって、センセー言ってたじゃん」
自分一人への視線なら気にしないが、テイオーといると声をかけてくるヤツらがいる。男は他者の視線に苦手意識を持つようになっていた。
「大阪杯のご褒美ってことで」
「たしかに嬉しいけど、いや、これはご褒美っていうより、マックイーンの件を誤魔化そうと――」
「ただのゲームセンターじゃないぞ。VR体験型の施設だ」
「い、行ったことないやつだ!」
テイオーの耳がピョンッと立ち上がった。
尻尾も良い感じの速さで左右する。
「そうだろう、そうだろう。なんてったって先月オープンしたばかりだからな」
「でも予約が必要じゃないの?」
「既に取ってある」
「ホントに!?」
「ホントだ」
「うわーいっ!! 行く行く! すぐに行こうよっ!」
にっこり笑顔でバンザイしながら立ち上がるテイオー。
男はそれを見て悪い笑みを浮かべた。
笑っていたテイオーが急にスンッとなって男を見た。
「あ、でもマックイーンのことは誤魔化されないよ。あとでちゃんと聞くからね」
「バカお前、この場さえやり過ごせればガキンチョ1人を適当にあしらうくらい訳ないっての」
頭に浮かんだ決定的な証拠を隠せばテイオーに勝利はない。のらりくらりと追求を煙に巻いて、ぐだぐだのドローに持ち込むだけだ。男はそう思った。
「また子ども扱いしてー!」
怒っているが、テイオーの意識は既にお出かけにある。形だけの怒りに男は笑って返した。
「扱いを変えるなって言ったのはテイオーだろ。誓約書まで書かせたじゃないか」
「なんのことかなー」
明後日の方を向くテイオー。
「お前も誤魔化し方が下手だな」
変なところで似たなと、男は思った。
テイオーはそれを無視して、少し考えるように視線を巡らせた。
「……出かける前にちょっとお花摘んでくるね」
「おう、ここで待ってる」
男は予約も取っていたので急なお出かけにも慌てる様子はない。椅子に深く座り直し、温くなった紅茶を傾けた。
手早くスマホで予約時間を見て、まだ余裕があることを確認した。
途中で飯を食べていくか、それとも体を動かすことになるだろうから、軽食くらいにしておこうか。
スッスとスマホを操作して店を探す男。しかし、ふと気づいた。テイオーの戻りが遅いと。急かすつもりはないが、このタイミングで不自然な時間のかかり様である。
男は軽く息を吐いて、椅子から立ち上がった。
男が迷うことなく歩き出した先はトイレ……ではなく、マックイーンと密かに準備を進めていた一室。
テイオーにこの部屋を使わせたことはなかったが、どうせやたら鋭い考察をしてくるアイツなら、一発で突き止めているんだろうな、と男は確信していた。きっと男とマックイーン両名の匂いがするからとかそんな理由だろと当たりを付けた。
男が目的の部屋に近づくと、ドアが少し空いているのがわかった。小さく動揺する声も聞こえる。
男は軽く首を振った。
男がドアを開くと、部屋の中には誕生日飾りと「テイオー お誕生日おめでとう!」の大きなボードが置かれている。パーティーグッズの他にも、『本日の主役』と書かれた派手なたすきも飾られていた。そんな部屋の中心には、ぽつんとひとりトウカイテイオー。
「あ、センセー……」
気まずそうなテイオー。
「バレたなら仕方ない。誕生日会は春天後だぞ」
「……マックイーンが参加してくれるから?」
「そういうこと。流石に春天の一週間前に、必死の調整を続けるマックイーンにケーキを食べろとは言えないだろ」
「だよね」
苦笑いするテイオー。
「……聞いてるぞ。お前、ダイエット中のマックイーンの目の前で甘いものの暴食かましてたんだって?」
「な、なんのことかなー」
「程々にしとけよ。まあ、そんなわけで秘密にしてたんだよ」
「うん……なんか疑ってごめんね」
尻尾を力なく垂れ下げるテイオー。
「気にすんな。隠してたのは本当だし」
「ううぅ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、なんか恥ずかしい」
「なんだそりゃ。あ、ついでにマックイーンにもサプライズで2人の誕生日会にするつもりだぞ」
テイオーの顔がパッと輝いた。
「それいいね! お祝いされてすっごく嬉しいけど、ボクも仕掛ける側やりたい!」
「マックイーンにはテイオーにバレたって話すけど、サプライズのことは知らないフリをしろよ」
「もっちろん! へへへ、すっごく楽しみになってきた!」
テイオーの尻尾が左右に大きく揺れた。
そんな様子を見ていた男は部屋の備品へと注意を移した。特に足りないものはないと確認した後、リビングに戻ろうとするが、足に違和感を感じて戻れなかった。
「……」
「ふふ、嬉しいなあ」
男のすぐ近くに立っているテイオーがニコニコと男を見ている。
「……おい」
「なに?」
「尻尾を俺の足に絡めるな。歩けないだろ」
大きく振られていたテイオーの尻尾が、いつの間にか男の足に巻き付いていた。
「えへへ」
「えへへじゃない。離せ」
「やだー」
笑顔を崩さず、楽しそうにテイオーが拒否した。
「このままじゃあゲーセンに行けないぞ」
「それはもっとやだーっ」
「だったら尻尾を離して、サッサと行くぞ」
「おんぶ」
「は?」
「おんぶして」
テイオーが男に向かって両手を広げた。
「おま、その歳になって、街行く人に醜態を晒すのかよ」
「うっ、それはちょっとヤダ」
「だろうな。格好良いって評判のトウカイテイオーが、ガキンチョのトウカイテイオーに変わるだろうよ」
「うぅぅ、じゃあ、玄関まで」
男の家はかなり広い。玄関まで行くのに少し時間がかかる程だ。
まあ、そのくらいはいいかと男は思った。
「……なんで急に甘え始めたんだ?」
「良いから早く。時間ないよ」
「ったく。……ほら」
男はテイオーに背を向けて、しゃがみ込んだ。
「わーいっ」
男の背中に向けてテイオーが飛び込むように抱きついた。
「よっと」
テイオーを背にしたまま、スッと男が立ち上がった。
テイオーの髪が男の耳や頬、首をサラサラと撫で付けた。
「あ、施術室に寄ってね。忘れ物した気がするから」
男の耳後ろに頬をピッタリとくっつけテイオーがささやくように言った。
男は爽やかな香りを感じた。男の家のシャンプーの香りでもあるが、なんだか新鮮な気持ちになった。
「了解」
男は部屋の電気を消して、ドアを閉めた。
「もちろんリビングにもね。荷物置いたままだし」
「先にリビングで、次に施術室な」
「やだっ。リビングは後がいい」
「それだと遠回りになるだろ」
「いいのっ」
ペシンとテイオーの耳が男の後頭部にぶつかった。
男はずいぶんと器用な真似をするもんだと感心した。
「はいはい。お嬢様の言うとおりにしますよ」
「うんうん。エスコートよろしくね」
「光栄です、お嬢様。こんな名誉ある役目をいただけたことは望外の喜びであります」
「え、なに? 嬉しいの? ドキドキしちゃう? 子ども扱いするくせに、ボクの柔らかい体を意識しちゃう感じ?」
そう言いながら、テイオーは男にしがみついている手足を更にギュッと力を込めた。尻尾も男の胴体に巻き付いていて、少しでも距離を縮めようと男の体を引きつけている。
まるで2人の間には1ミリの隙間も無いくらいに密着する。
「よくもこんな密着できるなって驚いてる。それと、胸の話をしてるならブラってけっこう固いんだぞ。こんなんでドキドキするのはテイオーと同年代の初心な男子くらいだ」
「まあ、いつも直で触ってるんだから、これくらいじゃあセンセーはドキドキはしないよね」
「そういうこと」
男は面倒なので否定しなかった。
「でも、ボクはドキドキしてるよ。嬉しくて、温かい気持ちがする」
「それ、ドキドキって言うか?」
「ドキドキもしてるよ。……うん、絶対に間違いない。たぶんマヤノが言ってたのはコレだってわかるもん」
「ほーん」
「考えてみれば、ずっと前からこうだったんだよね。気づいちゃったよ」
「そりゃあ良かった」
「わかってないでしょ?」
「そんなことないぞー」
「適当だよねー。……あー、センセーの匂い好きだなー」
「そうかい。ボディーソープとシャンプーの匂いだな」
「柔軟剤もあるよね」
「たしかに」
「さっきの紅茶の香りも混ざってるかも」
「なかなか庶民的な香りのブレンドだな」
「ふふ。だねっ」
前を向いて歩いている男にはテイオーの顔は見えない。だが、彼女がどんな表情をしているかはハッキリとわかった。
だからだろうか。いつもであればテイオーをからかう男は、その日はそんな気持ちになれなかった。
テイオーの温もりを背に、玄関までの道をゆっくりと歩いて行く。
ゆっくり歩くのはテイオーに負担をかけないためだと、自分に言い聞かせて。
スタミナが20上がった
体力が50回復した
やる気が上がった
トウカイテイオーの秘められた力が覚醒した!
「究極テイオーステップ」のLvが上がった(Lv3→Lv6)