2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話   作:キンニャモニャ

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15話 宝塚記念後

季節は夏。7月の初めの方のころ。

いつもの様に2人が、いつもの様にリビングで寛いでいた。

 

その日は宝塚記念が終わったばかりということもあり、2人の話題はそのことだった。

 

「あーあ、マックイーンすごく強かったなー」

 

激戦と日頃の暑さで、疲れているテイオーが力なく言った。

 

「だな。2200mでテイオーに付いてくるとは……3着と大差ってところが2人が抜きん出てる証拠だったな」

 

最早、国内に敵なしと前評判のあったテイオーだったが、やはりマックイーンは強かった。3バ身差での勝利だったが、世間的にはテイオーは春天よりも余裕がなかった、なんて言われたりもする結果だった。

テイオーも男も言いたいことはたくさんあるが、この距離でマックイーンがここまで力を見せてくるのは想像以上だったため、素直にマックイーンを称賛することにした。

 

「だね。知ってる? なんかマックイーンの調整を行ってる人がいるんだって」

 

意味ありげにテイオーが男を見た。

 

「まあいるだろうな」

 

「うん。ボクも知ってる人らしいよ」

 

ジト目のテイオー。

 

「世間って意外と狭いからな」

 

「……センセーのことだからね」

 

「知ってる」

 

表情を変えない男が紅茶を飲みながら、あっさりと認めた。

 

「だろうね! もー! なんでマックイーンの味方してるのさっ!!」

 

「味方はしてないぞ。ただ調子を崩してるウマ娘がいたからサポートしただけだ」

 

テイオーには言ってないが、マックイーンと男のやり取りは続いている。特に誕生日会の準備を通して交流を深めていたのだ。

無事に誕生日会が終わった後も、男はマックイーンからちょくちょく相談を受けていた。

 

「だからって、普通はボクが出走するレースの手伝いはしないでしょ!?」

 

「確かにテイオーも出走するレースだけど、それを理由に放ってはおけないだろ。テイオーだって、それでマックイーンが全力出せないのは嫌だろ?」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

男は去年のジャパンカップが終わったくらいに、テイオーがマックイーンが心配だからと男の元に連れてきたことを引き合いに出した。

 

「それに、だ」

 

男がカップを置いて、テイオーをまっすぐ見つめた。

 

「俺はテイオーが勝つって信じてた」

 

「あ……」

 

テイオーの目が揺れた。

 

「たとえマックイーンが絶好調だとしても、テイオーはそれを受け止めて、それでも勝利するって信じてた」

 

「うん……」

 

テイオーが小さく頷いた。

 

「でもたしかにテイオーからすれば、もやもやする気持ちがあるよな。ちょっと配慮が足りてなかった。すまん」

 

男が一切含むところはないと言わんばかりに潔くバッと頭を下げた。

 

「う、ううん! ボクも熱くなってごめんね! そうだよね。センセーはボクのことを信じてくれていて、その上でボクの友だちが全力を出せるようにしてくれたんだもんね」

 

「ああ。あのとき調子が良かったら~、なんて後に残るのは嫌だからな」

 

「うん! ボクもマックイーンが全力を出せて良かったって思うよ!」

 

嘘偽りなく本心を話した男だったが、テイオーのその言葉を聞いて、改めてテイオーのちょろさを心配した。せめてパリにいる間は自分が守ってやらないとと心を新たにした。

 

この話はお終いと2人は笑いあった。

 

「次にマックイーンと戦うのはジャパンカップか有マ記念か?」

 

「ううん。たぶんドリームトロフィーリーグだよ」

 

迷うこともなく、しっかりとした口調でテイオーは言った。

 

「…………そうか」

 

男は少しの間、テイオーの様子を見た後に頷いた。

 

「うん。凱旋門賞に勝ってトゥインクルシリーズは卒業。切りが良いと思わない?」

 

「まあジャパンカップも有マ記念も去年に勝ってるからな。違うところはマックイーンと……ライスシャワーくらいか?」

 

数カ月前の春天でマックイーンに5バ身差で離されて2着になったライスシャワーだったが、決してマックイーンに劣ってるわけではないと男は思っていた。逆にそろそろ本格化が終わりを迎えるだろうマックイーンに対して、ライスシャワーはまだまだ本格化が続く。来年また同じように走ることになるのなら、結果はわからないと思っていた。

 

「……センセーならブルボンのケガ、なんとかできる?」

 

ミホノブルボンは去年の菊花賞後に右足故障により、それ以降のレースに出られていない。その後のリハビリにも失敗してケガは更に悪化。今現在、完治の見込みが立っていない状況であった。

 

「前にも言っただろ。俺がやってるのは予防だって。……そういうことだ」

 

「そっか……減らないね。ケガで走れなくなる子」

 

「そうだな」

 

その他にも重賞で勝ててないだけの優秀なウマ娘たちが何人もケガで現役を退いた。その子たちはドリームトロフィーリーグに移ることはなく、文字通りレースから去っていく。

せめて、やり切ったと満足して終われることを男は祈った。

 

そんな男を心配そうに見ていたテイオー。

 

「ボク、もう無茶しないからね」

 

「前も聞いた」

 

男はチラリとテイオーを見て、表情を和らげながら言った。

 

「何回も言うよ。自分がどれだけ危うい場所にいるのか、もう知ってるから」

 

男の雰囲気が変わって、テイオーは喜んだ。

 

「……それがわかるようになったなら、春天で無茶した甲斐があったな」

 

「茶化さないでよ~」

 

不満気だが、テイオーの口調は軽い。

 

男はジッとテイオーを見つめた。

 

「でも、また同じこと言ったら尻を叩くからな。たとえ出れば勝てるレースだったとしても、やっぱり俺は医者として止めるべきだと思うし」

 

「うん。その時は遠慮なくボクのお尻を叩いてね」

 

男の目が丸くなる。

 

「……ほう?」

 

「…………ごめん今のなし」

 

失言に気づいたテイオーが慌てて否定するが、男はニッコリと微笑んだ。

 

「いや、言質は取ったからな」

 

「ダメ! 絶対ダメだよ! 話せばわかるからね!」

 

「たぶん、そんなこと言うような事態になったら、また話しても聞いてくれない状態になってると思うぞ」

 

「そ、それは確かに……でもダメ!」

 

「じゃあ、忘れるなよ」

 

「わかってるよう……」

 

テイオーはシュンと尻尾を垂れ下げた。

 

男はそんなテイオーを愛おしげに見ていた。

 

「でもそうか。とりあえず区切りは決めたんだな」

 

「うん! マックイーンも強いし、ライスシャワーだって油断ならない子だけど、2500mまでならボクが勝つよ。絶対に譲らない」

 

「なんだかんだ言ったが、俺も中距離でテイオーが負ける姿は想像できないな。2500mはわからないけど……」

 

ドリームトロフィーリーグに2500mはないので、テイオーは無理せず走れる。体を思えばベストだなと男は思った。

 

「ボクが勝つの! ……カイチョーが前にインタビューで言ってたんだ。ボクがカイチョーに勝てるかどうかは強い意志を持てるかどうかだって」

 

「どっかの雑誌のインタビュー記事だよな。たしかテイオーについてのやつ」

 

そこではシンボリルドルフが、『テイオーがその才覚に頼った戦いを続けるのか、その類まれなる記録に比例した強い意志を持つのか』と言っていた。

 

「そうそう。今まで走って来たどのレースもさ、勝てる自信はけっこうあったんだよね。でも次の凱旋門賞はすっごく苦戦すると思うんだ」

 

「世界最高峰のレースだからな。同じ洋芝とは言え札幌と全く一緒じゃないだろうし、走るウマ娘たちの毛色も違う。んでもって坂が大きい。テイオーが坂路を得意にしてなかったら反対してたぞ」

 

芝中距離の格付け1位は伊達ではない。間違いなく、これまで以上のライバルが待ち受けていると男は確信していた。

 

「だよね。きっとさ、ボクの一番の戦いになるよ。それに勝てるなら……それ以上のレースは、もうカイチョーしかないって思うんだ」

 

テイオーは男の言葉を聞いても怯まない。それを理解した上で、決戦に挑むと決意を露わにした。

 

男は頷いた。最近、テイオーの成長が著しくて、なんだか眩しく見えてきたと思った。

だが同時に、あのときシンボリルドルフが言っていた続きを理解するには至ってないことに男は気づいた。

これまでと違い、勝てるかどうかわからないレース。確かにそれは分水嶺になる。アドバイスをしたい気持ちに駆られる男だったが、すんでの所でそれを抑えた。

その経験こそがシンボリルドルフに勝つための条件となるのなら、まずはテイオー自身が向き合わなければいけない。

 

「テイオーがよく考えて決めたんだ。応援するぞ」

 

「ありがとっ。しっかり付いてきてよ、センセー!」

 

いつもの笑顔を浮かべたテイオーに、男も笑顔で返した。

 

「おう。まずは次だな。……いよいよ海外か」

 

「そう! 次はフォワ賞だよ! センセー、準備はできてる?」

 

「まだ2カ月はあるぞ。特に準備はしてないよ」

 

「だめだめ! 向こうで調整する時間を考えたら悠長なこと言ってられないよ!」

 

「え、聞いてないぞ」

 

「言わなかったけ?」

 

首を傾げるテイオー。

 

「言ってねーよ!」

 

「ごめんごめん。あとでスケジュール送るね」

 

片手を立てにして謝るテイオー。

 

「軽いな……まあ、ダメなら少し遅れて合流すればいいか」

 

「遅れは許さないよ」

 

「どの口で言ってんだお前」

 

男がテイオーに手を伸ばすと、テイオーはワワッと避けるように背もたれ側へと上半身をのけぞらせた。

男はすぐに手を戻し、日程を考えた。

 

「でも本気で勝つなら調整は必要だな」

 

フランスに着いたら向こうのトレセンを使わせてもらって調整する予定だと男は聞いていた。練習場所が確保されているなら、向こうの環境に慣れる時間が長いほうが良いし、食事だってテイオーに合うものを探さないといけない。全力でレースに挑むためにはやらないといけないことが多かった。

 

「センセーもやっぱりそう思うよね!」

 

「ぶっちゃけ遅いくらいだと思う」

 

「う……去年は断念したから、宝塚は取っておきたかったんだよねー」

 

「まあ、凱旋門賞は日本のウマ娘が勝ったことがないってだけで、どっちも大切なG1レースだからな。マックイーンが良い刺激になってくれたと思うべきだな」

 

だらだらと数カ月先のレースの調整をするより、適度な間隔で緊張感を持つほうが弾みがつきやすいと男は思った。

 

「そうそう! ポジティブに考えないとね! ってわけで、もしかしたら出発がもっと早まるかも」

 

男の言葉を聞いて、先ほどの日程を変えようとするテイオーが思案顔で言った。

 

「ずいぶん行き当たりばったりだな! てか、受け入れしてくれる向こうのトレセンの都合は付くのか?」

 

「そこはトレーナーに頑張ってもらう」

 

え、当然でしょ? というような顔でテイオーが言った。

 

「え、いや、まあたしかにトレーナーの仕事だけどさ……なんか、テイオーのトレーナーが初めて可哀想に思えてきたぞ……」

 

「決まったらスケジュール送るね」

 

「さっきと似た言葉なのに、恐怖しか感じない……」

 

男は、俺も病院に相談しないとダメだなと息を吐いた。

 

対してテイオーはある程度、見込みが立ったせいか元気だ。

 

「となると遠征前にやり残したことをやらないとね! もちろんセンセーは何かわかってるよね?」

 

男の顔を覗き込むテイオー。

 

「ああ。パスポート取得だろ?」

 

「そうだけど、違うから! それはやらなきゃいけないこと!」

 

「テイオーのトレーナーに日程調整の土下座しに行くのか?」

 

「それはやった方がいいかな? ってこと!」

 

「いや、やらなきゃいけないことだよ」

 

男が真顔で否定した。

 

「い、いいの! ちゃんと後で謝っておくから!」

 

「忘れずにやれよ。……宝塚記念のご褒美だろ?」

 

「そうそう! 恒例のご褒美タイムだよっ! 今回はどうしようかな~?」

 

テイオーの尻尾を揺らしながらリビングの中を見渡した。

 

「無理のない範囲にしろよ。あと、遠征準備もあるなら手軽なやつじゃないと難しいぞ」

 

「そうなんだよね~。うーん……センセー、免許は持ってるんだよね」

 

「もちろん。菊花とか春天の前に何度も車で送っていっただろ」

 

長距離に出る前は男もテイオーの体調に神経質になっていて、練習後に少しでも違和感があれば何時になっても構わないから家に来いと伝えていた。その結果、門限ギリギリで寮に返すことが多くなり、いつも車でテイオーを送っていたのだ。

 

「それならね~、ご褒美にドライブ行きたいっ」

 

「ドライブ……え? 俺が連れてくの?」

 

「当たり前だよ。センセー以外で他に誰がいるっていうのさ」

 

やれやれと首を振るテイオー。

 

「トレーナーとか」

 

「トレーナーはペーパードライバーだって」

 

「それでいいのかトレセン学園……」

 

出走する担当バのサポートもトレーナーの仕事の内だろうにと愕然とする男。

 

「まあ、タクシーを使えばいい話だからね。大阪とか名古屋まで車で行くのも疲れるしさ」

 

「それでも関係者だけの車内の方が、レース前の余計なノイズから解放されると思うんだが……」

 

電車内なんてファンが押しかけてくることもある。そうなれば気持ちを整えることも難しいだろうと男は思った。

 

「ボクは気にしたことないけどねー。あ、センセーの車で足を伸ばしてリラックスしながらレース場に行くのはありかもっ」

 

「フランスでの運転は俺がやるよ。行ったことあるし、運転したこともあるから」

 

「さっすが! えへへ、楽しみが1つ増えた!」

 

ニッコリと笑うテイオー。

 

「そりゃあ良かった」

 

「でもとりあえず今は……海に行きたい!」

 

「前も見ただろ」

 

「それって大阪杯の後のこと言ってる? 春と夏じゃあ全然違うからね!」

 

大阪杯の後、VR体験施設に行ったとき、電車から見える海は地平線まで広がっていて、とても雄大な景色だった。男とテイオーは途中で電車を下りて、良さ気な場所でしばらく海を眺めていたのだ。そして、そこでもファンに捕まった。

 

「そうだけどさ。海か……」

 

「行こうよ~。泳がなくても良いからさ~」

 

「泳がないのか?」

 

「だって、泳げる所に行ったら水着の女性がたくさんいるからね……」

 

自分の胸に手を添えて、今はまだ勝ち目ないし、と小さな声で呟くテイオー。

 

「そりゃあ夏だから泳いでる人はいるだろ。てか、意外だな。泳ぎもしないのに海なのか」

 

「夏と言えば海だからね! 泳ぐのは今度マヤノたちと一緒に行くときで良いんだっ」

 

「見るだけだったら……みなとみらいとか良いんじゃないか? 東京からでも電車ですぐ行けるし、見る所がたくさんあるぞ」

 

若者に人気の観光スポットだし、テイオー達が行っても楽しめるものはあるだろうと男は思った。

 

「いいね! ……わかってると思うけど、車だからね」

 

「のんびりと車窓からの景色を楽しんでこい。土産は気にしなくていいぞ」

 

「く・る・ま!」

 

ムッとした顔でテイオーは言った。

 

「……めんどくさい」

 

「またそれ!? いいから行こうよ! たまにはいいじゃん! ボク頑張ったんだよ!」

 

「テイオーの頑張りは認めるけどな……はちみーじゃダメか?」

 

「ダメ!」

 

テイオーが強硬な姿勢を見せた。

 

こうなると譲らないことは男も理解していた。

 

「……仕方ないな。でも俺が一緒に行くなら、みなとみらいはダメだぞ」

 

「なんで?」

 

「あそこは人が多すぎる。そんなところに行ったら、また目撃情報が増えるだろ」

 

ファンに囲まれて身動きできなくなるとも言う。

 

「この前のVR体験施設は凄かったよね……」

 

「正直、あれは俺の見立てが甘かった。でも、またデートスポットに行くのは勘弁してほしい」

 

恋人がいるなら、そのパートナーに遠慮して遠巻きに見てくる程度だろと男は予想していた。しかし、実際は男がテイオーの隣にいた事で、テイオーと男がセットで考えられ、声をかけても問題ないのでは? という空気になったようで、多くのカップルに囲まれる事態になったのだ。

 

「それはわかるかも。じゃあどこに行くの?」

 

「海だったら湘南の海岸線沿いをドライブでいいだろ。で、人が少なさそうなところで車を止めればいいんじゃないか」

 

海に入らないんだったら、人気のないところは、そこかしこにあると男は思った。

 

「へー。……うん、いいね! のんびりとドライブ! すっごくいい!! なんだか大人っぽい!」

 

ブンブンとテイオーの尻尾が揺れる。

 

「……まあたガキみたいなこと言ってるよ」

 

「聞こえてるよ。ガキじゃないから!」

 

しかし尻尾は止まらない。

 

「ごめんごめん。じゃあいつ行くかな」

 

「明日!」

 

「早いな」

 

予定がないことを確認しながら男が言った。

 

「うん! なんかご褒美を買ってもらおうと思って予定を空けてたんだ!」

 

「出かける前提だったわけか。まあいいよ、明日な」

 

「楽しみだなー! じゃあ、朝5時集合ね」

 

「早いわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

スタミナが20上がった

体力が50回復した

やる気が上がった

トウカイテイオーの秘められた力が覚醒した!

「一陣の風」を覚えた




話の流れを考えて、明日は2話公開となります。
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