2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話   作:キンニャモニャ

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16話 フォワ賞後

当初の予定を早めて、テイオーと男、そしてトレーナーはフランスに移った。

スケジュールを急きょ変更したにもかかわらず、シャンティイのトレセンは受け入れてくれた。3人は現地に入り、すぐにトレーニングを始めた。

予想通り、足元の違いに難儀しつつもテイオーは順調に調整を進めていく。

幸いなことに、フランスは日本より夏が涼しい国なので、気温的には参ることがなかったのも嬉しいところだった。

 

だが、全てが上手くいっていたとは言えなかった。

 

初めこそ、テイオーのトレーナーが辞書を片手にいろいろな手続きに奔走していたので、男はテイオーの調子を整える以外はフランス各地をぶらぶらしてみたり、テイオーのトレーニングを冷やかしに行ったり、ロンシャンで行われるレースを見に行ったりしていた。

しかし、フランスに移ってから1カ月もしない内に、テイオーのトレーナーのご家族が病院に搬送されたらしく、トレーナーは日本へと帰っていった。幸いなことに一命は取り留めたようだが、他に親族がいないらしくて、トレーナーは日本を離れられなくなってしまった。

 

仕方なく、男がトレーナーの代わりをすることになった。

テイオーの練習メニューの相談やケアはずっと前からやっていたことだが、練習の補助、トレセン学園との調整、同じ練習場で走っている仏ウマ娘やトレーナーたちとの交流、レースへの出走手続き諸々、テイオーの食事管理、テイオーの散歩、テイオーとのお出かけetc。

忙しい日々であったが、テイオーがレースに挑戦するためと思うと、男は不思議と苦痛に感じなかった。男は甲斐甲斐しくテイオーのサポートに徹した。

 

その甲斐もあり、ステップレースであるフォワ賞では見事に勝利することができた。

90%の力で余裕を持った勝利である。

 

勝利者インタビューでは記者とテイオーの間の通訳を男が受け持ち、テイオーは気分良くフォワ賞を終わらせることができた。

 

もちろん課題も見つかった。

本番まで残り1月を切っていたが、まだ十分に対策は練れると、2人は今後のことを確認したのだった。

 

「わかってると思うが、フォワ賞には勝てたけど、あの時と同じ走りだと凱旋門賞は取れないぞ」

 

「うん……坂路だよね。やっぱり長かったなー」

 

「芝には上手く適応できてる。後は坂をどう攻略するか。特に本番のラビットはフォワ賞の入着バと同じレベルだと思ったほうがいいぞ。今週中にトレーナーが帰ってくる予定だから、しっかり話し合って調整しろよ」

 

テイオーのトレーナーが今週中にようやくフランスに戻ってこれそうだと連絡があった。

男は内心では、遅えよ! と毒づいていたが、努めてテイオーにはその姿は見せないようにした。

特にフォワ賞後はテイオーがプレッシャーを感じて神経質になっている。トレーナーにマイナスとなる情報は少しでも入れない方が良いと男は思っていた。

本番はテイオーとトレーナーの力が試される。

そこに少しでも疑いが無いほうが良い。そう思ったのだ。

 

テイオーがそれを聞いて、なんだか釈然としない表情を浮かべた。

 

「わかってるよお。……ちなみにセンセーだったらどうする?」

 

「俺? 俺だったら……テイオーに任せる」

 

「え、ボク?」

 

「丸投げって言ってしまえばお終いだが、どう対応していいかわからないじゃなくて、テイオーなら相手がどう仕掛けてきても対応できると思うんだよ。特にラビットの動きが読めない。同じ競走相手ってだけじゃなくて、ラビットたちはメインの子を有利に立たせるために行動するから、テイオーがどこまで危険視されてるかで彼女たちの動きは変わってくるんだよな。だから、起こりえそうな悪状況を頭に入れつつ、当日はレース展開に応じて動くのがベストだって思うかな」

 

「今回は受け身になっちゃうよねー。うーん……」

 

「良い位置で自分のレースを相手に押し付けられれば一番だが、今回は外枠だっただろ。たぶん、簡単に主導権は握れないと思うから、後手に回るのを前提に戦い方を考えた方が良いだろう。そうなるとテイオーの地力は出走ウマ娘の中でもトップだし、テイオーは頭が良い。決め打ちのレース展開に固執するよりも、周りの動きを見て、気持よくラストスパートに入れるような展開をすればいいんじゃないか?」

 

「ボクがトップ……本当にそう思う?」

 

珍しく自信なさげな顔をするテイオー。

 

「思う。テイオー以上に速い子はいないし、テイオーほどレース展開を読み取れる子もいない」

 

「え、えへへー、そうかな?」

 

テイオーは少しだけ笑顔を見せてくれた。

 

「間違いない。周囲だけじゃなくて、トップとの差も考慮した上で仕掛けどころを判断しないといけないんだが……テイオーならできる。どんな展開でも動けるように全体の調整をするべきだな。特化はさせない」

 

「それもいいと思うけど、どれも中途半端にならない?」

 

「ならない。お前なら全てキチンと仕上げられる。絶対にだ」

 

男は努めて語気を強くした。

 

「……」

 

テイオーが男を見つめる。

 

「まあ最後はテイオーとトレーナーが決めることだからな。じっくり相談しろよ」

 

「うん……」

 

視線を下に逸すテイオー。

 

男はジッとその様子を窺う。

レース面での励ましは効果が薄いようだ。まずはテイオーの気持ちをプラスに持っていくべきか。

少し切り口を変えたほうが良さそうだと男は考えた。

 

「とりあえずレース後も体調に問題はない。トレーナーが帰ってきたら、数日は対策を考えるんだよな?」

 

明るい口調で男が言った。

 

「その予定だよ。練習開始はもうちょっと後だね」

 

テイオーが顔を上げた。

 

「そっか。じゃあ俺は少し外すぞ」

 

「……どういうこと?」

 

「いや、手が空くし、ちょっと出かけてこようかなって」

 

「ダメだよ」

 

ジト目のテイオー。

 

「ダメじゃねーよ。観光くらいさせろよ」

 

「ボクも一緒に行く」

 

ムッとした顔でテイオーが言った。

 

「いや、ちょっと日数がな……」

 

「イタリアに行くつもりでしょ?」

 

男が視線を逸らした。

 

「……テイオーはレースに集中しないといけないからダメだな。俺は練習が始まるまでは手持ち無沙汰だし、4、5日空けても大丈夫だろ」

 

「だから一緒に行動するの! 本場のピザが食べたいから1人で一週間もイタリアに行くとか許さないからねっ!」

 

「ピザじゃなくピッツァな」

 

「どうでもいいよ!! フランスに居るんだから、フランス料理を食べなよ!」

 

「いやーもう飽きるほど食べたからなー。こってり料理はちょっと休みたい。オリーブオイルでさっぱりガツンと行きたい気分なんだよ」

 

男はフランス料理が嫌いというわけではない。ただ、フランスに来てから2カ月近く暮らしていると、やはり違ったものが食べたいという舌になる。

特に最近はトマトソースのマリナーラやマルゲリータでシンプルにいきたい気分だった。

 

「フランスにもピザはあるじゃん!」

 

「いやフランスでピッツァを食べたって、だから何だよって話になるだろ。本場で食べてみないと実際に日本と比べて美味いかどうかわからないしさ」

 

本場で作っていた味と、本場で大人気の味は別物だと男は思っていた。

 

「それはそうだけどさー、でも日帰りで帰って来れるでしょ?」

 

「実はイタリアには行ったことがないんだよ。店も当たり外れがあるだろうから、10軒くらい回りたい。それに観光もしたいし。ほら、既に行きたい場所もピックアップしてるんだ」

 

男はスマホのメモ画面をテイオーにパッと見せた。

 

「じゃあ言葉も違うから不便でしょ!」

 

「イタリア語も話せるぞ」

 

「有能だねっ!!」

 

「どうも」

 

男は軽く右手を上げて称賛を受け取った。

 

「もー! センセーばっかり楽しんでずるいー! ボクも遊びに行きたい!!」

 

「パリで遊ぶ所なんてたくさんあるだろ。練習の合間だけとはいえ、じっくり楽しめば全部遊びつくすのは難しいぞ」

 

ていうか、この2カ月でどれだけ遊びに連れて行ってやったと思ってるんだ、と男は言った。

 

「それはセンセーみたいに1つの美術館で3日も4日もかける人の話でしょ! パリも良いけど、別の場所にも行きたい!」

 

「良いんじゃないか。世界遺産巡りだけでも楽しいぞ。実際、おもしろかった」

 

テイオーのトレーナーが居る内に近場の世界遺産を見てきた男が言った。

 

「そうだね! じゃあ運転よろしくね!」

 

「いやだから俺は――」

 

「よろしくね!!」

 

「……わかったよ」

 

男は頭をかきながら、テイオーの声に張りが戻っていたことを感じ取った。

 

「もう。学生時代はトレーナーになる勉強ばかりしてたって割には随分と多趣味じゃん」

 

「勉強ばかりしてたからだよ。行ったことない所とか、食べたことない物が多いんだ」

 

男が学生時代にパリに来たときも観光が目的ではなかった。凱旋門賞に合わせてフランス入りして、シャンティイのトレセンなど、ウマ娘に関連する施設を回って見聞を広めたのだ。世界遺産なんてほとんど見れなかったし、この遠征でドハマリしたルーブル美術館だって寄りすらしなかった。

 

「にしても計画が狂ったな……」

 

「そうだね。ボクをカウントしていない杜撰な計画が、当たり前の様に崩れ去ったね」

 

腕を組んで、当然でしょ、という顔をするテイオー。

 

「テイオーがトレーナーと話してる間はどうしようか。もう1回ルーブル美術館に行こうかな」

 

「また行くの!? いいじゃん、またこっちのトレセンに顔でも出してたら?」

 

「いや、テイオーがいないのに俺だけトレセンで練習風景を見てるのも変だろ。時々なら見逃してもらえるけど、頻繁に行ってたら不審者として締め出されるかもしれないからさ。あくまでも俺はテイオーの付き添いでトレセンに入ってるだけだからな」

 

「そのわりには、ボクが練習してるときに、こっちのウマ娘に囲まれて忙しかったようだけど?」

 

テイオーがジーッと男を見つめた。

 

「気のせいじゃね?」

 

「うん。絶対に気のせいじゃないからね。……なに話してたの?」

 

「別に大したことじゃないって。ちょっと体調の相談に乗っただけだ」

 

「どうしたら知りもしない外国のウマ娘の相談に乗ることになるのさ」

 

「いやあ、危ない走り方している子がいたから注意しただけだよ。そしたらその子が別のウマ娘を連れて来て、そのウマ娘もまた別の子を連れて来て……そんな感じだ」

 

初めの子は胡散臭さを隠さなかったが、それでも他に手が無くて男の言葉を参考にしたようだった。そしたらすごく効果があって、もしかしたらと友人を連れてきた。またもや上手くいったので、2人目の子がその友だちを連れてきたのだ。

 

「友釣り?」

 

「酷い例え方をするな。てか意味が違う」

 

「撒き餌?」

 

男はテイオーをマジマジと見た。

これは釣りに連れて行けという匂わせの様なものかと、男は思った。

 

「……今度、セーヌ川で釣りでもするか?」

 

「モン・サン・ミッシェルが良い」

 

「チャレンジャーだな……調べておくよ」

 

釣りがOKかは知らないが、たしかにモン・サン・ミッシェルを背景に竿を持つのは映えそうだと男は思った。きっと良い気分転換になってくれるだろうとも思う。

 

「お願いね。ホント、センセーがいて良かったよ」

 

「そいつはどうも」

 

男もなんだか楽しくなってきたので、お礼を言われるのは違うかなと、軽く返した。

 

「ね、センセー」

 

テイオーが真面目な声を出した。

 

「うん?」

 

「ようやく来たよ。この場所に」

 

「ああ」

 

テイオーの硬い声に対して、男が軽く返した。

 

「ボク、絶対勝つからね。勝ってセンセーに恩返しするから」

 

「俺に恩返し? ……ははっ」

 

「なんだよう。ボクは本気なんだからね」

 

唇を尖らせるテイオー。

 

「なおのこと笑えるわ。……テイオー」

 

「……なんだよう」

 

「お前は誰かのためなんかじゃなくて、自分のために走れ。他の誰かが望むから勝ちたい、なんてのはテイオーには似合わない」

 

「そ、そんなことはないと思うよ」

 

力なく否定するテイオー。

 

「みんながテイオーのことが好きなのは速いからってだけじゃない。テイオーの走りが自由で、心の底から楽しいってわかるからだ。使命感に追われて必死に走る姿じゃない」

 

「……ボク、楽しそうじゃない?」

 

「全然。目尻を下げて、口角を上げてるだけだな。……本当、急なスケジュールだったけど、随行して良かったよ」

 

自分が居なくてトレーナーも居なくて、たぶん代理としてURAから派遣されてきた人が傍にいるだけ。そんな状況を想像すると、男は身震いした。

 

「……マヤノがいないから上手くやれると思ったんだけどなー」

 

「何年の付き合いだと思ってるんだよ。ガキンチョ1人の感情に気づかないわけないだろ」

 

「もう結婚できる歳なんだけど?」

 

「成人年齢が変わったので、まだ結婚できません」

 

「むー! ああ言えばこう言う!」

 

テイオーがまた不安を隠した。

 

男は、ここだと勝負をかけることにした。

 

「テイオー」

 

「なにっ!」

 

「凱旋門賞は日本の悲願だ」

 

男はゆっくりと話す。

 

「うん……」

 

神妙な顔でテイオーが頷いた。

 

「これまで日本で敵なしと言われたウマ娘たちが挑んでは、一度も勝利することはなかった。そのせいか日本の競走バのレベルは低いってずっと言われてきた。だからこそ、URAを始めとして、マスメディア一同は無敗の9冠バになったテイオーに期待を抱いている」

 

男がトレーナーの代わりをするようになり、改めて関係者からの期待の大きさに気づいた。

マスメディアがフォワ賞を熱心に映していることはもちろん、フランスにいるというのに、日本メディアからの取材依頼がかなり来ている。密着取材なんて迷惑な依頼も来ているほどだ。男はテイオーの了解を得た上で、それらノイズは全てお断りした。レースの直前と直後にインタビューを受け付ける。それ以外はテイオーの時間として使う。それを徹底した。

URAからはサポートが必要ないか何度も連絡が来ている。トレーナーが日本に帰国していることはもちろん知っていて、代理のトレーナーが必要なんじゃないかということだ。これは検討したほうが良いと思い、人次第ではお願いしたほうが良いのではないかとテイオーに聞いてみた。テイオーの答えはNOだった。まさに取り付く島もない。断固として受け入れなかった。しかし、それでもURAは必要な物はないかと熱心に連絡をくれている。

みんな、テイオーに希望を抱いているのだ。

テイオーなら勝てる。勝って欲しい。勝ってくれ。……俺たちの夢を叶えてくれ。そういったノイズは男が遠ざけようとしてもテイオーには届いてしまうのだろう。

これまでずっと、そういう思いにぶつかってきたテイオーが気づいていないわけがないのだ。

 

「でも、そんなの全部、大人の都合だ」

 

「……!」

 

テイオーの顔が崩れた。

 

男はテイオーに言い聞かせるように丁寧に言葉を紡ぐ。

 

「このレースはあくまでもトウカイテイオーが一番強いんだぞって証明するためのレース。お前にとってはそれだけでいいんだ。俺のためとか、トレーナーのためとか、日本のためとか、お世話になった人のためとか。そんなの全部ただのノイズだ」

 

気にしないようにしていてもノイズは思考に影響する。レースが楽しいから勝ちたい、それだけで走り始めたのに、皆が応援してくれるから期待してくれるから、それに応えたい。ガッカリさせたくないから勝たないと。そんな感情が芽生える。

だから自分への恩返しなんて、レースを走る本来の理由から遠ざかった言葉が出てくるのだと、男は思った。

 

「今回の一番人気は名実ともに最強バだ。凱旋門賞3連覇を目指す、なんて意味のわからない目標を掲げているほどだ。だが、だからこそ、そいつに勝てばテイオーが一番強いことが証明される」

 

目を赤くしたテイオーが小さく頷いた。

 

「それでようやく、お前はシンボリルドルフとの舞台に上がれる。自信を持って、トゥインクルシリーズ最強バとして挑戦状を叩きつけられる」

 

テイオーの目から涙が溢れた。

テイオーが男に向かって飛びついてきた。

 

小さな体を男は受け止めた。

 

「誰かのためじゃない。お前の夢をかなえるために全力で楽しんでこい」

 

抱きついてきたテイオーを、男は優しく抱き返した。

 

「もし、本当に心の底からレースを楽しめたなら、お前に勝てるウマ娘は存在しない」

 

男の腕の中の子が、抱きついたまま小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタミナが20上がった

体力が50回復した

やる気が上がった

トウカイテイオーの秘められた力が覚醒した!

「絶対は、ボクだ」を覚えた

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