2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話   作:キンニャモニャ

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前半はテイオー視点です。
いきなり始まります。


17話 凱旋門賞

ゲートが開くと同時に、一斉に各バが飛び出した。

 

「ちょっ、早っ!」

 

決して出遅れたわけじゃない。

一番に飛び出したとは言えないけど、横一列でスタートを切れたと思ったのに、1歩先を進むウマ娘がかなりいた。

今回の子たちコンセントレーションがとんでもないよ!

 

ちょっとだけ冷や汗をかいた。

外枠だったこともあり、いい位置とはとても言えない状況。しかも結果的には先行集団からは出遅れた。差しの集団の後ろの方だろう。

嫌だなあ。

どう挽回しようかと周りの穴を探っていた時である。

 

「え、ちょっ――」

 

先団を走っていたラビットのウマ娘たちが本命のウマ娘に進路を譲った。たぶん悪気はない(と信じたい)けど、その子たちの移動先がちょうどボクの前だった。危うく衝突しそうになり、外に動いて距離を取る。

やられた。

気がつけば避けた相手がボクの内側に、前には別のウマ娘がいて窮屈な状況だ。しかも運の悪いことに、別のラビットの1人がちょうどボクの外側に下がってきそうだ。三方を囲まれかけている状況になった。

マズいな。マズいよね。うん。このままだとジリ貧かも。

 

ラビットの子たちは、ただの先導ではない。先導はするけど、仕事を終えた後でチャンスがあるなら1着を目指す子たちだ。この子たちもたぶんそう。坂路に入るときのベスト位置を本命の子に譲り渡したけど、目が死んでない。ここから食らいついていくぞ! という気持ちが見て取れた。まだレースを捨ててないなら、これ以上、下がることは絶対にしないはず。そしてそうなると、ボクの囲いがずっと続いちゃう!

坂道では余計な動きをしないで、じりじり距離を詰める予定だったんだけど……。

ああもう、仕方ない、なあっ!

 

『技巧派』

 

外にいるラビットの子と正面の子の間が少し空いている。その間を抜けようと息を入れる。

すると、ボクに気づいた正面の子が進路を塞ぐために少しだけ外に移動した。

そうなるよね!

 

『ライトニングステップ』

 

歩幅を調整し、一気に内へと切り返す。もちろん速度は落とさない。

 

「!」

 

前のウマ娘がボクの意図に気づいたようだけど、もう遅い。

 

「うっ!」

 

正面で走っていた子の横スレスレに並んで、一気に置き去る。

内に走っていたウマ娘よりも前に出た。

これで包囲網は突破!

 

「くぅ!」

 

これなら斜行にはならないはず。センセーがフランスのトレセンで面倒を見ていた子たちに協力を依頼してくれて、何度も併走はさせてもらってる。アドバイスも貰った。フランスでの判定基準は体が覚えている。これなら問題ない!

でかい坂道なのに思いっきり左右に動いちゃったけど大丈夫。このくらいへっちゃらだよ!

 

『神業ステップ(発動済)』

 

……長距離だったら詰んでたかもしれないのはセンセーには内緒にしておこっと。

 

 

 

さて、中団を抜け出せたけど、まだ先行集団の後ろなんだよね……。

もう。稍重って聞いてたけど、日本なら重だよ。それも限りなく不良寄りのね!

様子を見たいけど、1番人気の子の調子が良いんだよね。すっごいハイペースだと思う。

なかなか上手くいかないよね。

 

『先行コーナー◎』

 

まあでも、抜かせてもらうよ。

この位置だと嫌な予感がするから、もう少し前に行きたいんだ。

 

『弧線のプロフェッサー』

 

1人、2人、3人、4人とジワジワ抜かしていく。

コーナーには自信があるんだよね。長距離もコーナーが稼ぎどころだったりするんだよ。春天だって、これで余裕のリードを作らせてもらったしさ。コーナーで逃げのウマ娘に追いつくのがボクのセオリーだったりするんだよ。

でもさすが凱旋門賞だね。まだ前に3人いるよ。

ちょっと早いけど……スパートを掛けようかな。

前の3人に追いつくために速度を上げる。

それに気づいた3番手のウマ娘が余裕の表情を見せた。

馬鹿め、この次はフォルスストレートだぞ。ってところでしょ。

もちろん知ってるよ。ここを最終直線だと思って走るとバテるってことでしょ。

でもボクには関係ないよ。

 

『コーナー回復○』

 

ボクさ、実は公式レースの中距離でバテたことって一度もないんだよね。

さっきの坂で少し頑張ったけど、まだまだスタミナは余裕があるよ。

むしろ、この距離でこの状況なら計画どおり。

 

『レースプランナー』

 

あざ笑う3番手を抜かして、これまた驚いた顔をしている2番手に接近する。

2番手はボクのことを嗤ったりしなかった。

驚きの顔がすぐに緊張の顔になり、ボクに競り負けないよう速度を上げた。

すごいよね。日本だったら、これはダメ押しになってたんだけどな。唯一マックイーンが宝塚記念で食らいついてきたくらい。

しかも更にすごいのは、この2番手の子が全く先頭に立てる気配がないんだよ。先頭の子はまだずっと先を走ってる。世界はやっぱり広いよね。

まったくもう本当に……

 

「レースって楽しいなあ!!」

 

『究極テイオーステップ』

 

ここからは全力だよ!

無敵のテイオー様の降臨だーっ!!

 

「え、なにそれ……!」

 

「うそっ」

 

フォルスストレートが終わり、本当のラストスパートに入ったボクは2番手の子も追い抜く。

抜かし際に2人の声が聞こえたけど、それも気にならない。

もうゴールを目指すとき。

後は先頭の子だけ!

先頭の子と2番手になったボクとはまだ7バ身くらいあるから、余裕の走りをしている。

でも、そんなの一瞬だよ!

 

『一陣の風』

 

ギュンッと行くからね!

6バ身、5バ身、4バ身。

まだまだ行くよ!

 

『先行直線◎』

 

3バ身、2バ身、1バ身!

もうじき並ぶ。そんなところで、彼女の雰囲気が変わった。

 

ボクの目の前に、暗くて重い世界が広がった。

 

足が重い。それだけじゃなくて、呼吸をするのが難しい。

 

後1バ身で抜けるのに、ボクの加速が止まった。

油断すれば転倒しちゃうほどの負荷を感じる。

 

そうだよね。キミだって欧州最強のウマ娘なんだから、使ってくるよね。

ボクとは違って、他のウマ娘に影響するんだね。

ボクと先頭のウマ娘との距離は縮まらない。

それどころか、ボクのスタミナがドンドン削られていくのがわかる。

重みでステップがおぼつかなくなる。計画していたプランが崩れた。この先にコーナーはない。

このままだと、ゴールまでに息が上がりそうだ。

 

息が上がる?

中距離で!

このボクが!

 

……はは。やっぱりすごいな。たとえ少し走りにくい芝だって、2400mなら絶対にバテない自信があったんだけどな。

 

「でも……ここからだよ」

 

正直、次の力を使うには体力が足りていない。

でも大丈夫。

耳をすませば……ほら。

 

「」

 

ゴール前だもんね。

さっきまで聞こえなかったけど、今ならわかるよ。

 

「―――――――」

 

いっつも、からかってばかりだけど、その声はボクに元気をくれるんだ。

どうしようもなくて途方に暮れていたとき。長距離を走り切る自信がなくなって不安になったとき。自分の体の弱さにハッキリと気づいて絶望しかけたとき。皆の声がどういうものか気づいたとき。いつでもその声がボクを支えてくれた。

 

「―――――――!」

 

センセーはさ、ボクに楽しく走れって言ったよね。周りのことなんか気にしないで好きに走れって。もちろんレースは楽しいよ。今だってすごく楽しく走ってる。

 

「――――! ―――!」

 

でもね。ボクは褒められるのが大好きなんだ。カイチョーとか両親とかファンの人とかに褒められるのは最高だよ。気持ちよく走って、みんなが褒めてくれるなんてサイコーだよ!

 

「――オー! ―け―!」

 

その中でもトレセンに入ってから一番嬉しいのはセンセーに褒めてもらうことなんだよ。今日だって絶対にセンセーに褒めてもらうって決めてるんだから。すごいぞ、テイオーって!

 

「テイオーー! 行けえぇぇ!!!」

 

だから勝つんだ! 絶対にっ!!

 

 

 

『絶対は、ボクだ』

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

声を振り絞って応援する男の目に、フォルスストレート後の最終直線に入る2人のウマ娘の姿が確認できた。

男は何度目になるかわからない大声をあげた。

 

男にとってレースとは希望だった。

つまらない世界において、光り輝く希望だった。

 

そんな世界にあこがれて、必死になって青春をそのために費やしてきた。

しかし、トレーナーにはなれなかった。

だけど今、子どものころからの夢が叶っていた。

 

この幸せが長く続かないことも理解していた。

こんな奇跡とも呼べる出会いは、もう無いことも理解していた。

だからこれが――トウカイテイオーとの挑戦が、男にとってウマ娘のレースに携わる最後の機会だと理解していた。

だけど、男にとってそんなことはどうでも良かった。

一般的に言えば、有終の美を飾るのは勝利だろうか。

だが、たとえトレーナーの真似事をすることができなくなっても、たとえこれが最後の大きな挑戦になったとしても、男にとっては、テイオー自身が満足のいく走りができればそれで良かった。

心の底からそう思っていた。

 

テイオーの姿が見えた。

 

出会いの印象は生意気なクソガキだった。

面倒くさい相手に絡まれたと思っていた。

それが引くに引けない状況になり、見捨てるわけにもいかず、面倒を見ることにした。

しかし、男はすぐにテイオーの魅力にやられてしまった。

気がつけば甲斐甲斐しくテイオーの世話を焼き、彼女が泣くことがないように全力を尽くしていた。

トレーナーを諦めたなら、本格的に実家の手伝いをしてほしいという両親と兄の言葉にも、あと数年待ってほしいと頭を下げた。

 

男は、黒いモヤの様なものがテイオーに纏わりついている錯覚を見た。

 

男がいなければトウカイテイオーの夢は叶わなかったが、トウカイテイオーがいなければ男の夢も叶わなかった。それで、すなわち不幸になるというわけではないが、2人にとって、これ以上はない夢の道だった。

そう。もう2人の夢は叶っていた。だからこそ、今はお互いのため、自分のために夢の続きをかけている。

 

大切な人と一緒に大好きな挑戦をしている。

トウカイテイオーの口角が上がった。

 

大切な人を最高の状態で送り出した。

男の目が輝いた。

 

最大の難局をなんとか抜けようとテイオーがもがく。

大丈夫、この局面での技は知っているはずだ。

「テイオー!!」

 

男の声が響く。

 

黒いモヤが払われた。

 

男の目にトウカイテイオーの姿が見えた。その表情は――。

男が笑った。

「テイオーー! 行けえぇぇ!!!」

 

 

 

『絶対は、ボクだ』

 

 

 

その瞬間、大歓声であふれるロンシャンが静まり返った。

 

いや、歓声は上がり続けていた。

だが、トウカイテイオーと男の耳には、無音の世界が広がった。

唯一、トウカイテイオーの足音だけが聞こえる。まるで誰もが走りを止めたかのような中で、トウカイテイオーだけが走り続ける音がした。

ゆっくりとトウカイテイオーが先頭との距離を詰める。

そして、トップになった瞬間、世界が息を吹き返した。

 

一瞬で2人のウマ娘がゴール板を通り抜けた。

 

大歓声。

 

みんなと同じ世界に戻ってきた男には、何も聞こえなくなるほどの大歓声が待っていた。

耳をふさぎたいほど、うるさい声があふれる。

だが男は全身全霊でトウカイテイオーの姿を注視する。

トップで駆け抜けたトウカイテイオーが徐々に速度を落とし、ようやく止まった。

そして掲示板を確認することなく、まっすぐ男を見つめた。

ゆっくりと腕が上がった。

そして、いつもの様にトウカイテイオーは笑った。

 

大歓声。

 

全身から力が抜けていくのを感じながら、それでも男はテイオーの全身に目を注いだ。

両手で柵を握りしめて、なんとか体を支えながらも、テイオーに違和感がないか男は必死に確認する。

それを見たトウカイテイオーは嬉しくてたまらない気持ちになりながらも、仕方ないなあと笑みを深めて、男へ向けて歩き出した。

近づいてくるトウカイテイオーの姿を見て、ようやく不調はなさそうだと男は判断した。顔を突き合わせる距離まで歩いてきたテイオーに「ケガはないな?」と問いかける。

頷くテイオー。

男は安心して足と手が限界になる。それでも気合で立ち続けた。テイオーに「お礼言ってこい」と限界を迎えた最後の言葉を告げた。

それを聞いて不満そうなテイオー。

限界になり、男の柵を持つ手が崩れた。バランスを崩す男。

それをテイオーが前から抱きつきながら支えた。

テイオーが男の耳元で「やったよ。センセー」と囁いた。

男が目を見開く。そして力を振り絞り、片手を自分のひざに置いて体重を支え、もう片手でテイオーの頭を抱き寄せるようにして、頭をガシガシとなでた。

 

「お前が一番だ。すごいぞ、テイオー」

 

ようやく聞きたい言葉が聞けたテイオーが改めて男を抱きしめた後、レース場へと戻り、観客へと礼を告げに行った。

残った男は崩れ落ちるように椅子に座り込む。そのまま空を見上げた。

大歓声が響き渡る。

男は疲れた体でその音を受け止めながら、ゆっくりと目を閉じた。

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