2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話   作:キンニャモニャ

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最終話 夢が叶ったその後で

とある温泉旅館にて。

 

「そんじゃあ、だいぶ遅れたけれど、凱旋門賞勝利を祝って、乾杯」

 

「かんぱーーーい!」

 

チンッとグラスを合わせると、テイオーがグイッとにんじんジュースを呷った。

 

「おお、良い飲みっぷりだな」

 

「えへへ、まあねっ。センセーも飲んで飲んで!」

 

「俺は酒だからゆっくり飲むんだよ」

 

「えー、最初の一杯はボクのお祝いってことで空にしてくれるんじゃないのー?」

 

「……今日くらいは仕方ないか」

 

男もグラスを一気に空にした。

 

「うんうん! そうこなくっちゃね! グラス貸して! ボクが注いであげるから!」

 

「お、今日は気が利くなあ」

 

「今日もでしょ。それより、おつまみは? さっき売店で買ってたよね」

 

テイオーが男の後ろにある袋に目を向けながら言った。

 

「ああ、軽いスナックがある。にんじんチップスもあるぞ。ほら」

 

男が腰を上げて、袋の中身を取り出した。

 

テイオーは酒を作りながら、その様子をニコニコと見ていた。

 

「あ、美味しそーだねっ。はい、グラス!」

 

「ありがと。それより、ようやく祝勝会が出来たな」

 

「長かったね。凱旋門賞を取ってからずっと取材やテレビ撮影があって、URAの偉い人と食事したり、ファン感謝祭の準備に追われたり、いろいろありすぎだよ……」

 

帰国してからのインタビューで、テイオーはトゥインクルシリーズを退き、ドリームトロフィーリーグに移ることを表明した。せめて有マをもう1度という意見も中にはあったが、概ね好意的に受け入れられ、多くのファンが祝福をしてくれた。

しかし、そこからが忙しかった。ファンへの感謝ということでライブを行ったり、いろいろな取材、食事会などが押し寄せてきた。

テイオーはドリームトロフィーリーグ挑戦をシンボリルドルフと走るためと位置付けていたため、当然トレーニングも続けている。

いつもの様に生活する中でイベント事が増えた上に、少し出かけると声をかけてくれる人がとても多いので、なかなか時間が取れないと嘆くほどだった。

その上、合間を見つけて男との都内ピザ屋旅行は敢行したわけだから、忙しさも一入だった。

 

予てより、凱旋門賞のご褒美は温泉旅行とテイオーが口にしていたが、それが伸びに伸びて、凱旋門賞から半年以上が経過して、ようやく決行できたのだった。

 

「それも全てキチンとこなしたんだから、テイオーは偉いぞ」

 

「えへへ。でしょでしょー!」

 

「ああ。間違いない」

 

最近は嬉しそうなテイオーを見ると、自分も思わず笑みがこぼれる男。

 

「今日はたくさん美味しいものが食べられたし、頑張ったかいがあったなー」

 

「ピザ屋巡りも楽しかったけど、こうして部屋の中でゆっくり食べるのは気が楽で良いな」

 

「だね。ピザ屋は店員さんもお客さんもみんなボクらに注目してたしね。センセーは気にせずパクパク食べてたけど。いつも人目が嫌だって言うくせにさ」

 

「声をかけられなければ、ピザを食うのは変わらないだろ。テイオーだってパクパク食べてたじゃないか」

 

「ボクは元からそんなに視線は気にしない方だよ。センセーが気にするから、気にしてるだけ」

 

「はいはい」

 

口が上手くなったな、と男は思った。だが、美味しそうに、にんじんチップスを口に放り込んでいるテイオーの顔を見ると、それもどうでも良くなってしまった。

 

「シンボリルドルフとのレースももうすぐだな」

 

「うん。あと2カ月だね」

 

「いけるか?」

 

「芝2400m。絶対に勝つよ」

 

胸をドンと叩いて笑みを浮かべるテイオー。その顔にはたしかな自信が見える。

 

「ドリームトロフィーリーグ初戦でシンボリルドルフと走るとはな。運が良いのか悪いのか」

 

「良いでしょ。今ボク絶好調だから、サイコーのパフォーマンスができるよ」

 

「たしかに流れはテイオーにあるか。応援してる」

 

「まっかせてよ!」

 

テイオーの尻尾がフリフリと揺れる。

 

男はテイオーが気負っている様子がないことに安心した。

 

「シンボリルドルフに遠慮して競り負けるなよ」

 

「しないしない。絶対にボクが上にいくの!」

 

笑いながら首を振るテイオー。

 

「最後はタマモクロスが飛んで来るから注意しろよ」

 

「この前タマモクロスのレースを見たけど、ほんとにピュンッと来るよね。気をつける」

 

少し警戒心を見せるテイオー。

 

「スーパークリークとかマルゼンスキーに気を取られて負けるなよ」

 

「まっさかー、ボクがそんなヘマするわけないじゃん」

 

満面の笑みを浮かべるテイオー。

 

「だよな」

 

「やるならボッコボコにするよ。完膚なきまでにね」

 

テイオーは真顔だった。

 

「…………」

 

「どうしたの?」

 

「いや、別に?」

 

男は、これからはあまりスーパークリークとマルゼンスキーの話はしないようにしようと決意した。

男が間を空けようと、ゆっくりとグラスを傾けた。

 

「センセーはこれからどうするの? 実家のお手伝いの方に本腰入れるんでしょ?」

 

「そうだな。ずっと待って貰ってたし、もうそろそろケジメを付けないとな」

 

モラトリアム期間の終了に、男は心の中で溜息をついた。

 

「病院を1つ任されるんでしょ? 忙しくなるね」

 

「そうは言っても段階的に引き継いでいくし、非常勤で行ってる病院だからな。ああ、テイオーのケアをする時間くらいは取れるから心配するなよ。流石にいつでも好きな時間に、とはいかなくなるが同じくらいの時間は確保するから」

 

「じゃなかったら猛反対してたよ」

 

どういう仕事をするかは、男はここ数年で兄と父から耳にタコができるほどに聞いていた。非常勤として関わってきたので見知らぬ病院でもない。男はそこまでプレッシャーを感じていなかった。ただ、自由な時間がガッツリ減るだけだった。

 

「……俺はリハビリに強い病院にしたいって思ってるんだ。幸いなことに任せてもらえる病院はかなり広い敷地を持ってるから、将来的には、そこでウマ娘のリハビリもできるようにしたいって考えてる。トラックとか用意してさ」

 

酒の肴に、男が展望を話し始めた。

 

「へー、いいね! すっごく良いと思うよ」

 

「だろ? ケガで引退する子は減らないけど、せめて日常生活とかランニングはできるくらいに体を戻してやりたいんだ」

 

「ウマ娘に関することなら任せてよっ! アスリート目線でバンバン指摘してあげるからね!」

 

ドンッと胸を張るテイオー。

 

男がテイオーをジッと見た。

 

「……手伝ってくれるのか?」

 

「当たり前でしょ?」

 

心の底から不思議そうにテイオーは首を傾げた。

 

「はは、そうだな。……そうだった」

 

嬉しくて、気恥ずかしくて、男は誤魔化すようにグラスを空にした。

 

テイオーがすかさず男のグラスを手元に寄せて、酒を作る。

テイオーが準備をしながら、部屋の中のあるドアへ目をやった。

 

男も釣られてドアへと振り返った。

 

「この部屋って内風呂あるんだよね」

 

「ああ、好きなときに行って来いよ」

 

「えー、一緒に行こうよー。はい、お酒」

 

ありがとう、と男が受け取ったグラスを傾けた。

 

「一緒って……、ダメに決まってるだろ」

 

「もう見飽きるくらい見てるからいいじゃーん」

 

「だから一度もそういう目で見たことはないって」

 

「うん、知ってる」

 

微笑むテイオー。

 

「ああでも、肌とか綺麗に手入れしているのはわかるから、やっぱり女の子だなとは思ったな」

 

「でしょ? ゴールドシチーとかに聞いてケアしてるんだから。……カレンチャンにはちょっと聞ける感じじゃないんだけどね」

 

ブルリと身震いするテイオー。

 

「女子は大変だな。内風呂も同じ温泉らしいから、ゆっくり入ってきな。もちろん1人でな」

 

「残念。今なら大人の魅力でセンセーなんてイチコロなんだけどなー」

 

ニシシと悪戯っぽい笑みを浮かべるテイオー。

 

「まあた古い言葉を……、てか、大人の魅力って、今も体は成長してないだろ」

 

「外見じゃなくて内面でしょ? ボクだってすごく成長したよ」

 

「ああ、そうだな。……たしかにそのとおりだ」

 

ジッとテイオーを見る男。

5年前に比べて見た目はほとんど変わらない。今は髪を下ろしているが、日常に戻ればポニーテールになるから、それも一緒。でも、やはり違う。

昔のテイオーはこんな落ち着いた笑みは浮かべられなかったし、言葉にこんな説得力はなかった。所作だってテイオーらしさを残しながら落ち着きが見える。

なんだかんで泣き虫なところは変わらないし、相変わらずワガママを言うけど、それでもやはり昔とは違う。

もう、テイオーは大人になったのだと男は再認識した。

 

「今度こそ、もう子ども扱いは卒業だな」

 

「うん」

 

嬉しいような寂しいような、どちらの感情も強く出してしまう男に、テイオーが静かに頷いた。

 

「いつかとは違う。今はテイオーもただのガキンチョじゃない。もうすっかり高校生だ」

 

「……高校生じゃなくて、18歳だよ」

 

「え? ああそっか、この前、誕生日を迎えたもんな。そしたら、もう成人したのか? ははっ、思ってもみなかった」

 

酒を含んだせいか、男は気分が変に高揚しているのを感じた。

 

「……………………」

 

「子どものテイオーは今日で最後、か? 明日からはちょっとだけ大人のテイオーとして扱わないとな」

 

男の体がポカポカする。酒に弱いわけではないから温泉効果もきっとあるんだろうと男は思った。

 

「……いや、今日からだよ」

 

「うん? それってどういう――あれ?」

 

ポカポカがグルグルに変わり、男は思わずバランスを崩して体を横に倒してしまった。

 

「言ったでしょ。ボク、もう18歳なんだって。前も話したじゃん。18歳からは結婚できるんだよ」

 

「18歳……結婚? なに言ってるんだ、まだ早いだろ」

 

視界もグラついている男にはテイオーの顔がよく見えない。

 

「そうかもしれない。でも、成人として認められるんだよ。もう、恋愛は自由なんだ」

 

男の体が熱に慣れてきて、視界が少しハッキリとしてきた。

男の目にはテイオーが見える。だが、テイオーの様子はいつもと変わって見えた。

男はなぜかテイオーから目が離せない。

 

「あれ……テイオー? ……あれ?」

 

「センセー、顔が赤いよ?」

 

蠱惑的な笑みを浮かべるテイオー。

 

そう感じてしまうくらい、男はテイオーから目が離せない。

 

「いや、そんなはずは……なんだ、おかしいぞ」

 

「タキオンにもらった『ぴょいっX(※自然由来の体に優しい合法成分で出来ています)』が効いてきたのかな?」

 

テイオーは使用済みの薬包紙をピラピラと振った。

 

「なんだその突っ込みどころしかない物は」

 

「異性をその気にさせる薬だって」

 

「止めろよ、そんなエロ漫画にしか存在しない薬を現実に持ち込むんじゃない……!」

 

テイオーの声が聞こえるだけで男の動悸が激しくなるが、残る理性を振り絞って主導権を取り返そうとする。

 

「この薬はすごく変わった効果を持っていてね。誰でも効くわけじゃないんだ。目の前の異性に対して、そういう気持ちを抱いた時に、その気持ちを増大させて、抑えられなくするんだって。……つまりセンセーはボクをそういう風に見てたってことだよ」

 

「訂正するぞ。都合の良いエロ漫画の中ですら、理不尽って言われる部類の薬だな!」

 

突っ込みどころが満載すぎて、男が少し自分を取り戻した。

しかし、テイオーへの心の高まりは増す一方だった。

 

「誤魔化さないでよ……まあ、いいや」

 

薬包紙を床に置いて、スッと立ち上がるテイオー。

 

「おい、止めろ、近寄るんじゃない!」

 

後ずさる男。

 

テイオーはそんな男を見て、優しく包み込む様な笑みを浮かべた。

 

「大丈夫。ボクはわかってるよ。センセーは常識をわきまえていて、子どもに欲情するような大人じゃないことはボクがよーく知ってる。……でもセンセーはウマ娘が大好きなんだよ」

 

「え? あ、ああ……」

 

頭が上手く回っていない男が、ただの事実として頷いた。

 

「そりゃあ5年も一緒にいれば情が湧くよね。距離感がバグって心の壁を取っ払っちゃうよね。そんなときに子どもから大人に成長した大好きなウマ娘がいたら、そういう感情を抱いちゃうのは自然なことだよ」

 

「…………」

 

言われるがままに男は自問した。

確かにテイオーは可愛い。一緒に居ると落ち着くし、楽しい。ふとした時に大人びた表情も見せるようになった。それにドキッとすることがなかったと言えば嘘になる。

というか、まさに今ドキドキしている。

しかし、それはそうとして男の頭の中で警報が鳴り続けている。

 

「そう。だからこれは、おかしなことじゃないんだよ。だってボクもセンセーも大人だもんね」

 

「……ああ、くそっ! お前、どこでそんな詰め方を覚えてきたんだよ……!」

 

そう言う男だが、どうしようもなくテイオーを求めている自分を自覚した。

テイオーの声を聴き続けたい。男は耳が溶けそうなくらい心地よかった。

 

「あははっ、いつもと立場が逆になったね」

 

「おいおいおい、だからこういうのはマズいんだって!」

 

なんとか後ずさり続ける男だったが、ついに壁にぶつかった。

 

「知らないよ……それじゃあいくよ?」

 

「まてまてまて、今まで一緒に頑張ってきただろ。この問題だって協力すれば解決できるはず。まずは話し合おう!」

 

男は両手を前に出して、テイオーを止めようと必死になる。

 

「位置について……」

 

「わかった! 俺も前向きに考えるから! だから、その場のノリで話を進めようとするんじゃない!」

 

男はどうするのが良いかはもう考えられないが、寄り切られたら負けることだけはわかっていた。

 

「よーい……」

 

「……くそ、まだ独り身で好き放題やっていたいのに!」

 

男の両手が下がった。

 

「ドン!」

 

 

 

その音はウマ娘にとって戦闘開始の合図だ。

用意周到に戦場を整えたウマ娘は、トゥインクルシリーズの終わりの証でもある、一番欲しかったものを獲りにいった。

それがあれば、こんなに大きな成績を残せなくても満足できた。

それがなければ、こんなに大きな成績を残しても心が満たされることはなかった。

ウマ娘が何よりも欲していたものだった。

 

それに、やり方が強引であったとしても、それはお互い様。

いつだってウマ娘は愛情の名の下に、強引に振り回されてきた。

同じようにウマ娘も存分に振り回してきた。

その度に2人はぶつかり合うことでお互いを知り、絆を深めてきた。

だからこそ、大きさの違いはどうであれ、2人の感情がお互いを向いているのなら、きっとウマ娘の願いは叶うのだろう。

 

 

2人が駆け抜けた5年間はこれで区切りとなる。

しかし当たり前だが、2人の物語はこれで終わらない。

夢を諦めた男の夢が叶ったように。

夢を叶えた彼女が次の夢を目指すように。

 

2人は互いを支えにして、また新しく、ユメヲカケル。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、お客様、お隣の部屋の方のご迷惑になるので……」

 

「「す、すいません……」」

 

このあと滅茶苦茶フロに入った。(折衷案)

 




これならセーフでしょ。セーフですよね?

これにて完結です。
明日、後書き的なものと最後の小ネタを投稿をして、この作品は閉じさせていただきます。たぶん皆さんが期待しているものではない一発ネタです。もしかしたら土曜になるかもしれません。ご容赦ください。
1週間という短い間でしたが、お世話になりました。
ありがとうございました。
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