2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話   作:キンニャモニャ

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書き分けに注意しましたが、わかり辛かったら申し訳ない。


5話 デビュー後

テイオーはある程度、決まった日時で男の元へ通っている。

男もそれがわかっていて、テイオーから『今から行くね』のメッセージが届くと、すみやかに準備を開始する。

とはいえ、男はテイオーのことを親戚の子どもくらいに見ているので、念入りに歓迎準備をすることもない。診察室として使っている空き部屋の空調を整え、診察台に綺麗なシーツを敷いておく。その程度だった。他に入用なものが合った場合は、テイオーを待たせておいて、その時に用意している。

テイオーも男に待てと言われれば、リビングでティータイムを楽しみながら、脚をぶらぶらさせて大人しく待っている。ちょっと暇になったら、まだー? と男に催促したり、ダル絡みをしにいく。

 

つまり、2人は気の置けない仲だった。

 

それ自体は2人の親しさが表れているだけなので問題はない。

だが得てしてそういうものは最低限の礼節を失くことがある。

 

男がテイオーを出迎えたその日は、まさにそのテイオーがやらかした日であった。

 

 

 

「というわけで、今回はカイチョーも一緒だよっ!」

 

男が玄関を開けると、ニコニコのテイオーの横に、トレセン学園生徒会長であるシンボリルドルフが立っていた。

 

「……はあ」

 

「初めまして。シンボリルドルフだ。突然お邪魔してすまない」

 

男とテイオーの様子を見ていたシンボリルドルフが苦笑いをしながら挨拶をした。

 

男はその様子を見て、患者の保護者として扱えばいいかと即座に判断した。

 

「いや、こちらこそ初めまして。どうぞ、お迎えする準備も出来ていませんが」

 

「え、誰?」

 

男の見たことない態度に素で驚くテイオーを無視して、男はシンボリルドルフをリビングへと案内した。

 

 

 

リビングについて、客人を席に案内すると、男はすぐに紅茶の準備をした。

普段と違い、電子はかりを使って正確に茶葉と水を調整する。蒸らしもティーコジーを使い、時間も1秒単位で計測する徹底ぶりだ。

 

男の様子はリビングからは確認できないが、準備ができた男が洒落たトレーに紅茶とお茶請けを載せてリビングに入ってくるのを見て、テイオーの口元が少し引きつった。

 

「どうぞ」

 

男はとても洗練された所作でシンボリルドルフに提供する。

 

テイオーは眉間にしわを寄せた。

 

「ありがとう。とても良い香りだ。いつもテイオーに紅茶を入れてるのかな」

 

シンボリルドルフも男に負けず優雅な動作でティーカップを口元へ運ぶ。

 

テイオーもシンボリルドルフに続く。

 

「……うん、美味しいね」

 

男が淹れた中で、間違いなく過去一の出来の紅茶に、テイオーは複雑な顔をしながら、素直に感想を絞りだした。

 

「そうですね。テイオーがコーヒーよりも紅茶が好きだと言っているので」

 

「そうか。テイオー、あまりワガママは言わないように」

 

「そ、そんなワガママ言ってないよ! ねっ!」

 

ここに来て、男は家に入ってから初めてテイオーをちらりと見た。

 

「まあ、今日は顔を立ててやるよ」

 

「ちょっとー!」

 

怒るテイオーには目もくれず、男はシンボリルドルフに目線を戻した。

 

「そんなことより、今日はどうしましたか? テイオーの状態確認ですか?」

 

「実はテイオーのご両親から話があったんだ。君のことはテイオーからよく聞いているけど、対価も無しにだいぶお世話になっているということで、とても恐縮しているようでね。特にテイオーが迷惑をかけていないか心配しているようなんだ」

 

「ああ、なるほど」

 

男とテイオーの両親とは、最初の頃に直接あいさつしてから接点はなかった。男としては定期的に報告をしたほうがいいと思っていたのだが、これをテイオーが拒否した。

必ずボクが説明するからー! との言葉を男は信じ、テイオーに任せっきりの状態だった。

テイオーがしっかり報告を続けていることに満足しつつ、男は子どもを持つ親の悩みに納得した。

 

「別に迷惑なんてかけてないよ。ね! センセー!」

 

「ああ、うん」

 

テイオーを一瞥して、すぐに視線をそらす男。

 

「……気のない返事だ」

 

「センセー、変な誤解されちゃうから、ちゃんと答えてくれる?」

 

シンボリルドルフが見えない机の下で、テイオーは尻尾で男の足を軽く締め付けた。

痛みを感じるほど強くはないが、しっかりとした意思表示に対して、男は仕方ないと軽く息を吐いた。

 

「……ああ、もちろん迷惑なんて感じてないさ! コーヒーじゃなくて紅茶がいいだとか、紅茶が濃いとか、菓子が甘すぎるとか、俺にトレーナーの代わりをしろとか、もっとボクの走りを見てくれないと困るとか、子ども扱いするなとか、映画を見たいだとか、いつになったらカラオケに行くんだとか、施術をセクハラ呼ばわりするとか、変態だとか、ニートの癖にって悪態つかれたりするが、迷惑なんて感じてないぞ」

 

「……え?」

 

「ちょちょちょーっとタンマー!! センセーこっちに来て!!」

 

慌てて椅子から立ち上がったテイオーが、男の手をむんずと掴んでリビングの外へと連れて行った。

シンボリルドルフから見えない位置まで来てから2人は立ち止まった。

テイオーが男の腕を引っ張って、男の目線を自分の位置まで下げた。

2人の顔が拳2つ分の距離まで近づいた。

女の子の香りがハッキリと感じ取れる近さにも、男は全く動じることなく、面倒くさそうに口を開いた。

 

「なんだよ?」

 

「なんだよじゃないって! カイチョーになんてこと言うのさ! あれじゃあ、まるでボクがセンセーに迷惑ばっかりかけてるように聞こえるじゃん!」

 

小声で怒鳴るという器用なことをするテイオー。

 

だが男はそんなことより、その内容を聞いて素で驚いた。

 

「自覚なかったのか?」

 

「迷惑なんてかけてないもんっ!」

 

男はまじまじとテイオーを見るが、全く悪びれる様子はない。

 

「……まあ、いいけどさ」

 

「しっかりしてよねっ。ほらっ、戻るよ」

 

「わかったわかった」

 

再び腕を掴まれて、引っ張られるように男はリビングに戻った。

リビングではすっかり2人の流れに巻き込まれてしまったシンボリルドルフが、なんとも言えない表情で待っていた。

 

「失礼。えっと、テイオーはいつもレースに対して真剣に向き合っていて、それがヒートアップすることもあるけれど、迷惑なんて感じたことは一度もないです」

 

「やればできるじゃん」

 

「覚えとけよ」

 

満足気にうんうんと頷くテイオーを、男はひと睨みする。

テイオーが次に来た時の施術が、激痛上等のフルコース調整に決まった。

 

「そ、そうか……先ほど、セクハラという言葉がでた気がするんだが、その話を詳しく聞いても?」

 

「ああ、それは施術のときに――」

 

「なんでもないよっ!」

 

男の腕に寄りかかるようにして、男とシンボリルドルフの間にテイオーが割り込んだ。

 

「らしいです」

 

男は感情を無にして同調した。

 

「らしいと言われてもな。……これは初めに言っておくべきだったかもしれないが、実は今日ご自宅にお邪魔するに当たって、君のトレセン学園での面接内容について調べさせてもらっている。いわゆる、君がウマ娘をレースのパートナーではなく、一人の女性として見ているというものだ」

 

言いながら、シンボリルドルフは探るように男の目をじっと見つめた。

 

「カイチョー! それは――」

 

「概ね本当のことですよ」

 

「センセー!?」

 

シンボリルドルフの視線が冷たくなった。

 

「認めるのか?」

 

「ええ。やましい気持ちはなく、正直に答えたまでです。結果としてトレーナーとしては不適格と言われ、トレーナーを諦めることになりましたが、それを撤回するつもりはありません」

 

数々のウマ娘を縮こまらせてきたシンボリルドルフの視線を一身に浴びても、男は揺るがない。それどころか、視線をそらすことなくシンボリルドルフを見つめ返した。

シンボリルドルフはほんの少しだけ男を静かに見つめた後、更に探りを入れようと口を開いた。

 

「……では、テイオーのことも一人の女性として見ていると?」

 

「いやーキツイでしょ」

 

男はちょっと首を傾げながら即答する。

 

「え?」

 

「うん、そうだよね。わかってたよ」

 

テイオーの目が、チベットスナギツネの様なそれに変わり、平坦な声になった。

 

「先程、概ねと言ったのはその点です。絶対に20歳超えてるだろってくらいに大人びたウマ娘に対して一人の女性として見てしまうかもと答えたのであって、見たまんま中高生のガキを女と意識するほどイカれてません」

 

「ええと、つまりはテイオーが好みではないと?」

 

「ええ。カスリもしてません。……おい、テイオー、蹴るんじゃない」

 

「ふんっ」

 

テイオーはそっぽを向いた。

 

「とにかく、性癖としても世間一般に胸を張って主張できると認識しているので、面接でも嘘偽りなく答えました。ただそれがトレーナーとしては致命的なものだっただけです」

 

「胸を張って格好つけてるけど、一回りも歳が離れている子を女性として求めるかもって言ってるだけだからね」

 

「次回のティータイムをコーヒータイムにされたくなかったら静かにするんだ。俺好みのコクと苦味マシマシの豆で提供するぞ」

 

そっぽを向くテイオーの方がビクンとなったが、テイオーは態度を変えなかった。

 

「……ずいぶんと思っていたのと違うな。大人びた、か。例えばどんなウマ娘かな?」

 

本気で困惑し始めたシンボリルドルフ。

 

さてどう説明したものかと考える男に、テイオーがつまらなそうな低い声で助け舟を出した。

 

「スーパークリーク」

 

「○」

 

男が即座に返す。

 

「マルゼンスキー」

 

「○」

 

「トウカイテイオー」

 

「×」

 

げしっ

 

「ナイスネイチャ」

 

「×」

 

「ツインターボ」

 

「×」

 

「メジロマックイーン」

 

「×」

 

「ミスターシービー」

 

「………………△?」

 

「……カイチョー」

 

「○」

 

「そ、そうか。ありがとう。光栄だよ」

 

困惑多めでお礼を言うシンボリルドルフ。

 

「カイチョー! 目を覚ましてよっ! ボクたちを容姿で○×付けてるサイテーな行為だよ!」

 

「容姿っていうのは内面がにじみ出るものなんだよ。もちろん全てがそうとは言わないが、その人の経験や性格が表れるんだ。シンボリルドルフで言えば、類まれなる実績を積み上げたこともそうだが、それに至るまでの過程があるんだよ。練習にひたむきに打ち込んで、周囲からのプレッシャーに耐えて、他のウマ娘をライバルとして真剣に考え抜いて戦略を立てる。その上で中央トレセンの生徒会長として、ウマ娘みんなのことを思い、行動を続けている。苦労困難を理解しているからの自信がある。それが容姿からわかるから惹かれるんだよ」

 

容姿をスタイルや整っているかだけで判断するヤツもいるが、俺は違う。内面が窺えるからこそ大人びたと判断しているんだと豪語する男。

 

「なんだか恥ずかしいな。でも嬉しいよ」

 

感じ入るところがあったのか、シンボリルドルフは口角を上げた。

 

「じゃあボクは?」

 

「近所のガキ。……だから蹴るなっ。今のは少し痛かったぞ!」

 

男を無視して、テイオーが椅子から立ち上がった。

 

「もう話はいいから、次に移ろうよ!」

 

「そうだな。手数をかけるが実際に施術を見せてほしい。話だけ聞いていてもどうにも効果がわからないから、己の目で見て判断したいんだ」

 

シンボリルドルフも立ち上がる。

男は2人を見て、ようやく話が進むことに安堵しながら立ち上がった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

数十分後、施術を終えた3人は再びリビングへと戻ってきた。

男が紅茶を入れ直し、席についたところで説明を始めた。

 

「ざっとこんな感じで施術を行います。最後に結果説明をします」

 

「なんといえばいいか……想像以上だったな」

 

「こ、効果はすごいんだよ! 体がすっごく軽くなって、練習の疲れもなくなっちゃうんだから!」

 

テイオーは足や腕をブンブンと動かした。

 

「そうか。ううん、しかしな……テイオーがあまり内容を口にしない理由がわかったよ」

 

「あの、本当に効果あるからね。説明もすごくわかりやすいし、ボクも納得してお願いしているんだよ」

 

「はは。そう何度も効果があるって言われると騙してるみたいだよな」

 

どうにかシンボリルドルフを説得しようという焦りから、持ち前の頭の回転の良さがなくなったテイオーの様子がツボにはまり、男が笑い出した。

 

「はは、じゃないよ! なんでセンセーが他人事みたいに構えてるの!? おもいっきり当事者だからね!」

 

「そうは言っても治療行為だからな。さっきの施術のどれを取っても不要なものはないし、テイオーの体の状態を知る上で、あるいは調整する上で必要だからやってるんだ。疑問を覚えるような医療行為をするなんて三流のすることだぞ」

 

自分の施術に誇りを持っているため、男は自信満々に答えた。

 

「一応、確認するが、いつもと同じ施術をした、ということで間違いないのかな?」

 

「間違いないです。出会ってから1年経ちますが、今では週4で同じことをしています」

 

「週4。それは頻度的にはどうなのだろう。いささか回数が多い気もするのだが」

 

「リラクゼーションが目的ではなく、ストレッチの延長とでも考えてください。ハードワークで疲れた体をほぐしつつ、負荷が体に残っていないか、炎症が発生していないかを確認していると思っていただければ、大きく外れていません」

 

毎回、念入りな調整を行っているわけではなく、診察と軽いストレッチ補助をして終わる時もある。

その場合、ティータイムが長くなるだけなので、テイオーが帰る時間は変わらない。

 

「ストレッチ……とすると、他のウマ娘たちが練習後にやっているストレッチと同じということだろうか?」

 

「概ねは。ストレッチがざっくり全体をほぐすもので、俺がその残りや、行き届かない部分をケアします。後は負荷状況の確認ですね」

 

「回数には問題はないと」

 

「ええ。体が完成しきっていない状態ですから、特にバランスに気を使う時期です。本格化後、しばらく経って安定してきたら、もう少し頻度を落としても良いと思いますが、万全を期すために今はこのくらいが一番かと思っています」

 

男の話を聞いて、シンボリルドルフは何度も頷いた。

 

「なるほど。これが理事長の心残りか……たしかに惜しい……」

 

シンボリルドルフは『未練』と書かれた扇子を広げた中央トレセン理事長の顔を思い出した。

 

「へへへ、カイチョー、すごいでしょー!」

 

「ああ。正直、ここまでとは思っていなかった。だがテイオー、念のため確認するが、大丈夫なんだろうな?」

 

「そりゃあー初めは驚いたよ。施術するなら触ることになるって説明を受けた上でやってもらったけど、まさかあんなにガッツリ触られるとは思ってなかったし。でもさ、すっごく効果を実感するんだ。センセーが施術するときは、肩甲骨とか、股関節、膝とかを意識しろって言うんだけど、やった後は違いがハッキリとわかるんだよ」

 

テイオーはテーブルから少し離れて、独特のステップを軽快に踏んで見せた。

 

「なるほど」

 

「やましい気持ちがないことは……ほら、こんな感じだし。実際にやってるときの顔を見れば、それどころじゃないってわかるからさ」

 

テイオーがジトーっと男を見るが、男はどこ吹く風でカルテに経過を記入していた。

 

「確かに集中していたな。同じ場所でも掴む強さを少しずつ変えて、状態を確認していたみたいだな」

 

「そんな感じだよ。お尻の触られ方1つだって様々なんだからっ」

 

テイオーがワシワシと、何かを真似るように手で掴む動作を繰り返した。

 

「体の熱とか固さを診るんだよ。ケガや病気にならないように予兆を徹底的に調べあげないと意味が無いから、余計なことは考えられないな。なんだったらギャーギャーうるさいからケツを引っ叩いてやろうかと思ったこともあるくらいだ」

 

「それ前やったよねっ! バッチリ手形が残ったヤツ!」

 

「そうだっけ?」

 

男は必要ならば体罰も辞さない古いタイプの人間だった。

 

「ほらっ! カイチョー、いっつもこんな感じなんだよっ!」

 

「あ、ああ。なんというか……2人は独特な関係なんだな」

 

男がカルテから顔を上げた。

 

「独特……男女で考えるから普通じゃないと思うのでは?」

 

「性差を考えなければ普通だと? ふむ。確かに仮にテイオーが男性だとしたら、違和感は覚えないな」

 

「そういうことです。俺は初めからテイオーを異性として見ていないので同じことです。無論、外から見れば危ない関係に見えてしまうかもしれませんがね」

 

「なるほど。ようやく合点がいったよ。君のその考えを信じるならば、その行動にも納得できる」

 

ようやくシンボリルドルフの顔に笑みが現れた。コミュニケーションのための笑みではない、トレセン学園のウマ娘に接するときの様な笑みだ。

男もシンボリルドルフの様子を見て、ホッとした。何はともあれ、現状を正しく理解してくれたことは、自分にとってもだが、なによりテイオーにとって理解者が増えたことにもなる。

甘えたがりのテイオーの逃げ道が増えることは、男としてもやはり嬉しいものがあった。

 

そんなときに、テイオーがブルリと体を震わせた。

 

「うう、ちょっと飲み過ぎたかも……」

 

男の過去一の出来の紅茶が美味しすぎて、ガブガブと飲んだ弊害がやって来たようだ。

さもありなんと男は納得した。

 

「早くトイレ行って来い」

 

「うん……」

 

パタパタとテイオーはリビングから出て行った。

それを見送ったシンボリルドルフが男に話しかけた。

 

「どうやら本当に迷惑をかけているみたいだな。申し訳ない」

 

「あれくらいのワガママなら問題ないですよ。むしろ我が強い性格は競走向きだと思いますし、好感が持てます」

 

「……テイオーがトレセン学園に入学して少し経ったころ、突然、自分の走り方に違和感がないか聞いてきたことがあったんだ。なぜ急にそんなことを聞いてきたか、ずっと気になっていたのだが、ようやく理解した。君だったのだな」

 

「そうかもしれませんね」

 

なんでもないように答える男。

 

「あの時、どうしても私にはテイオーの走りの違和感というものに思い当たるものがなかった。だが、こうしてテイオーが順調に成長できているところを見ると、君のおかげで乗り越えられたんだろう。お礼を言わせて欲しい」

 

「止めてください。初めはトレーナーがやるべきことだからって突っぱねてたんです。俺はとてもお礼を言われるような人間じゃないですよ」

 

それは十分にありえた未来だった。1度目の出会いは偶然だったとしても、2度目、3度目はテイオーが動いたから起きた出会いだった。もしテイオーが動かなければ、こうして男がテイオーのサポートをすることはなかった。

それはつまり、テイオーは予想通りの結末を迎えていた可能性が高いということ。

テイオーがもし助かったというのなら、それはテイオーが動いたからこその結果だと、男は強く思っていた。

 

「それでもだ。結果的にテイオーは救われた。それが大事なんだ。……本当にありがとう」

 

「……どういたしまして」

 

満足気なシンボリルドルフに対して、男はやりづらそうな声で返した。

 

「もうトレーナーになるつもりはないのだろうか?」

 

シンボリルドルフは真剣な顔で切り出した。

 

「はい。諦めました」

 

「テイオーとよく信頼関係を築けている。これはトレーナーに必要な力だと思うが?」

 

「それは必要な力ではあると思いますが、特別なものではありません。初めから持ってる人も多くいますし、経験があれば確実に身につくものだと思います」

 

コミュニケーション能力なんて基本のキの字だ。それが出来ないヤツは担当バと信頼関係は築けないし、信頼関係が築けなければウマ娘が実力を発揮するのは難しいだろう。そんなレベルの低いトレーナーは中央にはいないと、男は心の底から思っていた。

 

「そうか」

 

男の言葉に対して、シンボリルドルフは苦い顔で返した。

 

「はい。これが終われば家業の手伝いです。ウマ娘とこんな関わり方をするのは、これで最後でしょうね」

 

「寂しくはないのか」

 

「実力不足。それ故に去る人間なんていくらでも居ますよ」

 

「君は話が違うと思うが」

 

「同じです。それを含めて飲み込ませるほどの実力がなかった。やはり結果は実力不足につきます」

 

「そうか」

 

「はい」

 

男は格好悪いことを言わずに済んで安堵した。

 

「しかし、現役のウマ娘を1人の女性として見てしまうか……デビューして5、6年経ったウマ娘には、実際にトレーナーとそういった話がないわけではないが……」

 

「でしょうね。むしろ、それが自然とすら思います」

 

男がウンウンと頷いた。

 

「自信満々に言わないでくれ。しかし君の中ではテイオーは好みとは外れているのだったな。正直に言えば、だからこそ今の関係を容認できる」

 

「そうでなければ、あのガキンチョもあんなに懐いてくれなかったですよ」

 

テイオーはバカでもなければ鈍感でもない。むしろその逆だと男は思っていた。だから自分を害する人を見抜くし、信じられる人を全神経を使って見つけ出す。そしてその直感を信じて賭けてくる。

その結果が今の関係だと男は思っていた。

 

「そうだな。だが、テイオーも発展途上とはいえ女性だ。女性の成長は早いぞ」

 

「俺の仕事はテイオーがウマ娘として走り終わるまでのサポートだと思ってます。その終わりが本格化の終わりであるなら、この関係は変わらずに俺は役目を終えるでしょう」

 

「しかし先ほど君は私の容姿を褒めてくれたね。それで言うと、テイオーの容姿が変わらずとも、内面が変わって行くのなら魅力を感じるとも取れたが?」

 

「……なるほど。これは一本取られましたね」

 

テイオーがガキなのは疑いようがない。だが確かにあと数年したらどうか。歳相応に経験を積んで、その持ち前の魅力を何倍にも輝かせるようになっていたら……。

シンボリルドルフの言うとおり、そうなったら男はテイオーに魅力を感じてしまうかもしれないと思った。

 

「女性の成長は早い。なにかを切っ掛けにテイオーも、その名に相応しい振る舞いを身につけるかもしれない。それでも君はテイオーに魅力を感じないと言えるのかな」

 

「来ますかね。俺が我慢できなくなる日が」

 

ニヤリと男が笑った。言葉とは裏腹に、その声色には自信が満ち溢れている。

 

「案外、早いかもしれないよ」

 

シンボリルドルフが強敵と出会った時と同じ笑みを男に返した。彼女もテイオーの成長性に自信を持っている。

 

そのとき、部屋の外からタッタッタと軽快な足音が聞こえてきた。

 

ウマ娘の聴覚は人間よりもずっと優れている。ちょっとくらい離れたところだって、会話の内容は聞こえてきてしまうのだ。

足音の主はある程度2人の会話の内容が聞き取れていたようで、早く話に混ざりたいと言わんばかりの素早さでリビングへと入ってきた。

 

「え、なになに? センセーがボクのこと気になっちゃうって話!?」

 

テイオーが満面の笑みを携えて戻ってきた。

その様子を男とシンボリルドルフは無言で見つめた。

 

男がスンッとした顔でシンボリルドルフに問いかけた。

 

「…………本当に?」

 

「……もうしばらくは大丈夫そうだ。うん。これからもテイオーのことをよろしく頼むよ。テイオーの両親には私から問題ないと伝えておこう。2人は兄妹の様に関係良好だとね」

 

シンボリルドルフにとっては珍しく、目の前の相手から目をそらした。

 

「あれ、違った? ねえ2人とも、今のってボクとセンセーの話じゃないの?」

 

「ありがとうございます。テイオーが無敗の3冠バになることを全力で応援するという気持ちに嘘はありません。そのためにもノイズは少ない方がありがたい」

 

「うん。私もその日が来ることを願っているよ。いずれテイオーが私と同じ舞台に立ち、共に走れることを楽しみにしている」

 

「ねー、ちょっと2人ともー、ボクの話聞いてるー?」

 

 

 

 

 

 

 

スタミナが20上がった

体力が50回復した

やる気が上がった

トウカイテイオーの秘められた力が覚醒した!

「先行直線◎」を覚えた




ときどき、こんな感じでゲストが登場する予定です。
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