2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話   作:キンニャモニャ

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6話 皐月賞後

男が無職になって良かったことの1つに、趣味が増えたということが挙げられる。

青春をトレーナーになるための準備に費やした男には自由な時間はほとんどなかった。

せいぜい、そのころ付き合っていた彼女との時間を捻出するのがやっとだった。

男は夢に見切りをつけたあと、学生時代にできなかったことに挑戦してみた。その結果、趣味となったものの1つが映画鑑賞だった。

 

とある休日、男は唐突に映画が見たいと思い、映画館へとやって来た。

平日に行けば空いているが、男は特に気にしない。カップルが多くても、友だち連れが通行の邪魔をするようにくっちゃべっていても、映画を見れれば同じだと考えていた。

男はスッスッと障害物を避け、発券機の列へと向かう。ちょうどその時、別の方向から発券機の列に歩いてきたウマ娘がいた。

 

「お」

 

「あ」

 

それはラフな格好をしたテイオーだった。

2人は同時にお互いに気づき、小さく声を上げた。

2人は当たり前のように横に並んで、発券機の列に並んだ。

 

「奇遇だな」

 

「だね。なに見るの?」

 

「ウマーヴェリック」

 

「あ、ボクもそれ」

 

テイオーの耳がピクピクと動いた。

 

「へー。男臭い映画だと思うけどいいのか?」

 

「うん。マヤノ――ルームメイトの子がすごかったよーって言っててさ」

 

「渋い趣味だな」

 

ウマーヴェリックは大ヒット上映中のアメリカ映画で、白熱した空戦が売りの映画であった。ちなみに有名なセリフはヒロインであるウマ娘による「私の方がバイクより速いけど?」だ。

 

「マヤノのお父さんが戦闘機乗り? みたいでさ。マヤノも戦闘機が好きなんだよね」

 

「珍しいな。でも親の影響か。家族関係が良さそうでなによりだ」

 

「うん。すっごいお父さんっ子だよ。だけど仕事が仕事だから、ずっと単身赴任してて、なかなか会えないんだ」

 

「そりゃ可哀想に」

 

男は見も知らぬテイオーのルームメイトの頑張りが報われるように祈った。

 

そうこうしている内に、2人の順番が来た。

 

「どの席買うの?」

 

「一番前の席の中央」

 

ピッピと手馴れた手つきで男が券を買った。

 

「え゛。首が痛くならない?」

 

「なるけど……この映画はド迫力の戦闘シーンが売りだろ? だったら視界に入りきらないくらいの場所の方が没入感があるんだよ。それに前の席は不人気だから左右に人がいないことが多い」

 

男が平日、休日を気にしないのは、この点も大きかった。

 

「へー、そういうもんなんだ。ボクはいつも真ん中とか、ちょっと後ろにしてたよ」

 

「好みによるけどな。ま、お互い楽しもう」

 

男が券を取って、テイオーに場所を譲った。

テイオーも迷うことなく、手早く発券を済ませる。

 

「うん、よし買えた」

 

「……あのさ、ど真ん中の席が空いてるんだけど?」

 

「知ってるよ。たまには良いかなって思ってさ」

 

テイオーがにっこりと男に笑いかけた。

 

悪意が全く感じられないテイオーに、男は視線を逸らした。

 

「……まあ買い直しもできないしな」

 

「そうそう! さ、行こうよ。そろそろ時間だよ」

 

その後、いろんな味が食べたいテイオーにより指定されたポップコーンと飲み物をトレーに載せて、男はテイオーの隣の席に腰を下ろした。

 

 

 

あっという間に映画は終わり、2人は流れるように近くのカフェに入った。

 

「すごかった!」

 

席について紅茶を一口飲んだテイオーが言う。

 

「ああ、本当にすごかった……」

 

男はコーヒーに手を付けず、少し目を赤くさせながら余韻に浸っている。

 

「まだ泣いてるの?」

 

「うるさいよ」

 

茶化すというより、少し驚いているテイオーに男はバッサリと返した。

 

「映像も展開も凄かったけど、そこまで感動する?」

 

「する。俳優の演技が凄すぎて、主人公の悩みが伝わってきた……」

 

「ふーん、ボクにはわからなかったな。もちろん辛そうだなって思ったけどね。映像すごいし、MX4Dすごい! って感じだった」

 

「いいんじゃね? 楽しみ方は人それぞれだし」

 

テイオーが映像と連動して席が動くたびに目を輝かせていたのも、立派な映画の楽しみ方だと男は思った。

 

だがテイオーは見どころを見逃したかのように、名残惜しそうな顔をした。

 

「えー、でもさ、泣いちゃうほど感動したんでしょ? だったら悲しまないと変じゃない?」

 

「変じゃない」

 

男が語気を強めて否定した。

 

「うっ」

 

「たまたま映画と俺の感性が合っただけ。テイオーにはテイオーの好きなものがあるんだから、好みが違うのは当たり前だ」

 

そんなことで自分の気持ちを否定するな、と男は言った。

 

その言葉にテイオーは何度か頷いた。

 

「……そうだよね。その人にはその人なりの信念があるんだよね。それが理解できない他人から見たら変な人だって、自分はその人の良さを理解しているから好きなら、それでいいんだよね」

 

「よくわからないけど、まあいいんじゃね?」

 

「軽いなあ」

 

男はテイオーが自分自身の考えを大事にしてくれればそれでよかった。更に言うなら、今は映画の話がしたかった。

 

「俺は、それよりもテイオーがどのシーンが一番好きだったかのほうが気になる」

 

「え、ボク? そうだなー。ボクはねー」

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「映画って本当に面白いよね!」

 

「ああ。そうだな」

 

2杯目の紅茶を飲み干すころ、2人は満足気に映画を語り終えた。

 

3杯目の紅茶を届けてくれた店員から、応援してますと言葉をもらったテイオーが、店員が遠くに行ったところで口を開いた。

 

「でも、やっぱり少し視線が気になるね。ボクも注目されてきたってコト?」

 

「だろうな。皐月賞はつい最近のことだぞ。話題の皐月賞バがいたら注目ぐらい浴びるさ」

 

カフェの客にもテイオーを見て噂する声がするが、プライベートを尊重してくれているのか声はかけないでくれていた。

 

「センセーは気にならないの?」

 

「別にやましいことはしてないし、俺は普段から公園で鍛えてるからな。真っ昼間からなにしてるんだって視線の方がずっと居心地が悪いぞ。まあ慣れるんだけど」

 

声をかけてくるなら別だが、見られてるだけなら気にならないと男は言う。

 

「う、うん。そうなんだね」

 

全く共感できなさそうな男の経験談を聞いて、テイオーは困惑しながら当り障りのない返答をした。

 

「まあ、なんか噂になって記者に聞かれるようなら適当に誤魔化しておいてくれ」

 

「りょーかい。あんまりプライベートなことは聞かれないけど注意しとくね」

 

ウマ娘は未成年の子が多いので、レースに関すること以外のインタビューにはトレセン学園が目を光らせている。無論、積極的にウマ娘側から発信する分には何も言わないし、その延長で記者がインタビューをするときは大目に見たりする。

 

「頼んだ。……でもたしかに視線はすごかったな。歩いてたり、順番待ちしてるだけなのに注目を浴びてたぞ」

 

上映待ちの時間も後ろから視線をけっこう感じたな、と男は思い出した。

 

「センセーは今日だけだろうけど、ボクは毎日だよ。まあ、すごいって褒められるのは嬉しいけどね」

 

「そいつは良かった。こういった視線がストレスにならないってのはレース向きだな」

 

「褒めてる?」

 

「もちろん。立派な才能の1つだと思ってる」

 

赤の他人からの注目に緊張ではなく、高揚感を感じられるのは得難いスキルだと男は言った。

 

「えへへー。それほどでもあるかなー」

 

「お調子者め」

 

そう言う男の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「褒められたときは素直に受け取るほうがいいの。それよりセンセーは次はどんな映画を見る予定なの?」

 

「しばらくは気になるものもないから、過去の作品を家で見るかな。設備はそろってるし」

 

「ホームシアターがあるってこと?」

 

「あるぞ。兄が金に物を言わせて整えた最新設備だらけのホームシアター室がな」

 

男の家は豪邸と言って差し支えのない家である。家族が使っていない空き部屋は多くあり、そういった部屋はそれぞれが思い思いの部屋にアレンジして使っていた。

 

「へー、やっぱり普通のテレビで見るのとは違うの?」

 

「映像はスクリーンが大きくなっただけなんだが、音響がまるで違うな。映画館には敵わないが、芯に伝わる音っていうのは再現できてる」

 

「低音がすごいってことだよね。へーいいなー」

 

テイオーの両耳がこれでもかという程、男の方へと向けられている。

 

「一番のメリットは気楽に見れるってことだな。どんな姿勢でもいいし、なに食っててもいいし、一時停止したり巻き戻したりも自分の好きなようにできる。これは最高だよ」

 

「人目を気にしなくていいもんね。いいないいなー! ねね、ボクも使ってみたい!」

 

「家のやつか? まあ、別にいいぞ。病院が休みの日を除けば、日中は誰も使ってないからな。兄にも話を通しておくから、使いたい時は言ってくれ」

 

3人兄弟の面倒見の良い長男ということもあり、男の兄は自慢の一室が使われても文句を言う人間ではなかった。

 

「やった! いつがいいかなー。あ、そうだセンセー、なに見ようか?」

 

「……え、俺も見んの?」

 

男のコーヒーを持つ手が止まった。

 

「当たり前だよ。せっかく2人でいるのに、ボクだけ別の部屋を借りて映画を見るわけないじゃん」

 

首を傾げて、なに言ってんのさー、とでも言いたげなテイオー。

 

「いや、見ろよ。別に俺は気にしないから。物を壊さなければ少し汚れたって大丈夫だから。菓子も適当に持ち込んでいいぞ」

 

「一緒に見るんだってば。センセーはどんなジャンルが好きなの?」

 

「ホラー」

 

「え?」

 

「ホラー」

 

男は無慈悲に繰り返す。

 

「……アクションとか良いよね! 音楽がすごいなら、迫力あるんだろうなー!」

 

「ホラーも迫力すごいぞ。サラウンド設備も完璧だから、後ろから迫ってくるのもバッチリわかる。音だけで鳥肌が立つぞ」

 

「お気に入りのアクション映画のBDがあるから、今度もってくね!」

 

「兄がホラー好きだから、うちにも沢山あるぞ。有名所は全て網羅してる」

 

20年以上も前の作品から今年の作品まで、ホームシアター室には不吉な単語が羅列されている棚があった。

 

「ほ、ホラーはいいかなー。怖いわけじゃないけど、びっくりして体がセンセーにぶつかったらマズいからさー」

 

「ビビって抱きつく可能性があると」

 

「人様の家で大きな声を上げるのもダメだよねー」

 

「大声で悲鳴を上げかねないと」

 

「せっかくのホームシアターなのに、映画が気になって飲み食いできないのも、もったいないよね。アクションみたいに気楽に見るほうがいいなー」

 

「トイレが怖くなるから飲めなくなると」

 

コーヒーを傾けながら、いちいち返していく男。

遂にはテイオーの耳が伏せられた。

 

「……言っておくけど、ボクが本気で抱きついたらセンセーだってタダじゃすまないからね」

 

「うん? 一人で見ればいいのでは?」

 

「いやだよっ!! それだけは絶対にやだっ!!」

 

カフェ中の視線が2人に注がれる。

テイオーは必死で気づいた様子がない。

一方で男はバッチリ気づいて、頭の後ろをポリポリとかいた。

 

「うるさいぞ。アクションな。わかったよ」

 

「そーそー! もー、映画のジャンルを決めるだけで一苦労だよ」

 

「お前がそれを言うのか。まあ、アクションも家にあったはずだから、そっちでもいいぞ」

 

「ほんと!? なにがあるの?」

 

「えっと、たしか……」

 

 

 

――――――――

 

 

 

4杯目の紅茶を飲み終わり、2人はカフェから出た。

 

「えへへ、楽しかった。あ、それとごちそうさま!」

 

「いいよ。さすがに割り勘はダサすぎる」

 

エリートニートを自称する男だが、男は手に職もあれば、親のコネもある。定期的ではないにしろ、金が減ってきたときに臨時のアルバイトをすれば、けっこうな金が懐に入り、遊ぶ金に困ることはなかった。

なにより男は古いタイプの人間なので、食い物代くらい男が出すものという考えを持っていた。

 

「あ、そうだ! 今回のは皐月賞のお祝いってことでいいよ!」

 

楽しそうなテイオーが言った。

 

「別にこれくらい気にしないぞ」

 

「いいからさ。そしたら次はダービー勝利のご褒美をもらうから!」

 

ニシシと笑うテイオー。

 

「ああ、そういうことか。いいぞ。なにがいいか考えておけよ」

 

「やったー!!」

 

皐月賞の勝利で多額の賞金を得たというのに、こんな喫茶店でのおごりで喜ぶテイオーを見て、まるで子どもだなと男は思った。でもだからこそ、テイオーがこの時間を大切なもの、楽しいものと感じていることがわかり、男の心も釣られて軽やかになった。

ダービー勝利で、どんなご褒美を要求してくるのか、男は少し楽しみに思った。

 

「へへへ」

 

財布をしまう男に、ぴったりとくっついて歩いていたテイオーが声をもらした。

 

「なんだよ」

 

「いやさ、なんかデートみたいじゃない?」

 

テイオーは上機嫌だ。

 

「うん? ああ、そうだな」

 

「え……え? い、いや、デートだよ!?」

 

「え? ああ、うん」

 

「ぼ、ボクとデートなんだよ!? なに? ボクのこと好きなの!?」

 

テイオーは更に上機嫌になった。

 

「ガキかよ……ガキだったわ」

 

「も、もー! いつも散々ボクのことバカにするくせに! なんだよ~、やっぱりボクに興味深々じゃん! 恥ずかしがり屋ってこと? センセーは仕方ないなあ!」

 

テイオーは皐月賞に勝ったとき以上の高揚感に包まれた。

 

テイオーが調子に乗ったことを感じ取った男が、キュッと向きを変えた。

 

「じゃあまた今度な」

 

「え、ちょ、ちょっと帰るの!? このタイミングで!? 待ってよー! カラオケ行こうよーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

スタミナが20上がった

体力が50回復した

やる気が上がった

トウカイテイオーの秘められた力が覚醒した!

「先行コーナー◎」を覚えた




2022年はマーヴェリックとRRRの二強(個人的感想です)
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