2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話 作:キンニャモニャ
2人がたまたま映画館で出会った日からしばらく経ち、テイオーはすっかりホームシアターの魅力にはまってしまった。
その日も1本の大作映画を見終えて、三人がけのソファーに腰をかけた2人が余韻に浸っていた。
「楽しかったーっ!」
テイオーが大きく伸びをして、体を解すように上半身を右へ左へと大きく傾ける。
「そうだな。突っ込みどころはあるが、おもしろい映画だった」
ホームシアター室で過ごすようになって、2人の物理的な距離は更に近くなった。これまでも診察やマッサージをしていることで、男と接触することに慣れているテイオーだったが、今ではまるで家族と接するかのようにパーソナルスペースが消えた。
ホームシアターのベストポジションを取ろうとした2人はソファーの中心部に寄ろうとして、映画鑑賞中は常にピッタリと腕がくっつく状態であったこと。調子に乗ったテイオーへのおしおきと称してホラー鑑賞会を敢行したことで、テイオーは男に抱きつくことへの抵抗感が吹き飛んだのだ。なお、男は少女の腕の太さと同じ大きさの痣を胴回りに作ることになった。
今ではテイオーが体を伸ばすついでに、人の温もりを求めて軽い気持ちでちょっかいをかけるほどになった。
男も慣れたもので、ストレッチをするテイオーがじゃれるように男へと倒れこんでくるのを適当に相手しながら、目を閉じて映画を回想した。
「ホームシアターは良いよねー。楽しいし、美味しいし、気が楽だし。良いこと尽くめだよ」
「だな。人目がないのは、やっぱり楽だわ」
「ボクもすっかり有名人になっちゃったからね。別に皆の視線が居心地悪いってわけじゃないけど、気にしちゃうところはあるかなー」
前に映画館に行ったとき以上にテイオーは注目を浴びるようになっていた。1人とか友だちのウマ娘と歩いている時は、1日に数回も声をかけられることがある。
「有名税だな。それだけテイオーがすごいって思ってくれてるんだから、ありがたく思えよ」
「もっちろん! みんな褒めてくれるんだから、不満なんてないよー!」
「テイオーのそういうところは本当にすごいと思う」
「そう? えへへ」
男の膝へと倒れこんだテイオーが嬉しそうに足をバタバタとさせた。
男はそんなテイオーを片付けの邪魔だと、男とは逆方向に倒して、テーブルの片付けを始めた。
「今日のポップコーンどうだった?」
「美味しかった! 電子レンジに入れるだけで作れるんでしょ? すごいよね」
やっぱり映画はポップコーンだよねと、2人はポップコーンをお供にすることが多かった。これまではスーパーに売ってる袋に入った完成品を購入することが多かったが、映画館で食べるような出来立て感が欲しいというワガママを受けた男が、ものは試しと電子レンジで作れるポップコーンを買ってみたのだ。
「けっこう臭いが強かったのは誤算だったけどな」
温かみがあって美味いと、2人でポイポイと口に運んでいたのだが、男は大絶賛するには至らない。
「そうだね。紅茶と一緒にするなら、完成してから少し時間を置いたほうがいいかもね。んー、はちみーと一緒に食べるならいいかも」
「はちみつドリンク? たしかに香りが売りの飲み物じゃないけど、果たしてアレを飲み物と言っていいものか……」
ていうかポップコーンと合う気はしないし、お前が好きな飲み物を挙げただけだろ、と男は言う。
「えー美味しいよ。毎日ボク飲んでるよ」
「硬め・濃いめ・多めだっけ? あれほぼ原液だろ。ウマ娘ならいいけど、人間の肺活量じゃあ吸うのも一苦労だって」
男としては、はちみつに少量の水とレモン果汁を垂らしたものを吸いたいとは思えなかった。
「えーそうかなー。あ、ボク美味しいお店を知ってるよ。今から一緒にはちみー飲みに行こうよ!」
「一緒に? 俺はいいから、学園に帰る途中に寄りな」
「えー、一緒に行こうよー。柔め・薄め・普通とかなら普通の人にも人気だよ」
マックイーンもこれが好きなんだよ、とテイオーが言った。
「普通の人って女子だろ? 今は甘いもの飲みたい気分じゃないからさ。それに、俺とテイオーが一緒にはちみーなんて飲みに行ったらマズいだろ。人目があるって話をしたばっかりだし」
テイオーは今や時の人である。
男はあまり人目を気にしない方だが、その怖さは知っている。
観光地でもない地元のはちみーショップにテイオーと男の2人で繰りだそうものなら、テイオーに変な噂が流れかねないと男は心配していた。
先日から、この手の話題でやたら高揚感を感じるようになったテイオーは、それを聞いて笑みを深くする。
「え、なになに? ボクとセンセーが一緒にいたらどう見られちゃうって思ったの?」
「そりゃあ……仲の良い兄妹だろ」
「……は?」
そしてテイオーはいつも落とされる。
「面倒見の良いお兄ちゃんと、大好きなお兄ちゃんとお出かけできて嬉しい妹。みたいな感じで生ぬるい視線を浴び続けることになるぞ。そして声をかけられる」
「なんでさーっ!」
いつものようにくってかかるテイオー。今日はソファーで隣り合ってることもあり、身を寄せてきたテイオーとの距離はとても近い。
眉を吊り上げたテイオーが、拳3つ分くらいの距離で男を下から覗き込む。
しかし、男の表情はピクリともしない。
「普通に考えてそうなるだろ。なに? デートしてるように見えるとでも思ったのか?」
男はテイオーが思春期のガキで、デートに憧れを持っていることは最近、理解した。
男女でお出かけ = デート ではなく、
付き合っている、若しくは恋愛対象として気になっている男女でおでかけ = デート がテイオーの中での公式だと男は理解していた。
「いや、それはさ、男女が2人ではちみー飲みに行ったら、そう思う人もいるかなって」
「よくて教師と生徒じゃないか?」
「! センセーのバカ!!」
テイオーの尻尾がペシペシと男を叩いた。
大して痛くもないので、男は気にせずテーブルの掃除を続けた。
「だいたい、一緒に映画館に行って、そのあとにカフェに行ってるんだから同じことだよっ! カラオケにも行ったじゃんっ!」
「ああ、あの2時間ぶっ通しのテイオーソロライブのことか」
皐月賞の後にたまたま映画館で出会って、一緒に映画を見た2人だが、カフェで別れようとした男にテイオーがいつもの駄々をこねて、2人はそのままカラオケ店に流れた。
そこで待っていたのは、これまでジッとしている時間が長くてウズウズしていたテイオーによる怒涛の歌とダンスラッシュだった。
テレビに出てるアイドル顔負けのキレッキレのステップを踏みながら、全く息を切らす様子のない安定した歌を披露するテイオーに、男は純粋に感動した。
「へへ、また行こうねっ」
満面の笑みを浮かべるテイオー。
「次は友達と行ってこいよ……」
「なんでー!? 楽しくなかったの!?」
「楽しかったよ」
「でしょー! ならいいじゃん!」
「楽しかったけど……ノリがちょっとな……」
トレーナーを目指していた男は当然ウイニングライブも目にしている。そこでは観客はただ見ているだけではなく、パフォーマンスをしているウマ娘を応援するように合いの手を入れていた。コールアンドレスポンスとでも言うのだろうが、男はライブは静かに見ている方が好きだった。そのため短時間なら空気を呼んでパンパンと手拍子を合わせるが、2時間はいくらなんでも長かった。
「ノリ? センセーも歌いたかった?」
「いや、テイオーの歌とダンスを見てる方が楽しい」
「えへへ」
その場で、次はなにを披露しようかなと、楽しそうに考えるテイオー。
「でも……30分でいいぞ」
初めの30分は男は感動しっぱなしだった。次の30分はよく疲れないなという感心。次の30分で即席ライブは普段の練習に影響を与えないかという心配。最後の30分は、てかお前は皐月賞の疲れを癒やせよという憤慨だった。
「えー、それは短いよー」
「ウマ娘の体力ってやっぱりすごいわ。普通はプロがやるライブでも休憩を入れるのに、テイオーは完全ぶっ通しだからな。もう喰らいついていく気にもならなかった」
男はトレーナーは体力勝負と思い、体力づくりを欠かさなかった。だからテイオーにも付いていけるだろと考えていたが、現役G1ウマ娘の体力は想像を軽く超えていた。
「ボクなんてまだまだだよ。マヤノとかマーベラスと遊ぶのはウマ娘でもキツいらしいからね。マヤーズブートキャンプって呼ばれてるくらいだよ。だからセンセーもあれくらいで弱音を吐いてちゃダメだよ」
「ああー、うん、また今度な」
「絶対だからね。言質とったよ。ボク忘れないからね」
「言質ってお前どこでそんな言葉を覚えてくるんだよ……」
なんども煙に巻いてきたせいか、最近のテイオーは畳み掛けが上手くなったと、男はカラオケ2時間コースを覚悟しながら思った。
「とりあえず今日は、はちみー飲みに行くよ!」
「いやーキツイでしょ」
だがそれとこれとは話が別。
はちみーに感動する気がしない男はもう妥協しない。
しかしテイオーの思いは男の予想を超えていた。
「ううぅ…………ダービーのご褒美」
「は?」
まさか、と男が聞き返す。
「ダービーのご褒美、まだだったよね」
「おまっ、え、ダービーのご褒美がはちみーかよ!?」
これには、さすがの男も驚いた。
「ちょうど何にしようか迷ってたからね」
「それは知ってるけど、え、いいのか?」
「いいよ。ほら、それなら行ってくれるでしょ?」
にっこり笑いながら、気分良さそうに尻尾を振るテイオー。
「まあ、ダービーのお祝いってことなら断れないけどさ。金のかからない子だなあ。いや、子どもらしいのか……」
「子どもじゃないよ。それにご褒美なら、また貰えるからね」
強気な笑みを浮かべるテイオー。
男が、ほうっと息を吐いた。
「皐月賞、日本ダービーと来て、次は?」
「もちろん菊花賞。絶対に取るよ。絶対に」
テイオーは固い決意の表情を浮かべている。
「長距離の練習は始めてるんだろ? 調子はどうだ」
最近の施術後のティータイムでは、もっぱら長距離練習についての話題が多い。
テイオーはそこで男と相談した内容をメニューに組み込み、着々と準備を進めていた。
「バッチリ……とはいかないけど、順調。たしかに距離は長いけど、ボクは息を入れるのが得意なんだ。無理しないハイペースで走りきれるはず」
テイオーはレースで滅多にかからない。その場その場でレース展開を調整するが、概ね計画通りかそれ以上の展開を繰り広げる。だから呼吸は常に安定しているし、体力を無駄に減らさない。コーナーで全体が窺える位置に立つと、冷静に状況を判断して息を整えることができた。
全てはテイオーの頭の良さに起因するもので、テイオーも男もこれを大きな武器としていた。
「違和感があったら直ぐ来いよ。なんだったら練習終わりでも良いから」
だが、テイオーには武器があるとわかっていても男には不安があった。テイオーの距離適性を考えると、長距離はベストでないかも知れないというものだ。
もし自分の考えが正しいのなら、長距離レースは純粋な力の押し付け合いになりかねない。言うまでもなく、それは体の負担が大きい。
そして、それは頭の良いテイオーもわかっていると男は確信していた。それならば、三冠が欲しくて仕方ないテイオーは必要なときに無茶をする。それを止められないことを歯がゆく思いながら、男は少しでもテイオーの手助けになろうと、頭をひねっていた。
「いいの? 遅い時間になっちゃうよ?」
「いいよ。あんまり遅くなるようなら送ってやる」
「センセーの家族も帰ってきてる時間じゃないの?」
「そりゃあ居るけど、施術が必要だから来るんだぞ。文句を言う人はいない」
男だってテイオーの話なら家族に何度もしている。特に大きなレースの前後では家での会話はテイオーの話で持ち切りになることもあるくらいだった。
テイオーが夜に来訪しても歓迎こそすれ、厄介と思う者はいないと男は言った。
一方でテイオーはその申し出を聞いて、なにやら思う所があったようで、もじもじとしながら視線を忙しなく動かした。
「そ、そっか。じゃあお邪魔するかも……あ、服はどうしよう。新しいの買ったほうがいいかな?」
「は? いや制服でいいんじゃ……ああ、遅い時間に制服姿は目立つか」
門限は守らせるつもりだが、ただでさえ注目を浴びている状況なのでノイズは避けたいと男は思った。
「あ、うん。それもあるよね」
「いつもの私服でいいよ。ほら、あの映画館で会ったときの服で十分だよ。黄色と白と緑のヤツ」
子どもにしか出来ない攻めた服だったが、テイオーにはすごく似合っていると男は思っていた。
「アレだとラフでしょ。もうちょっと落ち着いた服の方がよくない?」
「中学生がなに言ってんだ。スカートからパンツがはみ出てなければ大丈夫だよ」
「セクハラ!」
顔を赤くすることもなく、反射的にテイオーが返した。
「え、ワカメちゃんって今はセクハラになるの?」
「あの子は小学生じゃんっ!! ていうかアレはドロワーズ!!」
「ああ、それであんな……初めて知ったよ」
「もー! またこのパターンだよ! ほら、早くはちみー飲みに行こうよ!」
再びペシペシと尻尾で男を叩くテイオー。
「はいはい、財布取ってくるから玄関で待ってな」
最近のキレやすい若者、そんな言葉を頭に思い浮かべながら、男は出かける準備をするのだった。
スタミナが20上がった
体力が50回復した
やる気が上がった
トウカイテイオーの秘められた力が覚醒した!
「技巧派」を覚えた