2年連続でトレーナー試験に落ちた男とトウカイテイオーの話   作:キンニャモニャ

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9話 春天後

施術のとき、男は念入りに体の様子を観察する。

炎症やコリの有無、見た目で違和感を覚える場所、上下左右の筋肉バランスを確認する。ただ見て触るだけではなく、可動範囲に沿った体の動きを確認したり、触った時のテイオーの反応を含めて判断している。

小さくても違和感があれば、必ずどこかが反応する。テイオー自身ですら気付けていない予兆を読み取るために、男は全神経を集中させて施術に当たっている。

 

その日は春天を走り終えた後の何度目かの調整を行う日だった。

 

「ようやく落ち着いてきたな」

 

ようやく後に残るダメージはなさそうだと判断した男が安堵の溜息をついた。

ここ数日はテイオーの様子を見たり、春天のレースを数えきれないくらい見返して、足のどの位置に負担がかかっていたかを男は必死に調べていた。どこに負担が大きかったかわかれば、必然的にケガが発生する確率が高い位置が特定できる。

男は寝る間も惜しんでレースを見て、関係資料を読み漁り、テイオーの状況を確認してを繰り返した。

そうまでして、ようやくレースを無事に乗り越えたと思えたのだ。

 

「若さのおかげか、ウマ娘のフィジカル故か、体の回復がすごく早い」

 

ケガが見つかるどころか、テイオーを診る度に初めのときの痛々しい状況は消えていった。基礎トレーニングをしっかり行っていた成果が現れてきたと男は判断した。

 

「ほんと? 次のレースはいつ頃、走れるかな?」

 

「次か。そうだな、この調子でいけば、夏頃にはレースに出られるだろう」

 

「夏かー。宝塚は?」

 

「うーん。ケガの心配はないけど、調整が間に合わないと思うぞ」

 

「そっか、じゃあ予定通り来年に回そっ」

 

残念がる様子もなく、テイオーはあっさりと言った。

 

「やけに物分かりが良いな」

 

また騒ぐのかなと警戒していた男が拍子抜けした。

 

「ボクだって、今が本調子じゃないことはバッチリわかってるよ。まずは体を整えないと、絶対にケガするからね。無理はしないって」

 

「そうか。よく我慢したな」

 

「まあねー。今回のレースでいろいろと身に沁みたからさー。やっぱりムチャはよくないよ。センセーにもすごい迷惑かけちゃったし」

 

「そうかもしれないけど、気にするなよ」

 

「いつもそう言ってくれるけど、悪いなあって気持ちもあるんだよね」

 

「俺は好きでやってるんだぞ。テイオーがどこまで行くのか見たいから、こうしてテイオーの調子を見ているんだ。迷惑はかけて当たり前。それよりもテイオーが全力を出せると思う調整をしろ。その方が嬉しい」

 

最初こそ不本意の出会いだったが、今となってはこの才能あふれるウマ娘がどこまで行けるのか男は楽しみで仕方ない。そして、自分の役目はこの子がケガで失意のままに消えていくのを防ぐことだと理解していた。

 

「うん。いつもありがとうね」

 

嬉しそうな甘える声を出すテイオー。

 

「こちらこそ。いつも楽しませてもらってる」

 

男も素直な言葉を口にした。

テイオーがこらえきれないといった様子で足をパタパタと動かした。

男の顔が近くにあったため、男は危ないぞと言いながら、やんわりとテイオーの足を上から押さえた。

 

簡単に跳ね除けられる力だったが、テイオーは大人しく男の手に従った。しかし手が及ばない足首の先をバタバタと動かした。

 

男は仕方ないなあと苦笑した。

テイオーがもどかしさを隠すように、茶化すような声で話した。

 

「……でもなあ」

 

「なんだよ?」

 

「すっごく良い話をしてると思うし、嬉しいこと言ってくれてるんだけどさあ……ボクのお尻を揉みながら言う言葉じゃなくない?」

 

足を押さえていた手をテイオーの尻へと戻して施術を再開した男に、タオル1枚がかけられた姿で施術台にうつ伏せになっていたテイオーが言った。

 

「マッサージ中だバカタレ」

 

男は一切、動じることなくマッサージを続ける。

 

「それはわかるけどさー、やっぱり恥ずかしいよね」

 

「まあテイオーぐらいの年頃だとそう思うかもな。でも一流のアスリートは、自分の武器である体の手入れをする行為を恥ずかしいとか言わないぞ」

 

感情を除けば、ベストパフォーマンスを発揮するためには体が大部分を占めると男は言った。

 

「一流のアスリートはみんな胸を揉まれまくってるの?」

 

「マッサージだマセガキ。大胸筋の調整のことを胸を揉むって言うな。逮捕されるだろ」

 

「わかってるよー。でも、ついさっきまで両手でわしづかみにしてたじゃん」

 

「大胸筋だからな。胸の筋肉なんだから脇の下だけじゃないぞ。男の大胸筋がどう広がってるか見てみるか? 女性は大胸筋の上に乳房があるんだから、手が胸を覆うことなんて仕方ない話だ。というか、お前、揉むほどないだろ」

 

「蹴るよ」

 

テイオーは男に振り向きもせず、耳をキュッと絞った。

 

「すまん。これは俺が悪かった」

 

「ん」

 

スルッとテイオーの耳が元の形に戻った。

 

「念のため確認するが、テイオーが嫌って言うなら止めるぞ?」

 

「えー……だって、そこも整えた方が良いんでしょ?」

 

「もちろん。野球とかサッカーと違って、走りを追求するなら体のバランスが大切だからな。風の抵抗、筋肉の重さ、足と腰の推進力を殺さないバランスが肝要で、ただ大きな筋肉をつければ済む話じゃない。テイオーの走り方を考えた上で、他の筋肉と比べて、どのくらいがベストパフォーマンスを出せるのか調整してる」

 

体に負担が少なく、トウカイテイオーの力を少しでも多く活かせる走り方。そして、それを最大限に発揮するための体作り。初めて会ったときに比べて、立派に仕上がったと言えるレベルだが、男はここで止めるなんて愚かな行動はしたくなかった。

より洗練された形へ、少なくともケガをしない現状維持が譲れない一線だと男は思っていた。

 

「うん。わかるよ。だからセンセーに施術をしてもらった後は、いつも体が軽いんだよね」

 

「ありがたいことに、テイオーのトレーナーは俺の練習メニューへの口出しに文句を言わないからな。練習もケアも、テイオーの体に合うように調整されたものだ。無駄なことは1つもない」

 

「うん。恥ずかしいけど、ボク我慢するよ。センセーのことを信じる」

 

出会った頃から変わらないテイオーの信頼を男は感じた。だが、いつもなら温かい気持ちで満たされるソレも、今の男には過去を責めるものであった。

 

「信じる、か……」

 

「どうしたの?」

 

うつ伏せのまま首を捻って男の様子を窺うテイオー。

 

男は手を止めてテイオーの顔を真剣に見つめた。

 

「俺はテイオーのことを信じきれてなかったんだろうな」

 

「なにが?」

 

キョトンとした顔のテイオー。

 

「天皇賞春のことだよ」

 

「へへ、快勝だったよ!」

 

腕を上げてVサインをするテイオー。

 

「ああ。あのメジロマックイーンとの長距離での対決だ。もっとギリギリの戦いになって、ケガの可能性も高いと考えていたんだが」

 

「2バ身差の1着ゴール! これで文句無いでしょー」

 

尻尾が揺れたせいで、ずり上がったタオルを男はスッと直してやった。

 

「ああ。正直に言って、見直した。テイオーの才能は理解していたけど、まだまだわかってなかったんだな。すごいぞ、テイオー」

 

「でしょでしょでしょー! センセーもようやくボクの偉大さがわかってきたんだねっ」

 

男はタオルを何度も直す。

 

「そうだな」

 

「……あれ? いつもなら上げて落とす場面なのに……」

 

戸惑うテイオー。

 

「それくらい反省してるんだよ。俺の思い込みで、テイオーに挑戦を諦めさせる寸前だっただろ。あのときは子どものワガママだと思っていたけど、それじゃあダメだったな……」

 

結局は折れたが、春天にテイオーが出走することを男は本気で止めようとしていた。

だが、春天でのテイオーの気の入れようは目を見張るものがあった。もちろん、どのレースでもテイオーは本気で走っているが、絶対に負けられないという意思をこれまで以上に強く感じた。テイオーがその感情を体験できたことはとても大きな糧になると男は思っていた。

シンボリルドルフとのレースを見据えて、という点で考えれば、春天は出なければならないレースだった。全てが終わって、男は強く思った。

 

「……センセーに出会って、もう3年になるよね」

 

「ああ、もうそんな経つのか」

 

「ボクだって、少しは成長してるんだよ。ほら。もう高校生になった」

 

「……そう、だな」

 

ウマ娘は本格化が始まると外見が変わらなくなる。だが、話し始めたテイオーの姿は、男の目にはたしかに昔とは違う姿に映った。

 

「デビューした頃のボクだったら絶対に走りきれなかったし、きっとケガしてたと思う。でもさ、ボクはこんなに強くなったんだよ。センセーと一緒に3年間も頑張ったのが、今のボクなんだ」

 

「一緒に……」

 

「センセーが育てたボクは、そんな弱くないよ。いつだってセンセーの予想を超えてやるって息巻いてるんだしねっ。だからあんなに強いマックイーンに勝てた!」

 

「本当にすごいよ、テイオーは」

 

「うん! でもまあ正直に言うと、すっごくしんどかったし、長距離はこれが最後で良いかなーって思うけどね」

 

「それだけは絶対だ」

 

「うん。約束」

 

にっこりと笑ったテイオーが頭を元に戻した。

そのテイオーの後ろ姿が男には眩しく見えた。男が子どもの頃に憧れたウマ娘の後ろ姿と、テイオーが重なって見えた。

小さいころに男が見たウマ娘と同じくらい強くて格好いいウマ娘が目の前にいた。そんな子が自分と一緒にここまで来たと言う。トレーナーを諦めた自分にだ。

 

目の前の子がまさに今、子どもから大人になろうと成長をしている。その瞬間に立ち会っている実感が男にはあった。

 

「いつの間にか大きくなったなあ」

 

「ふふーんっ。なんたってもう高校生! だからねっ。門限だって少し伸びたんだから!」

 

うつ伏せのまま、腰に手を当てたテイオーが胸を張る。

 

「ウマ娘は本格化すると見た目が変わらないから、きっと俺はお前のことを出会った時と同じ、はなたれ小僧だと思ってたんだろう。それは改める必要があるな」

 

「はなたれ小僧……!?」

 

テイオーが驚きの顔で振り返った。

 

「これからは高校生として対応しないといけないな」

 

「いろいろと言いたいことがあるけど……具体的には?」

 

テイオーはジト目で男を見る。

 

男は、そうだな、と少し考えてから口を開いた。

 

「施術後の風呂はダメ。終わったら速攻で帰らせる」

 

「え?」

 

「ティータイムの禁止」

 

「ええ!?」

 

「一緒に出かけるのは×」

 

「えええーーーー!!?」

 

「今までは中学生だし身内みたいに扱ってきたが、高校生にもなれば自立を始めるべきだからな。大人の女性は安易に男性の家で風呂に入らないし、カフェでもないのにティータイムを共にしない。もっと言うならアラサーの俺と高校生が外出しようものなら援交に間違えられかねない」

 

「ちょちょちょちょっと待って! それは待ってよ!!」

 

タオルを跳ね飛ばして起き上がろうとするテイオーを男がやんわりと押さえた。

素直にされるがままになるテイオーだが、顔だけは男の方に向けて目を離さない。

男はそんなテイオーを優しげに見つめた。

 

「これからは甘やかさずにいくぞ。テイオーも徐々にで良いから、俺を医師として見るように。いつまでも近所のイケメンハンサムお兄ちゃんに甘える妹の気分じゃあダメだ」

 

「だから待ってよー! やだよ、そんなのっ!」

 

男の手はテイオーの背中に添えられたままだ。

テイオーは体を左右に動かすが、男を気にして体を起こせない。

 

「施術は完璧にするから任せろ。それ以外のケアは……まあ、自分でなんとかしろ」

 

「はい! ボク中学生みたいなものです! まだ大人じゃないです!!」

 

テイオーは器用に手を上げてアピールする。

 

「生きているなら、誰だって大人になるもんなんだよ。もう自立に向けて歩き始める時間だぞ」

 

「だからって急すぎるでしょ! そんな急がなくたって大丈夫だよ!」

 

「自分の置かれている環境が変わるなんて、意外といきなり来るものだ。それが早い内に経験できてよかったじゃないか」

 

「センセーは今日だってボクのことガキって言ってたじゃん!」

 

「さっきまでな。だが、これからは対応を変えていく。聞き分けろよ」

 

「やあだーー! もっと甘えてたいーー!!」

 

「うおっ!? 急に暴れんなよ!」

 

上半身を諦めて、足をバタバタさせることで異議を唱えるテイオー。

男は片手をテイオーの背中に添えたまま、顔スレスレに飛んで来る足を仰け反りながら回避しつつ、めくれきったテイオーのタオルを直してやろうと奮闘するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタミナが20上がった

体力が50回復した

やる気が上がった

トウカイテイオーの秘められた力が覚醒した!

「ライトニングステップ」を覚えた




いろいろ話を膨らませていたらR15になったので大幅カットしました。
ガイドラインがゆるゆるだったら公開できたんだけどなーっ!


休日が終わるので、明日からは20時前後に投稿予定を設定します。
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