カチッ…カチッ……
合州国のとある場所。
時計の針の鳴るその場所。
そこに一人の男が立つ。カーテンは閉じられ、部屋は暗く。淡い光がカーテンに差し込む。
ここはルナリス島に存在する合州国軍の極秘研究所である。演習場も備えており、民間人はおろか許可をとっていない軍人は入ることすら許可されない場所であった。
部屋にいたアーノルドはそのカーテンの閉じられた窓に手を触れ、中身を見る。すると視界の先には大勢の整備班が走り回り、クレーンが動き回り。そこに佇む〈モビルスーツ〉を眺めていた。その奥で作業員が叫ぶ。
『最終プログラム設定完了』
『試運転を行う。ハッチ解放!演習場に持って行け!』
『各作業員は退避!これより実験と観測を行う』
整備班の放送を聞き。〈モビルスーツ〉を乗せたハッチが移動し始める。純白に塗装され、現在は前線で活躍するモビルスーツよりも小柄な見た目の〈ガンダム〉で、頭部にはまるで翼の広がる少女の様な金色のアンテナを装備していた。
「遂に実戦運用の刻が来たか……」
そう呟くとアーノルドはその〈ガンダム〉を何処か頼もしく見ていた。
「あの……戦隊長。ノウゼン、隊長」
その時、クレナはシンの事を、ノウゼン隊長と呼んでいた。また、同じ隊に配置されたばかりの頃。首の無い、八六区の死神。付き従う人狼ただ一人以外は誰もが死んでしまうと言う呪われたプロセッサー。その噂が恐ろしくて、まだまともに話したこともなかった。
クレナの呼びかけにけれど、答えが返ることなく、ただ視線だけが向く。
紅い瞳。
血の色だ。死んだ人か、これから死ぬ人が纏う色彩。
冷えたその色彩に、クレナは反射的に身をすくめる。冷たい死の色をその身に宿しているせいもあるからか、この人は死神だなんて言われているのだろう。
死んだ仲間の、その名前を。その心を。誰一人見捨てることなく最期まで抱えて、連れていってくれると言う役目と共に。
我らが死神。
神さえ救ってくれぬエイティシックスに残された、唯一の救い。
クレナは初めて目にした。死にきれず苦しむ仲間を楽にする、撃ち殺すその背中を……
「あの…あのね、」
攻性工廠型の巣食う作戦域は、数年前までは聖教国の前線基地で、戦前は都市だった廃墟だ。仄白いタイルの壁が墓石群を思わせる、四角い、高層建築の群れとそれを囲う石積みの城壁。後方の基地と同じ、真珠色の建物と高射砲塔。
その影に薄く積もる灰を蹴立てて〈アンダーテイカー〉は着地する。吹き飛んだ〈フリッガの羽衣〉は燃え上がり、空中に火の粉が降る。続けて小隊が周囲に着地し、そのまま散開する。訓練中に嫌と言うほどリノに叩き込まれた着陸直後の油断。周辺の建物の遮蔽の影に潜む。
「ーー第四、第五小隊」
『第五小隊、全機着陸成功よ。シン君』
『第四小隊同じく。後続を援護する』
新たに任命された第四小隊隊長の声も届き、次々と着陸の報告が入ってくる。
最後に着陸したザイシャの〈クローリク〉が、データリンク中継のために高所に到達。敵味方双方の輝点が表示。
『クローリク、目標を視認。分析開始。映像、転送します』
「了解。ーー各機、現在位置で待機。転送される目標の映像の確認を……」
最後まで言い切らなくともよかった。
聴音センサに捉えぬ叫喚を無数に轟かせ、光学スクリーンの下半分を埋め尽くして。攻性工廠型がその巨体をビルディングの向こうに立ち上がらせた。
『っ、嘘だろ……!?』
『でけぇ……っ!』
思わずそんな声が漏れる。無理もないのっそりと起き上がる姿はまるで猪かヤマアラシ。全高四〇メートル、全長に至っては実に七〇〇メートルの超巨体。最早丘陵そのもの。このデカさは流石のエイティシックスも初めて対峙する大きさだ。
この巨体の前では完全に重戦車型やレギオンザクでさえ小虫と人形だ。元が自動工場型である以上本体下部、地面と接するあたりに並ぶのが〈レギオン〉の搬出孔なのだろうがほぼ針穴だ。無数に広がる光学センサ。背部中央に闘魚の背鰭の様に、孔雀の尾の様に扇子状に広がる、全ての〈レギオン〉に共通した形状の放熱板が、この怪物でさえも生産施設ではなく自立戦闘機械なのだと言う信じ難い、信じたくない事実を物語る。
その、機械仕掛けの復活。
黙示録の多頭の竜の首の様にーーただし、七門ではなく五門、戴く八〇〇ミリレールガンが、廃墟の瓦礫に潜む首なし骸骨を探して旋回している。
意識して冷静な、声を出した。
「ーー各位。ブリーフィングで話した通りだ。本作戦の目的は、攻性工廠型の破壊か、可能な場合の鹵獲。空挺大隊の役割は、攻性工廠型を一時的に行動不能に追い込む事。そして〈トラオアシュヴァーン〉が射撃位置に進出するまで、攻性工廠型の注意と対応を引きつけることだ」
作戦立案段階から予測されてはいたが、百聞は一見にしかず。これほどの大きさの〈レギオン〉は八八ミリ砲では倒せない。大口径レールガンによる〈トラオアシュヴァーン〉による砲撃が、作戦通り必要となるだろう。
「攻性工廠型本体の足止めはスピアヘッド戦隊が、レールガンの撹乱と破壊はサイス、ノルトリヒト、スティンガー、フルミナータ、サリッサの五戦隊が担当。レールガンは向かって左側から〈フリーダ〉、〈ギセラ〉、〈ヘルガ〉、〈イジドラ〉、〈ヨハンナ〉と呼称」
〈クローリク〉は電波の中継に加え、指揮の支援も担当。光学スクリーンに映るレールガンそれぞれに、シンが指示した通りの名称がオーバーライド。
「サイスは〈フリーダ〉、サリッサは〈ギセラ〉を。スティンガーは〈ヘルガ〉、フルミナータは〈イジドラ〉、ノルトリヒトは〈ヨハンナ〉を担当。作戦域に他の〈レギオン〉はいないが、凍結機の伏撃には注意を」
『了解。ーー幸い市街地戦でビルもそれなりにある。私達レールガン担当は照準を引き付けつつ建物で斜線を切る形ね』
『レールガンの狙点はザイシャも追跡します。弾速からして、射撃後の回避はまず無理です。照準された場合は警告しますので、回避を最優先として即応を』
『で、俺らアーチャー、クォレルの砲兵隊は接近戦の援護と位置取りだな。なるべく見つからない様に建物の影選んで動くのはスピアヘッドと同じと……』
レールガンの放熱策が広がる。排熱のための、レールガン稼働直前の動き。十対二十枚の翅が広がって天を覆う。びりびりと亡霊たちの叫喚が聞こえてくる。
その一つ。一度聞いて覚えた電磁加速砲砲艦型の、無数の絶叫が混じり合った断末魔の声。見据えてシンは目を細める。
ーー敵討ちが出来るといいわね。
ああ。それは、必ずこの戦場で。
そして五門のレールガンがそれぞれに奏でる、五色の制御系の嘆き。知らない呻吟と、叫喚と、喘鳴と、怨嗟と、……ただ一つだけ、聞き知った悲鳴。
冷えた、虚な、ーーあの碧い戦場で戦死したはずの少女の声で。
《ーー寒い》
シャナ。
その声は数十キロの距離があってなお知覚同調で繋がるレーナやフレデリカ、そしてクレナの元にも届く。
《寒いーーさむイ。サむイ寒イサむいーー……》
「そんな……!」
交戦開始を受け、移動を始めた〈トラオアシュヴァーン〉の架台上、愕然とクレナは息を呑む。
摩天貝楼拠点で、最上層から狙撃をしていたせいで逃げ遅れて戦死したシャナ。狙撃を得手とし、役目としながら無様に動けなくなった自分の、まるで身代わりの様に。そうして崩壊した鉄塔と共に沈んだ彼女の亡骸は、けれど、同じ水底を潜航して逃げる電磁砲艦型に捕まったのだろう。そして〈レギオン〉に取り込まれた。〈黒羊〉ではなく〈羊飼い〉として。
機械仕掛けの亡霊の声を聞くシンは、ーーこの事に当然気づいていたわけで。
まさか。
クレナはゾッとなる。
シンが空挺大隊に自分を選ばなかったのは、狙撃の技量を信頼してくれたからではなくむしろ逆に、
摩天貝楼拠点作戦で立ちすくんだクレナでは〈シャナ〉とは戦えないと。戦場で隣に置けないと、判断したからーー……?
〈シャナ〉の断末魔が轟くと同時、一機の〈ジャガーノート〉が突出する。識別名は見るまでもない。ノルトリヒト戦隊、〈キュプクロス〉。シデン。
制止しようとして思い留まる。
「シデン〈シャナ〉入るのは〈ヨハンナ〉の制御系だ。任せていいな?」
返事はない。ただ、聞いていないわけではないので、続けてノルトリヒト戦隊の隊長に指示を出す。
「ベルノルト。予想通り馬鹿が暴発した。フォロー頼む」
『えぇえぇほんとに予想した通りにっすね。了か、『聞こえたぞてめぇシン!誰が馬鹿だ!』……』
思っていたよりかは冷静だったか……。
普段はふざけて名前呼びはしない彼女がこうとは、かなり頭に血が昇っているか。
『……あんたらの仲が悪いのも、ここまでくるといっそすげぇっすね』
「作戦中の交信を無視するのは馬鹿でいいだろ。……頼む」
彼らであれば多少の無茶もフォローしてくれる。一年前の時の様に……だからこそシデンをそこに配置したわけだが。
『言われずとも、隊長殿。ーー野郎ども、行くぞ。暴発お嬢ちゃんを援護する』
ベルノルトは少し笑ってそう言う。
そうして出ていた瞬間、新たな声が響き。攻性工廠型から何かが射出された。その姿は〈クローリク〉からも確認できた。
『攻性工廠型から出てくる機体を確認。これは……!映像を回します』
そう言い、現れた映像を見てシンはすぐさま指示を出した。射出されたのはザク……の様なもの。正確には、ザクの脚に鹵獲したリック・ドムのコピー品と思われる脚を取り付けた高機動型に改装したザク。合州国で言うところの〈高機動試作型ザク〉だ。
予想外に早い実戦投入にやや驚きはしたが、これも想定内ではあった。だからこそ、わざわざ八八ミリ砲を外してまで取り付けた新たな
「ハルト、レッカ」
『ええ』『了解』
そう言うと、二人は射出された〈高機動試作型ザク〉と対峙する為にシン達から離れ、ビルの間を縫って移動をし始めた。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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やってほしい
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やらなくていい