86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#112 死んではやらない

攻性工廠型が機関砲を失い、全てのレールガンが全て砲撃できない事を確認し、スピアヘッド戦隊も飛び出す。砲塔にブレードを突き立てられ、激しく身悶える攻性工廠型のその背に、全てのパイルドライバを突き立てて〈アンダーテイカー〉が取り付く。

搬出口はーー出入り口は罠が仕掛けやすいから侵入は避けたい。鉄色の外殻に一対の格闘アームの高周波ブレードを振るい、分厚い装甲を切り裂く。こういう時、ビームサーベルが欲しいと少しだけ思ってしまう。

間髪入れずに駆け上がってきた〈アンナマリア〉が二条の裂け目を刻まれたそこに正確に高周波ランスを振り下ろす。ダメ押しに前脚のパイルを引き抜いて押し当て、撃発。切り取られた構造材が内側に吹き飛ぶ。

左右に飛び退いて場所を開けた二機と入れ替わり、〈ヴェアヴォルフ〉とクロードの〈バンダースナッチ〉が機関砲を掃射。曳光弾が攻性工廠型の内腑を一時照らす。

レールガン直下の、塔の様に屹立する巨大なーー〈ステラマリス〉の様な弾倉。瓦礫を喰い、再生可能な物を飲み込む再生炉。銀の流体を湛えた流体マイクロマシンの培養槽と保管タンク。無数の巨大な機械と配管の群。まさしく銀の巨獣の内腑だ。

 

制御中枢とわかるものは見当たらない。見るまでもなく異能でわかる。もしかしたら一個体でさえバラバラに分断され、攻性工廠型に散乱している。体内に神経系の様に張り巡らされた流体マイクロマシンの群。これほどの神経網な上に自己修復も可能。少なくとも〈レギンレイヴ〉での破壊はできない。

 

ーーやはり〈トラオアシュヴァーン〉の砲撃が必要だ。

その為には。

 

「脚を止める。ーーアンジュ、ダイヤ、頼む!」

 

 

 

 

 

レールガンに叩き込んだ傷跡に、〈レギンレイヴ〉の放つ成形炸薬弾が叩き込まれる。そして容赦なく叩き込まれるメタルジェットに中の流体マイクロマシンが燃え上がる。

 

その一門、〈ヨハンナ〉から銀の蝶の群れが噴き出すのをシデンは見た。電磁砲艦型でも見た、最悪の逃げ。

 

〈ヨハンナ〉の制御中枢の、ーーシャナの。

 

「ーー逃すかよ!」

 

吠えて燃え上がる〈ヨハンナ〉の砲塔上に駆け上がる。戦車砲に換装した成形炸薬弾で灰の空に舞う銀の蝶に向けてーー……。

 

『ーー駄目だ嬢ちゃん!飛び降りろ!』

 

ベルノルトの警告と一瞬遅れて響く接近警報。側方、〈キュプクロス〉を輪切りにする軌道で振り下ろされるワイヤー。〈シャナ〉を逃すまいと警戒を怠ったこれはーー回避できない。

 

ーー引っかかった、友釣りだ。

 

古典的な戦法。どんな意図かは分からないが、結果としてつられた。

 

それとも〈シャナ〉が、道連れにしようとして。

 

奇妙に甘美な空想は次の瞬間、飛来してきたワイヤーの下で炸裂した成形炸薬弾に吹き散らされる。一瞬呆然となったシデンを駆け上がってきた〈レギンレイヴ〉が〈キュプクロス〉を蹴り落とす。落としたのはベルノルトだった。

 

『ったく本当に世話の焼けるお嬢ちゃんだな!後で小言聞いてくださいよ隊長!』

 

落下する中、シデンは成形炸薬弾を撃ったのが誰なのかわかる。

焦茶色の、獣めいた四足の機体〈ストレンヴルム〉。オリヴィアの〈アンナマリア〉。彼の異能で、こうなる事を捉えていたのだろうか。

思わずカッとなって叫んでしまう。今、自分はもしかしたらシャナと、ーー一緒に逝けたかもしれないのに。

 

「邪魔すんなベルノルト!大尉も!」

『ーーそれはこちらのセリフだ。少尉』

 

鞭を打つ様に言われ、シデンは虚をつかれる。今のは……オリヴィアか?

 

『君の任務はレールガンの制圧だ。志願し、請け負ったなら完遂したまえ。そうでなくレールガンと心中するならーー

 

 

 

作戦の邪魔だ。下がっていろ』

 

 

 

 

 

アンジュ達に指示をしていて遅れてしまった。〈スノウウィッチ〉達に場所を譲りながらシンは〈アンナマリア〉に目を向ける。

 

「すみません大尉。ーー有り難うございました」

『不測の事態に備えて目を開けていて、なおかつ距離が近くて良かった。ーーギリギリだったがな』

 

オリヴィアの異能の範囲は最大でも十数メートル、それほど広くはない。

それからふっとオリヴィアが苦笑した。

 

『リッカ少尉らの事もあるし、君が犠牲を少なくしたいのもわかるが。ーー別に君が全てを背負ってやる必要はない。特に悪ガキを見るのは年長者の役目だ。大人しく譲りたまえ』

「……すみません」

 

ふと一瞬、リノは自分達をこんなふうに見ていたのだろうかと思ってしまう。だとしたら申し訳ない事をしたような気がする。時折、俺たちに見せた、子供扱いをする様な目と手の動き。

 

その瞬間、〈ブラックドッグ〉と〈スノウウィッチ〉のミサイルが発射される合計四十発の対戦車ミサイル群が内部で弾ける。その爆炎で、中身の工場に火が付く。その熱は密閉されているが故に逃げ道がなく、攻性工廠型の中身。次に〈ファルケ〉がリジーナをよく燃える流体マイクロマシンの保管タンクを狙って撃ち、ダメ押しで砲撃が入る。

その超高温が攻性工廠型の巨大な放熱板や十対の放熱策を広げるも、冷却できない。出なければオーバーヒートしてしまう。攻性工廠型を支える人工筋肉ですらも。

そして。

 

 

 

 

シデンに聞こえる絶叫はシンの借り物の異能だが、その声はよく聞こえる。

焔から逃げ回る様に旋回を続ける〈シャナ〉の嘆きも。

現在はノルトリヒト戦隊らが榴弾をばら撒いて銀の蝶の逃げ道を追い込もうとしている。だからこそ、彼らが手助けしてくれているのが分かる。

嘆きが降る。蝶の形に分裂した今は、囁きよりも幽かな声。

 

ーー寒い。

 

そんな声を残して、撃ったら死んでしまう彼女。シデンを置いて消えてしまう彼女。

元々シデンには何も残っていない。家族も故郷も、文化も歴史も、かつて夢見た将来も、未来も。

それは、多くのエイティシックスと同様に。

これまでブリジンガメン戦隊の面々と行くのだろうと思っていた。そのシャナが死んだ。戦友達もその多くが死ぬか未帰還。

そうなったらもう、どうしていいか分からなかった。

シャナと戦友達と生きていると思っていたのに。そのシャナ達がいなくなったら。

それならもう、明日なんて。

 

ーーそれは刺し違えても構わない、じゃない。刺し違えたい、だ。

 

シデンが自身にさえ隠していた薄暗い望みを、彼は見事に撃ち抜いた。かつて同じ望みをし、叶えたが為に息の仕方を見失い。だからこそ同じ道を望んだシデンを、……忌々しくも死なせまいと。

 

ーーそんなつもりの奴は連れて行けない。

 

ああ、そうだ。だから捨てたんだ。だけど、あいつと刺し違えなかったら、私はどうやって生きて行けばいいんだ。

情けない。だからシンには知られなくない。

だから問う。この場にいるエイティシックスではない、ただ話を聞いてくれる年かさの人に。

 

「……なあ、」

 

 

 

 

 

『なあ、……オリヴィア大尉。聞いてもいいかよ』

 

戦闘中の、個人での通信。普段であれば許されない事だが、オリヴィアは叱責する事なく眉を寄せる。

縋るような、やはり十代の子供なのだと思ってしまう声色。

 

『あんたならたとえば、どうするんだ。あんたの探してる相手と、戦場で行き合ったら。命でなきゃ倒せないとしたら。……刺し違えたら一緒に死ねるとしたら』

 

しばしオリヴィアは沈黙する。自分に当てはめれば戦争で死亡し、〈レギオン〉に首を奪われた〈羊飼い〉として今でも戦野の何処かを彷徨う婚約者の。

 

「それは戦う。言う通り命懸けで。……ただ、それでも死んではやらないが」

 

刺し違えれば、それだけ甘美なことか。それで終わるならどれだけ美しく、……堕落のように安楽だろうか。

 

『……なんで死んでやらねえんだ?』

「空の墓標の前で愛娘の帰還を待ち続ける彼女の両親に、アンナを葬ったと報告しないと行けないからな」

 

責められて当然だった。毎年、命日と誕生日の墓参りを喜んでくれて。それなのに、娘のことは忘れなさいと言ってくれた。

 

優しいその人達に、報告をしないといけない。

 

「それに、彼女が愛した祖国を、〈レギオン〉共がいなくなるまで守らないといけない。彼女の愛した景色を取り戻さないといけない。……何より、

 

 

 

倒してやれば彼女の前でーーようやく泣ける」

 

 

 

泣きたいけど、泣かなかった。涙など一つも溢さなかった。

そこに彼女はいないから。ーー〈レギオン〉に取り込まれて、まだ葬ってやれなかった。だから涙をこぼして清算するわけには行かなかった。

 

「誕生日と命日のたびに、涙と花を手向けてやれる。私が死ぬまで毎年、それをしてやれる。……それも果たしていないのに、とてもじゃないがまだまだ死ねんよ」

 

いずれは自分も新しい恋を見つけるのだろうか。別の女性と結ばれるのだろうか。

それはオリヴィアには分からない。そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。

ただ毎年、花を贈るのはやめない。一生アンナマリアを忘れることはないだろう。

今はーーそのためだけでも。

 

シデンは少し、笑ったようだ。

 

『そっか。ーーそうだな』

 

頷いてシデンは、八八ミリ滑腔砲を〈シャナ〉の群に向ける。

 

そうだな、シャナ。

私はまだお前を葬っていないし、墓参りもしてやれない。生き残った奴らと例えば年に一回、あの作戦の日にでも集まって酒飲んで騒いで、そうやって忘れずにいてやる事もできないんだものな。

 

そんな程度でいいのだろう。

そんな程度さえ赦せなかったから、自分も、一年前のシンの戦場にそのまま立ち尽くしていた。大切だった誰かを飲み込んだ戦場に、自らも消え失せる事を望んでしまったのだろう。

 

あの死神はそこから逃れた。

だったら自分も。ーーあの馬鹿にできて自分に出来ないことがあるか。

 

「ーーじゃあな、シャナ」

 

先に死んだ戦友達。収容所で死んだ両親。守りきれず死んでしまった妹。八六区に立ち尽くしたままの自分も。

 

じゃあな。忘れないけど、もう引く止められない。

 

 

 

その瞬間、誰かがシデンの両方の肩に手が添えられた気がした。とても暖かく、懐かしい感触。

見えないが、そこに居る気がした。この、心から温まる何か。その正体がーー

 

 

 

そしてトリガを引いた。

 

 

 

制御中枢を焼かれた五門のレールガンが、獣が首を折る様に次々と地に伏せる。

体内の業火と自ら生み出す高温に、耐久限度を超えた駆動系が緊急停止する。

攻性工廠型撃破の為の第一段階、空挺大隊の成すべき任務。ーー〈トラオアシュヴァーン〉の進出完了までに、その脚を折りレールガンの牙を潰す。

それが達成される。

砲を焼かれ、人工筋肉の支えを失った鉄色の巨獣が、激甚と地響きを轟かせて頽れた。

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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