86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#113 えっ……?

「こんにちは」

 

連邦首都ザンクト・イェデルにある軍病院はリュストカマー基地から遠いはずなのに、突然入院病棟の大部屋の入り口にアネットが顔を覗かせたのはアネットだった。その事に周りにいたエイティシックスの少年達もキョトンとなる。

 

木枯らしが吹き始める秋の空。

体が治り、体力も戻って義手の装着も終えて暇を持て余している。同室の仲間達はあえて小難しい本を読んだり、溜めていた課題を消化したり。隣のベットの少年なんて別の子の見舞いに来た子と話をしている。

 

セオは話をしたくないからその子を見ない。時折、義手の形に聞いてくることもあるが適当に答えてしまう。

気がつくとぼんやりしてしまう。自分も暇だから、暇つぶしに何かしたいと何故か思わない。

 

帰国してからずっとこんな調子だ。シンやクラウ達の見舞いや、イシュマエルの見送りの時は何をしようか考える余裕があったのに、帰ってきたらなんだか気が抜けてしまった。

 

あるいは彼らに無様に見せるまいと律してきた気力が抜けた様に。

顔見知りでもない、だから彼の事情だって知らない子供とは話がしたくなかった。だからアネットの方を見て聞いた。

 

「……何?」

「そろそろ暇を持て余してる頃だろうと思って。近くまで来たついでに、映画とかアニメとか。みんなで見てよ」

 

共用の大きなテレビの前で持っていたトートバックを広げる。そこに詰まったデータファイルに一気に子供達が群がる。

 

「アネットって天使?」

「いやー助かるわ」

「あっ、でもこれどうだろう?あんまり面白くは…」

「ふーん、じゃあ持って帰っていい?」

「わわっ、待って待って!冗談だから!帰ってもいいけど映画は置いてって!!」

「よければ坊主も見てく?なんか観たいのあるか?」

「ううん、パパが来たから帰る。お兄ちゃん達、お姉ちゃんもまたね!」

「はいはいまたね。……あんた達の知り合いの子?」

「や、なんかエイティシックスのちびすぎて従軍しなかった子。ニュースで心配になって養父に行って連れてきてもらったんだとよ」

 

機動打撃群に志願しなかったエイティシックスの、その大半は合州国に送られたが。ごく一部は連邦の家族に引き取られていた。恐らくはそう言った子達なのだろう。

 

セオはそこでやや後悔する。せっかく心配して来てもらえたなら適当に返さなきゃよかった。

その子供は養父らしい軍服の男性に手を取られて、男性が軽く会釈し、子供は手を振った。

手を振りかえすのも間に合わなくて、後ろめたいのを隠してアネットに聞く。

 

「ちょうど近くまで来たって?」

 

しかし返事はなく代わりに言った。

 

「あんたはなんか、暇そうだけど暇つぶししたい感じじゃないわね」

「なんとなく、だけどそう言う気分じゃないんだよね」

 

何かしようとは思えない。

 

「ちょうどいいから聞いてもいい?えっと……」

 

そういえばこの白系種の子、なんて言ってたっけ?レーナの友人でシンの昔の知り合いだとは聞いているが……。何度かしか会った事ないし、とはいえペンネローズ少佐と言うのも、今更他人行儀と言うか……。

 

「アネットでいいわよ」

「どうも。……アネットはこれからどうしようとか、考えたことあるの?戦争終わったらとか、大攻勢の後に連邦軍や合州国軍が来た時とか」

「ああ……」

 

セオは無神経だったと気づいて口を噤む。

 

「ごめん」

「いや、それはいいんだけど。……母さんは確かに大攻勢で死んじゃったけど、お別れは言えたしね。…逃げなかったの」

 

アネットは苦笑する。あの日の夜、逃げなければと告げたアネットに笑って手を振り解いて。

 

「足手纏いにも心残りにもなりたくないし、先に死んじゃったお隣のお友達にも会いたいし、父さんのこともそろそろ待たせすぎてるからって、ね」

 

仲間達はイヤホンをつけたテレビに夢中でこちらを見ていない。

 

「ともかく。そうねえ……そんなに深く考えたことはないわね。その時は生き残るので精一杯だったから。連邦に来た時はシンにどうやって謝ろうかで頭一杯だったし。今はとりあえず生きたいわね。やりたい事はいっぱいあるもの」

「やりたい事って?」

「まずお洒落。美味しいもの食べたり、新作の映画観たり。後一回くらいレーナとシンにパイをぶつけてみたいわね。クリームたっぷりの、投げ返すの禁止で」

 

セオは拍子抜けで問い返す。

 

「……そんなもの?」

「そんなものでいいでしょ。あんただって例えばそうね、下の広場の揚げパンがすごい美味しいって聞いたら食べたくなるでしょ?買って来てあげたいけど。……その程度のやってみたいなら、叶えたって次のやりたい事がきっと死ぬまで見つかるわよ」

 

セオは思わず苦笑する。何かをしたいから死にたくない、じゃなくて。まだ死んでないから、何かをしたい。

人生なんてそんなことの繰り返しかもしれない。ぼんやり過ごしていても、一生なら。

 

「……じゃあ、取り敢えず外出できる様になるまではそれを目標にしようかな」

「よし。あとレーナとシンにパイ投げ祭りは一緒にやりましょ。その権利はあるはずよ。その新しい義手で思い切り投げつけてやりなさい」

「うーん、それなら僕は王子殿下に投げたいかも……」

「それは…そうね……」

 

そう言い、セオは自分の左手に取り付けられた機械仕掛けの手を動かす。静かな駆動音が聞こえ、黒鉄色の指が動く。合州国製の、セオが望んで取り付けられた義手。

 

自分たちが戦場でよくみて来たモビルスーツの技術を使って作られる精巧な物。人工皮膚で覆われていない、ジェガンやガンダムの手をそのまま小型化した様なその見た目。神経系と連動しているそうで、充電さえしていればこうやって普段通りに動かせる。また手術する事になるとは思わなかったが、神経系を擬似接続したおかげで思っただけでこうして動かせていると、アネットがやや憤慨した様子で言う。

 

「まったく、その義手の神経系だって共和国のものだっていうのに……」

「そうなの?」

「ええ、あの国ったら人よりも技術を先に持っていったのよ。おかげで残っていた研究成果やら、技術は全部持っていかれた。知覚同調も合わせてね」

 

そう言うと、アネットはその時の状況を話し始める。

 

「今でも覚えている。……十八メートルのジムやガンタンクが大要塞壁群を突破して首都に乗り込んできて。対応したレーナやジャガーノートがまるで虫みたいに小さく感じて……」

 

セオはふと、自分が初めてリノ達と出会った時の光景を思い出す。市街地のビルととぼ同じ高さのあった、二十メートルの〈ジェガン〉が片手に九〇ミリの銃を持っていて。…もはや銃と言えるのか?あれ……

兎も角、初めて会った時の感想は、意外にも感動だったかもしれない。幼い頃よく見ていたロボットがそのまま具現化した様で……とても格好良かった……。

 

「……あっ、そうだ」

「?」

 

アネットの話を切る形だが。セオはある事思い付き、ベットの横に置いていた紙袋を手にとった。

 

「今まで見て来たモビルスーツの絵でも描こうかな……」

「へぇ、良いんじゃない?良い画材も持っているみたいだし」

「ついでにこの義手の性能も試してみようかな」

 

そう言い、セオは軽く貰った画材を手に取って過去の情景を思い返しながら鉛筆を走らせ始めた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

情報部に転属したエリノラはその日も、書類を纏めたり尋問をしたりしていた。尋問というのは主に軍規に違反した者の取り調べや捕らえた国内の反政府勢力からの情報収集などであった。

 

血筋が帝国貴種であるが故に人と接触したらその人物の過去を見れる異能は非常に重宝されていた。おかげで暇な時間はほぼ無いと言って良かった。この前の摩天貝楼拠点攻略作戦の前にリノの手で部隊から外されてしまった。まぁ、仕方ないのだが……。

 

今はアーノルド少将のおかげで仕事もできているし、上司からはよく『仕事続きだったから休みなさい。子供の為にも』と言われて無理矢理退勤させられる事もしばしば。最近はつわりもたまに起こすので、周りの人からも心配されていた。そして今日は……

 

「あっ……クラウ…テオ……」

 

そこには帰還したのだろうクラウ達の姿があった。すると、会うやいきなりエリノラはクラウに頭を持っていた書類で軽く叩かれる。

 

「あだっ!」

 

すると、呆れた様子でクラウはエリノラに言う。

 

「まったく……子ども作って置いてって黙っているなんてね……」

「せめて同郷なんだから隠さないでほしいね。こっちも大変だったから」

「…ごめん……」

 

エリノラは書類を手に持ったままそう口にすると、クラウ達は嘆息するとエリノラの持っていた書類を持った。

 

「あんたは妊婦なんだから、身体に負担をかけるようなことをすんじゃないよ。少しは手伝ってあげられるから……」

「あ、ありがとう。でも、クラウ達も仕事があるんじゃないの……?」

 

思わずそう聞くと、テオはエリノラに言う。

 

「親父からの命令で僕たちは此処で勤務するんだよ。エリノラが無茶しないかのお目付役でね」

「そうなんだ……」

 

その割には、非常に神経質なような気がするが……。

 

 

 

 

 

情報部から移動する間、クラウはエリノラに調子を聞く。

 

「今、どのくらい?」

「そうね…大体四ヶ月くらいかな……」

「じゃあ、一番不安な時期は超えたわけか……」

「まだ油断はできないけどね」

 

エリノラが軽く出た下腹部を触ると、クラウ達はややホッとした様子を浮かべる。二人も、エリノラの話は聞いているし、彼女がやや無茶をしていて彼女の上司が困って泣きついて来たことから、アーノルドの指示でここに送られて来て彼女の健康管理を軟禁ついでに任せられていた。

 

クラウ達はリノが死にかけの重傷を負ったと、エリノラに話していない。いや、言えるわけがない。心的負荷がどれだけ赤子に影響してくるか計り知れない、だから最低でも双子が産まれてくるまでは絶対に言えない。その事も上は把握しているからこそ厳重な箝口令を敷いていた。

 

「(ったくあの馬鹿。私たちに仕事を増やしやがって……)」

 

彼女が送られたのも、エリノラからリノの状態を聞かれた際に誤魔化すためでもあった。軟禁生活で終わるかと思ったらこの有様だ。帰国直後に情報部のある場所に引っ張り出され、監視役として仕事をさせられていた。

 

とっとと目を覚まさんかいと内心怒鳴り散らしていると、エリノラは「ああ、そういえば二人に渡して欲しいって言われたものがあるんだ」と言ってクラウ達を置いて自分に割り当てられた仕事机に一旦戻ると、二つの白い封筒を持って戻って来た。

妊婦が走るなと軽く注意してクラウは書類を運び終え、テオと共にその封筒を受け取った。

 

「二人に渡してって言ってたよ」

「ふーん、一体誰から……」

 

そう言い、封筒を見たクラウは裏返し。差出人を見て目をこれでもかと一瞬見開いた後、思わずエリノラに問う。

 

「ねぇ……これって本人から?」

「え?そうだけど……どうしたの?」

「……いや、何でもない。手紙ありがとう」

 

そう言い動揺を押し殺したような雰囲気で封筒を持ったままクラウはテオを目を見合わせてしまった。

だって、だって…この封筒の差出人は……

 

 

 

『兄から愛しの妹へ』

 

 

 

今はまだ病院で意識不明の筈の……重症人な筈だ。

 

 

 

 

 

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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