86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#114 裏切り

黒煙を上げる自動工場型の前で、〈レギオン〉支配域にはありえぬ人の声が響く。

 

「ーーよっしゃ終わったぁぁぁぁあああ!!勝ったぁぁぁぁああああ!!」

 

乗機である〈バルトアンデス〉の中で叫んだのはツイリで、様々な通信機器で発せられた声が殷々と山々に響き渡る。連邦西部戦線の最北端、連合王国との国境である竜骸山脈の、かつて帝国領であった南側の山麓の一角。機動打撃群第二グループに割り当てられた作戦域。

すぐ近くの拠点を制圧中の義勇連隊の指揮官が苦笑まじりに言う。

 

『良い声だな、中尉。昔聞いた歌劇の歌手を思い出すよ。素晴らしいバリトンだ』

「あらあらありがと。それと……失礼、知覚同調繋がったままだったわね」

 

少し羞恥心が勝ち、知覚同調が切れる。作戦自体は間違っておらず、放熱板を撃つのは的を得ていたのだが、自動工場型が予備の放熱板を持っていた上にそもそも放熱板自体がとても硬かった。

 

新たに知覚同調が繋がり、共和国側の国境付近で作戦中のカナンが言う。

 

『お疲れ様です。ーーちなみにこっちは三十分前に制圧を完了しています』

「誤差でしょうがこの野郎」

『最速クリアしたのが北部戦線のどこぞの義勇連隊ですからまあその通りですね。対策案の問題点もわかりましたし。ーー制御中枢の位置予想を外すと全部壊し回る羽目になるし、それ以上に搬出口も搬出路も装甲と隔壁に自走だらけでこじ開けるのが手間でした』

「ああ……」

 

どうやら自動工場型でもそうだったようだ。

 

『内部構造は今回の一斉襲撃でデータが集まるので予測も正確になるでしょうが。搬出路の正面突破はやめた方が良さそうですね』

「こっちも有効は有効だけど、放熱策全部壊すのは結構手間ね。意外と頑丈だし、何より相手がデカすぎて狙いが付けにくくて、今回みたいな陸戦はともかく、電磁砲艦型みたいな海の上だと冷却はどうだって話だし」

 

その辺りの勉強もしてみようかな……。

 

「第一の連中は、装甲にナイフをブッ刺してこじ開けて腹の中にミサイル打ち込むノウゼン率いる愉快な仲間達の方法が、意外と一番良いかもね」

『最悪装甲に穴を開ければ制御系なり動力系なり破壊は不可能ではないですからね。ーーまあ、そのノウゼン達はまだ戦闘中のようですが』

 

ツイリは疑問に思う。

 

「なんだってミルメコレオ連隊や第十三グループと協同して、試作レールガンも使えて、その上敵の中枢が見抜けるノウゼンが一番遅いんだ?」

『第一機甲は攻性工廠型とか言う、レールガン装備の自動工場型でしょう?敵のレールガンを潰しつつあの化物鳥を進軍させる以上、手間がかかるのは当然では?』

『……いや、実は攻性工廠型の足止めまでは結構良い感じに進んでいたんだけどね』

 

訓練中のスイウが割り込む。その声は緊迫していた。

 

「ーーどうしたの?」

『何かあったのですね?』

『うん。グレーテ大佐が動いているし、うちの参謀とか副長も記録とっているし。ーー人数が多い方がいいと思う。そっちも余裕があれば、聞いてやって』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

攻性工廠型が頽れる。十トン強ある〈レギンレイヴ〉も跳ね上がらせるほどの激震が駆け抜ける。一つ息を吐くも、警戒を解かぬままシンは言う。

レールガンを撃破したとはいえ、未だ声は聞こえていた。

 

「ヴァナヴィース。攻性交渉型の一時機能停止に成功。〈トラオアシュヴァーン〉のーー旅団本隊の射撃位置まで、作戦域の制圧を維持します」

 

 

 

 

 

「了解。ご苦労様です。空挺大隊各位。ーーキュプクロス。無茶をしすぎです」

 

声の向こうで歓声が上がる。無理もない、船団国群の時とは一転。彼ら主導の作戦が的を得たのだ。達成感も含まれていた。小言を言ったシデンは、生返事だけしてシンに絡む。

 

『へーいへーい。……ところで死神ちゃん?死神ちゃーん。おーい、死神ちゃんってばよ』

『うるさいな。なんだ』

 

露骨に嫌がる声が聞こえる。

 

『なんだじゃねえよ。体よくレールガンの囮にした私に、死神ちゃんからなんか言う事があるんじゃねえの?』

『お前の言った通りにしただけだ。文句を言われる筋合いがあるか』

『文句なんざ言ってねえだろ。ただ言うべきことがあるんじゃねえのって』

 

シンは答えずただ苛立って舌打ちをする。

ベルノルト以下ノルトリヒト戦隊達は呆れ。アンジュは笑いを堪え、他は爆笑していた。久々に聞くシンとシデンのじゃれあいに、レーナも笑わされてしまいつつ命令を下す。

 

「アンダーテイカー、キュプクロス。そのくらいにしておきなさい。ーー空挺大隊は作戦域の警戒を。旅団本隊、〈トラオアシュヴァーン〉は射撃位置への進出を急いで……」

 

その時、ヒェルナが、何か言った。エイティシックス達も聞き取れぬ聖教国の言語で。

そして前方、司令所の大きなスクリーンの中で。

 

 

彼女が指揮する聖教国軍第三機甲師団シガ=トゥラが、その進撃を停止した。

 

 

レーナも参謀達もマルセルも、誰もが一瞬呆気に取られる。このタイミングでの陽動部隊の停止は当然、予定にない。

 

「……ヒェルナ。何をーー……」

 

振り返り、ヒェルナはこちらの公用語で言う。

無垢な微笑で、万々の珪砂の流れるような声で。

 

「鮮血の女王。エイティシックス達。ーー我が国に亡命しませんか?」

 

 

 

 

 

「っ……!?」

 

レーダースクリーンに突如映る輝点にリトが息を呑む。〈レギオン〉は排除した無人の前方。敵味方識別には未応答。その熱源、それが無数に扇状にーー伏撃の配置!

 

「っ、散開っ!」

 

反射的に無意識に〈ミラン〉を飛び退かせる。直後、大口径の強烈な砲声と共に流線型の砲弾が〈ミラン〉の傍を掠める。そして前方では強烈な灰神楽が立ち上る。

弾速が遅い上に、強烈な後方爆風。

 

無反動砲だ。

 

「ーーって事は二発目がくる!回避続けて!」

 

直後、号砲がまた。

無反動砲は大口径の砲弾の爆風を一部後方に逃す事で相殺する兵器、バズーカと違いロケット弾を使用しているわけではない。欠点としては爆風を後方逃すため弾速が遅く、その上後方の砂塵を巻き上げるので位置がバレやすい。

その為に六門も装備すると言う、無反動砲。

最初の射撃で位置を露呈しても、間髪容れずに二射目、三射目で必殺を記す為に。

 

そう、聞いていた。

それを聞いていたからこそ、自分達や〈レギオン〉ですら使わなかった武器に対応できたのだろう。

 

風が通り、灰の帳が薄れ、その奥に映る。真珠色の小柄な影の群。

 

そう、真珠色。

 

機動性よりも足を取られぬことを前提にした機体。フレデリカの背丈ほどしかないちっぽけな胴体。左右に三門ずつ広がる巨大な一〇六ミリ無反動砲。いかにも戦時急増品のようなお粗末な機体。

 

機甲七式〈リャノ=シュ〉。

 

聖教国軍の正式フェルドレス、機甲五式〈ファ=マラス〉が、ここ十年で大きく削がれた兵力の代わりに随伴させる護衛の無人機。

 

「……なんで」

 

続けて〈ファ=マラス〉が現れる。

赤子が這い進むような、聖教国のフェルドレス特有の動き。こちらは乗員保護を優先する。合州国の〈M61〉のように前方に置かれた機関部、それに一二〇ミリライフル砲。

 

もはや疑う由もない。

 

聖教国軍がーー今の今まで、共に戦っていた筈の軍が、敵としてエイティシックスに、連邦軍第八六独立機動打撃群に砲口を向けていた。

 

 

 

 

 

見据えるレーナの前で、ヒェルナはただ微笑む。

メインスクリーンを背に振り返る彼女の背後。それぞれ向かう聖教国の参謀や管制官はこの以上にも無反応だ。まるで予定されていたかのように……。

 

レーナは舌打ちを覚える。それならこの行動に加わっているのは少なくとも聖教国軍第三機甲軍団全体だ。下手したら聖教国そのものが……。

そして一つ、奇妙なことに気がつく。

ここにいる将官や尉官は皆若い。つい、エイティシックスで慣れてしまっているが。ここは機動打撃群のような特別な部隊ではないし、そもそもこの聖教国に来てから一度も年配の将官を見ていない。

油断なく見据えたまま、無言のレーナに。不審から警戒、緊迫へと表情を変えつつある鋼の軍服の幕僚達に視線を一刷きして、ヒェルナは繰り返す。

 

「亡命しませんか?エイティシックス。鮮血の女王とその幕僚達。戦果を、手柄を、ーーあなた達自身を、手土産として」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

指揮系統上は第三軍団と派遣旅団は無線で会話する想定はない。にも関わらずヒェルナの声は届く。朗々と。

元々聞かせるつもりで中継していたのだとは嫌でもわかる。

 

『亡命しませんか?エイティシックス。鮮血の女王とその幕僚達。戦果を、手柄を、ーーあなた達自身を、手土産として』

「……何のつもりだ」

 

作戦はまだ継続中だ。そもそも亡命なんてハルトの時以外求めていない。

そうである以上、これは問いでも勧誘でも無くーー……。

 

『人助けがお好きなのでしょう。英雄達。我が国は連邦よりも危機的状況にあります。助けて下さい。連邦のどの国よりも、哀れな我ら聖教国をこそ優先して下さい』

 

脅迫。

 

機動打撃群の得た情報を横取りするための。

あるいは共和国の残党の、洗濯洗剤と同様に戦力をーーエイティシックスを手に入れるための。

僅かな雑音の向こう、少女が軽やかに笑う。

 

『イエスと言ってくれないと、戦場に散ることになりますよ』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

下のエイティシックス達は何も理解できていない。こう言うところだけは子供っぽく素直だと思ってしまう。……だからこそ、大人が教え込んでやらねばならん。ジャイアントバズやザクマシンガンを手に、後方から強襲してきた師団を同じく動いたミルメコレオ連隊と協同で撃破する。

 

「なるほど、看守殿が言ってた秘匿通信ってのは……この事かよ…!!」

 

流石はノイリャナルセ。上が俺たち囚人を送り込む理由が染み染み伝わる。

聖教国の裏切りなんて、考えていなかったのだろう。今まで後ろは味方か白系種、前は〈レギオン〉しか居なかった彼らは……。

 

『甘いぜガキども!!元々戦争ってのはなぁ!!』

 

その瞬間、カルロスがザクマシンガンで射撃を行い、一二〇ミリ弾は聖教国のフェルドレスをズタズタに破壊する。薬莢が灰の戦場に落下し、金属音が響く。

 

『人と人の醜い争いなんだよぉっ!!』

 

その瞬間、知覚同調で通信が入った。相手は……ドミトルだった。

 

『全機へ、プランβ実行。作戦区域のモビルスーツは〈トラオアシュヴァーン〉への護衛を残して機動打撃群の()()を最優先とせよ』

 

指示を聞き、待っていたと言わんばかりに雄叫びと砲声が轟く。

 

「まだまだ子供らしい……何かを信じる心は残っていたようだな……」

 

マンリヒャーはふとそう呟くとノリノリで出て行ったカルロス達に警告を出しつつ、〈レギオン〉の動向に注意していた。

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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