86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#119 狂国たる所以

「うそーー……。うそ、なのです……!」

 

思わず後ずさるミチヒの〈ファリファン〉の映像が全員に伝わり、一時的に〈ジャガーノート〉が止まる。〈ファリファン〉が破壊した〈リャノ=シュ〉のコックピットの少女の亡骸。恐らくは操縦士の……。

その無惨を見慣れていないわけではない。

八六区で戦車砲や重機関銃、対戦車ミサイルで潰れて焼かれた遺体を数多く見てきた。

だから凍り付いたのは、遺体の無残さではない。

 

その無惨な遺体を造ったのが、自分達だと言う事に。エイティシックス達は戦いて凍りつく。

 

 

 

 

 

その映像は電磁妨害越しにも、かろうじて繋がったままのデータリンクを通し、〈ロト〉にも届いた。

 

「あぁ、やはりか……」

 

その光景に絶句しつつも、納得できてしまう。そもそも無人戦闘機械の開発に成功したのは今は亡きギアーデ帝国ただ一つ。合州国ですらまだ開発途中の代物だと言うのに聖教国のような国力で、特段人工知能などの技術に長けていると聞いた事がないノイリャナルセ聖教国が無人機を持っている事に疑問を感じていた。

子供の背丈くらいしかない〈リャノ=シュ〉の小柄な機体に操縦士は入るのかと思っていたが……成程。その子供を乗せて仕舞えば……。

 

『最初から子供を操縦士にするつもりで、敢えて小さな機体にしたのですね……!その方が前方投影面積も、装甲材料も少なく出来るから!なんて事を!人を、それも子供を!無人機の部品扱いにして……!』

 

糾弾に、ヒェルナは恬淡と肩をすくめる。

 

『そもそも〈リャノ=シュ〉が無人機だとは、わたくしたちの誰も申してはおりません。エイティシックスを無人機の部品だと強弁した共和国の軍人に、批難される言われもありませんわ』

 

その発言に無線を聞いていたドミトルたちは思わず『五十歩百歩だろう』と呟いてしまう。

 

『だからって。だからってこんなーー小さな子供をフェルドレスにーー!!』

『それも仕方ありません。……聖教国には成人の軍人などもう、ほとんど残っていない』

 

彼女に付き従う、幕僚や指揮官たち。そしてほんのわずかに残った正規フェルドレス〈ファ=マラス〉の操縦士達。

 

『我が国の兵はーー神戟は、この十一年で枯渇しきってしまったのですから』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーー聞いているか、エイティシックス。それに他の奴らも」

 

〈ロト〉の中。ドミトルが無線で、やや嫌悪した目で言う。

 

「俺達は、上からそん時が来るまで言うなって言われたんだ。……この国の()()価値観で、俺達は非正規部隊()()送れなかったんだ。

 

この国の宗教でもあるノイリャ聖教は流血を禁忌とし、人に刃を向ける事を。人の血を流す行為、行動が何よりの穢れとなる。

それは聖教徒のみならず、異教徒、異民族。全ての人類に大して。聖教国に向けられる剣に、聖教徒は無抵抗で居なければならない」

 

するとアノラが変わるように説明を入れる。

 

「けれど国民を守るための戦力は必要。初めの頃は極西の傭兵を雇っていたらしいけど、所詮は他国の人間。母国を優先するから信用に値しない。

だから、聖教を信じる国民で軍隊を編成しなければならない。しかし、血を流す事を禁忌とするノイリャ聖教があるからどうすれば良いかとした結果。ーー()()()()()()()()()()()()()。聖地の姫神から聖教徒に遣わされた、生きて動く剣戟。そう言う解釈をした」

 

故に神戟。

神の武具であり、人ではない。だから聖教国に生まれても聖教を奉ずる必要はない。聖教徒では無いから、侵略者に刃を向けても聖教を穢すことにならない。

 

「それで、国民が血を流さない。清潔な神の国と唱えたからーー戦前の帝国や合州国諸々の国家は聖教国を狂国と呼んだ」

 

 

 

 

 

「尚武を誇り、戦士たるを誉にする帝国や、連合王国などの王政国家にノイリャ聖教はさぞ受け入れ難い物だったでしょう。市民の義務に国防が入っている共和国や合州国も、軍兵を国民に数えない我が国の有り様は異様なものであったでしょう」

 

ヒェルナは自国がそんな呼ばれ方をしていたのを、伝聞でしか知らない。もの心ついた頃には〈レギオン〉戦争で、通信ができなかったから。むしろ他国の価値観の方がおかしいと、ヒェルナは思っていた。

 

「けれど聖教国に生まれた者には、……さほどの異様な法とも思えぬのです。聖教国の民は、生まれた家で生業が、婚姻が、一生が決まる。生まれ持った運命が、その者の全てを決定する。なれば神戟の工房に生まれついた子が、姫神の戟となるのも当然でしょう」

 

元より生業に向いた形質が発生しやすいように血筋と職務を結びつけているのが聖教国の制度でもあるが。軍の精強さを保つ為に軍人としての資質のある者を揃え、損耗に備えて供給ができるよう『工房』には多くの神戟の女性が『剣匠』として勤めているが、その他の家に教徒の家と神戟の工房は違いない。それどころか。

 

「共和国がエイティシックスをそう定義したように、人型の家畜と扱う絵わけでもありません。神戟は人ではないが、神の御使いである。日々の暮らしは敬意を持って遇され、士官ともなれば諸外国との外交に関わることもある以上、高等教育を受ける機会は教徒より多い。神戟に不満があれば、とうの昔に聖教国の民は反乱で滅びていたでしょう。……不満はなかった、この数百年ずっと、そうだったのです」

 

元々職業選択の自由がないからこそ、その概念すら薄い。国民と神戟の間に差は無く、周りからどう言われようと不満もなかった。

それが所謂、洗脳の言い換えに過ぎぬとも。

 

不満はなかった。

 

十年にも渡る〈レギオン〉戦争で成人の神戟は殆どが死に絶え、予備役の老神戟さえ全滅して、ついには本来なら教育途中のまだ少年の神戟を戦場に出せざるを得なくなった。現状もそれは同じ。

 

「その教義がーー覆るまでは」

 

 

 

 

 

噴火直前のマグマのように、ヒェルナの言葉は続く。

十年以上続く戦争で、今や数える程しか残されていない二十歳以上の士官。〈レギオン〉との戦闘ですりつぶされていった。

それが運命だと教えられてきた。

清浄なる民を守れと言われ、その将たる聖者に従えと教えられ、その通りに生きてきた。それがお前たちの運命だと言われ、粛々と従ってきた。

それが運命だからとたった一人の彼らを率いる幼い聖女と共に。

 

その教義は、けれど。

 

『昨年の大攻勢で神戟の生き残りがもう、本当に幼児ばかりとなってーーいよいよ聖教国の滅びが眼前となって。その対策としてあろう事か聖者会議は教義を棄てた。御教えゆえにこれまで戦わせられぬとしてきたーー聖教徒からの徴兵を決定した』

 

聖教国自らの手でーー覆された。

 

 

 

 

 

噴火したような眼差しで、苛烈に狂った恒星の黄金の双眸でヒェルナは言う。知らず空にないで降った右腕で、指揮杖の硝子の鈴と絹の袖が荒々しく鳴った。

 

「それが神戟の運命だからと彼らばかりを全滅寸前まで戦わせてきたと言うのに、いざ己の斬首の順が回ってきたなら運命に殉じるでも無く翻した。それが姫神の定めた役目だからと、戦場に生きる運命以外の全てを奪っておきながら、その運命さえも容易く覆して踏みつけた!」

 

運命故にヒェルナは全てを奪われた。運命故に神戟達は、数百年も彼等だけが血に穢れ、敵刃に斃れてきた。

残ったのは洗浄の生きると言う、それしかない運命だけだった。何もかも奪い取られて当然と言われるほどに、運命とは重い物であるはずだった。

その運命を聖教国は覆した。都合の合わせて覆るほどに軽い、価値なき物だと貶めたのだ。

己の命惜しさのあまり、またしてもヒェルナ達から()()()()()のだ。

 

「そんなことは赦さない。赦されてたまるものか。戦争に役立つために奪われ続けたわたくし達は、もはや戦い抜く運命しかない。これしかないのにその運命を貶められては、奪われては本当に何一つなくなってしまう」

 

だから。

だから奪われるくらいなら。

 

「聖教国など滅びればいい。何もかも全て、失えばいい。それほどまでに命が惜しいなら、その命を失えばいい。戦争が、終わらなければいい」

 

生き延びる希望を失えばいい。

救いの手を失えばいい。

信じる心を失えばいい。

何もかも失えばいい。

 

誰も彼もが、そう。

 

「誰も彼もからーーわたくし達が今度は、奪い去ってやる」

 

これはそう、今奪われようとしている戦人の役目を守るための。

戦争だけに生きざるを得なくなった自分たちが、自分たちをそう造り上げながら裏切った祖国ごと滅びるためのーー壮大なる集団自殺。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

鏡が割れ、ゾッとクレナは戦慄する。今まで鏡写しのようだと思っていたのが馬鹿みたいだ。

 

「……そんなこと」

 

戦い抜く誇り。他のものを奪われて、それしか残っていないエイティシックスの誇り。

 

まるきり同じだ。戦場が己を作る存在証明である事も、誇り以外を結局。望めずにいる事も。

 

ーー戦争なんていっそ、終わらなければいいのだと薄昏い願望を抱えている事も。

 

それでもーーそんなことは。

 

「何もかもみんな、死んじゃえばいいだなんて。そんなこと私は、」

 

望んでいない。ーーそんな恐ろしい事は考えた事もない!

けれど、望んだかもしれない。いつか自分も、望んでしまったのかもしれない。

戦場に生きる誇りに、それだけの固執して他の何もかもを放り棄てたその果てがーーあの幼い聖女の妄執だ。

 

戦場以外に本当に何も、何一つ望めなかった自分が、すなわちヒェルナだ。

その可能性にクレナは戦く。大切な人の未来を食い潰してでも、見ないなんて来なければいいと望んでしまえる己の業を、自覚したからこそ否定しきれない。

 

「……違う、」

 

必死に首を振る。違う、そんなことは望んでいない。少なくとも今の自分は破滅なんか望んでいない。

 

望みたくない。

 

「そんなこと、……私達はしない……!」

 

 

 

 

 

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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