「くっだらねぇ〜……」
無線機で大きく溜息混じりにハルトが会話に割り込む。その事にややヒェルナは驚いた様子だった。するとハルトは普段からは考えられないほど舌がよく回っていた。
「聖教国同士の問題に俺たちを巻き込むなよ。それこそあんたが部下引き連れて聖教国を落とせばいいんだ」
それか、昔レーナが提案したように〈レギオン〉を素通りさせれば良かった。そんな事もせずに。
「なんで俺たちをーー寄りにもよって俺たちと似た境遇と言っているエイティシックスを巻き込む?聖教国が裏切ったような言い方までして……」
ヒェルナは小さく首を傾げた。何を物分かりの悪い事を。
『
ーー命だけ奪われればそれでいいと、思っているわけではない。
『戦争を取られたくない、なんて馬鹿げた我儘で祖国とその民ごと死にたがる、愚かなわたくし達に誰も泣いてはくれないでしょうけれどーー皆が同情し、憐んできたエイティシックスの死には誰もが、涙の真珠を捧げるでしょう?』
八六区の悲劇が世界中に知れ渡った時のように。エイティシックスに悲劇を強いた共和国が汚名に塗れたように。
『誰もが同情する悲運の少年たちが、善意を以て救援に向かったはずの聖教国に裏切られ、争った果てに無惨に全滅する。最高に後味の悪い、だからこそ思うさま涙を流して義憤に燃え、悪しき聖教国を心置きなく指弾できる、楽しい理想の悲劇でしょう?』
「それで、聖教国の名も貶める……か」
『ええ、そして……』
聖教国が、蔑まれればいい。ーー名誉や両目を失えばいい。
裏切りを糾弾されればいい。ーー信用や信頼を、失えばいい。
救援を失えばいい。ーーそして〈レギオン〉に食い潰されればいい。
そして裏切りを、恐れればいい。ーー信じる心を
『連邦の民がもし、哀れな少年兵達の犠牲を糾弾し、政府がこれ以上裏切りを恐れて正義の執行に慎重になればーー自力では己を守れぬ他の国も、次々と滅ぶ』
そうなればいいと語る調子で、ヒェルナは言う。夢見るように。
待ち望んだ美しい明日を、夢見て語る少女のように。
『そうなったら、あるいは最後には、ーー人類全てが滅ぶかもしれない』
『馬鹿馬鹿しい……』
沈黙の果て、非常に呆れたようにハルトは嘆息する。
「まあ、レーナにバレてしまいましたから後で通信記録なりを調べて、その人が信じてくれれば、聖教国の汚点は、あるいは雪がれるかもしれませんね」
連邦や合州国にあえて聞かせるために話していたのが裏目に出てしまった。
記録を確認した際に連邦の戦力を求めるのだったのかと思わせる為に言っていたし、いきなり殺して仕舞えば良かったレーナや管制員にも手を出さなかったわけだが。
「どのみち犠牲者が出て仕舞えば大差ないですし、……エイティシックス達が大勢死んで、連邦から糾弾されてその時にこの通信記録を出したとして、連邦が内容を信じればいいですよね。わたくしには、」
ヒェルナは笑う。
「見苦しい言い訳にしか聞こえないと思いますけど」
ヒェルナの幼稚な願望を聞き、聞こえたのは小さな笑い声だった。
『ククク……あっはっはっはっ……!!』
「……何を笑っているのです?」
急に笑い出したハルトにレーナ達ですらも困惑する。するとハルトは、笑いを抑えた後にヒェルナにはっきり言う。
『あんたは何も知らないんだな。神戟で優遇された教育をされているのに……』
「?」
するとハルトは饒舌に口を開く。
『たとえあんたの目論見が成功しても、多分人類はどのみち滅亡しねえさ。あの
化け物、それはハルト達が散々口にしていた……モビルスーツなどと言う人を真似た戦闘機械を有する合州国の事だ。
『モビルスーツは……言っちまえばフェルドレスの進化系だ。そんな機械が山ほどいる合州国は、戦争が始まって十一年たった今でも総兵力は未だ豊富。おまけにモビルスーツにフェルドレスはタイマンでは勝てない。それこそレギオンですら重機甲部隊を編成して突撃させるレベルだ』
それはレーナが見てきた、あの合州国の戦線。潤沢な補給に、戦車型の砲撃を物ともしないシールド。慌てて〈レギオン〉も鹵獲したモビルスーツを生産しなければ対処できないと感じた程の脅威。
『すでに全国土を開放している合州国は守りに徹するだけで良かったから大攻勢も凌げた』
基本的に戦争において守る側の方が強い。そして、ハルトがそう自信をもって言えるほどあの国にはまだ余力があると言う事。
皆が口を連ねて『あの国は異常だ』と言わしめたあの国は、どれだけまだ力を残しているのかと思っていると、ハルトが聞くようにレーナに言う。
『ーーで、守備はどうなの?大佐。俺ももう口が疲れたや』
「……ええ、問題ありません」
いきなり話が変わった事や理由にいつものハルトと思う半分、やや苦笑しつつも、レーナは答える。
『貴方がたは一体何を言って……』
「ヒェルナ、さっきの貴方の計画はーーそれが派遣旅団が壊滅した後で、連邦などが貴方の声を聞いたとしたら、の話ですよね」
途端に、ヒェルナの声が不審に揺らぐ。
『……この戦場の無線は、電磁妨害で封鎖を、』
「ええ。そうやって全周を包囲された共和国で」
『届いたようじゃぞ、ヴラディレーナ。ーーお待ちかねの、騎兵隊じゃ』
戦場を、声が亘る。
無線ではない、外部スピーカーだ。音割れが激しいにも関わらず、けれどよく通る。
『こちらは第二機甲軍団イ=タファカ、軍団長のトトゥカ聖一将である』
まだ遠くにいる本隊の斥候部隊が携えてきた心理戦用の大出力スピーカーを通じた放送。
『
『どうして!?……どうして連邦と合州国が、こんなに早く反応を!?』
ヒェルナが愕然と息を呑む。
ヒェルナが妨害したのが、
シンの異能も〈シリン〉も同様に開示は禁止され、ヴィーカではなくザイシャが代理を務め、合州国が正規部隊を送らず、船団国群に持ち込んだゼレーネが今回は連れてこなかった時点で、その国の将を警戒するには十分だった。
ヒェルナも神戟達も彼らなりに善良で、敬意と好意を持っていたのは知っているが。ーー自分は機動打撃群の指揮官だから。機動打撃群の鮮血の女王だから。
戦友であり、部下であるエイティシックスの身を守るのは自分の役割だから。
「阻電撹乱型の電磁妨害下でも、確実な通信を保った技術がーーあなた方には教えなかった知覚同調です。……状況は殆ど最初から、本国に伝わっています」
犠牲が出ないうちに連邦や合州国から聖教国政府に圧力をかけてもらうための連絡が思わぬ形で役立った。
また連邦から聖教国への通信は〈レギオン〉支配域を迂回するために連合王国を使うため、そこにも連絡が入っているはずだ。
外交的には今戦闘を中断しても、将一人の不祥事を見過ごした聖教国は苦しい立場になるだろうが、連邦や合州国が事情を知っている以上、聖教国そのものへの制裁までは行かない。
「企は潰えました、ヒェルナ。貴方の負けです。ーー聖教国は滅ばない。連邦は貴方の幼稚な野望の、尖兵とはならない」
『………』
「降伏を命じてください。これ以上の戦いはーーなんの意味もありません」
第二軍団の軍団長が続ける。その声もまた若い。
『投降せよ、レェゼ。今なら貴官への処罰もそう重い物とはならぬ。……聖教は血を流すのを禁じている。同胞への残虐を、我らは望まぬ』
『……ふっ』
ヒェルナは笑う。明らかな侮辱だ。
『今更どの口が……止めたいなら今ここで聖教を棄てればいい。どうせ明日には棄てる教えなのですから』
沈黙がおり、続けて第二軍団長の嘆息が一つ。
『よかろう。……ヒェメルナーデ・レェゼ二将と第三機甲軍団シガ=トゥラを、ノイリャ聖教とノイリャナルセ聖教国への逆賊と認定。これより誅戮を開始する』
「っ……!」
奥歯を噛み締めたレーナの心情を知ってか知らずか、第二軍団長が冷淡に続けた。
『連邦と合州国からの、派遣旅団各位。ーー構わない、抗戦を。逆賊に生じた犠牲の責は当然、貴公らに問うことはない』
応じるマンリヒャーとキルヴィースの声は冷徹だ。責なと問われる筋合いはないと、言わんばかりに。
『ーー了解だ。派手に見せつけてやる』
『ーー貴公らが到着するより先に、制圧してごらんに入れよう』
一方レーナは指示できない。エイティシックスに。
だって、敵とは言え同じ人間を、子供を。
そうでなくてヒェルナを人質にすればもっと犠牲を出さずにーー……
『無駄です。神戟は、聖者の声にしか従わない』
ヒェルナが透かしたようにせせら笑う。
それにグッとレーナは拳を握りしめる。
それなら、第二軍団と、聖一将と合流すれば。命令はしたが、おそらく止められないわけではないだろう。それでは指揮官が戦死した場合に、指揮の継承ができない。ヒェルナ以外の一族が聖教国が全滅させたはずも無い。
おそらく単純に
第二軍団に確かめる。そのために合流を。
「ヴァナビースより、各位。包囲を突破します。第二軍団との協力のためーー……」
その時に不意に声が返った。知覚同調越しの、誰かの声。エイティシックスの誰かのーーあるいは
『ーー嫌だ、』
闇雲な怯えのような、幼い響き。
『嫌だ、
レーナは咄嗟に息を呑む。そしてキツく歯噛みする。当たり前だ。そう、
エイティシックス達が強制収容所に送られたのは〈リャノ=シュ〉の操縦士と丁度同じくらいの年齢だ。
今なお消えなお幼い頃に植え付けられた恐怖が、自分自身と照らしあい、重ねないはずがない。まして撃てるはずが無い。
撃たないで、と言う
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
-
やってほしい
-
やらなくていい