86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#121 見えない枷

「いやーー仮に、そうでなくても」

 

相手が誰だろうと、自分たちは撃てない。それは確信できる。

戦場で人が敵となる事を。ーー戦場で敵として人を、殺すことを。

 

人を撃ったことはある。何度もある。助からないのに死にきれない重傷を負った仲間を何度も、何人も殺した。八六区ではーー連邦の戦場でも時に、それが必要だったから。

 

けれど敵として人を殺したことは無い。そして撃てるかと問われれば、ーーおそらく撃てない。

 

 

 

二年前、特別偵察任務の前日の夜。モビルスーツを狙ってリノ達を殺しにかかった白系種の男達に、リノ達は躊躇なく引き金を引いた。人を敵として認知し、その動きにおそらく戸惑いなんて恐らくなかった。

俺たちは直接見たわけではないから、死体がどんな風だったか想像もつかないし。あの後、駐屯地にあった遺体がどうなったのかも知らない。

ただそこで思ったのは、リノと自分には大きな差があると言うことだ。それが何なのか、あの時はっきりと理解できた。

俺たちは命など持たぬ機械仕掛けの亡霊達が相手だから、今まで引き金を引くことができた。

 

「撃てないーー戦えないだろうな。俺たちは……人とは」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

〈レギンレイヴ〉が立ち尽くす一方、ミルメコレオ連隊、第十三グループと第三軍団第八師団、伏兵連隊との戦闘は激しさを増して尚続く。……否、趨勢はすでにミルメコレオ連隊と第十三グループに傾いていた。

 

「向こうに有利な条件でこれか……」

 

元々フェルドレスとモビルスーツの相性は悪い。常に高所から射撃できるアドバンテージを持つモビルスーツは、装甲の薄い上面からフェルドレスを完封できる。おまけに〈ヴァナルガンド〉の主砲がアホらしく思えるほど高い発射レートのザクマシンガン。正確にはザクマシンガンの一二〇ミリ実体弾の弾幕は、〈ヴァナルガンド〉より性能の劣る聖教国のフェルドレス相手にはオーバーキルも良いところであった。

 

『鴨撃ちだ!捻り潰せ!!』

『はっはー!!こいつは良い!狙わんでもよく当たる!!』

「気をつけろ。窮鼠猫を噛むと言うくらいだ。下手こいて死ぬんじゃねえぞ」

 

と言っても〈ファ=マラス〉の主砲では〈ザク〉では後ろに回り込まなければ貫通できないのだが……。その瞬間、〈ファ=マラス〉から発射された一二〇ミリ砲弾はザクの正面装甲で弾かれた。

 

「〈ファ=マラス〉を優先的に攻撃しろ。そうすれば、あとは下の奴が勝手にやる」

 

そう言った瞬間、辰砂の〈ヴァナルガンド〉が斉射。〈リャノ=シュ〉を破壊した。幾つかは油断して側面から撃たれ、黒煙をあげて頽れていた。

そして指揮官機を破壊すると〈リャノ=シュ〉は兄妹がいつのまにか居なくなったようにオロオロと戦場で棒立ちになる。

 

ーーああ、なるほど。

 

なぜエイティシックスが〈リャノ=シュ〉を無人機だと思い込んでいたか。それは動きが訓練されておらず、辿々しかったからだ。

犯罪者で固められた俺たちでさえ、最低限教わった軍隊教義。けれど兵器の中にいるのは、幼い子供でしか無いのだ。

マンリヒャーは無線と知覚同調を繋げられる限界まで繋げる。

 

「ーー汚れ仕事は俺たち懲罰部隊の本業だ。いいか、餓鬼どもはデブ鳥の周りで固まって移動しとけ」

 

今でも聞こえる、少年少女達の混乱し、恐怖する声、ただの子供に戻ってしまった幼い悲鳴。正直聞いていて気分のいい物では無いが……。

 

 

 

 

 

今の戦争は数だ。敵を落とした分だけ、勲章がもらえる。PMCと言う名の懲罰部隊の俺たちには任期の削減か、特別手当として。

あのリノ・フリッツだって、〈レギオン〉の四個機甲師団を単騎で抑えて名誉勲章を授与された。俺たちにとっちゃ名誉勲章なんぞ高嶺の花だ。羨ましい、羨ましいからこそ妬み嫉妬の対象にもなった訳だが。

 

多くの〈レギオン〉を倒し、任期をとっとと終わらせる奴もいるし、手当を選んで豪遊する奴もいた。かく言う自分も、任期を減らすために仕事をこなしている。

 

大体一月で五十機の戦車型を落とせば半月短くなると言われている。斥候型であれば百機、近接猟兵型であれば七五機。全て映像確認の後に支給される為、嘘はつけない。だから俺たちは月末毎に結果を競い合っている。まるで子供の様に……そうすれば、俺たちは一般人として社会に復帰できるからだ。

 

俺や、仲間達が皆こぞって戦果を貪欲に欲するのはその為だ。上は簡単に戦果をあげさせぬ様、俺たちを比較的安全な後方での仕事に従事させていた。前線を抜けられた時くらいしか武器を持って戦えなかった。

 

だから、この派遣は俺たちにとっては千載一遇のチャンス。目一杯の戦果を上げる為に、誰よりも多くの獲物を狩っていた。

その点では下にいるミルメコレオ連隊とは似たものを感じる。下で這いつくばる〈ヴァナルガンド〉も獲物を追う狼の様に敵を落とす。ただ、そこには見えない枷がかけられているようにも見えた。

 

旧式とはいえ、戦果を上げれば良い機体が与えられる。良いところではドムを与えられたなんて聞いた。統合整備計画前の物という点を除けば、まだまだ第一線で働ける品だ。

俺の任期はまだまだ長い。だから早めに良い機体に乗り換えて戦果を上げる必要があった。

俺たち懲罰部隊は数を必要としていた。だから、それが〈レギオン〉なのか人なのか関係なかった。

 

「獲物は俺に狩らせろ……」

 

獲物を追う猟師の群れは、次第に激しさを増していった。それままるで、空腹で餌を追い求める為に口を開き続け、餌を食う為に水底の泥を食う鯉の様であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

これは戦闘では無い……殺戮だ。

 

 

その光景にエイティシックスは恐怖する。これはまるきりかつて負わされた傷の再現だ。

理不尽にも無力に、なす術なくただ蹂躙されるばかりだった。

 

「……嫌だ、こんなのは。嫌だ」

 

戦えない。ーー人間とは、子供とは戦えない。

そして、それ以上に。

 

「……止めないと」

 

目の前の、この蹂躙を。

目の前で蹂躙されていく、かつての自分たちを蹂躙させるままにはしたく無い。

 

止めてやりたい。

 

今度こそ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

物心ついた頃には産ませた価値もなかったと断じられた。全員が失敗作で無駄になったと罵られた。

残ったのはただ、焔紅種の血が半分、残っていると言うだけ。

 

かつて大陸に君臨した尚武の帝国の、正統なる後継たる焔紅種の血。勇猛果敢で、高潔な真なる戦士にーー英雄に、無価値な自分たちがなった姿を見る夢想。

 

叶えてやる機会を与えてやろうと、あるとき言われた。

 

お前達に誇り高き真の戦士と証明する最後の機会を与えてやろうと。

それが義勇連隊ミルメコレオ。ーー無価値な自分たちに初めて与えられた、最初で最後の証明の機会。

 

証明しなければならない。己は戦士なのだと。正しき真なる英雄なのだと、何よりも己自身に証明しなければ。自分は戦士の血統なのだと言うそれしか無い誇りを、英雄となれぬ事で失うわけにはいかないから。

 

だから、勝たねばならぬ。圧倒的に、世界中に見せつける様に。

笑いながら。悲鳴の様に笑いながら。騎士達は尚、獲物を求め疾走する。

 

 

 

 

 

その凄惨な戦場の中、兵器を操作しないためのスヴェンヤにはその光景がよく映る。震えつつも、目を逸らさない。ブラントローテ大公の『娘』として、戦場から目を逸らすことは許されない。

 

『姫殿下!ご覧になられましたか!?いかがですか、我らの戦いぶりは!』

「もーー勿論ですわ。今の壕の、一番槍ですわね、ティルダ、ジークフリーデ」

 

涙目のまま頷く。〈ヴァナルガンド〉が〈リャノ=シュ〉を踏み潰し、噴き出た朱殷も全て目に映る。

 

「立て続けによく討ち取りましたわ、アンブロス、オスカー。敵の首級、これで八つ目ですわね。素晴らしいですわルートヴィヒ、レオンハントーー……」

「ーー姫殿下、もう良いから」

 

無理をしているのに見かね、苦くキルヴィースは口を開く。

 

「言葉をかけてやらずとも、御心は伝わっている。……これ以上無理しなくていい」

「で……でも、お兄様。これが『お父様』から頂いたわたくしの御役目ですから…」

 

つい、荒い舌打ちがこぼれる。

 

「役目など、構うものか。……あんなものは所詮、奴隷の首輪だ。俺たちは英雄たるべきと、自分で望んだつもりで押し付けされているだけだ」

 

武勲時に謳われる誇り高き、理想のーーそして()()()()()()()()()()高潔なる正義の騎士。そうなることしか望めないそう仕向けられ、……その通りに望んでしまっただけだ。

 

思わずハッとなって振り返ると、スヴェンヤが見開いた目でキルヴィースを凝視していた。

表情の抜け落ちた可憐な面の、唇だけが動いて老婆のような声が溢れる。

 

「……如何してそんな事仰いますの」

 

月鏡のような黄金の双眸。

 

「だって『お父様』がそう仰ったんです。だってこれが、私達のたった一つの御役目何です。これさえ果たせなかったら本当に何一つ無くなってしまう御役目何です。大事な、大事な、大事な御役目なんです」

「……スヴェンヤ、」

「お兄様そうでしょう。お兄様だってそうでしょう。私も、皆も、お兄様も他には何も無いんですから。それをどうしてお兄様が、やめろ何て仰いますの!?」

「それは、」

「取り上げないでくださいませ。ましてやお兄様一人が御役目をすてるなんて、私達を見捨てるなんてそんな事はしないでくださいませ。だって私達はこのお役目と、お互いしかいない。だからこそ私達は、いつまでも一緒でしょう。いつまでも同じ犬舎の役立たずの仲間どうしでしょう!?」

「っ……」

 

ーー駄目か。

スヴェンヤには……スヴェンヤにも、抗う力はもう無い。あまりにも幼い頃から叩かれすぎて、自分たちにはその気力がない。

 

そして言う通りに自分達は役目を果たす道しかない。

 

ミルメコレオ連隊はブラントローテ大公の手駒でしか無い。役に立たねば再び飼い殺しの憂き目に合うだけ。スヴェンヤを、仲間を再び、ただ息してるだけの家畜小屋に戻さぬ為には、大公の望む戦果をあげ、名声を高める剣となるしかない。

 

……女狐め。

 

「俺たちはやはり、もう。ーー呪いと分かっていても縛られる道しか、無いんだな」

 

 

 

 

 

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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