86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#122 行こう

「ギュンター少佐、あのーー……」

 

そっとクレナは口を開く。急増の巨砲の、今は役目のない射撃担当のクレナには。

 

「聞こえているの。スヴェンヤって言うの?マスコットの子も。……無線、送信スイッチが押しっぱなしになっているから」

 

キルヴィースが言葉に詰まる気配。慌てて通信が一旦切れ、もう一度繋がってキルヴィースが言った。

 

『ククミラ少尉、すまないんだけど聞かなかったことにしてくれないか。良い年して姫殿下と喧嘩した上に弱音を吐いたのが、部下に知られたら恥ずかしいんだ』

「うん、他の人には言わない。でも、」

 

あえておどけて、何でもないことの様に見せようとしているのを知りつつ頷いた。

 

『でも?』

「なんて言うか。……ごめんなさい」

 

キルヴィースは虚をつかれたようだった。

 

『……何に対する謝罪だい?』

「私が、少佐の部下で、少佐がそう言っているのを知ったとしたら、そう思うから。それでーー私はある人に、同じ事を謝らなきゃ行けないってわかったから」

『…………』

「いなくならないで欲しかったの。でもーー縛りたいわけじゃなかった。呪いたいわけじゃなかった。でも……私はきっと、今のスヴェンヤと同じになってたの」

 

スヴェンヤはまるでキルヴィースに呪いをかけているようだった。

ミルメコレオの兵士はスヴェンヤに呪いをかけているようだった。

 

仲間だから、同胞だからと、同じ傷を抱えているのだからと、その傷こそが絆なのだからと。誇りという名の、傷という名の呪いを掛け合っているようだ。

まるで、変わらないで良いと。ーーそのくせ本当は、変わらないでくれと。シンに望んでしまった自分のように。

 

戦い抜くのが、エイティシックスの誇り。

 

けどいつの間にか、誇りしか存在しないと。その誇りさえあれば良いと。それしか望めないと言うかのように。

 

誇りを呪いに変えてしまったかのように。

 

自分は誇りという名の呪いに掛けられていたようだと初めて思った。それどころか縛り付けてさえしまうと。幸福になろうとしている、けれど自分を見捨てることはできない、仲間達やシンの事を。

 

「だから、ごめんなさい。……縛り付けて歩けなくして、ごめんなさい。それと、スヴェンヤ」

 

反応はない。しかし聞いていると思ってそのまま言う。

 

「難しいと思うけれど、あんまりあなたのお兄さんをあなたの傷で縛らないであげて。……お願い」

 

そんなに必死に縋り付いて縛らなくても……きっとその人は貴方の事を置いていかないから。

ちょっと卑怯だが、返事もなく無線を切る。……この間もシン達は戦っていて、この間にも死んでいく子供達がいる。これ以上会話をしている余裕はないと思った。

 

一つ、息を吐く。

 

変わらないで。置いていかないで。

 

確かに自分はそう望んだ。今でもどこかそう思っている。自覚した薄昏い望みは頭の片隅に居座ったまま、きっとずっと消えない。

けれど。

 

ーー海を見せたい。

 

シンがそう望んだ世界を、良かったと。そうなって欲しいと自分は確かにーー思えたのだから。

顔を上げた。途端に襲ってきた眩暈のするような恐怖をーー必死に呑み込んで噛み潰した。

 

進むのは怖い。

 

今でも怖い。子供の頃からずっと。踏み出したら待っているのは、両親や姉を殺した銃口かもしれない。手ぐすね引いて人の悪意で打ちのめそうとしているかもしれない。

自分は今度も、これからも、何もできずに奪い取られるだけなのかもしれない。

それでも。

 

 

ーー進もう。

 

 

ふと、後ろに誰かが現れる。その方をゆっくりと左右を見ると、そこには自分よりも幼い少女と、二人の大人が立っていた。

狭いコックピットの中。後ろに座る余裕なんてないのに……。

 

すると、色の付いた半透明の影のような人物はそっとクレナの握っている操縦桿に優しく手を添える。その手はとても心の底から温まる様な気がした。

 

 

そんな所にいたんだ……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『ーー進もう』

 

その声は繋げられた知覚同調を通じ、灰の戦野に広がる。少し震えて、けれど決然と意思を帯びたその声。

呆然と、ミチヒはその人の名前を口にする。少しだけ、信じられない。

 

前の作戦の後の、へたり込んで消沈した弱々しい彼女の姿からは信じられない。

 

「ーークレナ、」

 

 

 

 

 

「進もう。シン達を助けないと。〈シャナ〉を倒してやらないと。それに〈リャノ=シュ〉たちも、……私達が助けてあげないと」

 

堪えたつもりだったが声は震えた。やっぱり怖い。踏み出そうとするのはどうしようもなく恐ろしい。

こんな重大な決断をするのも怖い。だってみんなの命が関わる。もしかしたら間違いかもしれない。もしかしたらシン達挺進大隊やレーナやリトやミチヒ旅団本隊も、この自分が殺すかもしれない。そう思うと恐ろしくてたまらない。

それでも。

 

「聖者とやらならあの子達に命令して止められるなら、今来てる第二軍団の聖者にやって貰えば良いんでしょ。〈トラオアシュヴァーン〉の射撃位置まで到着して、〈シャナ〉を倒してシン達を助けて、それで第二軍団と合流して電磁妨害を解除する。そうすれば、あの子達との戦争も終わる。……私達が、止めてあげられる」

 

かつての自分たちと同じ、無力な子供の虐殺を。かつて無力に蹂躙された、無力な子供だった自分たちが。

 

「私達は、ーー私達をこれ以上殺させない。止めてやる。こんな馬鹿みたいな戦闘も、私達を縛ってるこの戦争も!」

 

叫びに、誰かが応じる。それは自分に言い聞かせるように、改めて確認するように呟く。

 

『ーーそうだ、行こう』

 

続けて誰かが、あるいは誰もが。

 

『いこう』

 

仲間のために。遠すぎて知らなくて、同胞になれなかった神戟達のために。

 

なにより、ーー自分達のために。

 

あの時救えなかった、無力で幼い自分では救えなかった幼い自分自身の代わりに、せめて目の前の子供達だけでも救ってやらなければ。

 

あの時は誰も助けてくれなかった自分の代わりに、目の前の子供達にはわずから助けでも来てくれるなら。

 

 

それはむしろーー自分にとっての救いだから。

 

『いこう』

 

仲間を助けに。

その時には助けられなかった。ーー助けてやれなかったmかつてのちいさな自分を救いに。

 

『ーー行こう!』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

エイティシックス達のその叫びに、レーナはきっと唇を引き結ぶ。

 

ーー行こう。

 

それなら彼らの行く道を作るのが、自分の役目。

 

「……ギュンター少佐、ドミトル大尉。〈トラオアシュヴァーン〉を射撃位置まで進出させます。開囲に協力を。第三軍団第八師団と第三軍団伏兵部隊との連結部分、三時方向の間隙を広げてください」

 

先ほど、部下のマンリヒャー自身が『汚れ仕事は懲罰部隊の本業』と言った。であれば、エイティシックス達ができない以上、レーナはそれを守るまで。他国の少年兵よりも合州国の部隊よりも、自分の部下をーー仲間を守るまでだ。

ドミトルとキルヴィースは苦笑しつつも、晴れやかな声で言う。

 

『ああ、汚れ仕事は任せな。鮮血の女王さん』

『汚れ役はこちらの仕事というわけか』

 

怯まずレーナは言い切る。

 

()()、そのように命令します。大尉。ーー彼らの戴く女王として」

 

エイティシックスに罪を負わせぬよう、貴方達の罪を背負う。エイティシックス達の心を守るため。貴方達にその分を押し付ける。

 

仲間とそれ以外を天秤にかける。その冷徹も私一人が引き受ける。エイティシックスにこの選択はさせないし、誰も責めさせはしない。

 

私は彼らの女王で、ーー戦友なのだから。

 

 

ドミトルは苦笑を深める。

 

『それは困るぜ大佐。元々やると言ったのはこっち側だ。大佐がエイティシックスの女王なら、俺だって第十三グループの長だ。と言うか、俺たち大人にも格好つけさせてくれ。……命じたからと言って君が全責任を負われるとこっちの面目顔負けだよ』

「………」

『御意は承った、白銀の女王陛下。ミルメコレオ、そのようにあい務めよう。ーー各位、』

『さぁ、お前らの大好きな仕事だ。俺が見ている事を忘れるな。ーー総員、』

「頼みます、辰砂の騎士長に、看守長。ーー機動打撃群。本隊各位」

 

命令が飛ぶ。辰砂の騎士長から蟻獅子の騎士団へ。黒灰の看守長から罰を受けている囚人へ、白銀の女王から、戦乙女の名を冠する白骨の軍勢へ。

 

『戦乙女の雲の征路を切り開いてやれ!』

『子供達の花道を作れ!』

「進軍再開。全速を以って〈トラオアシュヴァーン〉を射撃地点まで前進させなさい!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

第三軍団の包囲は解除され、本隊が進軍を再開したらしい。

聖教国との前線付近、攻性工廠型との戦闘が未だ続く廃都市からは遠い〈レギオン〉たちの動きに、シンはそれを感知する。第三軍団から離脱し、こちらに向かっていた〈レギオン〉前線部隊。

 

「レーナ。本隊の進路上に〈レギオン〉部隊が集結中」

 

数は思っていたよりも少ない。

 

「うち、回避不能と推定される部隊は三個。ーー交戦の準備を」

 

 

 

 

 

シンの異能による〈レギオン〉の位置の看破と、それに基づいてレーナが示した最低限の部隊とのみ接触する進軍路にも関わらず、〈トラオアシュヴァーン〉を守る隊列は瞬く間に削れる。〈レギオン〉支配域の戦闘。予想よりも少ないとはいえ、鉄色の陣容はまさに軍勢の名に恥じず。進撃速度を優先して各部隊を次々に足止めさせて脱落させて機動打撃群本隊は灰の戦野を疾走する。

 

それは未だに歩み出す術や道を見出せずにいる多くのエイティシックスが、進み始めた仲間に隔意を覚えた時以上の熱心さ、必死さで。今度は進み出せずにいたはずの彼ら自身が。

 

〈トラオアシュヴァーン〉の射撃位置に到達したと、慣性航法装置が告げる。その瞬間に耐えかねたように、ミチヒの〈ファリファン〉は前脚の両方を折って頽れる。満身創痍だ。無傷の〈トラオアシュヴァーン〉の周囲にいるのは一個大隊にも満たぬ数。残りは全て敵の足止めや遅滞に残っている。知覚同調は繋がっているから死んだ者はそういない。ただ支配域の戦闘だからそう長くは保たない。

 

「……だからここで、止めないと、なのです」

 

この戦闘を。攻性工廠型との戦闘を、そして未だ続く、聖教国軍第三軍団の戦闘を。

 

……ひとを、殺すのは嫌だ。

 

それと同じくらい殺させるのも嫌だ。

目の前で子供が殺されるのは、家族や友達や戦友が殺された時の自分の無力を思い出すから嫌だ。今でも無力みたいで嫌だ。自分の傷をひけらかして、誰もが傷つくのが当然だと叫ぶのもみっともなくて嫌だ。

 

まだ荒い息を強く一度吐いて鎮め、大きく吸って叫んだ。

 

「クレナ、あとは頼むのです!」

 

戦争が終わったら。この作戦が終わったら。自分の祖先が生まれた土地に、いつか行ってみようと思う。

行ったところで親類も、知己もいない。懐かしさとさえ思わないだろう。それでも自分で選んで自分で決めた、自分の願いだ。

 

明日をも知れない八六区で、せめて自分の在り方と死に様だけは己が定めるのだと、己に決めた願いと同じ。自分で定めた願いだ、

 

戦い抜いた果ての戦死は、どうやら望めなくなった。

 

エイティシックスという名さえいつか、無為となるのだろう。

 

それでも誇りをも、犠牲も、傷も無為になってしまったとしても。自分の形を、在り方を、願いを、未来を。決めることさえできないみっともない自分にはなりたくないから。

 

「この戦いをーー終わらせましょう!」

 

 

 

 

 

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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