攻性工廠型の五門のレールガンが突然、空挺大隊の〈レギンレイヴ〉を捨て置いてあらぬ方向に向く。
狙おうとしているのは〈トラオアシュヴァーン〉の進出先。ーー接近を検知された!
電磁加速砲型にも匹敵する巨体で、試作兵器の〈トラオアシュヴァーン〉にまさか回避能力など見込めない。流体金属を吹き散らして射撃を妨害すべく、〈レギンレイヴ〉は一斉に砲撃を浴びせる。
満を持して投入されたデータベース未登録の新兵器。〈レギンレイヴ〉よりも脅威度の高い兵器だと判断し、先制攻撃をしようにも放たれた榴弾で電磁場を破壊されてのけぞる。爆轟に吹き曝された銀の流体が爆炎に煌めきながら血飛沫と舞う。ーー〈レギンレイヴ〉の残弾も少ない。〈トラオアシュヴァーン〉を破壊されて仕舞えば後がない以上、妨害射撃をする空挺大隊も必死だ。
五門がついに沈黙。間のあったかと誰もがその時、詰めていた息を吐いてしまい。
その間隙を見透かしたように、一門のレールガンが鎌首をもたげた。
〈ヨハンナ〉。ーー最初に〈シャナ〉が、閉じ込められていた砲塔。
一門のレールの狭間に満ちるのは、榴弾に吹き散らされた
「ーーさせるかよ!」
転瞬、その砲口の真正面に、〈キュプクロス〉が跳び出す。
最初に〈シャナ〉の居た砲塔を狙って攀じ登っていたのが功を奏した。〈ヨハンナ〉を任されていたのだからやり遂げたかった。
その〈ヨハンナ〉の照準の前に、シデンは割り込む。パイルドライバを、パイルを排除し、空中で激発して姿勢を変更、〈キュプクロス〉の主砲の照準を八〇〇ミリ砲の砲口に合わせる。
ーー射撃なんざそんなに、得意でもなかったくせに。
ーーそっちこそ散弾砲なんて使ってるくせに、まさか射撃得意なつもりなの?
醒めた声が聞こえた気がした。
最初に会った時から大嫌いだった、シャナ特有の醒めた声。最初に会った頃に言われた言葉。
喧嘩ばかりしていた。
八六区で最初に配属された戦区で、お互い以外全滅してもなお言い合っていた。
ーー次こそお前の死体を埋めてやる。そんときゃ私がその墓穴を掘ってやるよ。
あの事はとにかくシャナが気に食わなくて、シャナも自分の事が嫌いで。掴み合いの言い合いをして。何でもかんでもとにかく張り合って。
それなら死んだ時くらいなら墓穴を掘ってやろうと。せめてその時くらいならしてやろうとは、その時から私は思っていたんだぜ。
「ーーほら、やっぱり私が正しかった」
言い争いになったんだから、あの時のお前もその程度はしてくれるつもりだったんだろう。
「お前の事を葬ってやるのはーーこの私だ」
撃発。
八八ミリ砲が発射より一瞬早く砲号を上げる。射撃のその瞬間に引き裂かれたレールガンの電磁場が、その膨大なエネルギーを暴走させる。
〈ヨハンナ〉の砲塔と三〇メートルの砲身が。そして砲口の目の前にいた〈キュプクロス〉が爆発に巻き込まれた。
「……あの馬鹿、」
当然、その光景は攻性工廠型をオーバーヒートさせる為に向かっていたシンの目にも映る。
知覚同調はーー途絶。データリンクに〈キュプクロス〉の反応なし。
けれど確認する暇はない。流体金属が補充されればレールガンは残る四門が再び射撃可能となる。それではシデンの犠牲が無駄になる。
シン達が攻性工廠型によじ登ろうとした瞬間。
ーーーーっ
何処か、天使の歌声にも絶叫にも近い音が聞こえたかと思うと、驚きの光景が目の前に現れた。
「なっ……!!」
目の前の攻性工廠型の四門の砲塔全てが内側からまるで針山のように突き出た流体マイクロマシンで一瞬でその全てが破壊された。突き出た流体マイクロマシンは一瞬で散らばると、砲塔は動きを沈黙した。
「ーークレナ!」
何があったとはいえ、今はするべき事をやるだけだ。
ーーこの戦いを終わらせましょう!
「うん、分かっているよ、ミチヒ。みんな」
小さくクレナは頷く。ここからは自分の役目だ。
「〈トラオアシュヴァーン〉ーー射撃姿勢に移行」
何重ものロックが外れる重い音響と共に、砲塔左右に取りの翼のように固定されていた二対の反動吸収用鋤状部品が展開し延長。灰の表層に食い込み、本体を固定する。
大きな翼を四枚広げ、長い首を伸ばして伏せた水鳥のような姿勢。
〈トラオアシュヴァーン〉の火器管制システムと連動する、精密照準用のヘッドマウントディスプレイは自動で降りる。細長い砲身に合わせて射角を調整、〈レギンレイヴ〉に慣れた彼女からしてみればジリジリするほどの遅さで長大なレールが水平方向に、次いで垂直方向に回転する。
ーー冷却型稼働。キャパシター接続。全ての回路は正常。
《警告。北北西十五キロ、データベース未登録の熱源よりレーダー照射を検知》
「ーー知ってるわよ」
攻性工廠型はレールガン搭載で自己防衛のためのレーダーを有していない筈がーー……
《警告解除。レーダー波消失》
『ーークレナ!』
目を向けた瞬間、呼びかけられた。聞き間違うはずもない。
シン。
『攻性工廠型のレールガンは全基沈黙、もう一度停止した!再起動までの予想時間は一七〇秒。……悪いが、あとは頼む』
「了解。ーー任せて」
忸怩の滲む声に、小さく頷く。一七〇秒……つまり〈トラオアシュヴァーン〉に二度目の射撃はない。だが、失敗したらどうしようとか、今度こそ失敗しないとか、そんなことはもう思わなかった。
予想以上に長い空挺大隊の戦闘時間。それでも死力で一七〇秒を稼いでくれた。第三軍団の裏切りで、射撃位置には派遣旅団だけで〈レギオン〉を排除するしかない。それでも予定地点まで、仲間たちが切り開いてくれた前進だ。
みんながそれだけ命懸けで、クレナの為に力を貸してくれたのだからーーあとは自分が敵を撃ち抜くだけ。
それだけだ。
ーー了解。任せて。
前にも全く同じように、シンに応えたことがあったなとふと追い出して微笑んだ。
八六区の戦場で、何度も当然の事としてそう応えた。何度もーー頼りにされて、応えてきた〈レギオン〉指揮官機を。前進観測機を。機械仕掛けに取り込まれた同胞の亡骸をーー撃ち抜くことで。
それなら戦場だけでもきっと自分は、彼を助ける事がずっと前から、本当はもう出来ていたのだろう。
それとも死神の役目に辛いだろうと心を寄せて、礼を言われた時に或いは既に。
電子音が鳴る。予測される弾道の先に確実に敵影を捉えたと火器管制系が報告する。ーーでも、まだだ。まだ少しずれている。
戦争のために奪われた。
だから、これ以上はもう失いたくない。
照準が合う。
祈りのように、囁いた。
「終わらせよう。ーーこの戦争を、私達の手で」
トリガが引き絞られる。
〈トラオアシュヴァーン〉が咆哮する。
都市一つ分を賄えるほどの桁外れの電力が、地を這う雷霆として弾体を彼方、機械仕掛けの神話の巨獣の元へと叩き込ませる。
稲光そのものの様なアーク放電が灰の大地を白く染める。〈トラオアシュヴァーン〉の伏せたスピードの翼と鋼の本体が、照り返しを受けていよいよ黒く染まる。その名のふさわしい、一瞬の漆黒。
蒼穹の砕ける様な、幾万の硝子が張り裂ける様な大音響が鳴り響く。
コンマ一秒以下で秒速二三〇〇メートルにまで加速される弾体との摩擦で表面が融解し、反動で破砕されるレールの破片のさざめきか。反動軽減用のカウンター・マスが後方に噴出し、灰が吹き散らされる。
吹き散る破片は陽光を受け、ひとときの虹の様に七色の光を撥ね散らかす。
その最初の一片が舞い落ちるよりも先にーー彼方の巨獣の鉄色の躰を、雷鳴の矢が貫いた。
『ーー着弾。直撃じゃ。さすがじゃの……クレナ』
「うん」
攻勢工廠型が崩壊する。
機体各所に亀裂が入り、自重に耐えきれずに崩れ落ちる。神話の巨獣の如き威容が、神威に撃たれたかのようにあっけなく。
その様子を光学スクリーンに展開、照準画面の光学映像に見つめてクレナは思う。
ずっと前から本当は、そうだったのに今となってようやく自覚する。
強制収容所に送られた子供の頃は。
両親と姉を死なせてしまった子供の頃は、奪われるままで抗えなかった。幼すぎて、無力で、戦う意志さえまだ持っていなくて。だからどんな理不尽にも、抗うことができなかった。
今は違う。
あれからもう、何年も経った。成長して自分は、無力な子供じゃない。戦う力と、技術と、何より戦い抜く意志を得た。
〈レギオン〉と、絶望と、不条理に襲いくる理不尽と。
終わらせたいと思った虐殺を、終わらせられた様に。
大切な人とその未来と、自分自身とその未来も、突然向けられた人によって悪意から今、守ることができた様に。
人は、世界は、残酷で残忍だ。底意地が悪くて、理不尽だ。
それでも、自分は立ち向かえる。
何が起こるとも知れないーーこの先の未来さえ。
ーー君はあの時、ご両親が撃ち殺させるのを黙って眺めてたんだろう?
……うん。
それが辛かった。ずっと、だからーー怖かった。
今なら守るよ。パパもママもお姉ちゃんも、……あの時の小さな、あたしのことも。
戦場を鎖ていた電磁妨害が晴れる。電磁妨害用の装備を積んだ〈リャノ=シュ〉が撃破、或いは機能停止した。そして間髪入れずに今度はヒェルナが司令を出すための第三軍団の無線が妨害され、彼女が発したものではない聖者の声が、妨害のない明瞭さで、無線を介して戦場を亘る。
『地の姫神の真なる御名“ ”において!第三軍団の全ての神なる戟は、その聖務を終了せよ!』
反乱防止のための安全弁として神戟の全員に刷り込まれた、己の意思とは別に戦闘行動を停止させるための秘された言葉。これまで一度も使われたことがなかったが、最後の最後に役目を発揮したようだ。
次に、聞こえるはずのない連邦軍や合州国軍の部隊の指揮官の声が聞こえる。
『ヴァナヴィースより機動打撃群。第三軍団が戦闘を中止しました。空挺大隊を回収後、聖教国支配域に撤退します』
『モックタートルよりミルメコレオ連隊各位。第三軍団との戦闘を終了。空挺大隊の回収に協力する。第二軍団と協同しつつ〈レギオン〉の排除をーー』
『ロト1より第十三グループ。第三軍団との戦闘終了。空挺大隊の回収のために進撃を再開せよ』
安堵した様子のドミトルやレーナの声、キルヴィースの少し気を抜いた声が響いていた。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
-
やってほしい
-
やらなくていい