ヒェルナはへたり込みたい様な絶望を覚えた。
地よ。断首された翼ある女神よ。
「どうして、私をお見捨てになるのですか……」
その時、レーナから通信が入る。
『ヒェルナ。貴方の負けです。……どうかいまからでも、投降を』
本気で心配する声に、失笑してしまう。鮮血の女王あろうものが、一体どこまで。
「同情ですか、女王。貴方と貴方の騎士に、剣を向けた相手に?」
『いいえ』
その声は静かでもの柔らかで、厳しかった。
「貴方の願いの責任を、貴方の死の影を、エイティシックス達に負わせないで欲しいだけです。ーー彼等は英雄なんかじゃない。彼ら自身を守り、救うので手一杯の、戦争に傷ついた子供でしょう。……貴方と同じ」
そうなのだろう、本当は分かっている。
それでも一緒に倒れて欲しかった。望み叶わず果てて欲しかった。
自分たちと同じように、報われずにいてほしかった。
そうすれば自分も神戟達も。ーー自分を救えなくて仕方ないのだと、それは自分たちの怠慢ではないのだと思えたから……。
少し考える間を置いて、レーナは続けた。
『ーー第三軍団の、〈レギオン〉の誘引と拘束を担当していた師団の一部が。旅団本隊の射撃位置への進撃の間も、元の任務を果たす様に、〈レギオン〉との戦闘を続けていたようです』
「………?それが、どう、」
『貴方の企みが露見し、敗れた後もです。ヒェルナ。その後も貴方の部下は〈レギオン〉の大半を己が部隊で拘束し続けた。ーー恐らくは旅団本隊の進撃を邪魔させないために。エイティシックスに犠牲を出して、貴方の罪がこれ以上重くならない様に』
「っ……!?」
ヒェルナは目を見開く。
『貴方達からこれ以上、何も奪うなという貴方の願いでしょう。それなら貴方の兵が大切に思う貴方を、貴方がこれ以上貶めないでください。貴方が死ぬことで貴方の兵から、奪わないでください。貴方を守れたという一点だけでも、報いを与えて上げてください』
通信が切れ、合図のように司令所に彼女の部下ではない兵士が飛び込む。
自動小銃は全員が抱えていたが、銃口は向けられなかった。向けられる前に自ら指揮杖を放し、ゆっくり跪いた。
どうしてお見捨てになったのですか。地の姫神。同胞たち。私の祖国。
それでも。
「そうですね。ーー私だけは、私の部下も見捨てては行けないですよね」
彼らが、彼らだけは私達を。世界中の誰もが見放したとしてもそれでも私を、見捨てずにいてくれたのなら。
「ーーお前も大概しぶといな、シデン。あれは普通死んでるだろ」
「開口一番それかよ。つーか生存率ゼロの特別偵察もの生き残った誰かさんだけには、言われたかねえんだけどなぁ」
この後に及んで口の減らない、満身創痍だと一目で分かるシデンはその割には元気だった。今はレッカにより応急手当てを受け、ガーゼを押し当てられて包帯を巻かれていた。
ひしげたキャノピを数人がかりでこじ開けた、〈キュプクロス〉のコックピットの中。覗き込んだシンは思わず半眼でシデンを見下ろす。どこまで悪運が強いのか。
〈キュプクロス〉が〈シャナ〉ごと吹き飛んだ様に見えて、ちょっと焦ったことはなんかムカつくので黙っておこう。
「はい、終わったわよ」
「おう、ありがと……んで、死神ちゃん。どうなったよ戦闘は」
「終わった。今は回収部隊待ちだ」
攻性工廠型が撃破された事で、援護に来ていたと思われる〈レギオン〉は支配域に戻った。回収部隊上に残る〈レギオン〉も排除が進み、廃都市に撒かれた自走地雷も処理を済ませた。だから、今シン達の周りに敵機はいない。
「そか」
頷いてシデンは大きく伸びをする。
何しろこの傷だ、応急手当てをしたとはいえ、色々と呻いたりして中途半端な姿勢のまま元気に喚く。
「あーもー!こんな事絶対やらねー!」
「そうしてくれ。ベルノルトの小言を聞かされるのはこの一度で沢山だ」
見事に暴走しやがって。
それからチラリと、目を向けて問うた。
「……平気か?」
抑えが効かなくなるほど、大切だった相手を討ち果たし。
真剣な双眸が見返してきた。
「熱でもあんのかよ死神ちゃん。私の心配とか」
「……もういい」
流石にカチンときて〈キュプクロス〉から降りる。露骨に不愉快そうに踵を返すその背に、シデンは声をかけた。
「ーーなんつうかさ。あそこはあそこで、居心地良かったんだよな」
シンが振り返るのに、見返さないまま告げた。
「
最期までそこに有り続ける事こそ誇りだと謳っていた、あの戦場は。
それしかないからしがみついていた忌々しい、八六区の絶死の戦場は。
「………」
「けどさ、戦場にいる限り、……こんな事になるんだよな。仲間が誰か、死ぬんだよな」
これ以上、シャナの様に失わないためには。
「もう絶対、こんなことやりたかねえから。戦争とかもう、たくさんだから。だから、」
向けられた血赤の双眸を見返して、シデンは陽気に、せいせい笑った。
「こんな戦争なんざとっとと終わらせて、……後は一生気楽に楽しく生きていてぇよな」
「あっ、来た来た!」
廃都市で、全ての〈リジーナ〉を撃ち切ってしまい、ただの重機関銃運搬車と化したハルトの〈ファルケ〉の向こう。瓦礫を乗り越えて六両の〈ロト〉や辰砂の〈ヴァナルガンド〉がやって来る。
『よう、怪我人を運ぶ救急車だ』
「あー、こっちです〜、一人スッゲェ怪我した人がいま〜す」
そう言い、ハルトが案内をし、シデンが真っ先に回収されると。そのまま戦車形態になって帰還していく。約束通り、ロトが迎えにきていた。そして、回収部隊による作業が始まった。
「ーー見つけましたわ、お兄様」
廃都市の北側、キルヴィース達はある目的の為に回収部隊に加わっていた。
聖教国の北方、白紙地帯に広がる〈レギオン〉支配域の、人の身で進出可能な最も深く。彼女の異能は
遠く、遙か北方を見据えてスヴェンヤは金色の目を光らせる。ーー品種改良としては唯一、部分的にとはいえ再現できた彼女の異能。
遠い脅威を検知する、現在では連邦と聖教国に僅かに残るだけの、陽金種の『信託』。
「ごく薄くなっていますが、聖教国の異能者が探知した『色』が残っています。ーー聖教国の神託が捉えた脅威は、攻性工廠型ではなかったのですわ」
「……やはりそうか。連邦軍の参謀達の分析は流石だな」
攻性工廠型の動きははっきり言えば不自然だ。
まるで見せつけるかの様に、至近まで近づいて対抗作戦を取らせ、その間聖教国の注意はどうしても攻性工廠型に集中する。元より〈レギオン〉支配域は阻電攪乱型の電磁妨害で見通せず、加えて白紙地帯特有の、あらゆる生命を拒む灰の暴虐。
万一にも支配息奥に注目させぬための。ーーそこに潜む本当の脅威から人類の目を欺くための、仰々しくも贅沢な囮。それが攻性工廠型だ。
「機動打撃群の部隊に共有を。ーー向こうも何か見つけていると良いが」
空挺大隊におけるザイシャの役割は、通信の中継と高度な解析の提供。そして……。
「……大儀です、〈シリン〉達。自裁しなさい」
作戦開始の数日前から、少女を模した小さな体で〈レギオン〉支配域奥地、一〇〇キロ地点まで浸透させていた彼女の使い羽達に、ザイシャは命じる。可哀想だが彼女達は聖教国にも、ましてや〈レギオン〉にも万が一に渡せない。既にモビルスーツという人型兵器を鹵獲されているのに、これ以上情報を与えるわけにはいかない。
〈シリン〉が捉えて伝送してきた、
ワブウィンドウに写したそれを見やって囁いた。
「お流石です、ヴィークトル様。ーー見つけましたわ。御身が、仰られた通りのものを」
その鉄骨を組んだ、六角柱を集めて六芒星を描いたが如き、天を摩する塔の姿を。
「ーーレギオンの通信の反応を確認。司令部の想定範囲内」
〈レギオン〉支配域。聖教国の、シン達とはまた別の支配域の奥。一機の小柄なモビルスーツが立っていた。純白に塗装され、少女の羽を広げた様なアンテナが陽に照らされて煌めく。
パーソナルマークや所属部隊のペイントはどこにもなく、その機体の足元には流体マイクロマシンを吹き出し、残骸と化した数多の〈レギオン〉の姿が残っており、この戦域に他の〈レギオン〉はいなかった。
その光景はまるで、一匹の怪物に喰い漁られた様だった。
その機体は通信を終えると、応答が来る。
『了解した。ーー当該作戦域での攻性工廠型の撃破を確認した。……よくやった』
「……はっ」
コックピットに座る漆黒のフルフェイスヘルメットを被るその人物は、今まで飛ばしていた細長い槍の様な兵装を腕に回収すると、リニアシートに映るある映像を見る。
リニアシートのカメラの先。限界までズームされ、描画距離限界まで広げられた先に見える攻性工廠型だった。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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やってほしい
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やらなくていい