ヒェルナは基地に残る機動打撃群の整備クルーには手を出していなかった様で、小競り合いこそあったものの、整備クルー達は自身の身も〈アルメ・フュリウーズ〉も守り切っていた。
レーナと管制要員が合流する頃には第二軍団の部隊が護衛につき、丁重に〈ヴァナヴィース〉や〈ブラッドハウンド〉を通した。流石に気が緩んで小さく息を吐いたところで、回収部隊から空挺大隊と合流したと報告を受ける。
直後にその指揮官から知覚同調が繋がり、相手が言うより先にレーナが言う。
「シン。ーーお疲れさまでした」
『ーーレーナ』
声音はいつものシンで、攻性工廠型とは酷い激戦だった様だが、幸い負傷もしてないようだ。ほっと息を吐いたのも束の間。
『レーナ。ファイドを寄越してくれないか?回収するものがあるから』
まさかの開口一番ファイドである。
一応回収作業は終わっていないので、シンの対応は間違っていないのだが、色々とあってレーナはむくれてしまう。こっちだって大変だったし、頑張ったし、それ以上に心配したのに。
知覚同調の向こう、シンが軽く噴き出す。
『冗談だ。悪い。……まあ、ファイドをよこして欲しいのは本当だけど』
「もう……!」
『こっちはどうにか無事だ。そっちはまた、敵の司令部から生身で脱出するなんて無茶をしたみたいだけど』
揶揄う声音に、むうとレーナは唇を尖らせる。
「……シンの馬鹿」
『進発直前にひとに集中を乱す様なことを言うからだ』
作戦前の口喧嘩とじゃれ合いは、シンにとってはまだ継続中だったらしい。時間を見れば数時間とたっていない。けれど、何日も前の様なあの、他愛のないやり取り。
懐かしく、そしてくすぐったく唇を綻ばせて、もう一度繰り返した。屈託なくこれを言えるのが、なんだか無性に幸せだった。
「シンの馬鹿」
シンは今度は何も言わなかった。笑う気配だけだ、知覚同調越しに伝わった。
「少し早いですけど。……お帰りなさい」
『ーーああ、ただいま』
レーナがシンと話しているのをまさか察しているのか、いそいそと寄ってきたファイドを横目に見つつレーナは問う。もう少し話はしていたいけど、流石にこれ以上作戦とは無関係の話で時間を費やすわけにはいかない。
「それで、回収したいものってーー……?」
「ーーああ、」
言いさしてシンはそれを見上げる。
〈トラオアシュヴァーン〉の射撃に巻き込まれないためにスピアヘッド戦隊は一度攻性工廠型から離れ、撃破された後に残骸の下へと戻った。〈レギオン〉の声を聞き取る彼の異能は崩れ落ちた残骸の中から、破壊されつつもまだ辛うじて機能していた
回収部隊にいるロトに任せても良いのかもしれないが、それだと色々と勘ぐられる可能性があるから、あえて信頼のできるファイドを呼んだ……。
「吹き飛んではいるけど、レールガン五門分の残骸。それに攻性工廠型の制御中枢の一部だ」
帰還にあたり、聖教国軍が国境近くまで豪華な客車を用意したのは、彼らの国の不祥事に巻き込んだことへの謝意と誠意だったのだろう。
この辺りは前線からは遠く、火山灰もほとんど届かなくて空は青い。秋の気配の異国の平野を、あえてのんびりと車列は進む。開け放したら窓から入り込む、一面に自生する潅木の花の香りで甘く涼しい風。聖教国ではお茶にするのだと言う、小さな金色の花。
レーナにもこの一ヶ月でお馴染みのお茶だ。ブリーフィングで、基地での毎日の食事で、……ヒェルナの一件で謝罪をと設けられた場でも。
兵はまだしもヒェルナは国家に叛逆を行った。この後の処分に対し、処刑しないのがトトゥカ聖二将の答えだった。聖教に準じ、聖教国には死刑制度は存在しない。
『ーー家門の断絶、蟄居となるのは避けられないだろうが』
用意された建物のホール。政務を担当とする聖者と共に、謝罪に訪れた聖一将は答える。この人もやはり二十歳ほどと若い。
『私個人としてはやはり、蟄居についてはこの戦争が終結したところで恩赦を懇願してやりたいところだ。……刃を向けられた貴公らの前で言う事ではないが、貴公らは子供らも彼女も殺さなかった。それなら生かせと言うのが、地の姫神の御言葉だ』
『……神戟たちは』
『あれらには本当に、何一つ罪はない。聖者より命令を受け、従った。それだけのことだ。軍の再編に伴い、教育所に戻す形になるだろうがーーその上で、この慣習は考え直す時が来たのだろうな。最早続けられぬと、〈レギオン〉どもを遣わして姫神が示したのだから』
この人はそう主張してくのだろうと、レーナは分かった。
聖教国を何百年にも渡り支配してきた慣習と、この人はこれから、戦うつもりなのだと。
家族を奪われ、戦火の聖女の役割もこれから奪われるヒェルナへの罪滅ぼしとして……。
けれどそれは、一つ前進だと思える。例えばエイティシックス達は戦場に背を向け、平和の中に閉じこもるのを厭う。それなら神戟たちには、この変化は。
祖国を滅ぼしてでも、自分から何も奪うなと叫ぼうとした、ヒェルナにとっては。
「えい」
「ひゃっ!?」
窓の外を眺めてそんな事を考えていると、首元に冷たいものを押し当てられた。
驚いて振り返ると、クレナだ。手に二本の炭酸飲料を持ち、その片方を手渡して向かいに座りながら続けた。
「聖教国軍の子達を考えていたの?」
「ええ……」
渡された瓶を両手で包んだまま嘆息したレーナに。クレナは飄然と肩をすくめて行った。
「ーーそんなに何でもかんでも背負ったら、疲れちゃうでしょ」
「え……」
見返して来る白銀の瞳を感じつつ、クレナは意識して恬淡と炭酸飲料の蓋を開ける。それはクレナだって可哀想と思わないわけじゃない。
戦闘を強いられ、今度は奪われる神戟とヒェルナも、まるで自分の鑑写しだ。でも。
「冷たいみたいだけどレーナもあたしもこれ以上、何かできるわけじゃないんだし。どうなりたいかは結局は、あの子達しか分かんないんだし」
例えば連邦の保護された当初、平和の檻の入る様に言われたことはーー嫌だった。今でもそうだ。
何が幸福なのか、自分はどうなりないのか。そう言うことも含めてーー自由というなら、自分で決めたい。
自分で決めなければ多分、……あの子達も奪われた記憶から、本当に逃げられない。
「ていうかレーナは言っちゃなんだけど他所の国の子たちより、優先しなきゃいけない相手がすぐ側にいるんだから。ちゃんとそっちを一番にしてよ」
「ええと……。つまり……」
言うまでもない。だからと言って逃さない。これくらい訊く権利はあるはずだ。
「返事。……ちゃんとした?」
「しました……」
嘘は言っていない。すると、背中合わせの席からカイエが身を乗り出してレーナに言う。
「帰ったらシンをデートにでも誘いなよ。恋人になって初のデートだし、記念にもなる」
先に言われてしまった。まぁ、でも返事があったならいいや。…これで自分も困らない。
すると、アンジュがカイエの横から乗り出してきた。
「それならレーナ、船団国群のエステル大佐からプレゼントもらっているのよ。龍涎香って船団国群の名産の香油。原生怪獣から取れるんですって。ちょっと嗅いだけど良い匂いだったわよ。レーナがシンにちゃんと答えたら渡してあげてって」
「……どうしてエステル大佐が知っているんですか!?」
そりゃあ誰もが一度は口にするネタなわけで、当然イシュマエルの耳にも入っており、なんなら龍涎香の入手にも一枚噛んでいた。
ともかくアンジュはにっこり笑う。
「原生怪獣が急愛の時に発する匂いなんですって。征海氏族は伝統的に求婚とか婚礼の時につけるそうよ」
「アンジュ!?」
レーナは驚き、重々しくザイシャが頷く。
「因みに連合王国でも三代前の国王陛下が初夜の床で用いたそうです。海底の深い青を思わせつつも何処か竜の威厳を感じさせる、冷徹としていい香りです」
「なんだ、露骨にエロい香りじゃねえのか。つまんねえな」
「艶っぽい香りがいいなら、梔子とか茉莉花とか月下香とかどうです?私の一族の風習だと婚礼の床には甘くて色っぽい、要するに催淫効果のある匂いの花をいっぱい使うのです!」
シデンやミチヒまで悪ノリし、レーナはさらに慌て出す。
「と言うか、単純に媚薬飲ませればいいんじゃ?」
「「「それだ!!」」」
「それだじゃありません!!」
カイエの意見にレーナがツッコミをかけ、会話が盛り上がる中。クレナはそっと席を離れる。
列車の客車は何両かはミルメコレオ連隊や第十三グループの隊員達が使い、残りの機動打撃群の車両はなんとなく男女別に分かれている。少年たとが固まっている隣の車両に、仕切りの扉を開けてクレナは入る。ーー何処にいるかは、あらかじめ確認済みだ。向かい合わせのボックスシートのゆったりとした座席にもたれて、シンは寝息を立てていた。
前の作戦で怪我をして、病み上がりで空挺作戦なんかを担当して、その作戦でも色々ゴタゴタしたのだから、疲れたのだろう。読みさしの本が手の上で伏せられ、黒猫がここにいないのが不思議なくらいの無防備さだ。
向かいにいたライデンが片眉を上げて席から立った。
「あっ、そういえばドミトルさんのところにコーラがあったよな……ちょっともらえるか聞いて来るから誰か来いよ!」
「おっ!マジで!よし俺も連れてけ!!」
ハルトがそう言ってダイヤが乗っかり。他の少年たちもそれに釣られたり、気付いたりしてあっという間にクレナとシンしかその空間にはいなくなる。
ーー別に。
自分の気持ちの、整理のためなんだから。シン本人には伝わらなくてもいいんだから。だから寝かせておいたまま、言うだけ言ってしまってもいいんじゃないかな。だって疲れているならそのまま、起こさないであげたほうがいいんじゃないかな。
この後に及んで顔を出した弱気な自分がそんな事を囁き、それではダメだと思い直す。
自分の気持ちの整理のためで、自分の気持ちに決着をつけるためなんだから。ーー逃げ出してしまっては意味がない。
「ーーシン」
そっと声をかける。
「シン、あのね。……ちょっと、いい?」
「……ん」
何度か揺り、小さく声が漏れる。薄い瞼が上がり、二、三度瞬きクレナを見上げる。
血赤の瞳。
この世で一番綺麗な色だと、クレナは思う。問われる目に、機先を制してクレナは言った。
「あたし、あなたの事が好きだった」
ぱち、と赤い瞳が一つ瞬く。それから苦く、苦しく歪んだ。
その言葉に、クレナの思いに。ーー応えられないとわかっているからの、応えるつもりはないからの、苦しさだった。
……ああ、うん。そうだよね。
あなたなら、はぐらかしたりしない。応えられないと言うあなたの答えを誤魔化したり、嘘をついたり逃げたりしない。
そう言う残酷なところが。残酷なくらいに、誠実なところが。
「今でも好き。……きっとずっと、好きなまま」
例えばこれから、誰か他の人を好きになったとして。その人と恋人になったとして。まだ想像もつかないけど、家族になったとして。
それでもきっと、シンのことは好きなままだろう。いつまでもずっと、好きなままだろう。
八六区での彼女と仲間達の、救い手として。戦友として。同胞として。家族として。本当は一番に自分を、選んで欲しかった人として。一番大切で糸番頼ったーー兄として。
大好きだよ。あたしのーー優しい死神。
「だから、」
仲間の、家族の、大切な人の行く手に
こんな世界でもそれくらいは、叶って当たり前でいいはずだ。
「幸せになってね。必ずーー幸せになってね」
笑ったまま告げたクレナに、シンはしばらく黙っていた。
返してやりたい言葉と、自分に言える言葉。矛盾するその二つに黙したまま向き合って、考えてーーその果てにただ、それだけを答えた。
何を言ってやりたくても、結局はクレナの気持ちには応えてやれない彼が、口にしていいただ一つだけの言葉を。
「ーー悪い」
「ううん。だって今まで、」
今までも。きっと、これからも。
「あなたを好きで悪かったことなんてーーなかったもの」
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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やってほしい
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やらなくていい