86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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ディエス・パシオニス
#127 星が堕ちた日①


『発射まで、残り二分』

 

機械と人の違いとは何があるだろうか?

 

『作戦空域にレギオンの反応を確認』

 

『人間には生物として感情を持つ心があり、機械にはそれが無い』というのが一般的によく言われている線引きだ。

 

『射出を早めるか?』

『いや、このまま予定通りに行う。何事も予定通りに行う方が良い』

 

しかし事戦争、とりわけ最前線と呼ばれる場所になるとその線引きも曖昧となってくる。

 

『今回の君のコールサインはラビットだ。作戦概要は作戦命令35号開始までの時間稼ぎと陽動だ』

「…了解」

 

戦闘を行う時、人の命を奪うという行為に罪悪感を覚える人間だが、いずれはその行為に慣れる麻痺を起こし。エースと呼ばれる人間は人を殺す事への違和感すらも消える。

 

人を人たらしめる心というものは戦場と言う特異的環境下に置かれると消えて無くなってしまう。

 

『なお作戦区域には味方機と重要保護対象者が混ざっている。マーキングはすでに施している』

「了解」

『作戦区域の損害は最小限で頼むぞ』

「了解です」

 

すると割り込むように女性士官が言う。

 

『撤退中の第五輸送部隊より最新の通信です』

『読め』

『はっ、宛特別任務機。レギオン重機甲部隊には多数のレギオンザク、並びに列車砲も確認。偵察隊による専用回線は…』

 

嘗て民族浄化を行なった愚かな民主主義国家は滅亡の時を迎えようとしている。

民族浄化の代償に国が滅ぶ哀れな運命を定められ、自由と平等、博愛と正義と高潔を表す五色旗は焼け落ちている。

 

『なお、現在移送中の共和国市民は保護対象者であり。部隊は南進中也』

「了解しました」

 

コックピットの中、外界の映像を全天モニターで確認している一人のパイロットは答える。

これから向かうのは一度崩壊し、二度目の崩壊を迎えた純白の箱庭。

 

永遠の平和と安全を謳った嘗ての要塞は自ら穴を掘り、そこに守り抜いた純血を流し続けている。

 

「サンマグノリア共和国もこれで終わったな。自らの手足を切り取って、どうして立っていることができるだろう…」

 

グローブを付け直し、操作レバーに手をやって掴む。

 

『射出まで30秒、カウントダウン開始。28…27…26…』

 

天を穿つほど巨大なリニアレールの麓。一つの機体が空に上がるのを待っている。

 

『カタパルト接続。各電気系統、問題なし』

『射出準備完了』

『19…18…17…』

 

画面の時刻が進み、合わせて短くなる秒数。

 

『10…9…8…』

『あぁ、それから大尉』

「?」

 

直前、一人の士官がパイロットに話しかける。

 

『あの人からの伝言だ。帰ってこい、との事だ』

「…」

 

パイロットはそう聞き、何も返す事はなかった。それどころか少しイラッとした様子でレバーを強く握っていた。

 

『3…2…1…射出!』

 

直後、レールを伝って止まっていた機体は加速を開始する。

元は宇宙空間まで人工衛星や宇宙船を打ち上げるために建造された施設は遥か空まで巨大な濃紺一色の機体を蹴り上げた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「例の、<レギオン>司令拠点群への反攻作戦。とりあえず時期と作戦名だけは決まって、故事にちなんで<大君主作戦(オペレーション・オーバーロード)>になったそうだぜ」

 

紅茶を淹れながら世間話のように言ったのはシンより十ばかり年上の、マイカ侯爵家の縁者の青年で、彼もまた連邦軍の士官で異能を有する特技兵だ。

従卒も副官も下がらせてシンと彼しかいない、西方方面軍統合司令部基地の執務室の一つ。ティーセットを手に戻ってくるヨシュカ・マイカ中佐は、暫く前からシンが異能の制御のため、面談を繰り返している相手であった。

 

「それはまた、…なんと言うか安直な」

「な。つーか、もうちょっと楽勝、快勝だった作戦にちなんでほしいよな。元の作戦は、勝ったとは言え上陸戦で相当死んだそうだし、大体一応仮にも民主共和制の連邦で大君主はどうよとも思うし」

 

軍人らしく短く刈り込んだ紅い髪と長身に、肩幅が広く胸板の厚い頑健な体躯。相反するように顔立ちはやや童顔で真紅の双眸の目尻も垂れた、ヨシュカは自ら淹れた紅茶を音もなく含む。

 

応じるようにシンも渡されたティーカップに口をつけた。薄紙の様な白磁に東方風の金と緋の絵付け。カップの内側まで繊細に施されたそれが、透明な赤い茶の向こうで煌めく。

 

「作戦決行時期は、まあ連邦軍あげての一大攻勢、おそらく連合王国軍や盟約同盟軍、合州国軍共に共同しての作戦だ。早くて四ヶ月のーー二月の贖罪祭の頃か、万全を期すなら半年後の復活祭ごろになる」

 

告げられた作戦予定に、シンは第八六独立機動打撃群の、己が所属する第一機甲グループの任務と休暇のサイクルを思い浮かべる。

聖教国への派遣が行われたこの九月で第一機甲グループの任務期間は一度終わり、休暇と訓練の二月を経て任務にあたるのは、これまでの通りなら十二月と来年の一月。四月の復活祭ごろならともかく、二月の贖罪祭に作戦決行なら、再びの休暇時期に重なってしまうが。

 

「いずれにせよ参加します。機動打撃群は、全員」

 

淡々と、当然のように言ったシンにヨシュカは苦笑する。

 

「そりゃそうだ。お前達機動打撃群はそもそもそのための部隊なんだし、上だってお前らがそう言うだろう事はとっくにわかってるさ。ーー機動打撃群への任務はしばらく休止。この一ヶ月は一旦しっかり休んで、あとは作戦までみっちり訓練、てことになる」

 

言ってふと、ヨシュカはニット笑う。

 

「聞いたぜ。先の作戦で、お前ら学校に行くのすっぽかしたんだって?」

 

シンはグッと喉を鳴らす。休暇と、その時に行くべき学校への通学を切り上げたのは第三、第四機甲グループであってシン達では無いのだが、結局総隊長四人がグレーテに叱られたのだ。

 

彼女の言い分もわかっているし正しいと思う。連帯責任も軍隊の基本だが…ちょっと理不尽だと思った。

 

「そりゃあダメだぜ、いくら特士校は出てるっても、お前ら特士士官(ちびっこ)の本文はお 勉 強だ。この一ヶ月はちゃんと学校に行って、授業聞いて課題やって図書室に愚にもつかない様な本とか読んで、あと友人とアホな遊びしたり色恋にグダグダ悩んだりしろよ」

「最後の二つ、おかしく無いですか」

「おかしくねえよ。そう言うの全部まとめてお前らがするべき勉強って奴なんだから」

 

応接室のソファに背を預けて片手にティーカップを持って、実に優雅な物腰で親戚はなんともニヤついた様な、絶妙に品のない表情をしていた。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

同刻、リュストカマー基地では軽く息を吐いてハルトは自習室の教室でため息を漏らす。

 

ハルトとレッカの二人、周囲からは合州国組と言われている二人は向こうの学校ですでに義務教育は済ませていたので、本来こちらで通うべき学校は連邦と合州国との差異の部分だけであり、一週間ほどで学校課程を終えてしまっていた。

 

おかげで学校のテストでは常にトップを取り続けていると言う理由で他の生徒達から散々質問攻めに合う様になっていた。

 

「あら、浮かない顔じゃない」

「…なんだレッカかよ」

 

先ほど質問に来た一人に数学を教え終え、ほっと一息吐く彼にレッカは言う。

 

「やっぱり、寂しい?」

「…かも」

 

二人はそう言い、少し前に知らされたある一報を思い出していた。

 

「遺された人って、どうなるんだろう?」

 

ハルトの呟きにレッカはやや呆れながら言う。

 

「前に言っていたじゃない。弔い金が出るって…」

「そんなん聞いている訳じゃ無いの。分かってんだろ?」

「…」

 

ハルトの答えにレッカは一瞬言葉に詰まった。

 

「子供を抱えた奥さんを置いて行ってさ…」

「それは…」

 

レッカは続きを言おうとして立ち止まった。

少なくとも、自分たちと最も関わりの深かった外国人。そんな人の死亡の報告を聞き、二人は少し考える。

 

「僕たちと違って実際に家族がいる訳だからさ…」

「…何とも言えないわね」

 

知らない事は下手に言い出せないとレッカは言うと、ハルトもそれに頷く。

 

「静かになっちゃったしなぁ…」

 

そう言い、今は連合王国軍のフェルドレスが格納されている明らかに扉のサイズに合わない格納庫を眺める。

広い作業スペースがあるので予備のレギンレイヴやパーも保管されている。

 

「改めて思うけど、やけに広かったわね」

 

そう言い、嘗てそこにあった巨大な人型機械を思い返す。

そこにあった巨大な機械は今はもう消え、今頃ははるか南の大地に消えていった。

 

「…今改めて思うけどさ…」

「?」

 

ハルトはそこでレッカに聞いた。

 

合州国(あっち)ってさ、ちょっと異質な雰囲気がなかった?」

「…」

 

ハルトに聞かれ、レッカも少し考える。

 

「まぁ、お国柄っていうものじゃない?」

 

国土の大半は山脈と三方の海に囲まれ、独自の文化を紡いできたあの国だからこそ言える連邦や連合王国とも違う雰囲気。

 

「なんて言うかさ、『共和国は敵だっ!!』って言う雰囲気があるよね」

「客観的に見たらそうなるのも仕方ないわよ」

 

そう言い、あの国で見てみた共和国に対する怒りや憎悪というのは、この戦争に対する帝国への怒りをそのまま民族浄化という分かりやすい罪を犯した共和国市民に向けられている様な気がした。

 

「何というか、リノみたいな人の方が少ないんだなって思う」

「特にあの国じゃあね…」

 

かつて一年戦争と言う人口が半減した内戦を経たあの国では国民意識には特に敏感になっていた。

大陸全土に着弾した人工衛星の余波は今も影響を与えており、そのせいで一つの街が崩壊もしていた。

 

「むしろリノみたいな人の方が頭がおかしいのかも知れないね」

「俺、ゼッテー政治家向いてないわ」

「そもそもその頭じゃあね」

「何だとこのやろー」

 

レッカに軽く反論をしていると、

 

「…あれ?」

「どうした?」

 

ハルトは空を見上げてふと違和感を感じた。

 

「あれ、何だ?」

「ん?」

 

空を指差して見上げると、そこには光の尾を引く一本の線があった。

 

「あら、流れ星」

 

その正体をすぐにレッカは言い当てると、ハルトはそこで妙な違和感を覚えた。

 

「…なんか、やけに大きくないか?」

「おまけに時間も変ね」

 

その違和感をレッカも感じていた。

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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