86-エイティシックス- 黒鉄の巨人   作:Aa_おにぎり

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#138 星が堕ちた日12

その時、レーナは知覚同調(パラレイド)を起動させて話していた。

 

『ーーですので、もし必要となれば我々は支援砲撃を行います』

「分かりました。ありがとうございます」

 

彼女は隣の行政区で民間人の避難誘導を担当していたテオバルドと連絡を取り合っていた。

 

「はい。では撤退の際、必要となる場所を予測しておきます。その際、支援砲撃の方をお願いします」

『了解しました。ミリーゼ大佐殿』

 

テオバルドは快く支援砲撃を担当すると言うと、直後に彼女の耳元には甲高い音が響く。

ロケットエンジン装備のSFS(サブフライトシステム)に乗った<マラサイ>が上空を哨戒飛行していたのだ。二機を積載したベースジャバーは時折、装備されたメガ粒子砲を西側の警戒線に不用意に接近した<レギオン>に射撃をしているため、その度に市民の中で悲鳴が上がっていた。

 

合州国軍はフェルドレスの代わりにモビルスーツを全面に押し出しており、その人型機動兵器は<レギオン>の上を叩けるアドバンテージがすでにあった。

すべての装甲戦闘車両に言える話だが、上面というのは基本的に装甲が薄い。なにせそもそも攻撃は正面からの攻撃を防ぐことを前提に考えられており、側面や背面なども先頭を進む分には必要ないと判断され、最低限の防御しか施されないことが大半である。

ましてや上面など、通常の兵器ではまず当てることすら難しい場所だ。だからエイティシックスもトップ・アタック攻撃によって戦車型(レーヴェ)重戦車型(ディノザウリア)などを撃破してきていた。

それがモビルスーツの場合、立って…なんなら膝立ちをした射撃でも十分にそれらを攻撃することができた。だから、その対策で<レギオン>も同じ土俵に立って対処するしか方法がなかったのだ。

 

『では、その時はよろしくお願いします』

「はい。分かりました」

 

レーナはそこで通信を切ると、そこでほっと一息つく。

合州国軍に帰還したかつて肩を並べたその部隊は、今はこうして直接顔を合わせることもなく戦場で再会を果たしていた。

まるで昔の頃に戻ったような話だ。あの頃、大攻勢の前の頃の…まだ顔も知らなかった頃のように。

 

…今思えば、あの会合こそが自分たちの中で知らない世界を見せてくれたのかもしれない。

 

モビルスーツ、合州国…。自分たちの知らない世界を目の当たりにした時、自分は満足に動けたと到底言えたわけではない。

今、この国は共和国に対して懐疑的に見ている上に、一部では敵視している傾向にあると見受けられた。

それが今のこの国が帝国の次に見つけた()なのかもしれない。

 

ーーああ、全く嫌になる。

 

長年の敵であった帝国が倒れ、合州国という連邦制国家の大国を一つにまとめ上げるのに必要な敵が今は必要なのだ。

<レギオン>?それは帝国の遺産であり、人類の敵である。もちろん対処しなければならない。

しかし共和国は人権の敵だ。エイティシックスという非人道な行為を行なった国家として市民がその罪を背負わなければならない。…そんな風潮が今のあの国にはあると言われている。

 

「…何故?」

 

その時、レーナは疑問を感じた。

なぜあの国は簡単に国をまとめ上げられる敵となる<レギオン>がいると言うのに新たに人権の敵として共和国という敵を作ったのだ。

なぜ、敵を二つも作ってしまうような行為を行なっているのだ?

 

「…」

 

レーナはそんなことを考えていても無駄であると感じると、司令官として<レギオン>のことに集中するように意識を戻すと、宿営を出る。

本部中隊の野営地からは、かつて戦場とその内を隔てた要塞壁群の異様が目に映る。半壊した隙間からの遠影であるが、イレクス市ターミナルの避難の様子も。

 

軍人の避難は夜に入ったところで終わり、ようやく市民に順番が回る。日付の変わる直前の時刻の今、ごった返す人の群は、さまざまな色彩の服装を示して雑然としている。

レーナが見ている限りでは幸い、大きなトラブルもなく計画通りに、避難は進捗しているようだ。

合州国側でも避難は行われており、時折聞こえる砲声と桃色のビームの光はレーナも見ていた。

向こうは陸上戦艦の他、巨大な輸送車両を用いての移送をこなっており、予定では連邦の二倍から三倍の人員を輸送する予定であると言う。

すでに最初の第一便で政府閣僚や軍人の移送を終え、市民の移送も行われていた。

 

つくづく思うが、あの国というのは神が与えたチート国家なのではないかと思ってしまう。すでにあの国は船団国群の難民を迎え入れ、その上で共和国数百万人の市民を迎え入れようとしているのだ。

一年戦争というのは所詮他国の内戦であったので自分たちの詳しく知るところではないが、モビルスーツを生んだ時点であの国が他国のフェルドレスとは全く違う技術系譜を辿ったのは間違いない。

 

「思ったよりも随分、スムーズに避難できているわね」

『そう。よかったわね。こっちは早速揉めまくっているみたいよ。先に来てのんびりしている軍人と今来たばっかで気が立っている市民同士でもだけど、連邦軍にもアレコレ文句つけてるみたいで。用意した避難区域が戦場に近すぎて怖い、とか』

 

知覚同調の向こう、応じるのはリュストカマー基地に待機しているアネットだ。

レーナは小首を傾げる。アネットは本拠基地に待機しているのだから、遠い避難区域の様子はもちろん見えない。無関係の基地に不要な情報を伝達することも、軍隊ではしないのだが。

 

「誰から聞いたの?そんなこと」

『セオから。避難先での事務作業に、人手が足りなくて駆り出されたんだって。ほら、戦友さんの子供を優先して欲しいって言ってきたでしょ。だったら迎えに行ってやるべきだし、ついでに作業も手伝えって言われたみたいで』

「ああ……」

 

アネットはセオに装着された合州国製の義手の整備も担当している。その伝で彼と仲が良いことはレーナも知っていた。ゆえに納得が行った。

 

「だけど、戦場に近いって言っても、共和国市民の避難区域は戦場から何十キロも離れてるのに」

 

現在、連邦側に避難する共和国市民は戦闘属領との境界近くが用意されたが、それでも実質的な予備役扱いの戦闘属領民よりは安全圏寄りであった。

合州国側に避難する共和国市民は、戦時中に電磁加速砲型(モルフォ)との遭遇によって住民の移住が完了した水上都市(コロニー)が用意されており、連邦よりも待遇が良いのではないかと不満を漏らす連邦側に逃げ込んだ市民の不満の声もあると言う。

 

『そうなんだけど。今は連邦軍西部戦線は一日中戦闘してて、特に夜戦の光とかは遠くからでも見えちゃうでしょ。それが怖いみたい。大攻勢の前なら、もしかしたら平気だったかもだけど』

 

戦闘はおろか、戦争をしている気概さえなかっただろう共和国市民には、恐るべきものではなかった。大攻勢以前は。

 

『そっちはそれも平気なの?そっちこそ、もう夜なのは変わらないし、こっちより兵力は多くないし、<レギンレイヴ>ばっかりでなおさら市民連中は怖いだろうし、軍人は先に逃げちゃうしでパニックになっていそうなのに』

「そうね…」

 

言いさし、レーナはグラン・ミュールの隙間や上空を透かし見る。そこで喧騒の声は一切聞こえてこなかった。

 

「やっぱりそういうことはないみたいだわ。不安には強いみたいだし、たまに小競り合いも起きてるけど、全体的にはおとなしく避難している。避難自体、もっと反発されるかもと予想してたのに…避難して欲しければ頭を下げて見せろとか、どんな時でも市民は己が権利を守り抜かねばならないのだとか、大攻勢の時みたいに」

 

夜間の避難用にライトも用意され、上空ではベースジャバーが飛行している。地上の<ヴァナルガンド>は頼もしく、加えてこの辺は<レギオン>との戦闘も起こっていなかった。

 

「いろいろ言われるかと思ったけど。……よくよく考えたら、そんな人はとっくに大攻勢で死んでたものね」

 

共和国では、軍事力で政権を打倒されないために軍の権限を他国より制限していた。その一つに戒厳令の規定がない。何があろうと軍は憲法を停止できず、だから軍人は民間ジョンの自由を決して侵せない。

それを傘にして、大攻勢では避難を拒否した者もいた。

全員が死んだ。

レーナも再度の避難勧告をする余裕もなく、エイティシックスは避難させるつもりさえなかったので、逃げなかったものはそのまま戦場に捨て置かれた。

今ここにいる者達は、全員が大攻勢の時に少しでもマシな方に逃げてきた者達であった。

 

『ただまあ、そういう妙な理屈を捏ねて騒ぎ起こしそうな例のーー洗濯洗剤だっけ?が、全然何にもしてこなかったってのは、確かに意外ね』

「ええ。それを私も、ヴェンツェル大佐もシンも警戒していたのだけれど」

 

実際は拍子抜けする程、何もなかった。あるいは<マンハンター>と言われる合州国が派遣した救援部隊の影響があるのかもしれない。

 

『そういえばその洗濯洗剤。合州国の救援部隊に拠点を摘発されるときに、モビルスーツを使って施設丸ごと吹き飛ばしたって話らしいわよ?』

「…そうなんだ」

 

そこで彼女の脳裏には純白に塗装されていて、真っ先に回収されて共和国を後にしていたモビルスーツなどの部隊を思い出す。

噂によれば差別主義者に対して容赦ない攻撃を行い、それゆえに市民から恐怖の象徴として何度もその名を口にしていたことを思い出した。

 

「…とりあえず、避難区域の管理担当には、念の為もう一度注意喚起をしておいて」

『了解。セオにも言っとくし、もちろん正規ルート経由で念を押してもらうわ。とりあえず研究班長から』

「お願いね」

『ええ、そっちも引き続き気をつけて』

 

知覚同調が切れる。

ふう、とレーナは一息つく。

そして宿営を出ようと一歩をを踏み出す。

 

「…」

 

その時、彼女はそこで<レギンレイヴ>が止まっているのが見えた。その機体に塗装されたのは首の無い、シャベルを持った骸骨のマーキング。

 

「シン…」

「今からどこかに行くと聞いている。足がいるんじゃないかなって…」

 

そこで彼はレーナに話しかけ、その仕草や背後の白い機体がまるで白馬の王子様のようだと彼女は感じてしまった。

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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