ギアーデ帝国の開戦から数ヶ月が経った。
ここ最近の光景として変わったのは街に張り出される徴募兵を募るポスターが至る所に貼られた事だろう。
それから北部の山向こうから避難してきた人達のために街にあったホテルに大勢の人が押し寄せた事だろうか。
ただ、そんな社会の変化よりも最も変わった変化というのが、圧倒的に喧嘩を吹っ掛けられる事が無くなった事だろう。それまでは週に一、二回は喧嘩を売られていたのが今ではさっぱりだった。
不良グループから抜けようと思っていたのでいい機会だと思っていたが、それ以上に学校から数名が転校して行った。理由は戦争が始まり、より安全な南部に避難したからだと言う。
はっきり言って山向こうの戦況は悪化していた。
奇襲攻撃に近い帝国軍の猛攻により、北部の領土は殆ど<レギオン>に奪われた。
唯一残っているのは山脈一帯だと言う。この敗北にニュースでは一年戦争の再来と称し、ルウム戦役のような一大攻勢があると言われていた。
「ただいま〜」
いつもの孤児院に帰ったリノ・フリッツは錆びて軋んだ音のする孤児院の門を潜る。学校帰りに図書館に寄り道した後だった。
すると待っていたかのように孤児院からクラウが飛び出してくるとリノの手を引っ張った。
「ちょっと来て」
「え?は?あ、ちょっと!!」
腕を引っ張られ、リノは孤児院に連れ込まれるとそこで待っていたのかアイダがリノを見た。
「ああ、やっと帰ってきたのね。ちょっと大事な話があるの」
「は?」
「付いて来て」
そう言われるとリノとクラウはそのまま滅多に使わない応接室に入った。
設備の古い孤児院の中でも比較的丁寧に保全されている部屋に入り、珍しいと思っているとアイダは二人をソファに座らせる。
ここの孤児院は今はもう二人しかおらず、残っていた子供達は引き取られるかどこか別の場所に出て行っていた。
「さっき大事な連絡があったの」
「どこから?何の?」
アイダが帰って来たリノにそう言い彼は聞き返すと、そこで先に話を聞いていたクラウが答える。
「市役所」
「へ?」
まさかの場所にリノは真っ先に自分が何か変なことをやらかしたかとここ数週間の出来事を思い返すと、クラウがそれは違うと言った。
「戦争が始まって……巻き込まれた子供達を一時的に預かる事になったのよ」
「今、軍人さんも混乱しているみたいで。ほら、北部のことはあなたも知っているでしょう?」
「あぁ……」
戦線は大きく後退し、山脈近くまで押されていた。姑息な帝国を許すなと色々な場所で聞いて来た。
正直、あれほど勇ましかったモビルスーツはどうしたのだろうと聞きたくなってしまうほどだった。
「その子供達の引き取り手が見つかるまで一時的にここで預かるんだってさ」
「ふーん」
「私たちの孤児院はあなた達と近い年の子供達が来るらしいから、色々と教えてあげてね」
アイダはそう言うと、リノは話を要約した。
「要は状況が落ち着くまで孤児を預かっててくれってことか?」
「そんな所だね」
クラウが横でそう答えると、アイダは言い方が悪いと注意しながら頷いた。
「何人ぐらい来るのか知っているのか?」
「いえ、まだ正式な数は聞いていないわ。ただ、結構な子が来るって聞いているわ」
「おまけに追加で来るかもしれないってさ」
「ふーん」
リノはその内心、大した数じゃないだろうと思っていた。
「だからその新しい子たちが来るまでに掃除をするわよ」
「え?まさか全部を?」
リノはゲッとなった表情で孤児院の建物を見る。
古くなってまともに掃除されておらず、色々と汚れている建物の壁や床、廊下の壁には誰かの落書きが残されたままだった。
「全部はできないけど、寝室とかを中心に掃除をしてくれるかしら?」
「えぇ……」
以外にも広い個々の寂れた孤児院は部屋掃除だけでも一週間はかかりそうな部屋だ。やりたくないと思っているとリノはエプロンとバンダナ。そしてほこりはたきを持たされる。
「さっ、掃除頑張りましょうね」
「ウッソォ……!!」
リノは地獄の掃除に涙目になっていた。
そんな個々の孤児院に孤児たちが来ると聞いてから数日後。ガラ空きだった部屋の掃除が終わった翌日にその子供達はやって来た。
「……あれか」
孤児院の一番上の階から遠くを見ると、いつも通学で使っている黄色いスクールバスがこっちに近づいているのが見えた。
「来たぞ〜!」
下に向かって叫んでリノはそのまま階段を降る。小学六年生で、もう少しで中学生になる時期に開戦だ。ここ数日は死ぬほど忙しく、しかし新しく来る子供達に少しワクワクしていた。
「お迎えしないとね」
「うん」
「あいよ」
孤児院から所々がひび割れた煉瓦床の花壇を抜けた門の入り口で三人は待っていると、門の前に数台のバスが止まって中から一人の軍人と思わしき人物が降りてきた。
「アイダ・フリッツさんで間違いありませんか?」
「は、はい……」
その軍人は確認を取るとそのままバスに乗っていた子供達を下ろしていく。
ゾロゾロと降りてくる不安げな表情を浮かべる子供たちは明らかに自分よりも年下な子供も混ざっており、中には……
「あ、赤ちゃん?!」
おくるみに包まれた赤ん坊まで居た。予想外の年代層に流石のアイダですら困惑の色を隠せなかった。
「あの、事前ではこの子達お同い年くらいの子が来ると聞いていたのですが……」
予想以上に多い子供の数や赤ん坊まで居た事にアイダは子供達を届けに来た軍人は言う。
「すみません。何せ戦況が落ち着いていない現状、手違いがあったんでしょう」
「そ、そうですか……」
子供の数はざっと六〇人程。昔は幼稚園も兼ねていたが故に設備も広いことから取り敢えず入れられるだけ子供を預けようと思っていたのだろう。しかしこれは……
「人数多くない?」
「部屋足りるかな……?」
「第一、そこまでベットもあったか?」
ヒソヒソとリノとクラウは心配になる。てっきり十人くらいかと思っていたのに、この人数は予想外だった。
「アイダさん大丈夫かな?」
「分かんねえよ」
そう言い、二人は軍人相手に困惑するアイダを見ていた。
「支援金も出る予定です。こちらもできる限りのお手伝いはいたしますので、よろしくお願いします」
「は、はい……」
アイダは結局、この人数の孤児たちを預かる事となったのだった。
「では、よろしくお願いします」
「わ、分かりました」
不安げなアイダを他所にその軍人は次の仕事に行くためか、そそくさとバスに乗り込む。その持っていたタブレットには他にも膨大な数の孤児がいたのだろう、名簿リストのようなものがあった。
おそらく、次の施設に向かうためなのだろう。車列を伴ったバスはそのまま孤児院から出て行ってしまった。
これは後にわかった話だが、この時発生した孤児の人数は八万人程であり、それら孤児を収容する為に国中の孤児院に大量の子供たちが預けられ。国が緊急で新たに保護施設を作らざるを得ない状況にまで追い込まれていたのだ。
だから預けられた六〇人と言う孤児の数は比較的マシだったと言えるのかもしれない。
「ここが、今日から貴女達が住む部屋よ」
取り敢えず赤ん坊とそれ以外、男女別々に分けてアイダとリノ、クラウはそれぞれ部屋に案内する。
名前の分かっている子供達の名簿は受け取っていたので、携帯で確認しながら名前を呼んでいた。
「次、テオパルド・ハリスマン君」
「……」
名前を呼ぶと無言でスッと一人の黒髪の少年が前に出た。その腕には包帯が巻かれており、それを見て一瞬リノはゾッとなってしまった。
恐らく帝国軍の侵攻で負傷してしまったのだろう。うっすらと火傷の跡まで見えた。
「っ……!!」
その時リノは思っているよりも自体は深刻だったのだと思わざるを得なかった。
「こ…ここが君の住む部屋だから」
その恐怖を抑え込みながら丁寧に部屋を案内する。
六台のベットが置かれた部屋にその少年は命からがら持って来たのだろう、背中に背負っていたリュックを案内されたベットの上に置くとそのまま無言でベットの端っこに座った。
「……」
その目を見ながらリノは取り敢えず余っている部屋に、アイダに言われた通りにベットの数だけ人数を押し込んでいた。
同じ頃、女子を入れる場所ではクラウがリノと同じように名前を呼んで部屋に順番に子供達を入れていた。
「えっと……最後にエリノラ・マクマちゃん」
「……はい」
名前を呼び、孤児達の中から出てきた赤くて長い髪が特徴の子供がクラウの前に立った。
「……」
今まで綺麗に整えられていなかったのだろうか、ボサボサな髪の下の虚な目は全てを飲み込みそうな眼をしていた。だが……
「綺麗な眼ね……羨ましい」
クラウはそんな眼を見ながら不意に口に出てしまった。そう言われたエリノラは一瞬ビクッとなった後に驚いた眼をしていた。
「じゃあ、次の部屋に行くから。残りの子は来て頂戴」
そう言い、クラウは次の部屋に少女達を連れていくとそのまま部屋を後にした。
エリノラはそこで自分に割り当てられたベットを見ながらさっき自然に言われた言葉に驚いていた。
荷物はここまで送ってくれた軍人から貰った食料の入った鞄と、あの家から唯一持ち出してきた使い古した人形だけだった。
「お袋〜、部屋割り終わったぞ」
「こっちも〜」
一階の大広間に戻ると、そこでは十人ほどの赤ん坊が寝転がっていた。
「わぁ、赤ちゃんだ」
「かわいそうにねぇ……」
「ってか、こんなにいるなんて聞いていないぞ」
ゆりかごの中で眠る赤ん坊を見ながらリノとクラウは別々の反応をすると、アイダはそんな中で一人。青い瞳の赤ん坊を抱えながら答える。
「二人とも、今日から忙しくなるわよ」
「むしろヘルプ入れなきゃまずいだろ。これ……」
「今から何をすればいいの?」
そう言い、ここの孤児院に来た子供達の数の多さにドン引きしながらリノ達は聞くとアイダは二人に言う。
「まずはここの施設の案内をしてあげて。色々とみんな不安がっているから、仲良くね」
「「はーい」」
そう答えると二人はそのまま子供達を入れた階まで走って上がって行った。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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