星暦二一四六年 八月
その日、退院する直前のリノは天井を見て指を左目に当てていた。
研究所で大量の鎮静剤と異能開花薬を打たれていた彼はその薬が抜けるまでの間療養のために再度入院をしていた。その間護衛の兵がどこかに必ず潜んでおり、リノの誘拐を警戒していた。ただ極秘ということでほとんど私服が患者に紛れていた訳だが……。
「どうだ?」
「ええ、問題ないわね」
そして顔を前に向けると、そこには左目も青くなったリノの顔があった。それを見てOKサインを出すクラウ達。するとリノは苦笑気味に溢す。
「まさか目の色を変えるだけでこうも大騒動とはな」
「仕方ないでしょ。貴方の右目の色が変えられないんだから」
「はぁ……まあ生きてるだけ良しとするか」
すると部屋にエリノラが入ってきてリノの顔を見るとやや悲しげな表情を見せていた。
「準備ができたよ」
「そうか……」
そこで軽く頷いた後、私服姿のリノはベットから立ち上がると病室に置かれた荷物などを回収する。
「着任早々に名誉勲章とは、恐ろしいわね」
「はっ、俺も同感だよ」
そう答えると、彼は名誉勲章のメダルを入れた小箱をしまうとテオパルトが聞く。
「でも軍に残って良かったの?」
その問いにリノは頷く。
「ああ、俺は残る」
「あんな経験をしたのに?」
クラウもそれには同感で、あれほどの経験を受けてもまだ軍に残ろうとするリノの意図を知りたかった。それはエリノラも同感のようで、報告書を読んでいたリノは確かに嫌悪していたのも事実だった。
「でも正直あの研究所のことはまるっきり覚えていない。途中、変な夢しか見ていなかったからな」
「夢?」
病院を出ながら四人は話す。リノの言葉に横にいたエリノラが首を傾げると彼は頷く。
「ああ、<レギオン>の視点から戦場を見ているような光景だった」
「それって……」
「さあな、だがあの逝かれた研究者が屑鉄の流体マイクロマシンを目に入れやがった影響かもしれん」
「……」
リノがそう答えると、その傍らでエリノラが不満げな表情を浮かべた。
「おいおい、本人死んでんだから文句ないだろ」
「それでも許せないものは許せない」
「……」
エリノラの返答になんとも言えない表情を浮かべるリノ。するとそんな彼女にテオパルトとクラウが答える。
「まあ、気持ちはわからなくもないよ」
「流石にあんなスプラッタな映像見たら私は逆に引いちゃうけど……」
そう言い、クラウは四肢が切断された状態でおそらくは生きたまま抉られたのだろう。エリスの右目の無くなったあの苦悶に満ちた表情をしていた遺体を見た時の映像が脳裏をよぎった。
「さて、行こうか」
「ええ、幸いにも次の赴任先は決まっているわよ」
「今度は四人同じ場所だよ」
テオパルトが言うと、リノは困った表情でエリノラを見る。
「しかし、駄々っ子には困ったもんだ。少将を困らせるとはな」
「あと情報部ね」
仕方ないけど、と言ってクラウは諦めた表情を見せてエリノラを見る。ジム・キャノンⅡを扱っていた彼女はその後に情報部にすぐさま転属となったが、今回の一件で再び前線部隊に、それもリノのいる部隊に転属願を出していた。
理由は言わずもがなと言うべきだが、情報部としてはエリノラの異能を手放すのは非常に惜しかった様でリノにわざわざ泣きついて説得する様に言われていたが、エリノラに甘いリノはそんな事をする筈も無く。結局アーノルドと何度か話した後に一時転属と言った形で満足したら復帰させると言う約束をしていた。
「右目は問題ない?」
「ああ、普通に見えている」
「でもなんでそうなったんだろうね?」
「俺に聞かれても……」
そう答えると、彼は左目を軽く触りながら言う。
「しかし、まさかカラコンを入れることになるとは思わなかった」
「オッドアイで注目されたい?」
「ごめんだな」
リノは即答すると、そのまま病院を出る。
「今度はお前達の送迎か」
「ええ、誰にも邪魔されない上に護衛付き。羨ましいわね」
「軍の失態を繰り返したくないんだろうな」
そう言い、乗用車に偽装した装甲車を見て思わずリノは苦笑する。
こらから向かう赴任先はアーノルド少将の古巣の陸上第三艦隊……今は陸上戦艦第三打撃部隊と部隊改変を行った艦隊だ。つまり、アーノルドの息のかかった部隊ということでリノの安全は多少なりとも担保されていた。
「しかし艦載機の編成で大揉めだったぞ」
「仕方ないでしょう。通常三機編成の所を四機編成にするんだからね」
移動中の車内でリノ達はそう話すと、エリノラは当然と言わんばかりに言う。
「リノがまた危険な目に遭うのは見たくないから」
「「……」」
飛んだヤンデレだなと感じながらクラウとテオパルトはエリノラを見る。少なくとも最も心を開いているのはリノのみだ。しかしそんなリノも今では右目の影響で異能が使えなくなっているという。だからこの前の誘拐事件を起こしていた。
彼女の異能はリノを守るのには打ってつけの異能とも言える。リノの婚約者ということもあり、彼のそばにいても違和感はなく。尚且つ近づく人にさわれば記憶を読み漁り、その人物が何を考えているのかもすぐに理解できる。まさに護衛としてはピッタリであった。
「いつか情報部に帰れよ」
「分かってるよ」
リノの言葉に軽く返すと、エリノラはリノの膝下で横になっていた。
その頃、ジャブローではアーノルドがパソコンの画面を見ながら軽く唸っていた。
「ふむ……」
こりゃ大惨事だと彼の中で警鐘が鳴る。それは研究所の残された防犯カメラの映像に映る光景だった。三十秒ほどの短い映像しか復元できていなかったが、それでも重要な証拠であった。
「この人物はなんだ?」
その映像に映るは銀色一色の人影とも言えるかわからぬ人の形をした何か。その人影は銃撃する兵士を物ともせず、逆に手を差し出すと兵士の方がズタズタにされて倒れていた。
研究員や兵士は抵抗を試みるも、まず初めに白衣を着ていた研究者が顔を鷲掴みにされた後にそのまま後頭部まで銀色の杭の様に伸びた銀色の棒が貫通した後に抜けると、そのまま血を吹き出して地面に倒れ。悶絶した様子でその殺された研究者は右目が潰されていた。他の研究者も同様に必ず右目を潰されていた。
そして戦闘服を着ていた兵士は銃を撃って抵抗するも、その銀色の人形は真正面から受けても物ともせず。逆に返り討ちにあっていた。そしてやられた兵士は全員が必ず右目を貫かれて血を吹き出しながら死んでいた。
「……」
とても見ていて気持ちの良いものではないが、部下からの報告はしっかり見るのが癖だった。
それよりも気になるのはこの銀色の人の形をしたこの人影の正体がなんなのかという問題だった。
「生存者のリノ・フリッツ中尉も分かっていないからな……」
彼は研究所にいた頃の記憶をほぼ失っている状態だ。二ヶ月間研究所の実験材料とされていた彼は残されたデータから色々とその右目に隠された秘密を色々と明かしていた。
残っていたデータの中にはリノ個人の遺伝子情報などの生体記録まで残っていたのだからよほどエリス少尉が彼に御乱心だったのかがよくわかる。実に気色が悪かった。
エリス少尉は今までも違法実験を繰り返していた狂人であり、<レギオン>以上の最強の無人兵器に搭載するAI開発に勤しんでおり。そのためならば大勢の孤児や研究員を手にかけていた。そんな人物はバーレット中将の手の内で保護されており、強いバックを手に入れた彼女はさらに驕り高ぶっていたという記録も発見されていた。
しかし彼女の研究に協力していた時点で彼らも同罪だった……それ故に研究所の職員の生き残りがいなかったのかもしれない。
「やれやれ、厄介な事を引き起こしてくれた」
リノ・フリッツという新しいエースが一人の狂人の手によって危うく失う所だった事実にアーノルドは肝を心底冷やしていた。
もう二度と同じような事故を起こすまいと心に決めていた彼や軍上層部はリノに対するケアは万全なものとしていた。
そして残った研究データによると彼の右目は水晶体を中心に目全体を覆うように<レギオン>の流体マイクロマシンで構成されており、彼の部屋には鹵獲した機体から抽出したマイクロマシンを入れたタンクが置かれていた痕跡があった。
そして血だらけの地獄絵図のような研究所の写真を眺めながら彼は静かに無くなった戦災孤児達に哀悼していた。
世間では民間の研究所で行われていた非合法実験として戦災孤児の人身売買の問題や強化人間のことを中心に報道し、戦災孤児の積極的受け入れを求めるキャンペーンを行っていた。
「……」
そしてリノの発見された部屋の写真を見て、その内その流体マクロマシンを入れていたと思われるタンクの破壊痕を見ていた。
「(まるで内側から爆発したような破壊痕だな)」
よくあるガスタンク爆発のそれに似ていると感じていると、そこで電話が入る。
「私だ……うむ…そうか……分かった。他の将校にもよく言明しておいてくれ」
そしてそのまま受話器多くと、アーノルドは大きくため息を吐いた後にこぼした。
「狂っているな…この戦争は……」
開戦より六年。初戦で失った兵力の回復は完了し、あとは奪われた領土の奪還と帝国への報復だ。その為の重要なピースとして<15−13>の使用を行う事を軍は決定していた。
亡くなった八〇名の少年少女達を取り込んだこのネットワークシステムはスーパー・コンピュータの中でもずば抜けた処理能力を持っており、軍部はそれを承知の上で使う事を容認していた。一応、無くなった彼らのための哀悼をささ、十分配慮した行動をとることを言明しているが、そんなものはすぐに形骸化してしまうだろう。
「(そもそも情報統制を行なっている時点でダメなのだ)」
この事を知るのは自分や、ほんの一握りの将校だけだ。被害者側のリノですらこのことは知らないし、発見したテオパルトも知らなかった。
しかし下手に公表すれば確実に混乱が起こる故に今の情勢下でその様な事は御法度であった。それはアーノルドも重々理解していた、それ故に苦悩していた。
研究所の一件はみなさんのご想像にお任せします。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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