脆い足場が崩れ、徐々に狭くなっていく中。高機動型と<アンダーテイカー>は激突する。
点在する足場の大きさ、高さ共にまちまちの中。白と黒の白兵機の獣はお互いの喉笛を狙い合う。
何度目かの砲撃が掠りもせずに明後日の方向に飛んで行く。
背中に積む大砲と装甲の影響で〈ジャガーノート〉は高機動型より重い。跳躍可能な距離も限られ、おまけに自動照準すら間に合わない速度で急性動で跳ね回っていた。
跳躍の途中でアンカーを岩に突き刺す。その直後、食い込んだその岩壁が切り裂かれ、アンカーが外れる。溶岩に落ちそうになるが別のアンカーを突き刺しで足場に引き寄せる。
それを待っていたかのように高機動型がほぼ直角の角度で落ちてくる。足は二本になったが動きはさらに加速し、俊敏になっていた。
強化された出力が岩を粉砕しながら高機動型は駆ける。
強敵との戦闘で極度に意識が集中されるなか、ふとある思考が頭をよぎる。
ーー戦いに向かない人の体を捨てられない癖に。
それはレルヒェが前に自分に言った言葉だ。確かにそうかもしれない。だけど、そんな戦闘狂に進んでなりたいとは思わない。
前まではそうだったかも知れない。他の仲間達がどんどん死んでいく中、心なんでなければ楽だと思っていた。
だけど、そんな物にはなれなかった。
斬撃が飛ぶ。回避は間に合わない。転がっていたコンテナを放り投げ、軌道に割り込ませるとコンテナの慣性にチェインブレードが巻き込まれ、その下を〈アンダーテイカー〉は獣のように這い逃げる。刃が掠め、脚部装甲が剥ぎ取られる。
ーー本当は誰かと、幸せになりたいくせに。
そうなのかも知れない。
かつて八六区の宿舎で、そこに至るまで何年もの間。渡り歩いた戦区で、配備された仲間たちと過ごした日々。
くだらない、他愛もないことで笑った日々。
そこに戦いはなかった。
忘れていたわけじゃない。
ただ、自覚していなかった。
八六区にいた時から戦い抜くことが誇りであると、持っていたわけでも。
望んだわけでもなかった。
周囲の温度が高すぎると警告音が鳴る中、〈アンダーテイカー〉は足を止める。
見下ろす断頭台から跳躍しようとした高機動型がシンの意図に気づき踏みとどまる。
断頭台とシンの間に足場はない。
跳躍すれば届くだろうが、放物線の最も高い位置から狙撃される。それが分かっているから迂闊に接近できない。
シンは〈アンダーテイカー〉を交代させる機を窺っていた。
ーー暑い。
この足場は溶岩に近く。ただただ暑い。コックピットまで熱気が通り、息苦しい。
そう思っている時、不意に銀の輪から鋭い警告音が鳴り響く。
「っ!・・・・」
人というのは聞きなれない音に驚くもので、その先からはライデンやリノ、レーナの声がうっすらと聞こえて来た。
無意識に<アンダーテイカー>の足が動き、爪先が足場の縁を崩した。
「っ!しまっ・・・・」
<アンダーテイカー>がわずかに体制を崩す。戦争に支障が出るほどのものではないが、一瞬だけ意識が逸れる。
それを逃す高機動型では無かった。
背のチェイブレードを伸ばし、転がっていたコンテナの一つに引っ掛ける。非稼働状態のそれを思い切り切り抜き、中は空だろうが金属製の巨大なそれを力任せに投げた。
直撃すればタダでは済まない重量。お粗末な行動だ。
そう思うのも束の間。コンテナは中途半端に転がり、中から
直後、阻電撹乱型の放電がコンテナの中の弾薬に誘爆。破片が飛び散り、後方に飛ぶとその爆炎から高機動型が飛んでくる。
「ちっ」
アンカーを途中でパージし、空中飛ぶ。それを追いかけるように高機動型も自身のフレームが割れる勢いで跳躍。
追撃という形となっているので、<アンダーテイカー>は回転して攻撃を仕掛けなければならない。しかし高機動型はチェインブレードを振り下ろすだけでいい。
咄嗟にチェインブレードの影が見える。
意識を極端に集中させているからだろうか。ゆっくりと流れる時間に振動する刃が迫る。
この時、自分は
なるほど、これが傷か。
今はそれでいい。
今はまだ、必要な傷だ。
だけど、いつか捨てても良いと思える世界に辿り着けたなら。
辿り着くために今は。ーーその傷さえも利用しよう。
兵装選択、変更
脚部パイルドライバ。全基、強制解除
何も無い空中に四本の杭を飛ばすための起爆剤が炸裂する。重戦車型おも上部装甲では撃破しうる性能をもつ、57mmのタングステン製の杭を打ち出す起爆剤は強烈な反動を持って<アンダーテイカー>を持ち上げる。
まるで大気を足場にしたように、<アンダーテイカー>は宙をさらに跳躍する。
高機動型のチェインブレードが虚しく<アンダーテイカー>の足元を切り裂く。同じ兵装を持たない高機動型は同じ軌道は無理だ。
その瞬間。シンは青いセンサーを真っ向から見ながら高周波ブレードを叩き込んでいた。
高機動型にとっては回避しようがない空中での斬撃。今までの主戦場であった地上では致命傷を避け続けてきた鋼鉄の獣はついに、引き裂かれた。
一撃目で装甲とフレームが割れ、ついでと言わんばかりにもう片方のブレードが突き刺さる。
チェインブレードと高周波ブレード。同じ高速振動する刃が交差し、その衝撃で弾き飛ばされる。<アンダーテイカー>は上に、高機動型は下へ。
高機動型は重力に引かれて下に落ちる。<アンダーテイカー>はモーターが焼けるのも厭わずにワイヤーアンカーを巻きつける。
落ちる高機動型はチェインブレードを振り回し岩に突き刺した。しかし、無茶な行動が祟ったのか、ギシっと嫌な音を立てて宙吊りになる。
何もできない。こうなれば機体を放棄するしかない。
そう判断させるくらいには。
高機動型に銀色の流体マイクロマシンが纏わり付く。
「ーー死んでろ」
着地したシンはその高機動型に容赦無く88ミリの引き金を引く。強烈な反動が脚を壊すも、発射された砲弾はチェインブレードを破砕した。
《ーーーーーーーーーーー!!》
絶叫のような声と共に高機動型は落ちる。
眼下の灼熱の溶岩の中へ、その間流体マイクロマシンを飛ばそうとするも溶岩の輻射熱で全て燃える。
そう、ここは重戦車型とて長くはいられない場所だ。
高機動型の全てを飲み込んで今、声は消えた。
この数ヶ月、自分達を悩ませてきた機体は消えた。
シンは機体の足を引きずりながら洞窟を出ようとする。気温はとても高く、すでに冷却機構はオジャンになり、いろいろなところが破損していた。知覚同調も半分壊れているようなものだった。
入ってきた出口を出ようとした時、シンは絶句した。
ーー入ってきた細い入口が崩れてしまっていたのだ。
今までの戦闘の影響だろうか。半ば無意識に声が出てしまった。
これは。
ーー戻れない。
これが絶望だということに理解するのには時間がかかった。ライデン達が捜索をしているのはわかっている。だが場所が分からない以上ここに辿り着く確率は高くない。
この環境ではおそらくシンの方が限界に近づいてしまうだろう。
ああ、絶望しかない。
こんなところが最後になるのか・・・・
誰もいないこの場所で、一人寂しく。
「言わない方が、良かったな」
エイティシックスは容易く死ぬ。
小さく呟くだけで肺が焼けそうなこの場所でシンは小さく呟いた。
シンはコックピットを開けて外に出る。すでにシステムは落ちて、ミッションレコーダーも落ちていた。だけど、コックピットで最後というのも嫌だった。
かといって拳銃を取り出すのも、気が引けた。
レーナと必ず帰るなんて約束、するんじゃ無かった。
余計に悲しませる結果になってしまった。
必ず帰る、・・・・とレーナと約束をして結局破ってしまったけど。レーナと交わした約束への。
「レーナ・・・・悪い・・・・」
どんなふうに死んだか伝えられないのは僥倖だろうか。そう思った時、
白い影を見た。
声が聞こえた。殺戮機械が人の脳を取り込んだ時の怨嗟の声が。
月光のような白群の装甲の、月に凭れる女神のパーソナルマークの。古い斥候型が・・・・
<無慈悲な女王>
「ーーー!!」
その時、強烈な
シンは無意識に立ち上がって後退りをする。
死にたくない。
恐怖が思考を支配する。生存本能が働き、逃走への動作に移行する。
死にたくない。
死にたくない。
ここで死んでしまえば永遠と呼んでしまう。彼女の名を。
自分と同じ異能を持つものは今まで見つかっていない。
だけど、万が一彼女に訊かれてしまったら・・・・
だから、死にたくない。
泣かせたくない。
そう、泣かせたくない。悲しませたくない。本当は叶わないからと言って諦めたくない。
約束をした。
必ず帰ると。帰って話をすると、謝ることもできていないのに自分は・・・・
これ以上悲しませたくない。そうでなくて彼女には。
ーーー笑っていてほしい
この思考は今までの虚空の中にすっぽりとハマる。
自分が今まで感じていたナニカ。今まで埋まらなかった問いの、その答え。
シンは思い描く人生がなんなのか分からない。だけど、これだけは言える。
レーナに笑ってくれるような、生き方をしたい。
叶うなら共に、笑い合って。
<無慈悲な女王>が近づく。咄嗟に、コックピットないの自動小銃を手に取って引き金を引く。
正面装甲に弾かれるも、帰らなければならない。
諦めない。諦めてたまるか。
必ず帰れと言われたのだから・・・・。
目の前にいる『敵』を倒すなんとも原始的な思考で一杯一杯だった。
〈無慈悲な女王〉が近づく。攻撃の間合い。なぶるように、攻撃の意思がないように。
ふと気づく、攻撃時特有の声の高まりがないことに。
聞こえる、女性の声が。
そもそもこの斥候型はどうやって現れた?
通路の崩落箇所を通ったわけではない。背後から現れたわけだから。それはつまり・・・・
その時、ふと足元に影がさす。それは斥候型でもない、不恰好なーーー・・・・
「っ・・・・!」
それとほぼ同時。
「ーーーピッ!」
戦闘用ではない。俺たちの後ろを歩くその橙色の機体。背後を歩くだけの機体が何を思ったのか。
ちかどうくつのおくから勢いを殺さず跳躍。時速一〇〇キロ近い速度で〈無慈悲な女王〉に飛びかかった。
いくら斥候型といえどほぼ同じ重量の機体にそんな速度で突っ込まれてはたまらない。忽ち足が地から離れ、倒れる。
そのままファイドは全体重をかけてのしかかる。その重量で斥候型はひしゃげ、装甲が音を立てて割れる。
倒れて、〈無慈悲な女王〉は足掻く。しかし武装を積んでいない上にのしかかっている影響でまともに動かせないだろう。
それでも白い斥候型は足を動かそうと・・・・
『ーーファイド!どけ!』
『シン、そのまま動かないでよ!』
その直後、砲声が聞こえる。
斜め上から。40ミリ機関砲と88ミリ砲の砲声が、斥候型の脚部を吹き飛ばす。
ガシャリと音を立てて目の前に二機の〈ジャガーノート〉が現れる。セオとライデンの乗機だ・・・・
『シン、無事!?』
『生きてんな、この馬鹿!』
答えようとするも思わず熱気で咳き込んでしまう。なのでつけたままの無線のインカムに手を当てて応じる。
「ーー耳が痛い」
『軽口叩けるなら余裕だな』
戦車砲の至近距離の砲撃を受けて感じたことをそのまま伝えるとライデンが答える。そしてふと声を詰まらせた。
『ーーよかった。本当に、無事で』
「・・・・」
言葉だけで謝るのも誠実ではないと思い、代わりに聞く。
「どこから出て来た?」
『ん?ああ、こっからじゃ見えねえのか。ここの後ろに道があるんだよ・・・・何を思って作ったかはわからねぇけど』
「あぁ・・・・」
納得してつい息を吸ってしまい、咳き込んでしまった。
『喉やられんぞ。無理に喋んな。ーー〈アンダーテイカー〉が動けねぇんだな?今そっちにいく。そっちの斥候型は・・・・』
「ピッ!」
「ガンダムが来るそうだ」
『何で今のでわかんだよ・・・・ま、MSが来るならついでに乗せーー』
『死神殿ぉぉぉぉぉ!!』『よっしゃ見つけたぁぁぁぁ!!』
崩落した通路の向こう。出入り口から何機かの〈アルカノスト〉と〈ガンダム〉、二人の絶叫が聞こえて来た。
『死神殿、ご無事で!?おぉ、人狼殿と狐殿!』
『・・・・いや、何でお前までいるんだレルヒェ』
『こちらに向かう〈シリン〉より連絡を受けまして、自動工場型の廃物置き場より繋がっておりましてそこから合流した次第です・・・・』
『取り敢えず繋げるから退いとけよ』
そう言いリノは架橋用の部品を出すと起動して足場を設けた。MSを運ぶためのルナチタニウム合金製の橋の上を〈ヴェアヴォルフ〉がヒョイっと乗り上げる。
あぁ、いつもの戦闘後の平和な光景だ。
助かった・・・・
それを実感して思わず力が抜けてしまった。喉のひどい渇きをここで実感した。
『おいっ!?』
『熱中症か・・・・』
そう言うと〈ガンダム〉が〈ヴェアヴォルフ〉と反対方向。〈無慈悲な女王〉を見てそれを手の中に厳重に覆い込むとコックピットが開き、そこから黒く、青い線の入ったノーマルスーツを着たリノが出て来てシンの口に緊急用の経口補水液を差し込む。
「飲んどけ、熱中症になっている」
そう言うとリノはシンを担ぐとライデン達に通信をする。
『ライデン、セオ。撤収するぞ』
『お、おう・・・・』
『りょーかい』
リノは通信をする中、シンはあまり美味しくない経口補水液を飲みながら別の事を考えていた。
何気に初めて乗るMSのコックピット。それはそれで少し面白いかも知れない。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
-
やってほしい
-
やらなくていい