《拘束室を出よ。ーーー観察室への退避を推奨》
触れる手もなく起動したそれに、観察室にいた面々が驚く様子が襟下のレイドデバイスを通じて聞こえてくる。おそらくは初の〈レギオン〉との対話だ。無理もない。
奥でざわめく中、再び声が聞こえる。
《退避完了後、応答を開始する。ーーー観察室への退避を。ーー警告する》
人の脳を取り込んだのが〈羊飼い〉だが、何処まで人の意識や感情を残しているのかは不明。だが、シンは確かにそこに憤りを感じた気がした。
《捨て身の交渉は、見事。なれど、今後は拒否。それを記憶せよ》
その光景を、レーナは唖然と見る。
捨て身ではなかった。それはレーナにはっきり分かった。流体マイクロマシンを外に出して動かすのは片手で数える程しか事例が確認されていない。おそらくはプログラムされていないのだろう。ーー流体マイクロマシンは本来は兵装ではなく、制御系の構成要素。本体ほどの理不尽な速度は出せなかった。シンも、そのマイクロマシンの動きに注視しており、いつでも退避ができる姿勢だった。
何かがあればすぐに奥の部屋に逃げれる様に……。
交渉のために多少のリスクは容認しつつ、決して自棄的にではなく。
望んだ未来のために。ーー未来をその手に得るために。
その事にレーナは呆然となる。
本当に。
変わったのだなとーーー思い知らされた。
シンが観察室室に戻った直後、耐え兼ねた様に流体マイクロマシンが爆発する様な勢いで、部屋に散らばる。
観察室に戻り、少し気が緩んだせいか、兄の昔の首を絞められた時の記憶が蘇り、やや血の気が引く。
「大丈夫か?ノウゼン」
「ああ。……何でもない。少し、思い出しただけだ」
その一言でヴィーカは察する。
「傷に触れる覚悟で、彼女の前に立ったのか。無理にでも言葉を引き出すために……。死人とは話せないと、以前卿はそう言っていたはずだが……」
「話せないとは今も、思っているけど……」
生者と死者は交われない。それは世の理であり、覆せないこの世界の法則の一つだ。
だが、シンが亡霊の声を聞く以上、その逆も可能と言う訳だ。自分はまだ、此岸の畔に縛られているのだろう。あるいは……
それはシン自身においても恐ろしい推論だ。それでももう、逃げたくは無かった。
「最善は尽くしたいから。……何か一つでもこちらが有利になる情報が得られれば、終戦の糸口くらいにはなるかも知れない」
そう言うヴィーカは何故か愉しげに笑う。
「海を見せたい、か。なるほどその為には、努力も惜しまぬだろうな」
「何でお前まで知っているんだ……」
「むしろ卿はどうして俺が知らないと思っていたんだ。……さて、その手。人の脳構造を取り込んだ〈レギオン〉には、必ずあるのか」
〈無慈悲な女王〉へと開き直りながらオンになっているマイクに向かって問いかけるが、応答は無し。
目配せをして今度はシンが問いかけると、応答があった。
《死に際してなお、狂い求め手を伸ばした。その死者のみ》
シンは今までのレギオン達の嘆きと同じかと思う。死の直前に、最後に残した言葉の形で機能を止めた脳が繰り返す嘆き。死に瀕してもなお、消えなかった渇望とその手もまた断末魔と同様に形になるのか。
シンにだけ聞こえる様にしているのだろうか、マイクでな拾えない音量で情報部員が言葉を交わす。
《一つ応じた。一つ応えよ“ーーーーー”》
その音が聞き取りにくかったが、かろうじて記録用の端末が拾った。“バーレイグ”、レギオン側でのシンの識別名か。
《名は》
「シンエイ・ノウゼン」
ここは一応完全防護となっているが、念のため所属と階級は言わなかった。〈無慈悲な女王〉は一瞬息を呑むように沈黙する。
《ノウゼン。ノウゼン。征滅者の末裔。帝国の漆黒の将騎。ーー問う。そのノウゼンが、何故祖国を裏切り連邦軍に在る。赤目故か。ーー回答を》
純血の夜黒種が焔紅種との混血を侮蔑する言葉で言うが、共和国で育ったシンには響かなかった。
「俺は帝国人じゃない」
《では、エイティシックスか》
「……どうして知っている」
彼女がゼレーネ・ビルケンバウムなら知るはずがない情報を何故知っているのか。
《脆弱ゆえ。弱体ゆえ。共和国の廃棄せし劣等種ゆえ。ーー鹵獲は容易。情報の取得も》
なるほど、レギオンの本能には〈羊飼い〉でも逆らえないと言う事か。もしかすると、こうして〈無慈悲な女王〉と会話をできているのも本体とーーそのネットワークと切り離されているからかもしれない。
「貴方の名は?」
こちらが答えたのだから、今度はそっちの番だ。
すると、〈無慈悲な女王〉は僅かに機体を傾けると、困惑した様な拍子抜けした様な動きで答える。
《ーー認識済みと推定》
「こちらは答えた。……応えてくれ」
重ねて問うと、〈無慈悲な女王〉は横に立つヴィーカに目を向ける。
《了承。なれど不要。その“頑是ない古き蛇”に確認せよ》
その瞬間、ヴィーカの横顔が僅かに強張り、つい長々と嘆息した。
「やはり、お前なのか。ーーゼレーネ」
《肯定》
小さく、〈無慈悲な女王〉はーーゼレーネは頷いた。傲然と。その識別名をそのまま、凍てつく月の無慈悲さを以て。
《我はーーー我が生前はゼレーネ・ビルケンバウム。帝立研究所所属。少佐担当官》
生前、とあえて言う事で、今の己は人では無いと暗に示して。
「ーーー了解です。色々と迷惑をかけてしまって……有り難うございます」
ホテルの部屋で電話を取って居ると、リノは電話越しで頭を下げる。そして、電話が切れるとタイミングよくエリノラが部屋に入って来た。
現在、休暇中のシン達は〈アルメ・フュリウーズ〉の最終テスト中であるが、肝心のシンはゼレーネの尋問で忙しい日々を送って居る。エリノラも手伝いに行ったりして居るが、何せシン以外では誰も相手にしないのだ。それはもう大忙しだ。
「今から講座か?」
「えぇ、みんなやる気あるみたいだし。やっぱりああいう所はの子供達ね」
「俺は男の方しか分からんからな。宜しく頼むよ」
「任せな!」
そう自信満々に言うと、エリノラは片手に化粧バックを持って部屋を出て行く。今から彼女はレーナ達に化粧の講座をしに行く予定だ。何でかって?そりゃあ本番があるからに決まって居るじゃないか。
正直クソガキどもの面倒はどうでも良いし、最低限のマナーと服装は教えたから後は本番までを待つばかりである。
「……一応、確認しておくか」
そう呟くとリノは部屋の箪笥に仕舞ってある一着の軍服を確認していた。
「あのさ、シン。……レーナ、様子が変だって事。知ってる?」
「ああ」
慣れないカフリンクスと言う金具を留めるのに苦戦して居るセオにシンは頷く。
「あ、そうなの。……あー駄目だ。やっぱり外れないや」
「連邦軍のカフリンクスは留金の係りがきついから、そのせいじゃないか?……その前からも変だったけど、ゼレーネの応答を引き出してからは明らかに避けられて居るから」
ひっそりと尋問室を出て行ったのを、シンも見ていた。廊下で立ち尽くしていた彼女はなんでも無いと首を振ってそのまま去って行った。一ヶ月前に逆転した立場にあったことから、追及することも無かったが……
「一応、話したくなったら聞くからとは、言ってあるから」
「えっ?!」
思わずセオは愕然と見返す。
「……………えっ、あのさ、今僕の目の前にいるシンって、本物だよね。実は一ヶ月前から<レギオン>が入れ替わってるとかそう言うことは無いよね」
「どう言う意味だ」
「だって……シンがそんな気遣いする様になってるとか」
また愕然とした様子で言われる。
「……それは、聞きたいのが山々だけど」
一体自分はどんな見方をされて居るのかが気になる所だが、改めてこっち側に立つとわかる事もあった。
「……俺は整理がつくまで、ある程度ほっとかれる方が楽だったけど。周りはその方がーー必要以上に声をかけずに待って居る方が、きついんだな」
「……」
ガンダムのコックピットでリノはそっと目を閉じる。現在、盟約同盟には合州国から新装備の訓練のためにリノの乗るモビルスーツが運び込まれて居る。他の隊員と合流するのは次の任務の時であり、そこまでガンダムもついでに運ぶ事は決まっていた。
「(此処は周囲にレギオンは居ないんだな……)」
右眼の義眼が出来る能力が使えない事から、周辺のレギオンがいないと言う事になる。
この右眼はあの初陣での戦闘後に知った異能とも言えない不思議な能力を持っていた。入院中にレギオンの姿が脳裏にひたすらに過ぎるものだから時々悲鳴をあげてしまっていた。
左右で目の色が変わっており、赤目だった右眼は青色…それもレギオンと同じ色の眼をしていた。身体検査として事実上の軟禁の為にアバディーンの中にある施設に入った俺はそこで多くの調査をされた。と言ってもわかった事は一部しかなかったが……
分かったのは、この義眼はレギオン内部にある流体マイクロマシンでできて居る事。そして流体マイクロマシンがリノの視神経と接続し、脳に視覚を送って居る事。そして、リノの視神経とくっついて居る事から切り離す事もできなかった。理由は分からないが、流体マイクロマシンは眼球の形を模ったままリノと接続していた。
そして、ある程度の距離までは視界に映るレギオンの内部にある流体マイクロマシンを誘導する事ができる事であった。しかし、この能力は非常に体力を使う上に、使いすぎると無意識に流体マイクロマシンが暴走を始めてしまう。その為、この能力を使う事は余程のことがない限り禁止されていた。
そして、入院中に見えたレギオンの残骸は、生きて居るレギオンから見える光学センサからの映像であり、近くに居るレギオンの光学センサをランダムで見ることが出来た。目の前のモニタに映る景色脳裏ではレギオンの光学センサの景色が見えると言う気持ち悪い感覚があったが、もう慣れてしまった。
シンが亡霊の声を聞くのと同様、リノも近くに居るレギオンの居場所を知ることが出来た。まぁ、シンほど探知能力は広く無いが……それでも、初めの頃に比べたらだいぶ広い範囲を見ることができる様になったものだ。流体マイクロマシンが再生医療に使えると思われて研究材料にされたのは遺憾ではあるが……と言うか、どさくさに紛れて青玉種の血が入って居るからって異能開花用の薬物を打ち込んだ研究員は絶対に許さない。今彼は豚箱にいるが、正直に言うとナイフで刺し殺したい気分だ。
「……はぁ」
自分は偶々巨大な戦果を引っ張って来たから良かったが、もしあそこで碌な戦果がなければ……自分はあのままアバディーンの研究者のモルモットになっていたかもしれないと思うと思わず背筋が凍ってしまった。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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やってほしい
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やらなくていい