観光に来た、ヴルムネスト山で告白をしようとしたが。ダスティンに水を差されて、不完全燃焼で終わったレーナとシンは、ぶち壊された雰囲気をいつものように戻しつつ、いっそこのまま聞いてしまおうと思い直す。
「あの!」
予想以上に大きな声が出た。
其の声に驚き、せっかく固めた決意がヘナヘナと萎んでいってしまった。
言いたいことがあるのに言えない、もどかしさを感じつつ。レーナは結局違うことを口にした。
「盟約同盟の、オリヴィア大尉と。よく話して居るみたいですけれど……」
脳内で、嫌だと叫ぶ自分がいる。みっともないと、まるで嫉妬をして居るようだと……
いや、自分は嫉妬して居るのだ。シンの周りにいる全員に。本当は嫉妬している。
シンの戦友達や、妹のような扱いのフレデリカ。幼馴染のアネットにも。
自分を押してくれたエリノラにも。人ですらないファイドにも。
だって、自分は頼られたい。
相談されるなら、一番最初に相談されたい。
他の女性なんて見ないでほしい。
「その……ああ言う人が好みなんですか?」
レーナは恐る恐る問う。これでもし、はいと言われたらどうしようか。
心底怯えるレーナに、シンは……
「は?」
なんと言えば良いだろう。とんと見当違いな、『何言ってだコイツ』と言うような時の顔をしていた。
予想外の返答に、レーナは困惑する。
「な、なんですか。は、って」
「確かにそう言う嗜好の奴はいますし、実際八六区だと珍しくもなかったですが、俺はそうでは。と言うか、何をどうしてそうだと思ったのですか?」
「ええと……?」
話が噛み合っていない。おそらく、何か初歩的な間違いをしている。
しかし、どこで間違っているのか分からなかった。
先にシンが気付いた。
「レーナ、ひょっとして勘違いをしていませんか?」
「なっ、何をですか?」
「オリヴィア大尉は婚約者がいますしーーーそれに大尉は、男性ですよ」
「ーーーなんだ、様子が変だとは思っていたが、まさかそんな勘違いをしていたとはな」
話を聞いたオリヴィアはカラカラと笑い、レーナは顔が上がらない。
それぞれ散策していたエイティシックス達は最初の玄関広間に戻ってきて、そこで本などを読みつつ待っていたオリヴィアと合流した、其の後の事である。
言われてみれば、と言うか女性だと思ってみなければオリヴィアは確かに男性だ。中性的な顔で、声も低い女性のように見えるが、骨格と体つきから間違いなく男性のそれ。
「すみません……その、髪を伸ばしておいでですし、女物の香水を使っていらしたので、女性なのかと……」
「ああ」
苦笑しながらオリヴィアは髪を掬い上げると、薔薇の香りがした。
「香水は、婚約者が愛用していたのと同じものをつけていてな。操縦士は指輪をつけられないから、その代わりに。髪も彼女との誓いだ。……未練がましいと笑ってくれても構わんよ?」
香水を揃いにしているなんて……本当に婚約者の事を愛しているんだと微笑ましく、少し羨ましく思いながら、レーナは気付く。
愛用して
それはつまり……
「オリヴィア大尉ーーその。大尉の婚約者だという方は……」
「三年前に……<レギオン>に連れて行かれてね」
思わずレーナは目を逸らす。自分が嫉妬していた、シンとの交流は。
「シンとよく、話をしていたのは、もしかして」
「彼女が本当に囚われているか。そうだとしたら今はどこにいるのか、それを聞きたくてね。初対面で聞けることでもなかろうから、何度か話をさせてもらって」
そこでレーナは色々と悟った。
彼女が強くなった理由。識別名の由来。わずかにシンが目を伏せたのも……。
「もし<レギオン>と化していたならーー彼女を葬るのは、私の役目なのだから」
《ーーーシンエイ・ノウゼン。回答を拒否すると、我は宣言したが》
「聞いた。でも、了解した覚えはない」
シンは最後の懸念の前にシンは立つ。拘束室の窓越しにこちらを見つめる、ぜレーネの金色の光学センサ。
そこに最初から渇望があったと、シンは思う。無機質なはずの。表情などないはずの光学センサに、けれど宿る光。
彼女は最初から何かをーーー誰かを待ち侘びていたのだと、今更になって気づく。探しにこいと、其のただ一言をいつ届くとも知れぬ誰かに向けられた時から。
「どうして<レギオン>を造ったのかと、以前に聞いたな。ーーー其の答えを聞きたい」
実は想像がついているが……もしそうだとすれば、彼女のこれまでの沈黙も、試すような言動も、……其の異常な慎重さに全て、説明が付く。
それを聞いて、シンは嫌だと思った。もし仮にファイドが今見つかったとして、連邦や連合王国や、共和国の軍人の代わりに<レギオン>と戦わせたいとは、シンは思わない。
けれどファイドを知らぬ者なら。
思い入れのない者なら、逆の選択をするだろう。
友人としての人工知能を作ろうとした父でさえ、人と人工知能のどちらかを戦力とさせねばならぬとしたら、ファイドを量産し戦場に送る事を選んだかも知れない。
同じようにぜレーネも。
生前の<レギオン>を開発していた頃の彼女も……
ーーー帰ってきて、欲しかった。
今も聞こえる、生前の彼女の最後の思惟。
私の間際に叫ぶ其の相手が、味方の誤爆で死んだ彼女の兄。それから……いや、これはまだ推察の域を出ていない上に、変に広まった場合。面倒なことになる。ただ、もしかしてがある可能性がある。
兎も角、軍人だった兄に、最後の瞬間まで帰還を望むほどに死んでほしくなかったなら。
「<レギオン>を造ったのは、ーーー人の代わりに戦わせるためか。帝国兵を、人間をそれ以上戦争で死なせないために」
ふ、と月の金色の光学センサがシンを見た。
壊れるけど死ぬことはない、<レギオン>を。
恐れず、厭わず、傷まない。戦うための、其のためだけの機械仕掛けを、ーー<レギオン>がいなければ戦場で幾千と死ぬのだろう、同胞の代わりとするために。
人を殺させるためではなく。人を死なせないために。
「そして、今も死なせたくないから。ーーあなたの抱える情報を迂闊に漏らして、万一にも<レギオン>の関連技術を他国侵略に利用されたくないから、そうやって情報を与える相手を試して、見極めようとしているのか」
母親を蘇らせたかった幼いヴィーカ。
人の友人として人工知能を造ろうとした顔も朧気な父。
そして二人と交流のあったゼレーネも、ただ。
「あなたは最初から、ーー人を守りたかっただけなのか」
誰にも死んでほしくなかった、……自分と同じに。
ゼレーネはしばし、沈黙した。
そして。
《ーー問う》
酷く、ひび割れた問いだった。冷笑を、冷徹を取り繕うとして失敗したような。
《だとしたら、どうする。赦すというか。<レギオン>を。エイティシックス。脆弱な、其の多くが我らに殺されたエイティシックス。……お前の故郷を、家族を、同胞を奪った存在を。お前の家族の敵にしたのが我等かも知れぬというのに》
一瞬、シンは口を噤んだ。
一瞬、込み上げた感情はーーー兄は死んで、亡霊とかしたと知って七年。葬って二年。なんと名付ければいいか今もわからない。
「……ああ。それは……本当にそうだ」
ただ、こぼれ落ちるような声が出た。
戦いたくなかった。ただ、<レギオン>だった。<レギオン>にされた。壊さなければ、兄は亡霊のまま。きっと永遠に嘆き続けていてーーだから置き去りにしていくことなんてできなかった。
戦うしかなかった。
其の遠因となったのが、目の前の斥候型だというなら確かにそうだ。かも知れないではない。兄を自分の敵にしたのは、目の前の彼女だ。
《再度問う。ならばなぜ怨恨を覚えない。我に。憎悪を覚えない。怨嗟を覚えない。何故ーーそれでも我を赦せるのか》
赦し?
シンはわずかに目を眇める。
「別に、赦してはいない。……そもそも恨んでいないから。恨みたくない。そんなものには意味がない」
壊れている、確かにそうなのだろう。
家族や故郷を奪われ、けれども相手を憎めない。おそらくまともな人間ではないと思っていた。
だが、思い知った。
どんなに白系種や世界、レギオンを恨もうとも一度いなくなった人間は帰ってこない。彼が味わった苦痛や憎悪に心を寄せる事もない。
ただ虚しくなる。そうしたと事で意味はないと。それに。
「何かを恨んで、誰かを恨んで。そのせいで俺から何も奪った奴らと、同じ場所に堕ちたくはないから」
それがエイティシックスのーー自分たちの矜持だから。
それ以外に何もない。まともな憎悪さえ抱けなくなった、エイティシックスの。
視界の端の、まるで祈るように両手を胸の前で握り合わせて見守っているレーナの姿が映る。
瞬間気づいた。
彼女の願いの意味が、少しだけわかった気がした。
世界は、人は、優しいものではない。
世界も人も冷酷で残忍でーーーでも、冷酷と残忍と下劣こそが人として正しい、あるべき姿だとも思えない。
思いたくない。
嫌と言うほど晒された、目を覆う下劣と。数えるほどにしか知らない、仰ぎ見るほどの高潔と。どちらかでいるべきならせめて下劣ではなく、高潔の側にいたかった。
其の願いを、レーナは世界は美しくあるべきだと表現したのだろう。
悪辣で冷酷なこの世界を、そうだと知りつつもそれが正しいとは認めない。そう言うものだと諦めることで屈してはやらないと、追い求める理想ではなく己の矜持の宣言として。
違う世界を見ていたかも知れない。いまだに同じようには世界や人を、信じてはいられない。
それでも屈しない意思だけはきっと、同じなのだと信じたい。
だからこれもーー赦しではない。
「あなたも赦されたいわけじゃないだろう。……ただ、今のこの世界が正しいとは思えなかったから。認めたくないから変えたいと、そう思ったから」
戦場で人が、死んでいく世界は。
戦場で人が、戦って殺しあう世界は。
「人を死なせたくない。生前も、そして今も。それがあなたの望みだから。戦争を、そして今はレギオンを……止めたいと思っているんじゃないか?」
長く、沈黙が降りた。
其の果てに、ゼレーネはーーー<無慈悲な女王>は答えた。
《ーーー
長く重い、嘆息のように。
そして初めて聞く、人の言葉で。
《ええ、そうよ。今となってはもう、過ち以外の何ものでもないけれど。
その言葉はまるで懺悔のように、隔てられた密室に落ちる。
強化アクリル板を境にした、拘束室と監察室に。咎人と司祭が互いの顔を隠す仕切りを境に向かい合い、密室の中で罪の告白と赦しを行う、告解室のように。
そうして彼女は言った。
この場にいる、四カ国の軍人達。其の誰もが待ち侘びた、其の言葉を。
《いいでしょう。……応えましょう。わたくしが知る全てを。伝えたかった情報を。ただし、条件がある。……シンエイ・ノウゼン。そして立会人としてヴィークトル・イディナローク。この二人に限って教えるわ。他の人は出て行きなさい。ーー記録や観測、通信のための装備も、全て切って》
そうして、部屋に居た人員は彼女の指示通りに動き出す。
其の様子を、ぜレーネはまるで真後ろから見ているような様子を見せながら其の時が来るのを待っていた。
絶賛、ちまちまと過去回の改修作業中也。誤字があれば報告をお願いします。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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