ぜレーネの話は、其の重要さに反し、さして長いと言うほどでもなかった。
けれど聴き終えてヴィーカは嘆息する。
およそ動揺することのない、動揺しても表に出さない冷血の蛇がーー感情を持て余したかの如く。
「まさかーー……」
拘束室に繋がるマイクを切り、小さく首を振る。要求に従って彼とシンと、二人以外が退室した、二人しかいない監察室。
「まさか本当に、全<レギオン>の停止手段とはな。だが……」
そう。
<無慈悲の女王>がーーゼレーネが提示したのは、大陸全土に展開する、全<レギオン>の停止コードと其の発動手段だった。
だが。
忌々しげに首を振り、ヴィーカは続ける。
「実行できないのでは、意味がないな。……それどころか下手に公開すれば、人類側が内部崩壊する」
停止コードを発信可能な拠点は一つだけ。……今は<レギオン>支配域深部にある、かつての帝国の砦の中。
それはまだいい。<レギオン>支配域にあろうと、奪還すればいいだけだ。機動打撃群はまさに其のためにある部隊だし、それで確実に<レギオン>戦争が終わるなら、他の正面から戦力を引き抜くか、余剰兵力がある合州国に出して貰えばいい。
問題はコードの発信者だ。
停止コードの発信にはーーそれを発信する<レギオン>最高指揮権限者の登録と更新にはギアーデ帝族による承認が必要だ。
具体的には遺伝子照合。尊き其の血をもってのみーー六年前に全滅させられて今は誰一人残っていない、指揮権限保有者の新規登録が可能となる。
今では其の血など誰も保持してはいない、皇帝の青き血によって。
「指揮権限を更新できるーー他のコードさえ分かれば其の指揮官の恣に<レギオン>を操作できると言うのも大概だが。……停止手段は本当にまずいな。連邦が帝国を滅ぼしたせいで停止手段が永久に失われるなどと」
彼でさえもまずいと思っている。はっきりと表情に浮かべ、視線だけでシンを見やる。
「情報部には他の情報をゼレーネに提示させてそれを開示する。直近の作戦計画や支配域の生産拠点の位置情報でもあればそれでも充分だろう。……それでいいな、ノウゼン」
短く注意深くシンは頷く。
感情が出にくい自覚はある。だが、それが功を奏した。
発信基地さえ押さえて仕舞えばそれこそ、今すぐにでも。
人払いがされててよかった。……そうすれば、誰がどう動くかなど予想もつかないところだった。
ヴィーカは知らない。
レーナやアネットも。ライデン達以外のエイティシックスも、リノ達も知らない。
けれど、西方方面軍の将官達はーー少なくとも其の一部は。
かつてエルンストと共に
彼女の生存を知っている。
其の彼らがこの情報を知れば、どう動くか。其の予想はシンには付かない。
其の果てに彼女がーーどうなってしまうかも。
フレデリカ。
ギアーデ帝国最後の女帝。アウグスタ=フレデリカ・アデルアドラー。
そして、最後の日が来る。
盟約同盟での休暇の、最後の夜。
この日は、礼儀作法の研修として、滞在するエイティシックス全員が参加するパーティーが予定されていた。その日のほとんどは朝から忙しく、ホテルの従業員も準備で大慌てであった。
「今日煙草吸ったら許さないから」
「はい……」
今日は主役ではないものの。匂いが移ると言う事で、終日煙草禁止令が出されているリノはやや涙目になりながら答える。ヘビースモーカー一歩手前のリノは、常日頃から煙草を吸っているせいか、戦闘服が臭いのだ。おかげでエリノラからはこういう時は必ず終日煙草禁止令が出されていた。
だから、こういうパーティーは嫌いなのだが……今日ばかりは我慢するしかない。
「(俺の義眼についても聞き出せる事は無かったか……)」
礼服の袖を確認しながら内心残念に思う。これは個人の疑問だから、できればゼレーネと二人きりで話したいと思っていたが、そんな事が出来る筈も無く…そもそも、シンとヴィーカしか返答しなかったので意味なかったのだが……
「(まぁ、良いかこのままで)」
世の中には知らない方がいいことも多々あるしな。ただ、気になっただけだし。それに……
「今は、どうでも良いか……」
「?どうかした?」
「あぁ、いいや。特に何もないさ」
そういうと、リノは礼服を着て外に出た。煙草が吸えないなら気分転換に湖でも眺めていようかな……
「何か変わった?」
「いや、よく見ろ。こういう所とか」
「あぁ……でもぱっと見じゃ、士官服と変わらないじゃん」
ホテルの控え室で礼服を着たリノに、全員が『何か変わった?』と疑問に持たれた。そもそも、合州国軍に夜会服なんてものは存在しない。あるとすれば士官服か戦闘服、それと礼服くらいだろう。量産性に長け、飾りっ気の無いその衣装は諸外国から貧乏くさいと散々言われる始末だ。
基本的に合州国では制服は全てお国から支給される。礼服に関しては自腹で買う事になっており、個人の自由であったが、式典に出る際は確実に居るので士官学校出は必ず買っていた。そして、自腹で買うから目立たないほどの改造は認められていた。
しかし、リノは何も改造をしていないので見た目は完全に士官服にちょっと肩章が付くくらいだった。
「貧乏なのか?」
「馬鹿。合州国じゃ、夜会なんてほぼやらないんだよ。おかげで礼服でも色々事足りるんだよ」
「へぇ、便利だな」
そう言い、キツキツの夜会服を着て不満そうにしているセオが思わずリノを羨ましげにしながら見る。すると、ヴィーカがリノに言う。
「相変わらず合州国は何もかもが効率的だな」
「そうでもしないといけない歴史がありますからね」
「それもそうだな……」
少なくとも何百年と帝国を仮想敵国とし、歴史上初めて帝国に打ち勝った国家の皺寄せを見た気がした。
「はい、これで良いかしら?」
「ありがとうございます」
エリノラが両手に化粧道具を持って、鏡の前に立つレーナに聞く。
ドレスを着て、髪を結い。今化粧を終えた。
結局、化粧は殆どエリノラさんにお願いする事になったが、彼女は快く承諾してくれた。まるで、自分を妹のように接してくれるエリノラさんには少し申し訳なさが生まれてくるが。
聞けば、エリノラさんは孤児院育ちでよくこう言う面倒を見ることばかりだったのだと言う。だから、それを同じ感覚で私たちに接してくれるから。本音を言いやすいのかも知れない。
「じゃ、あとは頑張ってね」
「は、はい……」
そう言われて、軽く緊張してしまうが。エリノラさんはそのまま緑色の緩いドレスを着たまま去っていく。色々と迷惑をかけたなと思いつつもありがたいと思ってしまった。
いつもはゲンナリとなってしまうパーティーであるが、今日は違う。
自分の家の名を目当てに上部だけの笑顔を見るわけでもない。
旅行前から思い描いていたこのドレスを着て。彼がどんな顔をするかを想像して、それが楽しみで仕方がない。
後悔しないために。
最後に、ビロードを張った箱を開ける。アネットが誕生日にくれたものだった。
忘れないでと念を押されて持ってきた……オレンジの花を模った金細工をベースに、紅と白銀の貴石を散りばめたチョーカー。
戦地に赴く騎士が鎧を纏うように、留め金を留めた。
鏡を見て、一つ頷く。
覚悟を、決めよう。
私は。
ボールルーム。
ホテルの中央にある大広間。ガラスの鳥籠のようなレース細工の向こうの、昏い夜空。
其の天蓋の下で、楽団と花と軽食が並ぶホールに、歓談と踊りの輪は花開く。
「結局……間に合わなかったや」
「まだ次があるだろう。其の時に着ればいい」
アンジュは身を捻って背中を見下ろす。あまり首周りの開かない、当然背中も見えないドレス。
一応、連邦に戻ってアンジュは背中の傷跡の治療を行っていたが。一ヶ月では目立たなくするには至らなかった。
ダイヤの言葉に、アンジュは笑う。
「そうね。次に」
そう言うと、二人は互いに手を取る。
「なあ」
「なんだよ」
腕を組んでエスコートするライデンは其の相手を見下ろす。
「なんでこのペアなんだろうな?」
「身長の釣り合い、ってとこじゃね?」
けろりと応じる、シデンは女性にしてはかなりの高身長だ。あのシンやヴィーカと同じくらい。つまり、少年と比べても上背がある。
「あたしら女はプロセッサーには少ねぇから、女同士でってわけにもいかねえし。泣いちゃうもんな。あぶれた奴らが」
「……まあ確かに、野郎同士でペアとかゾッとしねえしな」
少なくともヴィーカやシンとか。そんな悪夢はごめんだ。
「だろ?だったら、あたしのおかげで炙れずに済んだ人狼ちゃんは、あたしに何か言うことがあるんじゃねえの?」
豊満な胸を押し付けるようにしなだれかかる。にか、とどこか、得意げに。
「どうよ」
褒められるのを期待するその顔は、年頃の少女であったが。ライデンは欠片もドキドキしなかった。だってシデンだし。
「ああ……まあ、美人なんじゃねえか」
「うっわ、全然気持ちがこもってねえな。腹立つ」
そう言うと、二人はそのまま会場に入る。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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やってほしい
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やらなくていい