百人近いプロセッサー、それにグレーテやリノ。後方要員も加えたパーティーの席だ。
当然人が多い分、色々な音が聞こえる訳なのだが……シンはそんな喧騒も遠くなる。
階段を降りてくるレーナ。匂い立つように艶麗な、それでいて凛と辺りを払うように潔癖な真紅の薔薇。
華やかな薔薇色を基調に黒のレースとリボンとビーズ。鮮血の女王という彼女の異名そのままの、威厳さえ感じさせる装いだ。
体のラインが出るほどではないが、細い体躯に寄り添うドレスの絹地が、段を降りるごとに煌めく。それはまるで人魚のように見えた。
殆ど無意識に、手を伸ばす。
応じてレーナも其の手を差し伸べる。
自然な、まるで当然の理のように。
そうなるように予め作り出された、一揃いの装飾品のように。
段を下るレーナに合わせて、降りる手助けとしてゆっくりと取った手を引く。其の呼吸は完璧に合った。できないとも思わなかった。
一段、二段と下り、同じ高さに立つ。菫の花の香りがあえかに漂う。
レーナの好む香りだ。聞き慣れているはずなのに、今日は酩酊したかのように頭がくらくらする。
軍服の時よりも高いヒールを履いているのだろう、目線がいつもよりも近かった。
目があってレーナが笑う。
ぎんいろの瞳。
差し伸べられた手に、まるでそれが当然のように己の手を滑り込ませる。
普段であれば、ひどく動揺してしまう其の振る舞いも、今は気にならない。
それくらい、全ての意識を目の前の人に奪われていた。
普段はつけない、香水の香りがわずかにする。甘さのない冷たい香り、それだけでも酔いそうになる。
だけど、酔いたいと思ってしまうのは目の前の無二の赤い瞳にだろうか。
見下ろし、見つめてくる血赤の瞳。吸い込まれそうだと、つい思う。
と、其の血赤の双眸が不意に見開かれる。しばし硬直し、ついでにやられたと言う顔で天を仰ぐ。其の白い面が、彼にしては珍しく、少しだけ赤い。
「……シン?」
なぜだろうと、首を傾げるも。不意に気づく。
彼のカフリンクスの下。そこには白と赤の貴石が散りばめられたオレンジの花の装身具をつけていた。レーナのつけているチョーカーと全く同じの。
それに気づいた瞬間、レーナも天を仰ぐ。
「アネット……!!」
そう言うことか。オーダーメイドという友人の誕生に美はいささか不釣り合いなものだと思っていたのも。パーティにはつけてこいと念を押したのも。
「レーナも、リッタから?」
「やっぱり、シンも……?」
「先日の、俺の誕生日にこういう場面があった時に必ずつけろと」
そう言い、アネットの意思に気づいたレーナ達を、周りの少年少女達も築いて思わず笑みを殺して知らないふりを決め込んでいた。
「もう……!悪戯が過ぎますよ。アネット!!」
「くしゅんっ!」
「なんだ、風邪か?ペンネローズそれとも陰口を言われているのか?」
アネットは、共に見本として踊るヴィーカと経験者同士で一曲踊っている。ぶっ飛んでいるとはいえ、さすがは王子殿下。躾けられた踊りは一級品だ。
「いーえ、どっかの鈍い二人がようやくあたしの援護射撃に気付いただけよ」
「なるほど?察するに何か、揃いにでもしてやったのか。其のどこぞの鈍い二人には内密で」
「誕生日だからって言って、同じデザインのチョーカーとカフリンクスをね。それがなんでいまの今まで気づかないんだろうって。なんていうか本当にね……」
ヴィーカの視線の先では硬直する二人の姿があり、お揃いなだけでここまでかと初心過ぎないと思わなくもなかった。
「卿も苦労するな」
「ほんとよ」
よりにもよってこの蛇の王子に同情されるのは業腹だが……
幼馴染の悪戯に思わず文句を言うのも束の間。レーナは軽く膨れる。
「……来年の誕生日。いえ、今年の聖誕祭は私もカフリンクスを送りますね。シンの目の色に合わせて火焔柘榴石の」
「なんですか、いきなり」
「なんでもないです」
子供っぽい振る舞いに心は困惑していたが、言葉にはしなかった。
背中を押してくれたアネットには感謝だが、嫌なものは嫌なのだ。
けれど、シンは第一機甲グループの戦隊総隊長で、レーナは作戦指揮官だ。いくら内輪の会だからと言って互いに同じ相手とだけいる訳にもいかない。だから、一度別れた。そうでもしないと離れられない気がしたから。
「あぁ、煙草吸いたい」
「うわぁ、ヘビースモーカーじゃん。ヤニかすじゃん」
「五月蝿え、野郎と踊る趣味はないんだよ」
二曲目が始まり、会場の端でリノとダイヤが話している。今、アンジュはダスティンと踊っており。ダスティンは気持ちぎこちなく踊っているようにも見えていた。エリノラはライデンと踊っており、余り組は会場端で暇を持て余していた。
他に踊っているところで見知った面々と言えば、レーナとオリヴィア大尉。セオとクレナ。シンとフレデリカと言った所だろう。
フレデリカと言えば、シン達が連邦に流れ着いた頃から知り合い。帝国のマスコットとして、彼らの部隊に付いてくる……言って仕舞えば命知らずな子供。そんな子供だが、シン達はそんな彼女にほんの少しではあるが。敬意のような畏怖のような分からないが、そう言った系の感情がうっすらと見える。どんな秘密があるのかは知らないが、突っ込んだら恐ろしいことになりそうなのでこれ以上追求する気にはならなかった。
と言うか、シンと結構身長差あるけど踊れるのか?
「ふぅ……」
少なくともこの後が面倒なことになると思うと、思わずため息が溢れてしまった。
「……用が済んだら帰りなさいよ。ヴィレム」
「まあ、もののついでだな。これでも元帝国貴族だ。エイティシックス共に行儀作法を仕込むに不足ということはあるまい」
マナー研修という訳には当然見本となる人物がいる訳で。其の講師としてグレーテとヴィレムが来ていた訳だが、大変ギスギスとしていた。
器用な嫌がり方をしながらグレーテは踊り、ヴィレムは苦笑すらしない。
「次の曲からは役目どおり小娘共にステップを教え込んでやるさ……少しくらいは妬いてくれるか?」
「全然……まあでも、お礼は言っておくわ……あの子達をここにこさせてくれて。ありがとう」
礼を言うと、珍しくヴィレムは意表をつかれた顔をする。
「……礼を言われる筋合いではないな。所詮、こんなものはアリバイ作りだ。ーー手を尽くした証拠さえあれば。この先何があったとしても、連邦の責は問われない」
「構わないわよ。紙切れ一枚の『証拠』で済ませるんじゃない。実際に手を尽くしているもの。……あの子達はそれをきっと、受け入れてくれる」
ふん、と参謀長は短く鼻を鳴らす。くだらん、と言いたげに。
「……君の其の、すぐ情に囚われる愚かしい所は、俺は嫌いだよ」
「あなたの其の、冷酷だけれど無意味に残忍ではないところだけは、私は好きよ」
何度か踊って居るうちに、すっかり時間は過ぎていた。
何度かエイティシックスのプロセッサーの少女と踊り、満足げな顔を浮かべて消えていく。いずれも、片思いをしていた様子の子達だ。正直、ここまで好かれるもんなのかと思いながら、後ろからの怖い視線を感じていた。
「お待たせしましたな」
「……リノ」
そこにはやや不満げな様子を浮かべるエリノラの姿があった。そんな彼女に、俺は手を差し伸べる。
「一曲いかがです?」
「ええ、もちろん」
そう言うと、エリノラはリノの手を取って会場に出る。曲が始まり、二人は同じステップで踊る。幼い頃から同じ飯を食ってきた仲で、二人ともどんなタイミングなのか目を閉じていても分かる。
確か、本気で婚約を決めたのは三年前、だったか……確か俺が初陣に行く前。悔いを残さぬようにと花火大会が行われる会場で指輪を渡したかな……
あの後、初陣の激戦でエリノラに大泣きされたか……
「(俺が軍を辞めたら……だったか)」
そう言い、リノはエリノラとした約束を思い返す。少なくとも、自分はまだ軍人として働くつもりだ。今まで育ててもらったフリッツ孤児院に恩を返す為に。
「(しかし、このままという訳にもいかない……)」
リノは目の前にいる婚約者を見ながら、そう思う。これは、彼女を守るための行動であるから。何を言われようと構わない。
俺は、彼女を愛して居るから……
リノは腹を括ると、そのまま一曲を終える。本来であれば、ここで別れる必要があるが、エリノラは話す気はないようで。リノは半ば彼女の思うままに二曲目に入っていた。
楽曲が進み、終わり、また始まって進む其の繰り返しの中。意識して作っていた姿勢が自然に緩む。意識が溶けたように相手の動きがわかる。
ワルツのテンポに合わせていたステップが、いつの間にかレーナとシンの互いのテンポに合っている。二人でありながら、一つであるかのような、充足感と万能感。
当然のように会う目。どこからともなく自然と、幸福な笑みが溢れた。
これからも、もし。
未来の望み方が分からなかったとして。
進むのが怖いと、思ってしまったとして。
どちらかが何かに怯んで、何かに傷ついて、何かに戸惑って、足を止めてしまったとして。
どうしても進めなくなったならーーー其の時は二人で。
こんなふうに互いに手を引いて。
しかし言葉にはしない。今この時だけは伝わって、理解し合えると思えた。
後何曲か演奏されて、最後の挨拶があって終わり、と言ったところだろう。
終わったら、言おう。
いや駄目だ、そうじゃない。
終わる前に、言おう。
終わったらきっと、夢も覚めてしまう。普段の、強いふりをしている酒の自分が帰ってきてしまう。
だから鐘がなる前に。銀のドレスが消える前に、ガラスの靴が脱げる前に。
「シン。……後で、その」
これだけでも随分と勇気がいる。
「話したい。ことが……きゃっ?!」
「レーナ!?」
油断していたのか、緊張か。踊っていたレーナは踵を引っ掛けて倒れてしまいそうになる。
しかし、シンが即座に反応して彼女を支えることになり、事なきを得たが。シンに支えられる形となったレーナは忽ち顔が真っ赤になってしまった。
「結構長いこと踊っていたからな。きっとのぼせたんだろう」
「テラスに連れて行って、休ませてあげな。シンエイくん、連れて行ってあげて」
そう言い、近くで踊っていたリノとエリノラがそういうと、シンはレーナを気遣いながら会場を出て行った。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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やってほしい
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やらなくていい