見上げるレーナの白銀の瞳に、最後の星の煌めきを残し。夜空に光の滝を作り上げて、花火は終わる。
色とりどり火の粉が煌めきながら、燃え尽きながら堕ちていく。
その様を見上げて居ると少し、哀しいような気分になる。言うならそう、祭りが終わった時のあの感覚。
「革命祭の花火は、また見られそうにありませんね」
そんなシンの目線にレーナは見返すことなく、物思いに沈む。
二年前の、革命祭の夜。………一ヶ月後に決死隊に送られるとは思わなかった。
互いの顔も知らなかった同じ空の下で……
「革命祭自体は、これからですけど。私達はこれから、訓練とそれに〈アルメ・フュリウーズ〉の習熟で忙しくなっていきますし……聞いてますか?次の派遣予定」
「ええ。次は北の方の沿岸諸国でしたか。面倒なところに〈レギオン〉の拠点があって、第二、第三機甲グループが攻めあぐねて居ると」
聞けばレギオンの脅威に周辺国家が合わさって抵抗して居ると言う。
「共和国も……革命祭は維新にかけて行なうでしょうが、花火までは手が回らないでしょうね。まだまだインフラ施設の復旧は終わっていませんし」
頼みの綱の合州国からの支援物資は物だけ送られて工作機械も人員も何もよこさないから遅々として復興は進んでいないそうだ。
いまだに膨れ上がる犠牲者の数。もう、把握は不可能かもしれない。
今年の革命祭には、きっと行けない。
では来年はどうか?
花火は、革命祭はーーー共和国は。
来年まで、自分は、シンは、……人類は生き残って居るだろうか。
悲観的な考えは一度生まれると、脳裏を渦巻いて支配する。
そんな事はない。だって、約束をしたのだから。革命祭の花火を見るのだと。戦争の終わりに、海を見るのだと。
だからそれまで、自分もシンも、誰も彼も死ぬわけにはいかない。
縋るように思った刹那、堕ちる火の粉を見たままシンは口を開く。
「それなら、」
演奏を終えた楽団が再びワルツを演奏する。
名残惜しい、宴の最後に相応しい、少しだけ切ないスローワルツ。
この国最後の一曲。
その哀切に背中を押させるように、シンは自然と口をついて出た。
「それなら次の機会にーーー来年の革命祭に、見に行きましょう。来年がダメでも、その次に。祝えるようになったときに、いつか」
あの頃とは違う…二年前のあの時とは……
「今はそれもーー叶わない望みではありませんから」
目の前にいる彼女から。何かをーーー未来を望んでもいいと、教えられた。
なんとも助けられてきた。救われてきた。
視線を下ろし、向き直る。何もしていないのに、惹かれるように見返す、白銀の瞳。
「ーーーレーナ」
焦がれるように、呼びかけた。
「祝えるようになったときに、いつか。今はそれもーー叶わない望みではありませんから」
惹かれるように見たのは紅い瞳。
その時、渦巻いていた不安や恐怖が嘘のように消えていく。
今だ、言うなら今しかない。
貴方が好きだと。
戦争が終わったら。革命祭の花火を、祝えるようになったら。その時はどうか、一緒にその日花火を見に行こうと。
いつになるかはわからないけど、それでも一緒に。叶うなら何度でも。
そう、言おうと口を開いて。
「ーーーレーナ」
呼びかける言葉に、息を呑んでそのまま、呼吸が止まった。
特別な言葉が来ると、何故かわかる。こわい、と不意に、唐突に思う。
今まですれ違ってばかりで、けれど居心地の良かった不思議な、曖昧な関係を、壊してしまう言葉だ。
変わってしまうのが怖い。聞くのが怖い。
身も凍るような、恐怖だった。
でも。
聞かないと。
聞かないと。
だって、シンももっと怖い。自ら壊れにいく為に踏み出したシンは、待って居るだけの自分よりも怖いはずだ。
両手をきつく握り合わせ、唇をキツく結んで待ち受ける。
そして、シンは言った。
「おれはーーー貴方に会えてよかったです」
その声には万感がこもる。
「貴方がいなかったらきっと、二年前。第一戦区で兄さんを討って、戦い抜いたつもりで死んでいた。電磁加速砲型を倒して、それで戦う理由を見失っていた。竜牙大山の溶岩湖で、帰らなければと思えなかった。いつも貴方に救われてきた」
それは酷く、もどかしく頼りない。
共に戦い、先に死んでいった誰をも最期まで連れていくシンはーーーだから、誰からも置いていかれる存在だった。
彼女になら、預けていけると思えた時ーーーそれは確かに何物にも代え難い救いだった。
二年前の、八六区から。顔も知らない彼女が支えだった。
一年前の篝花の花畑で。戦う理由を。
一ヶ月前の、雪山の戦場で。望めた未来を、受け入れてくれた。
「貴方が居てくれたからーー生きてていいと、思えるようになった。貴方が居たから、俺は八六区を抜け出せた」
涙が浮かぶのを、レーナは感じる。
それは彼女にとっても同じであった。
貴方に会えたから、私は今ここにいる。
貴方が教えてくれた秘密のおかげで、大攻勢に備えられた。見て居るつもりで見ていなかった世界の冷酷さを知ることができた。
自分の醜さを知ることができた。
そして貴方と言う追いかける背中を、共に在りたいと思える人を、示してもらえた。
貴方が居たから、私は白豚ではなくなった。
貴方が私をーー今の私を生かしてくれて居る。私の中の一部として、貴方の言葉が息づいて居る。
だから、私を変えた。
私を変え、生きさせてくれた。
紛れもなく貴方が。
「貴方が好きです」
その言葉が滞る事なく、声に出せたことにシンは内心で安堵する。
伝えたい言葉。伝えるべきだと、思った言葉。それさえもこの後に及んで言えないなら、言葉に意味はない。
……彼女にこんなもので報いることができるだろうか。
こんな望みに彼女は答えてくれるだろうか。
「俺は貴方に、海を見せたい。…貴方と共に、海を見たい。見た事ないものを。戦争に閉ざされたままでは見られないものを。同じ景色を、貴方と見たい」
それはつまり……
「貴方のそばにいたい。共に生きていたい。出来るならーーいつまでも」
レーナは何もできずに瞳を大きく見開く。
言葉にはできない。だけど……
私も、いつまでも。一緒にいたい。一緒にいきたい。
貴方の行き着く、その最後まで。私の行き着く、その果てまで。
嬉しいと思った。好かれて居ることが……じゃない。思いを告げられたことでもない。
同じ気持ちなのが嬉しかった。
だから、応えないと。
応えないと。
応えないと。
光の速さよりも早く。その気持ちに突き動かされるように、言葉よりも先に、考えるよりも先に。体が動いた。
だって、言葉では遅い。言葉でなんか、足りない。
伝えたいことの何分の一も、きっと
一歩踏み出すほどもない、わずかな距離。それを踏み込んでゼロにする。目を見開くシンの肩に、逃がさないように手をかけて伸び上がって。
頭半分ほどある身長差は、高いヒールを履いていて随分と埋まっていた。
いつもより近い位置にある、その唇に。
啄むようなキスをした。
唇を重ねていた時間は永遠のようにも思えたが、実際には一呼吸あるかないか、という程度だろう。
触れ合う甘美に、どうしようもなく酔いしれる時。
体を離すと、ふと互いの吐息が入り混じる。一つになっていたような、体温と鼓動が二つに分かれる。
不意打ちにシンは目を見張ったまま硬直している。
見上げレーナはただ思う。
そんな。
いつもの彼からは想像もつかないような呆然とした顔で、赤い顔で固まって。
笑おうとは思わなかった。
ただ、ひたすらに愛おしいと感じた。
色々なことに鎧繕って、その鎧がまるで素顔であるかのようにいつも装う用になってしまった人だ。
本当は、こうしてまだ大人になりきれていない少年でしかない人。
鎧の奥の、たまにしか見られない素顔が、何より愛おしい。
その愛おしさに突き動かされるように、肩に乗せた手を頬に沿わせる。伸び上がり、もう一度口をつけようとした時……
はた、と我に帰る。
今…自分は……何をした?
バクバクとうるさい心音と、熱い頬と……唇に残る甘い感触と……
「っ……………!?」
つい、手で自分の唇を押さえた。つい今し方、自ら重ねた唇。
まだ、好きだと言うつもりで……それよりも先に好きと言われて……まだ。
自分の気持ちを伝えてはいないのにーー……!!
先走ったと気づいた瞬間、かつてないほどの恐慌に襲われる。
間違えた。自分の好きだと伝えて……なのに同じ気物を伝えられて……嬉しくて感極まって……欲望とも言える何かに突き動かされたまま……
こんな、だって応じられないならまだ、恋人とかそう言う関係ではないのに……
こんな…はしたない。
ぱち、と目の前で呆然としていた赤い瞳が我に帰る。瞬き一つして、再びレーナを見る。
その唇が動く。
何か言うとわかり、そのせいでいよいよレーナは混乱する。
「あっ、あっ、違、これは違うんです。その……」
何が違うのか、レーナもわかっていない。
「その……」
ごめんなさいと、言っては誤解を受ける。だから、それを押し込んで次の言葉を探すが見つからない。自分も好きだ、と今から言えばいい言葉も……
「おっ、おやすみなさい!良い夢を!!」
結局愚にもつかない言葉を叫んで、脱兎の如くその場を逃げ出す。
魔法の解けた灰被り悲鳴さながらに、ヒールを鳴らして青ざめた石畳に落ちて転がった。
「……………………ええと。つまり?」
後に一人、レーナの行動と発言の食い違いにこちらも大混乱に陥ったままのシンを残して。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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やってほしい
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やらなくていい