86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#61 年頃の悩み

演習場で行われているのは、フェルドレスやモビルスーツ同士の模擬戦闘だ。パワーパックの高音の唸り声と金属の脚先が地を噛む重い音響。何より、空砲の八八ミリ砲や合州国の九〇ミリのジム・ライフルが轟音を発していた。

 

余人に聞かれたくない話をするにはうってつけである。

 

「……戦争、終わるのかもしれないのね」

 

アンジュが口火を切ってライデンを中心に数人が集まる。

 

「実のところ、そんな日が来るだなんてこれまで信じちゃいなかったよな」

 

〈レギオン〉戦争が終わる。

 

情報が手に入れば。それによって秘匿司令部の位置が、特定できれば。

突然提示されたその事実に、ライデンは目が眩むような、途方もないような気分になる。

ごく幼い内からこれまでずっと傍にあった、当然のようにあった戦争が……まさか無くなるかもしれないなんて。

 

「終わったら、どうしようかしら。……どうなってるのかしらね。私たち」

「んー……どうなってるんだろうね、ほんと。あんまりピンとこないや」

 

どこかウキウキとアンジュは言い、一方でセオは困惑するように首を傾げる。

 

「まあでも、とりあえずシンは良かったよね。海を見せたいって、それがちゃんと、本当に叶いそうでさ」

「貴方と海を見たい」

 

大切な詩を読むように、クレナがいい、目を伏せて淡く微笑む。

 

「うん。叶うといいよね」

「……そうだな」

 

一ヶ月前、項垂れていたバーでシンが言ったから、ここに居る皆は知っていた。

レーナが最後の最後にやらかしたが、まあ今のシンなら大丈夫だろう。

 

「シンが嫌がっていたとおり、……フレデリカはなるべくなら使いたかねえけどな」

 

こんな天から降ってきたような都合のいい軌跡に誰もが縋り、彼女一人に連邦の、人類の夢未来を全て背負わせて……

それで戦争が終わっても、それは戦い抜いたとは言わない気がする。

けれど、停止手段を放棄し。力技でレギオンを全滅させるのも違う。それこそ大勢の、数えきれない人が死ぬ。

 

「だね、フレデリカ一人に負わせたくない。……だからってこれまで見たいな、どうにか敵中突破してなんとか敵の本拠地を叩くって綱渡りもいい加減にしてほしいし、それで死ぬのも馬鹿みたいだから嫌だけどさ」

 

ポツリとクレナが呟く。

 

「でも……本当にそれで終わるのかな」

 

降って湧いた奇跡に、甘言ではないかと疑う声音で。

 

「秘匿司令部なんて、見つからないかもしれないし。〈レギオン〉が命令を聞かないかもしれないし。もしかしたら全部ゼレーネって人の罠で、シンが……その、騙されているのかもしれない。だから…そんな風に上手くいかないんじゃ無いかって……」

 

ライデンはその言葉に眉を顰める。懸念はまあ、言う通りだ。とは言ってもお偉いさんは考えていない訳じゃなくて。クレナの言い方はまるで……

 

「クレナ。……なんか終わらないでほしいって言って居るみたいだぞ」

 

カイエが仕方ないと言った様子で苦笑する。

 

「……そんな事ないもん」

 

目を合わせないままクレナは応じ、どこか迷子の子供のように頼りなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

リュストカマー基地で演習が行われて居る頃。基地のさらに後方のザンクト・イェデルに程近い訓練センターから一ヶ月ぶりにレーナは基地のゲートを潜る。

この一ヶ月、第一機甲グループが訓練を行なっていたのと同様。レーナも作戦指揮官として連邦の教育課程を受講していた。

レーナにとって半ば家に帰ってきたような感覚とはいえ、ここは機密度の高い特殊部隊の基地だ。IDを照合して、中に入ると荷物持ちのファイドにトランクを預ける。

それからついおどおどと周りを窺う。

今の時間は人がまばらで、その中にいる赤い瞳の彼がいないことにホッとする。

 

この一ヶ月……シンに告白されてから一ヶ月が経った。いまだに答えは変えせていない、何せこの一ヶ月は大忙しだった。帰路では顔を合わせられなくて、逃げ回って……連絡に不備があって帰った途端に指揮官教育課程受講のお知らせが明後日にあると届き、大慌てで出て行ったので、シンと話す余裕はなかった。

結果、一ヶ月も問題を棚に上げてしまっていた。

 

「おかえりレーナ」

「お疲れさん、女王陛下」

「ただいま、アネット。それからシデン。……あの、」

 

レーナは周りをキョロキョロと見回す。……二人だけでシンはいない。

迎えにこなかったと思うと、途端に不安になる。

 

「シンは、今、どうしてる……?」

 

するとアネットはそっぽを向く。

 

「しーらない」

「アネット……!?」

「あんなにみんなでお膳立てして、エリノラさんとかいろんな人巻き込んで…挙句シンからの告白に答えない上に帰りでもぐずぐず逃げまわっていたどっかのヘタレさんのことなんて、あたしもう知ーらない」

「それは悪かったけど…そんなこと言わないで……」

 

アネットの子供のように頬を膨らませ、困ったレーナはシデンに助けを求める。

 

「シデン…!」

「だぁからあの夜、今から死神ちゃんの部屋行って押し倒しちまえっで言ったんだよ。あ、むしろ基地帰ってきてからの方がいいか。シンだって個室だし」

「そっ、そんなこと……!!」

「それは流石にすっ飛ばしすぎでしょ、この基地の壁薄いし」

「八六区の壁なんざここより薄いぜ。今更誰も気に()()()()()

「ああ…そう言う……」

 

そう言い、アネットはゲンナリしていた。そしてその時ふと気づいた。

 

「ねえ、まさかとは思うけど……」

「ん?」

「……何でもないわ」

 

うっかり聞くと、目の前にいる陛下の気持ちがどん底になりそうだ……

 

「い、言った方がいいでしょうか……?」

 

思い詰めた顔でレーナは言う。

 

「…そんな蛮勇があるなら、普通に答えてやりなさいよ……」

「答えるなら急いだ方がいいぜ、死神ちゃん。これから色々と忙しくなるしな。……と言うか、一緒に行ったらどうだ?答えるくらいなら出来んだろう」

「そっ、それはその………………………心の準備がまだ……」

 

アネットとシデンの二人は思い切りため息をついた。控えるファイドが慰めか励ましか、分からない電子音を鳴らした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

嘗て、優生思想が横行し、エイティシックスの強制収容が決定され、迫害をよしとした共和国の中にも、当然反対する者がいた。

 

自宅に匿い、八六区に戻り。手の届くエイティシックスだけでも守ろうとした人達が。

その大半は密告と戦火に失われ、エイティシックス達はほとんどが八六区に散り、共和国市民も大攻勢で壊滅的な被害を被って、再開なんてそうそう叶うはずもなかったが。中には……

 

「ライデン…!!ああ、あんたよく無事で……!」

「よ、ばあちゃん。そっちこそくたばって無くて安心したぜ」

 

最後に会った時よりも、また一段と頭が低くなって随分歳を食った老婦人にライデンは苦笑する。

強制収用が始まっても学友や自分を匿ってくれた教師の老婦人だ。共和国支援で探してくれるように依頼をしたのだが、共和国が壊滅的になり、混乱した中での人探しだ。見つかるまで一年もかかってしまった。野暮なことは考えない方がいい。何せ、ここから少し離れたところでは…

 

「シン…!おお、良くぞ生きていたな…!!」

「神父様っ…折れます、肋とか背骨とかが折れますっ……!!」

 

小山のような筋肉で僧服がはち切れそうだ。

てっきり匿っていたのは神父だと言うから、もっとこう…凄痩な老人かと思っていたが……斥候型くらいは度付きで倒しそうだ。シャベルとかで……

まぁ、邪魔しない方がよさそうだ…俺も、ベアバックかまされたく無いし。

 

キッパリ自己保身な結論を下し、ライデンはそっと目を逸らした。

 

 

 

 

 

「いやー、シュガ中尉もノウゼン大尉も良かったっすねー」

「お二人にはこれから従軍司祭と、自主学習の補助教員として基地に駐在するから、いつでも会えるようになるわ。……本当、嬉しそうで何よりね」

「……いや、そなたらよもや本気で言って居るわけではなるまいな……!?」

 

しみじみと頷きつつベルノルトが言い、ハンカチで拭う真似をしながらグレーテが続けて、その傍で慄然とフレデリカが呻く。

ベルノルトとグレーテも感動の再会を見守るフリをする。だって関わりたく無いし。

 

「大尉、まともな訓練を受けてねえのに、エイティシックスの割には戦術だのの知識はあるし拳銃だの自動小銃だの完全分解整備できるし、何だって思ってたんですが。あの神父さんが育ての親ならなんか、納得っていうか」

「実際、あの神父様は元々は共和国軍の軍人だったそうだしね」

 

武力で守ることはできても救うことはできぬと気づいて神の道を志して、云々……

内心何じゃそりゃと思いながらベルノルトは頷いた。

 

「あー、なるほどそれで……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……そうか。レイは、葬ってやれたのだな」

「ええ」

 

シンは何だか、幼い頃に戻ったような気分になる。神父の他にはレーナしか知らない、生前の兄を知る人。

レーナは知らない……これからも言うつもりはない、兄の罪を知って居る人。

 

「根拠は何もありませんが……最後に、助けてくれたようにも思えます」

「それは……何よりだな。そうか……赦してやれたか」

「ーーええ」

 

それを口にすればすとんと腑に落ちる。そう、赦したかったのだ。

多分、己に罪などないと知っても……赦したかったのだろう。

 

「それなら良かった……大きくなったな。背が伸びたと言うそれ以上に」

 

見返した先、老神父はどこか、ほろ苦く笑う。

 

「ーーー送り出した時は、もう帰ってこないだろうと思った」

 

今でも鮮明に覚えて居る。決して忘れられない。

両親を失い、兄に殺されかけ、その兄を探しに行くと、小さな子供が決めた時。

その時は涙の流し方さえ、忘れてしまっていた。

 

「あの時、お前はレイにーーーもう戦死してしまったレイに囚われていた。死人がいるのは闇の中だ。追えばお前もその死の淵に、足を踏み入れてしまうだろうと思っていた」

「…………」

 

あの時はそうだっただろう。レイを討つ事だけを目的に……ただ一人を討ち、そのまま砕ける氷刀のように。

もしかしたら二ヶ月前の、夏の残雪の戦場まで、ずっと。

 

「だが今はもう、大丈夫そうだ。ーーー大きくなったな。本当に」

「……神父様に言われても、あまり実感がないのですが」

 

なにしろ神父がデカすぎて子供に戻ったような気分だ。

 

「私にとっては、お前が子供なのはいつまでも変わらんよ。……だから悩みや相談があれば聞くぞ。従軍司祭だからな」

 

悩み、相談……

ふと考え込んで出てきたのはレーナのあれこれだ。

 

「……神父様、それなら聞いてもらって良いですか?」

「もちろんだ」

 

まとめようと思考して。……またさらに考え込む。

 

「……やっぱり良いです」

 

今更な気もするが、まあ他人の頼る事でもないと思う。

 

「何だ恋かね?青少年」

「…何でわかるんですか」

 

神父は呵呵と笑った。

 

「お前くらいの年頃の相談など、相場が決まっている。……年頃の悩みを抱けるようになったか。本当にーーーそれは何よりだ」

 

 

 

 

 

 

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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