86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#64 違う、こうじゃない

重く暗い曇り空の下の、どんよりと黒い波立つ水面。ゴツゴツした暗色の色の荒磯。陰鬱な潮騒と、もの悲しげな海鳥の声。そして遠く、連なる小島のように累々と擱座する朽ちた軍艦。

 

「……海だけど」

「違うのじゃ!こう言うのじゃないのじゃ!!」

 

初めて見た海辺の光景にフレデリカが地団駄を踏んで叫んでいた。

 

ーー海が見たい。

 

そう言ってフレデリカが思い浮かべていたのは、陽光の眩しい空の下、透き通る真っ青な海とか。珊瑚の死骸が砕けてできたと言う白い砂浜とか。光を弾いて散る波飛沫とか鮮やかな緑の椰子の木とか艶やかな花々とか、賑やかに鳴きかわすカモメの声とか。

ちなみに海が黒いのは曇りの天気だけでなく。海底の岩や砂が黒いせいで、晴れでもこの海は黒い。いつでも黒い。年中水温が低い為、泳げもしない。

 

「それに何か、妙に生臭いのじゃ!何の匂いじゃこれは……!」

「潮の匂い、とかじゃないか?知らないけど」

「……うう、せっかくの海だと言うのに、もはやどうしていいか分からぬ……!」

 

フレデリカは岩壁に派手に散る波を睨みながら涙目になっていた

 

「大体其方はこれでいいのか!意味を見せたいと、共に海を見たいとヴラディーナめに言った、その海はこう言うのではないのであろう!?」

「確かにこれは、見せたいのとは少し違うけど……これはこれでレーナ、嬉しそうだから」

 

そう言って少し離れたところにいるレーナを見た。相変わらず、まだ話はできていないが。

 

「そなたら……ほんに全く……」

 

遠く、銀の細い笛の音のような『歌』が、波音を超えて微かに届いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーさっきの『歌』は連中の最大種の、()()と同じ五〇メートル級の鳴き声だ。船団国群じゃあ珍しいものでもないが、来た初日に聞けるなんてお前ら運がいいぜ」

 

軍に接収された博物館のホールで、陽気に士官は言う。けれど集められた誰もが、頭上に吊り下げられた()()に目を奪われていた。

その巨大なーー陸上に存在するその生物よりも巨大な白骨に。

 

「彼女こそ我が征海艦隊の最大の戦果ーーと言いたいところだが、正確には自然死したのが流れ着いた奴だ」

 

この生き物の名を原生海獣(クジラ)と言う。

星暦以前より海洋をーー特に大陸とその沿岸の周りを茫漠と広がるその全域を支配してきた敵性海棲生物群。今なお海の覇権を握る海洋の支配者達だ。

それは現代の、鋼鉄の軍艦と搭載兵器群に対してさえ、人とそれを生み出した兵器。あらゆるプラットフォームが原生海獣の排除対象だ。沿岸以外の海域を、人類は今なお利用できない。交易、漁船の操業。軍艦の展開さえ、原生海獣が訪れない沿岸部に限定されて居る。

 

それは合州国でも同じであった。コロニー毎に艦隊を駐留させ、時折襲来する原生海獣を相手に攻撃を仕掛け、水上都市群を維持させていた。

しかし、それを良しとしない集団がただ一国。

 

「そんでもって俺は今回、お前らと共同するレグキード征海船団国群合同海軍、征海艦隊『オーシャン・フリート』、旗艦『ステラマリス』艦長のイシュマエル・アハヴだ。イシュマル艦長でもイシュマエル大佐でも、イシュマエル兄貴でも呼んでくれ。あ、アバヴ艦長はダメな。そいつは死んだ親父の……うちの艦隊司令だったおっさんの事だからよ」

 

原生海獣の駆逐と海の征服を掲げる戦闘艦の集団ーー征海船団を祖とする小国家群。かつて大陸沿岸全域に存在した征海氏族の、その最後の十一氏族を母体とする十一の船団国から成り、大陸で遠洋への展開が可能な艦隊と原生海獣と渡り合うための専用の軍艦ーー征海艦を有する世界有数の海軍国だ。

シンを含めた起動打撃群の面々は作戦の概要を聞くために原生海獣の骨のある博物館のホールに集まっていた。するとイシュマエルの後ろにいた彼より幾らか年下の女性が口を開いた。彼女もまた船団国群の藍碧に深紅の裏地の海軍軍服を着ていた

 

「兄上、そろそろ無駄話は切り上げて作戦概要の説明に入らないと、機動打撃群の皆様が引いておられます」

「おっ、悪い悪い。まずはうちの可愛いニコルちゃんの紹介をと思っていてな……あ、このクールな美人は俺の妹で副長のエステル大佐だ。ぜひエステルちゃんって呼んで……とと」

 

エステル大佐に無言で睨まれるとイシュマエルは首を縮めると後ろでは牡丹の花の刺青をした青年士官がホワイトボードを設置し、無言で去ってゆくとイシュマエルは端的に作戦概要を説明した

 

「さて、じゃあ作戦概要だがーー俺たち征海艦隊が摩天貝楼拠点まで送るから、お前は要塞制圧して電磁加速砲型をぶっ倒してくれ。以上!」

「「……」」

 

あまりに端的な説明にエイティシックス達は大丈夫かこの人はと言うような視線を向けていた。するとレーナが補足をした。

 

「摩天貝楼拠点は原生海獣の領域とのーー碧洋との境界線付近にあり、連邦にも連合王国にも現在、この海域に向かえる船はありません。合州国からも臨時編成された艦隊が送られてくるそうですが、モビルスーツを搭載するので移送は不可能とされました」

 

正確に言うと、臨時編成された艦隊が先に出航。その後に征海艦を中心とした連合艦隊が出撃。排水量一万トンの遠征艦と六千トンの破獣艦、対獣索敵に斥候艦と補給艦を組み、原生海獣の支配する碧洋に乗り出すのが征海艦隊だ。『レギオン戦争』以前は各船団国に一つずつ、計十一の征海艦隊がこの北の海に存在していた

〈レギオン〉戦争からこの十年で征海艦隊所属艦も本土防衛に駆り出されーー多くが撃沈され残存艦は残りわずかとなってしまったそうだが……

ホワイトボードにマグネットを付けてエステル大佐が続けた。大半が海の青色の作戦図。

 

「機動打撃群の輸送と往復路の護衛を船団国群海軍が担当します。間も無く到着する臨時編成艦隊は途中まで合同で進み、先行して目標に向かいます。電磁加速法砲は現時点で四〇〇キロの射程を持つとされ、それに対し征海艦隊の侵攻速度は最大で三〇節」

「陸者の単位だとえっと……時速五六キロだな」

「え、遅っ」

「誰だ今遅いっつった奴ぶっ飛ばすぞ。征海艦が何万トンと思ってんだ十トンそこそこの蚊トンボみてえなフェルドレスなんぞと違ぇんだぞてめぇ」

「兄上、お気持ちはわかりますが。話が進まないのでお控えください」

「オリヤ少尉、失礼ですよ」

「悪い」

「ごめんなさい」

 

エステルのレーナにたしなめられ、イシュマエルとリトは黙り、何の話だったかとエステルは少し考える。

 

「……そう、三〇節。つまり電磁加速砲型の砲撃域を突破し、摩天貝楼拠点に到達する為には直線距離だけでも七時間を要します。その間、電磁加速砲型の注意を引きつける為に、我らとは別に連合艦隊通常艦隊が二個。合州国艦隊と合流して先んじて砲撃範囲に侵入。摩天貝楼の接近拠点への接近を試みます」

 

作戦図に透明なカバーが一枚かけられるとエステルが何かを直接書き込んでいた。一つはおそらく母校から最短経路で摩天貝楼拠点に接近する航路、もう一つは一度北に向かい、そこで進路を変えて摩天貝楼拠点に伸びる航路を。それぞれ書いていた。

 

「本艦隊は陽動の出撃前に隠密裏に出港、砲撃域外縁に位置する北方、風切羽諸島にて待機し、陽動艦隊が交戦を開始した後、嵐に紛れる形で砲撃域を突破します。つまり本作戦は嵐の発生を待って実施される形となる」

「ちなみに、〈レギオン〉に海戦仕様はいねえからな。電磁加速砲型以外との戦闘は心配しなくていい……少なくとも、この十年、船団国群で海戦型が確認されたことはない」

 

イシュマエルの補足にエステルは頷く。

 

「遺憾ながら我が国は小国です。大陸北部では我が国に有用でない海戦型よりも連合王国に対してリソースを割いているでしょう」

「実際海戦型なんぞ作らなくても、こうやって干上がっているわけだしな」

「……」

 

機動打撃群は大変、反応しずらい冗談でまとめた。

 

「ですが……海上にはいくつかのレギオンの小部隊が存在します。動きから哨戒中のレギオンと思われますが、それは?」

「あ?ああ……そうか。お前さんが噂の……そいつは海戦型じゃなくて前進観測機の母艦だ。電磁加速砲型で軍艦狙うなら観測機は必須だからな。警戒管制型は海の上にはいられねぇし」

 

確かに理由は不明だが、海上に警戒管制型はいない。

大攻勢時のように陸地の上で撃てばどこかに着弾する訳でもなく、大海原の上を進む小さな軍艦にピンポイントで当てるにはレーダーが使えない以上。観測機は必須だった。

 

「まあ、その観測部隊も陽動艦隊が排除するから問題ねえ。つーか征海艦は絶対沈めないから」

 

海戦を知らぬ少年兵に細かく話しても無駄だからか、あくまでも海戦は自分達の領域であると言う自負からか。要塞までの移動については妙のあっさりと流して、イシュマエルは最前の陽気さでにっと笑った。

 

「あんたらエイティシックスが来てくれて、船団国群はホント助かった。だから……ステラマリスの名にかけて。お前達は生還させる」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、海岸線の岸壁でリノは海を見ていた。横にはクラウが立っており、荒れた海の波飛沫を眺める。

すると、徐にリノは転がってたコンクリートのカケラを拾うと、そのまま海に思い切り投げつける。そして叫ぶ。

 

「上の馬鹿野郎が〜〜!!」

 

そう言って叫んだらスッキリしたのか、リノはそのまま陸地に戻り始める。すると、副長を務めるクラウも同じようにやや憤慨した顔をしながら言う。

 

「仕方ないわよ…上も、そんな他所の国に……それも沈む覚悟で派遣する艦艇に新鋭艦なんて割り当てられるわけがないけど……」

 

そう言いながら海岸に戻った二人は今回派遣されることになった臨時編成艦隊の概要を思い返していた。

すると、リノはやや引き攣った顔をした。それもそのはずだ。

 

「だからって…解体寸前で野外放置だった艦を……それも側を塗り直しただけの艦艇だぞ?中見られたらどうするんだよ……」

「まぁ、そんな事ないでしょう。元々囮用だってのは…向こうも知って居るはずだし……」

 

 

 

 

 

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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