派遣部隊に割り当てられた場所は、元々は大学の学生寮だった場所だ。
消灯時間を控えてセオは一人歩く。事務室らしい一室から、薄い冊子の束を抱えて出てくるリトが目に入る。
「……どうしたの?」
「あ、リッカ少尉」
少し背が伸びたかと感じた。
「えっとですね。もしかして残ってるかなって思って聞いたら、やっぱり残ってたんでもらってきたんですけど。今はともかく、戦争が終わったら国外からも募集はする予定だって」
「……リト、突然聞いた僕も悪いけど、思ったことを口に出すんじゃなくて、考えてから話すようにした方がいいよ」
「あっハイ。なんか最近よく言われます。えっと……ここの大学と、付属の海洋高校の資料です。基地の自習室に持って帰ろうと思って。来てない奴も見たいかなって」
ぱっと目を輝かせてリトは言う。
「て言うかあれ!原生海獣!すげーですよね本物の怪獣ですよ!」
そういえばハルトを含めた何人かのプロセッサーはお偉いさんがくれるアニメやら映画……特に怪獣映画は好きだったかと思うとセオは微笑ましくなる。特にモビルスーツを見てロボットだロボットだと叫ぶ仲間や、盟約同盟の軍人を思い出した。
というか、年配の自分たちですらそう言うものには結構楽しんでいたりする。
「つまり、原生海獣に関わる何かがしたいってこと?戦争が終わったら」
「それもいいかなーって、楽しそうだし」
「いつの間にか、色々考えるようになったよねリトも」
なお盟約同盟では化石を掘りたいと言ったり、其の前は空飛ぶバイクを作るとか言ってた
「あっハイ。だって俺」
言いさして、リトは少し考えた。
「リッカ少尉、リュミドラってわかります?<シリン>の背が高くて紅い髪の」
「……まあ、」
ーーさあ、どうぞ皆さま。
エイティシックスの末路と言わんばかりに見せつけてきた。あいつらと違うのはわかっているが……
「……其のリュミドラが、どうかしたの?」
「竜牙大山拠点の攻略作戦で、俺も其のリュミドラと同じ隊で。其の時まで俺、<シリン>のこと怖かったんですけどリュミドラが話しかけてきて」
そうえいば、リトは途中から<シリン>に怯えていなかったな。
「幸せに、って。言われたんです。望むように生きてって。ーーそれで俺、あいつらは……<シリン>はあいつらなりに、俺たちのこと心配してくれてただけなんだってわかって」
思慮深く無垢な獣のような瑪瑙の瞳。
「心配してもらえる。八六区ではエイティシックスはずっと、死ねって言われたけどここでは違う。連邦軍も、勉強とか面倒臭いですけれど、それもやっぱり望むように生きていいって、言われてることですよね。好きなところに、行きたいところに行けるようになって」
行きたい場所で。見たいものを。したい事を。戦争が終わったら。あるいは戦争が終わらなくても軍を離れて。それを。
「望んでもいい。ーー八六区は誇りしかなかった。他に何か、手に入れたいと思っちゃいけなかった。でも今は違うから……それが分かったから、だから俺、色々望みたいです」
八六区は望めなかったものを、奪われた沢山のものを。
其の言葉を、どこか呆然と聞く。
背が伸びたと思った。それだけじゃない、こんな事をいつの間にか考えて。口に出せるくらいになって。
リトもまた、八六区を出ようとして。
其のことにセオは呆然となる。
シンは、未来を望めるようになってそれが自分も嬉しくて。ライデンやアンジュ達も。続こうとしているのは気がついて。それでも良かったと思って。でも。
彼らだけじゃない、リトも含め大勢が。
戦場の外へと。
屈託なくリトは笑う。セオの衝撃に気づくことなく。
「何で今は色々、とりあえず見てみたいなって思ってて。……せっかく作戦であちこちに行けるし、楽しそうなの全部。集めて持って帰ろうって」
《……<羊飼い>の制御系から、秘匿司令部の情報の読み出しを試みる、と言うこと?》
其のコンテナが隠されたカーゴスペース。余人には隠している停止手段の話も、二人しかいなければできるから時間と見計らって訪れたシンにゼレーネは応じる。
《つまり、帝室派のそれも高官が、<羊飼い>になった可能性に賭けるのね。……所在を割り出すなら他のやり方もあるでしょうに、なかなか血の冷えた事を考えるのね、連邦も》
「可能なのか?」
《帝室派高官の<羊飼い>は、確かにいるわ》
正直、このやり方で戦争を終えるのはあまり気乗りがしない。
《名前を配備先は《警告。禁則事項抵触》ーー駄目ね。これは音声にもできない》
ぜレーネの続けようとした言葉は無機質な同じ音声に避けられ。其のことに僅かにホッとしてしまった。
フレデリカを犠牲にしたくない。
戦い抜くと言うなら、奇跡頼りではなく戦争の終わりまで自分達の力で。
それに加えて、……敵とはいえ、戦死者の亡霊のそれも残骸に過ぎないとはいえ<羊飼い>を、単なる機械の部品のように扱いたくはないから。
《ともかく、連邦が求める情報は、確かに<レギオン>の中にある。制御系から情報を読み出しても、……
記憶をーー脳内に蓄積された情報を読み出し、別の器に差し替えるのは、理論上も技術的にも不可能ではないと。
……可能ならば、いずれ。
確認しないといけないと、思っていたことが二つある。
《ただ、帝室派の<羊飼い>に拘らなくても探し方は他に、いくつか考えられるわ。例えば件の命令は通信衛星を経由で各本拠と総指揮官機に送信されるのだけど、衛星が破壊された場合には直近の警戒管制型がカバーに入るから……》
「ゼレーネ、其の前に……聞きたいことが、あるんだけど」
《?何かしら》
最初に、ゼレーネと会話していて生じた疑問。<羊飼い>と対話が可能だと認めるのが恐ろしかった理由。
彼の罪かもしれないものの、其のありか。
「俺の声が、あなたには聞こえている。あなたならそれを理解できる。それはーー他の<羊飼い>でも同じなのか」
ゼレーネは首を傾げ、ようとしたができなかった。
「そうじゃなくて……」
それでも、聞かないと。
「それなら、俺の声が聞こえるなら。今のあなたのように意思疎通の手段があって、時間をかければ、俺は他の<羊飼い>と話ができるのか?」
戦い、殺し合った。ーー葬るにはそうするしかないと思っていた。
だけど、本当は。あんな事をしなくても、穏便に言葉を交わし合って、わかりあうことができたのだろうか。
「俺は、兄さんと……話ができたのか?」
ゼレーネは暫し沈黙する。
《……そう、お兄様だったの。<レギオン>にされたご家族は》
「……ああ」
《そう……》
沈思するようなまが開く。ややあって、ゼレーネは静かに言った。
《答える前に、わたくしからも聞きたいのだけれど……わたくしは人間かしら?》
「それは……」
今度はシンが沈黙をした。前にもレルヒェに問われた言葉だ。人か否かと問われればレルヒェもゼレーネももはや人間ではない。
けれど、目の前の相手に面と向かってそう言い放てるかといえば……シンにはそれが、どうしてもできない。
《優しい子ね》
ゼレーネも察して笑ったらしい。
「……」
《あなたはいい子よ、できるなら仲良くしたい。そう思うわ。でもーーそれはできないの。お兄様もわたくしももうできないの。わたくし達は……
<レギオン>だから。
わたくしと会話ができるのは、拘束されているからよ。全てのセンサを封じられ、あなたが、前にいるとセンサの上では認識できない。そうでなければ人を前に、会話が可能なほど理性を保てない。ーー<羊飼い>になるのは、そう言うことよ。人格らしきものがあるだけで、破壊衝動にこそ支配された化け物になるの》
盟約同盟でゼレーネは、八六区の戦闘で兄は。破壊される前は優しく触れた。ーー兄の手でさえも破壊される寸前は。
《それはわたくしも変わらない。あなたはいい子で、仲良くしたいと思って、そしてーー
其の時ゼレーネは僅かに殺戮機械特有の殺意を帯びた。
《お兄様もそれは同じ。<羊飼い>であるお兄様は、人間であるあなたを殺す以外できない。殺戮機械の本能が目の前の人間を殺そうとして、お兄様はそれに抗えない。斥候型ならまだしも、重戦車型では拘束もできない。だから、……あなたが何か、間違えたわけじゃないの》
ゼレーネはコンテナの中、目の前にはいないけれど、知らない誰かの優しい瞳と、目が合った気がした。
《そうかもしれないと、思ったのでしょう?だから、わたくしに聞いた。ええ、答えるわ。それは違う。お兄様とあなたは戦うしかなかった。お兄様を救う道も共に生きる道も、可能性さえ存在しなかった。それは<羊飼い>になってしまった時に決定してしまって……あなたの失敗や怠慢で失われたわけじゃないの……》
あなたのせいではない、とーー……
《其の時も、これからも。<レギオン>を相手にあなたができることはーー倒して、そして眠らせることだけなのよ》
ゼレーネに<レギオン>の本質の話を聞いたシンは、次に聞きたいことを問う。ただこれは、開けてはならないパンドラの箱のような気もしていた。
「ゼレーネ、もう一ついいか?」
《ええ、何かしら?》
思わず息を呑む。しかし、上の動きには警戒した方がいいし、何より。自分達に望んでいいと初めて感じさせてくれた相手が傷つくのはみたくなかった。
「単刀直入に言うが…リノは……リノ・フリッツは…
貴方の子供なのか?」
そう問うと、ゼレーネは明らかに動揺を見せつつも、それを堪えようとした雰囲気になる。これはヴィーカにも。ましてや誰にも伝えられない話だ。
《リノ・フリッツ……ああ、合州国の軍人の……それがどうしたの?いきなり……》
シンはそこで口をゆっくりと開く。周りに誰もいない今、聞くチャンスはここしかないと思った。
「……時々俺は、誰かに見られていると思ったことがあった。声はしなかったが、そう思った時は多々あった。
そしてそう思った時、必ずそばにいたのがリノだった……まずは、其処で疑問に思った。明らかに異質な何かが、リノを通してこちらを見ていると」
《……》
ゼレーネは黙って聞いていた。そこから感じる感情はわからなかった。だが、シンは止めなかった。
「そして、決定打なったのは。……リノは前に血液検査を、連邦で行った」
《っ!?》
途端、ゼレーネは焦りの色を隠しきれなかった。そこで、シンは改めてゼレーネに忠告するように言う。
「……そして、其の時採取した遺伝子情報から残された貴方の遺伝子情報と合致していた。
……連邦はとっくに気付いていますよ。彼が、貴方の息子で可能性があると……そして、もしあのまま情報を吐かなかったら、リノを人質に脅す計画もあったそうです」
シンはグレーテの部屋にあった盗み見した情報をゼレーネに言うと、彼女は肝がすっかり冷えた様子でシンに言う。
《……それで、あの子には伝えたの?》
それはやや震えた様子で。怯えているようにも、申し訳なく思っているようであった。
今の所、連邦は彼の監視だけで終わっているようだが。あのまま話さなければ、本当に人質にするつもりだったらしい。だから、シンにとってもなんとしてもゼレーネと話したいと思っていた。
「彼本人は全く知りませんし、俺はこれからも自分から伝えようとは思っていません」
《そう……》
しかし、これだけは伝えておかなければならない。これは彼の願いだから。
「ただ、彼は『母に一度だけで言いから会ってみたい』とは言っていた」
《……》
「では、また」
ゼレーネは沈黙する。シンはそんなゼレーネを見ていると、ゼレーネは去り際のシンに小さく言う。
《……ありがとう、教えてくれて》
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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