一旦は海辺にいたが街に戻ったセオだったが身の置き所がなかった。小さな街なのに人はやたらと多く、その奥が自分やあの兄妹などと同じ翠緑種の血筋だ。元々大陸南部の沿岸地域にいた一部の翠緑種が原生海獣を追って移り住んだのが船団国群だった。だが、ここに血族や知己はいない。当然、この祭りも知らなかった。
人の世界の外側ーー八六区と同じ、人でないものが支配する場所に。
己と仲間だけを頼りに、戦場に生きる。
それはつまり、己以外に拠り所がないと言う事だ。
そのことは八六区を出た時に何度か自覚していたーーだが、なぜか痛かった。
戦争を終わらせる手段があると知り、それが現実のものとなると意識させられたせいでもあると思う。
だが、それ以上に最初にハルトとレッカが。続いてシンやライデンやリト、アンジュ。それにダイヤやカイエも……自分の知る大勢の皆んなが未来を目指して進み始めていた。
怖い
何が自分にとっては希望なのか、それとも未来なのか。それすら分からないのに得られるとも思えず、どうして良いか分からなかった。自分を追いかけて来る影から逃げる様にフラフラと歩き回っているといつの間にか基地に戻って征海艦のドックに入り込んでいた。
征海艦のドックに入ると〈ジャガーノート〉とは比べ物にならないほどの大きさの格納庫にキャットウォークと同じ高さにある艦橋に改めてその大きさを知った。海中に潜み、襲いくる無数の敵のーーそれこそ〈レギオン〉のような無数のーー原生海獣を探知するための対海獣哨戒機と、その露払いを担う艦載戦闘機を遠い碧洋へと運ぶ海上機動基地のその勇姿。
海中に潜む原生海獣の群れを探知し、また迎撃するには艦船自身のそれに加え、哨戒機の音響探知装置が欠かせない。そして、哨戒機の運用の為には碧洋の空を塞ぐ原生海獣の最大種、砲光種を戦闘機で吊り出し、排除する必要がある。
原生海獣との闘争の、先陣にして要であるのが、征海艦だ。
港には見たことの無い軍艦が所狭しと並んでおり、識別マークからそれが合州国から派遣されてきた艦隊なのだと理解できた。船団国群のように原生海獣を倒すのか、など考えていると艦橋に掲げられた女性の像を見ていた人が振り返った。
金髪の髪と翠緑の双眸。藍碧の軍服に焔の鳥の刺青。イシュマエルであった。
「……あれ?坊主、機動打撃群の」
間が空いた。
「…………………………えっと」
「僕の名前ならリッカだけど」
「おう、わるい。俺ら相手を刺青で見分けってから、顔だけだといまいち区別つかなくってな」
そう言われ、セオは刺青を怪訝に見ていた。民族ごとに違う刺青。どうやら民族の特徴らしいが、セオの目には大体同じに見えた。それを見ているとイシュマルはさらに声をかけた。
「他の連中と一緒に海に行かねえの?共和国も連邦も今、海がねえって聞いているけど」
「行ったよ。でも……飽きちゃったから」
「街で祭りをやってるけど、そっちは?」
「……別に」
なぜかイシュマエルは苦笑した。
「お前さん、翠緑種だよな。どこの出なんだ?共和国に移民する前のご先祖は」
「……?厳密には色々、混ざっているらしいけど」
「あー誤差誤差。そんな事言ったら誰でもそうだろう。そう言う純血なんかはお貴族様だけで充分だ」
例えばミリーゼやヴィーカなどがそれに当てはまる。
「南の、エレクトラってとこ……二百年くらい前だと思う」
「じゃあ、俺らと似た感じか……ざっと千年前だけど、おかえり坊主」
「……」
まるきり、冗談の口調だった。
思わず無言で反発をしてしてしまった。
この人は同じ色をして居るだけの、何の関わりもない他人だ。この国は同じ祖なだけで、祖先の故郷ですら無い土地だ。
何より、自分にとっての同胞は同じ戦場で戦い抜いてきたエイティシックスの仲間たちだ。
するとイシュマエルは飄々と肩をすくめていた。
誰かに似ている、そんな気がした。
「そう言うとこだぜ。どうにも、揶揄いたくなっちまうのはさ……毛ぇ逆立った猫みたいだぜ。お前さんに限らず、エイティシックスって奴はさ。仲間だけで固まって、壁作って片っ端から周りの人間弾いて……まあ、そうでない奴もいるがな」
そう言って笑うとイシュマエルは突如手を振った。視線の先にはリノの姿があった。
初めて出会った外国人のリノとエリノラ。今回、エリノラは上からの命令で本国に移動する事になり、この船団国群の任務より合州国の部隊から居なくなっていた。あの時は亡命を提案されていたが、何の望みもなく。誇り高く死ぬ事を目的に生きていたから当然のように断った。
だけど、ハルトは大怪我をし。レッカも共に合州国に亡命するとなった時、二人には自分達から合州国の記憶を持ってきて欲しいと言った。良い土産話を期待していると……
しかし結果として、自分達は生き残った。そして、一年ぶりに二人と再開した時。自分はハルト達の変わりように驚いた。
『お前らにも聞かせてやりてえ話が山ほどあるんだ!!』
その目は希望が宿っており、二人はやりたいと思った事。自分の人生をより華やかにする方法を、合州国で見つけたようだった。特に最近は戦争が終わるかもしれないと言う事で、ハルトとレッカは託された望みを叶えると同時に国中を回ると言う夢を語っていた。
『俺は合州国で学んだ。世の中は知らない事ばかりなんだって……ある意味で思い知らされたような形だったけど……でも、それが面白いんだって…俺は思った』
ハルトは…自分達の仲間は今いる場所よりもずっと遠い場所にいた。そして、その場所にシン達も追いつきつつある。
それが少し…羨ましかったのかもしれない……
「お前、焦ってんだろ?」
「え?」
横にやってきたリノから言われ、一瞬ギョッとなる。イシュマエルは用があると言って居なくなっており、リノとセオは大勢の人員が走り回る港湾施設の端っこで話す。すると、リノは軽く微笑むとセオの頭をポンポンとまるで子供のように叩く。
「やめてよ……」
思わず睨み返してしまうと、リノはやや申し訳無さそうに手を引っ込める。
「ああ、すまん。お前を見ていると孤児院に居たある子を思い出してな」
「孤児院?」
「あっ、言ってなかったか?俺達は元々孤児院育ちなんだよ」
「……初めて聞いた」
すると、リノは懐かしむように口を開く。
「十年以上前の話だ。戦争が始まって……孤児院に多くの孤児がやって来た。そんな中、孤児の中に焔紅種の奴がいたんだ」
焔紅種、それは帝国ではよく見かける人種だが……
「その時は敵だった帝国の象徴みたいなもんだったからな。施設にやって来た途端に虐めの対象になった……同い年だったが、それは酷いもんだった。石を投げられる事もあったか……」
そう言うとリノは煙草の箱を手に持つと、一本進めて来る。
「居るか?」
「……要らない」
リノはつまらなさそうな顔をする。
「釣れねえなぁ……少し試そうとは思わんのか?」
「…体に悪い」
「……そうかい…」
至極真っ当な理由を言われ、リノは大人しく煙草を片付ける。
「それで、俺も謎の正義が働いて、その孤児の虐めた相手を殴り飛ばした。そんで、その後に声をかけた時になんて言われたと思う?」
「さあ?」
「『なんで私を助けた』ってな。拒否られたもんよ…」
「……」
対して興味のない話を聞かされたもんだ。なんで自分が……
「まぁまぁ、どうせ暇だろ?黙って俺の話を聞けよ」
心を読んでいるかのようにリノに言われてセオは話半分にリノの話を聞く。
「それでも、虐めは終わらなかったから心配で何度か会って居るうちに次第にその子は心の内を打ち解けるようになってよ。今考えたら素直になったもんよ……」
「そうなんだ……」
「ま、それで孤児院で歩かれる年齢が近づいてきて進学が就職かって言われた時に俺は軍に行くのを決めた。そんで持ってその子も俺と同じ軍の道を歩くことにした。まぁ、俺としては軍以外の道を進んで欲しかったんだが……」
そう言うと、リノはどこから持って来たかわからないチョコバーを手に取るとそのまま齧り出す。
「それで、その子と友人引き連れて士官学校に入って……それで訓練を終えた後に俺は前線。その子は後方に就職が決まり、俺が初任務に行く前にその子と約束をしたのさ。婚約の話をな……」
「……ん?」
婚約……あれ?リノの婚約相手といえば……
「ねえ、もしかしてリノの言って居るその子って……」
すると、リノは立ち上がってセオに余っていたのだろうチョコバーを投げ渡す。セオはそれを受け取ると、有り難くポケットに入れる。
「まぁ、そんな所だよ……」
そう言い去ろうとした時、リノはセオにやや厳しい視線を向けると言う。
「…あんまり甘えるなよ…八六区に……」
そう言い残すと、リノは港湾施設の喧騒の中に消えていった。
「話は終わったか?」
「あっ、えっと……?」
リノが去り、セオは貰ったお菓子をどうしようかと思っていた矢先、イシュマエルが現れた。
用事があると言って離れていたはずだが……
「あの合州国の兄ちゃん。えっと名前は……」
「リノ」
「おーそうそう、リノ・フリッツ。合州国の〈戦果呼び〉」
「……〈戦果呼び〉?」
聞きなれない異名に首を傾げると、イシュマエルは話す。
「さっき着いた合州国の連中が言ってた話だ。彼奴の行く先々でデカいレギオンの部隊が現れるからそう言われてんだとよ。レギオンの裏切り者じゃねぇかって噂して居る奴もいたしな」
「……」
セオは話していて気分が一気に悪くなった。リノが裏切り?何を言って居るんだ。
脳内に疑問が生まれる中、イシュマエルは別の話題を振った。
「まぁ、そんな訳ねえと俺は思って居る訳だが……」
するとセオはそこでふと、どうせならと話のタネも含めてイシュマエルに聞く。
「……そう言えば。外の祭り、あれは何なの?」
「ん?ああ、船姫の祭り。征海船団の、船の神様の祭りな。この街だと魚雷艇の……」
イシュマエルも嫌な話だったのかすんなりと乗ってきて、技術面で消滅した軍艦のカテゴリを口にしてーー首を傾げた。
「…………何だったかな?」
「ええ……」
「いやだって、……俺この街の出じゃないし」
見上げた先、イシュマエルはセオを見ない。
「聞いてねぇ?……聞いて居る訳ねえか。戦争が始まってすぐ、構成国を一国丸ごと放棄して防衛陣地にする為に俺たちは最初に国を捨てた。そのうちの一つが俺の祖国。クレオ船団国」
「……あ、」
話半分に聞いていたが。祖国を奪われた人の言葉でようやく、
それは丸切り、〈レギオン〉の侵攻時に国土の大半を放棄し、八六区という戦死者ゼロの戦場を作り出した共和国に……
するとイシュマルはパタパタと手を振った。
「…… そんな顔しなくても、お前らほどやばい事はされてねえよ。銃で脅されたわけでも、何も取り上げられちゃいねえ。持てるもんは持ってこれたし、逃げた先でも特に差別はなかった。まぁ、住むところは仮設だったが、苦しいのは同じだ……うちの艦隊司令なんか征海艦と艦隊一個、丸々持って逃げたわけだしな」
冗談まじりに言って笑う。その艦隊司令といった人も、そうだ、といっていた。そいつは
死んだ。……おそらくは戦死した。イシュマエルと同じ刺青をした人はこの基地にだっていない。艦隊司令以外もしかしたら…いや、もしかしなくても彼以外はもう。
全員。
……持って居る訳じゃなかった。
それどころか自分達と同じだった。
故郷も、家族も、伝統や文化も、何もかも奪われてしまった自分達と。
だから。
もしかしなくても自分と境遇が同じエイティシックスを……心配してくれて。
「ごめん。……それと、その」
リトの言葉が蘇った。心配してもらえる。八六区以外では、自分達も。
その通りだった。
それもエイティシックスと似た境遇のーー誇り高い人に出会って。
「……ありがとう」
それは闇の中、まだ遠いけれどもポツリと灯った灯りを、目にしたような気分だった。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
-
やってほしい
-
やらなくていい