86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#71 移動中の一幕

『アルシェ第八艦隊より、ミシア第九艦隊。デコイ艦隊の攻撃と爆発を確認。ーー交戦開始』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

陽動の艦隊とモビルスーツ隊が交戦に入り、彼らを隠れ蓑に、夜の闇を味方に進む征海艦隊の居住区画。作戦域の到着を数時間前に控え、着替えたレーナは船室の入り口から廊下を伺う。

 

着替え。そう、〈ツィカーダ〉を装着したわけだ。

 

着るのは三度目だが、いまだに慣れない。と言うか慣れたくない。上から着るために用意した一回り大きい軍服も。今日は忘れてしまった。

とはいえ、このくっきりと体のラインが出る衣装で、征海艦の乗員達の前にも立ちたくない。これから隊長格とのブリーフィングもあるわけだが、シンと鉢合わせてしまう。

今のうちにアンジュか、それともシャナあたりの勤務服を借りよう。

思ってレーナは誰もいない廊下を見回す。と言うか、似たようなノーマルスーツを着ているクラウさんはよく恥ずかしくないなとも思ってしまう。いくら上下に分かれていても、連邦の戦闘服よりは確実に体のラインが出ていた。

 

兎も角、レーナより高身長の彼女達の軍服であれば<ツィーカーダ>の上からでも着れるだろう。其の条件はシデンも当てはまるが、彼女に借りるのはやめておこう。

頭だけ突き出して廊下の端まで伺い、逆側に目を向けたらシンが立って居た。

こきんとレーナは硬直する。

凝然と、わずかに目を瞠ったままシンは立ち尽くしている。

<ツィカーダ>だけを纏ったレーナを見下ろして。

紫銀色の擬似神経繊維が外付けの擬似脳として肌を覆う。覆うだけで支えるものがないから、色々とくっきり揺れる上に出てしまうというそんな彼女を見下ろして。

そう言えば、前にライデンが愚痴を言って居たことがあった気がする。

 

シンは足音を立てずに歩く癖がある。……と

なんとものの凄まじい、長い長い沈黙。

 

「ーー連合王国でヴィーカから受領したという<ツィカーダ>について」

 

シンは言う。沸々と憤りが込み上げるのを押し込めた、険しい、凍てついた眼差しで。

 

「なぜか俺には情報が回ってこないから妙だとは思って居たのですが……通りで誰に聞いても答えないし、レーヴィチ基地ではレルヒェがやたらに誤って居たわけですね」

 

そりゃそうだ。自分だって説明したくない。こんな物……

 

「マルセルに至っては尋ねると俺はまだ死にたくないとか言って逃げていって……手心を加えずに、きっちり問い詰めておくべきでしたね」

「手心って……マルセルは特士校の同期なのでしょう?あんまり虐めては……」

「レーナ。話を逸らさないでください。今マルセルはどうでもいいです」

 

あっ、もしかしてすごく怒っている?

鼻先が合いそうなくらい詰め寄られ。少しのけ反りつつ、現実逃避気味にレーナは思う。このあからさまに機嫌が悪いのは初めてだ。だけど、ちょっと嬉しい。

 

「いえ、その、取り立てて隠していたつもりはないんですけど……有用は有用ですし。ちょっと…………………………………………あんまりにも恥ずかしいですけれど」

 

ふー……と長く、内圧を下げるような吐息が一つ。

音もなくシンは踵を返した。

 

「わかりました。ヴィーカを始末して海に放り込んできます」

「シン!?何言ってるんですか!」

「拳銃は格納庫に預けて居ますが。研いだシャベルがあれば十分です。若い頃はそれで敵兵を仕留めたこともあると、神父様が言って居ました」

「あの神父様、子供になんてこと教えているんですかっ!?じゃなくて!シャベルなんて征海艦にあるわけないでしょう!?」

 

流石にシャベルは加害範囲が狭すぎて自走地雷にも敵わない。

あとレーナのツッコミもずれていた。

 

「なら、そのまま海に蹴落とします。それでも十分でしょう。外洋は人を放り込んだら大体沈むから、うっかり出た死体の隠蔽にはもってこいだとイシュマエル艦長が」

「シン!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……ん、」

 

作戦開始前のブリーフィングに備え、会議室に使う艦橋一階のフライトデッキ・コントローラールームで、ゾワ、とヴィーカは身を震わせる。

 

「なんだ、嫌な予感がする」

「船酔いですかな?」

 

レルヒェが小首を傾げる。

 

「と言うよりも、誰かが俺の墓を掘ってる感じだ。悪い予感がする」

 

聞いてたクレナが口を挟む。

 

「連合王国で私たちに着せたエロスーツが?」

「<ツィカーダ>だが」

 

アンジュが続ける。

 

「殿下は冗談のつもりだったんでしょうけど着た側は全然笑えないセクハラスーツが」

「……まぁ、確かにその誹りも免れないが。それで言いから続けてくれ」

 

半眼でシデンまで加わる。

 

「素直なのはいいけど、だからって何の罪滅ぼしもならねえど変態スーツが」

 

容赦無くダメ押しを喰らい、若干凹んだヴィーカには構わずクレナは言う。

 

「とうとうシンにバレたんでしょ」

「ああ……」

 

小さな呻きとは裏腹、大して焦るでもなく大仰に被りを振る。

 

「それはまずいな。情報漏れはどこからだ?」

 

ちらりと見てマルセルが慌てて首を振る。

 

「いやあの、俺が言うわけないだろ!?うっかり口を滑らしたら俺がまずノウゼンにぶっ殺される。その上殿下にもぶっ殺されるんだぞ!」

「よく分かっているな、マルセル。実際、卿が口を滑らせたならノウゼンの手にかかった後、俺が直々に蘇生させてもらう。一度頭から皮を剥いだ後でな」

「!?」

「殿下、『シリン』を設計なされた以上。冗談に聞こえませぬゆえ、控えられた方が……」

 

顔面真っ青なマルセルを憐れむようにレルヒェがフォローする。

いつも通り面白おかしい主従関係を、機嫌の悪い猫のようにクレナは言う。

 

「で、今は王子殿下がステラマリスから蹴落とされるか。補修用で積んである斧で頭をかち割られる寸前見たいだけど……どうすんの殿下」

「何、問題はない。聖女のようなミリーゼが俺のような蛇ですら庇ってくれよう。ノウゼンもミリーゼに言われれば止まるだろうからな」

「……」

 

まあ、レーナなら有り得なくもない。と言うか、多分そうなる。

 

「王子殿下。次の作戦とかで誤射してもいい?」

 

こいつ一回死んどけばいいのにと、クレナは思った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

足早に去りかけるのを、片腕を掴んで思い力踏ん張ってレーナはシンの足止めに成功する。

なお、<ツィカーダ>を纏っただけのほぼそのままの素足の爪が軍艦の無骨な廊下では傷つくかもしれないと言う思いがシンにあったのが原因だ。

 

「……ならせめて着て居てください。除装するまで返さなくていいです」

 

やや乱雑に勤務服の上着を被せられ、それを肩に羽織り直しつつレーナはシンを見上げる。

まだ微妙に不機嫌な、それでいて気を削がれてしまったらしい、血赤の双眸と目があった。

 

「……」

 

そのまま変な沈黙が落ちる。

少し迷うような魔があって、結局シンが口火を切った。

 

「……初めて見る海が戦場になってしまったのは。残念でしたね」

 

其の言葉にレーナはビクッとなる。

 

海を見せたい。ーーあなたと共に、海を見たい。

 

一ヶ月前の、花火の下。預けられた其の願いからつながる言葉が、レーナが未だに応えられずにいる言葉。

 

「ええ……。その……」

 

要するに。

一ヶ月経つし、もうすぐ作戦だし。こうして話せるんだからいい加減返事が欲しいと言外に言われているのだ。

察してはいるものの、いざ意識すると言葉が出ない。

 

「で……でも、綺麗でしたから!私、初めて見ました!」

 

大変どうでもいい、愚にもつかない雑談を返してしまう。当然の如くシンはため息を吐く。

 

「えっと、その……そういえばシン、異能の制御、連邦軍から提案が来ていたの、受けたそうですね。シンのお母様の実家に、協力を仰ぐって。その、今はどんな感じなんですか?」

「…………しばらくは面談だけです。まずは信頼関係がないといけないから、と」

「そうなんですね……でも、早く制御できるようになるといいですね。きっと其の方がシンも楽になるでしょうから。ずっと心配だったんですよ?」

「…………」

「えっと。あの……ーーえ、」

 

ワタワタと言葉を探していたら、いきなりぐい、と強く抱きしめられた。

え、止めを見開いている間に、唇が重なる。

 

一ヶ月前とは逆に、シンの方から。

噛み付くようなキスで、ある種の飢えが入り混じった、知らない獰猛さの口づけだった。レーナは頭が真っ白になる。

どれくらいの時間が経っただろうか。耳まで真っ赤になってレーナは硬直する。まさかこんな不意打ちを喰らうなんて思って見なかったから、混乱してしまってどうしていいのかわからない。

 

「一ヶ月前は不意打ちされて、驚かされたのでお返しです」

 

見上げた先、シンは何だか子供のように拗ねた顔をしていた。

 

「レーナの答えは……答えるつもりになったら、教えてください」

 

そう言うと二人は船内の廊下を歩き出し。消えていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

レーナ達が居なくなった後の廊下、その一室の扉が開くと疲れた様子のハルトとレッカが顔を覗かせた。

 

「「ぷはぁぁぁ……」」

 

二人はほぼ同時に息を吸うと、そのまま酸素を体に取り込む。すると、ハルトが劇物を見た目で言う。

 

「ヤッベェもん見ちまったよおい……」

「あんな姿のシン、初めて見たわ……」

 

そう言い、二人はそれはそれは微笑ましくも恥ずかしい様子を見せていた。

レッカとハルトは船室で駄弁っており、これから会議室に行こうとしたところで<ツィカーダ>を着たレーナが遠くで現れたので、慌てて引き返し。そしたらシンまで来てまさかの目の前でキスシーンを見るハメになった。

 

息を殺してここにいるのがバレないようにして居たために、この有様だった。

 

「このことは、黙っておこう……」

「ええ、そうね」

 

ハルトの意見にレッカは賛成していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

外洋の高い波を切り裂き、二隻の斥候艦を先頭に、征海艦を中心とした輪形陣で進む征海艦隊<オーシャン・フリート>は、やがて嵐の勢力圏内へと侵入する。

厚く重い不吉な雲が空を覆い、叩きつけるような豪雨が視界を白くし、風はよく変わり、雨と共に装甲化された飛行甲板に打ち付けていた。うねる波が船体を上下に揺さぶり軋ませる。

 

摩天貝楼拠点まで残り距離、一八〇キロ。

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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