86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#72 最後の艦隊

征海艦の艦橋は、航海の指揮と艦隊全体の戦闘の指揮を執るために統合艦橋が二階層をぶち抜く形で置かれ、操船要員と指揮系統の要員が詰め、更に今回の作戦では機動打撃群の指揮官であるレーナと管制要員が予備のスペースを使っていた。

 

随分と人が増えたものだと、イシュマエルは感じる。

統合艦橋の窓は装甲板で防がれ。代わりに無数のホロスクリーンが外に映る嵐の様子を映し出していた。映る船外はいよいよ強烈に吹き荒れる。雨と風の荒れ狂う姿。強風圏から、暴風圏へ。風速実に三三メートル超、颶風と呼ばれる定義上最大風速が吹き荒れる破壊の渦の中へ。

 

圧搾空気の抜ける音で背後の扉が開き。レーナはシンから借りたワンサイズ大きめの鋼色の軍服を着て少しふわふわとした頼りない足取りで入ってきたが、ホロスクリーンを見て銀の瞳が緊張感を取り戻した。

 

「艦長。そろそろ最終ブリーフィングを」

「おー、了解……エステル。指揮をーー……」

「兄上」

 

遮って蔓模様の刺青の通信士官が言う。

 

「ーーミシア第九艦隊です」

「……早いな」

 

わずかに低い響き、冷えて硬い翠緑の瞳は。傍のレーナを振り向かない。

 

「……出してくれ」

「了解」

 

通信士官がパネルを操作。陽動のミシア艦隊からの通信が統合艦橋に響いた。連邦が供与したレイドデバイスではなく。無線で、

 

『こちら、ミシア第九艦隊!アルシェ第八艦隊、聞こえているか!』

 

その声は何処か緊張している様にも聞こえた。この通信は〈オーシャン・フリート〉に聞かせるための放送だ。アルシェ第八艦隊に聴かせるためではなかった。

 

『現在、レパント級フリゲート艦隊二隻が電磁加速砲型の攻撃を受けて轟沈した。残存艦艇は二隻。なお、北方にて爆炎をこちらで視認した!』

 

一瞬、緊張が走る。爆炎……それは、モビルスーツ隊の事なのだろうか。

 

『先行艦隊の全滅を確認次第、我々は最優先任務を開始する。敵の残弾数は残り五五……今、五四!可能な限りゼロに近づける!』

 

最優先任務、それは征海艦隊を摩天貝楼に届けさせるための。その時間稼ぎ。

何隻沈もうとも、電磁加速砲型の砲撃を引き付ける。

 

『聖エルモの加護を、アルシェ第八艦隊。ーー航海星の名の元に!』

『ーーアルシェ第八艦隊、了解。こちらも同様。聖エルモの加護を』

 

通信が切れる。

呆然と、レーナはイシュマエルを降り仰ぐ。確かに、陽動とは言っていた。言っていたが……

 

「陽動艦隊は……」

「……聞かせるつもりはなかった。こいつは俺たち船団国群の問題だ。あんたら機動打撃群には関係のねえ話なんだから」

 

嘆息してイシュマエルは言う。焔の鳥を模したような、右目の緑の刺青。

 

「まぁ、初めの頃はそうだった。……が、まだ良い方さ。合州国のお偉いさんが老朽艦を提供してくれただけな。まぁ、それでも。参加しているのは損傷艦か、練習艦で。乗っているのは退役している筈の爺さん婆さんだ。こんな生還率の低い陽動に、残り少ないまともな艦なんて船団国群はもう出せない」

 

だからレイドデバイスも、与えられたが持っていかなかった。

 

「船団国群が生き残るには、何としても電磁加速砲型を倒さないといけない。何としても〈ステラマリス〉を、そこまで届かせないといけない。そのためには犠牲だって払う。……陽動艦隊が全滅したら、次は〈オーシャン・フリート〉の破獣艦がーー弟達が囮になる」

 

凝然とするレーナとは裏腹にイシュマエルは淡々と言う。

全身に刻まれた刺青は海で死んでも誰のものか視認できるようにする為だという。

顔が分からないじゃない。原生海獣との戦いはまともに死体すら残らない戦いをすると言うことになる。それほどの激戦が当たり前だったと言う事だ。

その壮絶を運命を、呑み込んだ顔で。

 

「……戦争なんだ。そうやったって犠牲は出る。一方的にこっちが的になる超長距離砲を、屑鉄共が持ち出すのを許したなら尚更」

 

 

 

一年前の大攻勢。

連邦は大量の巡航ミサイルを撃ち込んで電磁加速砲型を大破に持ちこんだ。数分で駆ける地面効果翼機を投入し、一個戦隊を喉元まで送った。

高価な巡航ミサイルを保有する国力も、独力で地面効果翼機を開発する技術力もない小国の船団国群が同じく四〇〇キロの砲撃圏内を突破するには、人血を持って贖うしかない。

そんな非道、糾弾する事は簡単だが……

 

「……すみません」

「……なんであんたが謝るんだよ。それに、まだ陽動艦隊は突入してねえよ。合州国の艦隊が率先して囮になっている」

 

俯いたレーナにイシュマエルは笑って首を振る。

天の底が抜けたような豪雨の中、おおきな存在の悪意さえ、感じてしまう暴風雨。

 

「けどまあ。それなら聞いちまったついでに……もうちょっとだけ知っていてくれ」

 

俺たちの事を。

 

〈オーシャン・フリート〉は流石に、予定通り持ってきたレイドデバイスに一度触れて起動させる。艦内放送のマイクを手に取った。

三〇〇メートルの巨体に隅々まで届く艦内放送、通信相手は征海艦隊の構成艦の艦長、副長、通信士官。

 

「各位。こちらは〈ステラマリス〉艦長、イシュマエル・アバウだ」

 

帰る声はない、しかし乗員達の謹聴の気配。

 

「本艦隊は現在、敵本拠地まで一八〇キロの地点にある。陽動艦隊は間も無く交戦を開始する。よって、我ら〈オーシャン・フリート〉が先端を切るのも近いと予想する」

 

頼もしく感じつつ、まず部下でも征海氏族でもない彼等に声をかける。

 

「エイティシックス達、摩天貝楼拠点に着いてからそっちの出番だ。しばらく揺れるが、ビビんなくていい。むしろ滅多に無いアトラクションだと思って楽しんでくれ。征海艦はーーこの艦だけは、沈めない」

 

何度も言っていた言葉だ。

艦長であり、事実上の司令官。その責任において必ず果たさなければならない役目。自国を守るのに他国の、それも少年兵の軍隊を呼んだ。無論、母国の連邦が善意だけで機動打撃群を寄越したはずがない。けれど、船団国群の失態で巻き込んでしまった子供達。

絶対に生きて帰らせなければならない。なんとしてこ彼らだけは、無事に陸地まで送り届ける。

 

「乗員各位。ーー征海氏族とその最後の生き残りの妹弟達。仮初の兄についてきてくれたことにまず例を言う。ありがとうな。ーーそして祖国の為に覚悟を決めてくれた()()や船出に敬意を」

 

一応、後方からは救難艦が控えているが、この嵐に相手は八〇〇ミリの巨砲。正直砲撃を受けたら助かる可能性は低かった。

そして、船団国群は元は大陸の南方から原生海獣を追いかけて移り住んだ民族。だから、同じ南方の出自の合州国は彼らに取っては『親』も同然。だからリノ達は親し気に話していたのだろうか。

親と言うのは子を守るのが当たり前だと、どこかの本に書いていた気がする。そして、合州国が親ならば。船団国群は子供に等しい関係。だから、リノ達は陽動を受け入れたのか……

 

人跡未踏の碧洋で戦い死ぬこそ、征海氏族の誉れだけれど。

そう。

 

「最後の敵は屑鉄になってしまったが、先に逝っちまった艦隊司令達が悔しがるような航海としよう。俺たちを救ってくれた女神に恩返しをしよう。千年語り継がれるような勇猛と果敢を見せてやろうぜ……これこそが、」

 

千年後、もはや征海艦も征海艦隊も、その勇姿すら想像できなくなっても、語るだろう。

 

「我ら船団国群が()()()()()()征海艦ーーその最後の征海航海だったと言われる様に」

 

えっ、と背後に控えていたレーナが目を見開く。

眼前の、無言のまま拳を突き上げ、隣同士その拳を打ち合わせている船団国群の士官たちの背が信じられない。

最後?かつて有した?

それはまるで、征海艦隊そのものが。船団国群でももうこの一群しか残っていない征海艦隊が。この作戦で永遠に失われてしまうとでも言うかのようなーー……。

知覚同調越しにヴィーカが言う。艦橋一階のフライトデッキ・コントロールルーム、この作戦では艦載機運用の予定はガンペリー以外なかったので臨時の会議室として使うそこで待つ彼。

 

『ーー航空母艦は』

 

征海艦の元となった航空機の海上プラットホームは。

 

『軍艦では最大の火力を誇るが、それ一隻では極めて脆弱な艦種だ。周囲を護衛と警戒、防空を担う駆逐艦と巡洋艦に固められて初めて制空戦闘に専念できる……護衛を失えば容易く撃沈される。征海艦隊でもそれは同じ、という事だろう』

 

征海艦が生き残っても僚艦がいなければ唯の的。戦時下の今、本来であれば船団国群の国力では建造も運用もできない破獣艦や、遠征艦はもう作れない。そして征海艦隊が失われると言う事は、それはレグキード征海船団国群が国号にまで掲げたその誇りを失うと言う事。

よくよく考えればそういう事だ。船団国群は合州国から国民を非難させ、亡命させるプロジェクトにサインをした。大陸南部の洋上にあるコロニーに移動するのにこんな巨艦は持っていけない。ましてや艦隊なんて……

本当に何もかも、誇りさえ失っても、祖国を生きながらえさせる為に。

 

その小国のーー力無き無惨。

 

まるで感じさせずにイシュマエルは言う。

それは二年前、特別偵察の為に笑い合いながら消えていったスピアヘッド戦隊のように。

 

「お前たちとの戦いは俺が見届ける。せっかく両親達が俺たちのために命張って花道を作ってくれてんだ。盛大に、千年後にも残る征海艦隊と征海氏族の存在。船団国群のかつての在処を、記念碑として証立ててくれるだろうよ。だから、各位。思う存分カッコ良く……ド派手に行こうぜ」

 

 

 

 

 

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