ギリギリまで作戦指揮官と状況を共有する為に戦隊総隊長であるシンとその副官であるライデン、ユートとその副長は艦橋五階フラッグブリッジで待機する。
とは言え、分厚い対爆ガラスの窓の外は叩きつける雨粒でほとんど見えなかった。敵に見つからないために灯を消して暗い室内。
窓の外では強烈な雷光が天地の色彩を純白に変えた。それは古代、天を征く竜と共に例えられたそのまま、どこかで神話の生き物にような有機的な軌跡で。黒い曇天に、高空の大気に走る罅の形状を持って。
「……おい、」
ライデンの声で我に帰ったシンは外を見ていた。
雷光が消えても、ぼんやりとした外の明るさは消えない。
月や、ましてや太陽の、闇を払う光ではない。星あかりの様な、雪あかりの様な。夜光虫の放つ青光の様な、闇に溶け込むばかりの青い光。
たとえ直撃しても雷の破られるわけではないが、それでも本能的な用心深さで窓に歩み寄り、外を窺って息を呑んだ。
光っているのは〈ステラマリス〉そのものだった。
船体の縁、甲板の一個下の左右に置かれた四〇センチ連装砲二基とその砲口。おそらくこの艦橋も。艦首も見えぬ筈の闇の中、帯電したそれらがぼうと発光している。
熱もなく燃える、蒼い鬼火の様に。
鬼火を灯りに破れた帆と折れたマストで永劫海を彷徨う幽霊船の様に。
幻想めいた、その光景。
ーーあるいは世界さえ、幻に過ぎないのかもしれない。
人の歴史も、誇りも。生きるそのものさえ、人はかりがあると、自分たちが大切なものだと抱えてきたものは、すべては無意味な幻想に過ぎないのかもしれない。
きつく拳を握りしめた。脳裏をよぎった空虚を、その一連で押し殺す。
……そんな筈あるか。
そんなことが、あってたまるか。
その時、嵐の雲を突き破る様に何か大きな影が落下する。
それは炎と煙を纏わせて、翼は抉り取られた様に溶けて艦隊の間を縫う様に落下して行く。
「あれは……っ!!」
落下して行く機体を見て、それが何であるかを確信した時、乱暴に扉が開かれて、乗員の士官の一人が顔を覗かせる。
「坊主ども!そろそろ摩天貝楼拠点近海だ!準備を!」
「ーー了解」
真っ先にシンが、ついでにライデン達が足早に出て行く背中を、墜落する〈レギオン〉の観測機が着水した後に爆発を起こしていた。
その光景は統合艦橋のレーナにも映る。
「これは……」
天空を裂く雷鳴が伝染したかの様な仄白い蒼い光。熱のない炎の様にゆらゆらと瞬いてゆらめく。
しかし、イシュマエル達は見てもいなかった。引っ切り無しに鳴るアラート。さっきみたいに観測機はモビルスーツ隊が堕としてくれている。海に慣れた征海氏族でさえ避ける波を、あえて〈オーシャン・フリート〉は進む。
観測機母艦は殆どが残された漁船や商船の改造なので、こんな海には出られない。原生海獣の領域には距離のあるここでも、警戒管制型は堕とされ、高度も取れない。被発見の可能性は低い。
その海域も、やがて抜ける時が来る。
残り距離、一一〇キロ。
その瞬間、艦隊の中央の何もない空間に細いが桃色のビームがたどり着いて目の前で消える。その方を見ると、時折流れ星の様に桃色の光線が見えている様な気がする。そして、堕ちて行く〈レギオン〉の航空機。まだまだ戦場は遠いが、戦闘が起こっているのは明白。
「堕ちてくる機体に注意しろ!各艦に通達!」
艦隊は索敵範囲を広げるために円を広げる。
輪陣形の外周を進む破獣艦から知覚同調が繋がる。今は亡きベレニ征海艦隊の、最後の破獣艦〈ホクラクシモン〉。
『ーー兄上。〈ステラマリス〉各員。そろそろ参ります。そして武運を、エイティシックス達』
南下する〈ホクラクシモン〉に続く様に〈アルビレオ〉が続く。
その瞬間、またもビーム兵器の残光が飛んで来て、まるでライスシャワーの様だった。
そして、艦隊を離れた二隻は全て方向に電波を撒き散らし、無線封鎖を解く。
モビルスーツが働いたお陰で観測機はこの海域からほぼ駆逐され、はるか遠く。艦影も見ない様な場所から他連装ロケットの無数の火戦が大空へと駆け上がる。
ほとんど撃ち落とされた観測機の生き残りの一機が艦のレーダー波を観測した。観測を受けた摩天貝楼拠点最上階にいる電磁加速砲型はその巨体を旋回させた。眼下では蚊蜻蛉の様に飛行するモビルスーツ隊が蠢き、時折こちらを攻撃して来ていた。幾つかの対空火器は破壊され、おまけにセンサーの精度もモビルスーツ隊が来る前辺りから落ちていた。確実にミノフスキー粒子が撒かれた証拠だ。戦闘がしずらい……。
《コーラレ・ワン了解、射撃をーー》
敵艦、あるいは敵艦隊から放たれた物体に電磁加速砲型は自前の対空レーダーで撃ち落とそうとした。
《主砲、射撃キャンセル……対空防御》
無数の飛翔体を補足。連動する対空回転式機関砲が照準、射撃を行いロケット砲弾のほとんどを迎撃し……
《ーー迎撃不可能と判断》
すり抜けた一発が着弾。爆発反応装甲で免れたものの同じ場所に被弾すれば次は無傷では済まない。ーー早急に排除する必要がある。
《コーラレ・ワンより観測機。指定座標へ……》
しかし返答はない。撃ち落とされたか……
《照準……》
しかし、弾道を計算し、敵艦の位置を逆算。ごぅ、と音を立てて照準を合わせる。
《ーー砲撃開始》
しかし、その瞬間。砲身の真横部分が爆発し、射撃の寸前に照準がずれて変な方向に飛んでいく。
《攻撃を確認……照準》
センサーの先にはビームライフルを片手に対峙する一機の白いモビルスーツが飛行していた。こっちを狙えと言わんばかりに……
周りにモビルスーツから放たれるビームが通り過ぎて行く。一回は飛行甲板上を縦断して飛んで行ったから誤射で死ぬのではないかとも思った。そして……
『気をつけろ!艦隊到着まで後少しだ!』
『脚部に被弾!堕ちる!堕ちる!』
『前部砲塔被弾!ダメージコントロール!』
『対空防御!撃ち落とせ!!』
聞こえてくる悲鳴や怒号。それは、現在拠点近くで戦闘を行っている合州国の部隊からだった。
知覚同調で聞こえてくる悲鳴に一瞬だけ目を伏せそうになる。
「ーー目標を視認、出番だ!準備しろガキども!!」
格納庫に響く怒声に似た声は甲板要因の操作のもと先陣を切って小隊十機が飛行甲板に上がった。その小隊の一機、アンダーテイカーの中でシンは猛烈な風の唸りと、もはや慣れしまった羊飼いの絶叫を見上げた。今なお繰り返す電磁加速砲型の一機で万軍が若きの鬨の声。
艦載機を上げるエレベーターは舷側にあり、波や風を防ぐ天井などもとよりない。ほとんど真横から吹き付ける猛烈な風雨。
一回層を上昇して甲板まで上がれば、それらは色々強くなる。一〇トンを越す〈レギンレイブ〉でさえ吹き飛ばされそうな嵐に半ば這うように甲板先端部に伏せるように待機。上空ではSFSに乗ったモビルスーツや戦艦のビーム兵器や実弾の攻撃が飛び、さながら対空戦の様だった。
真っ白に眩む視界。茫漠と広がる黒い海の轟音と圧迫感。一歩外に出れば息もできないであろう大質量の水と大気。
その向こうで天を摩して聳える鋼鉄の塔が霞みながら見えた。
頂上には鍵爪上に湾曲した天蓋から進み出た。蒼いセンサーを光らせ、一対の槍にも見える砲身を淡く紫電に灯らせ、傲然と見据えていた。
電磁加速砲型
『残り距離五、敵推定残弾数一!』
『そぅら、撃ってこいよ!!』
最後の五〇〇〇メートルを疾走する。今の所、欠けた艦艇は居ない。これも全てモビルスーツ隊のおかげだ。突出する破獣艦に照準が合わさり、アーク放電が見える。
そして発射されようとした瞬間。砲塔にビームとミサイルが着弾し、ビーム兵器はまるで防がれたようにさまざまな方向に裂けて飛んで行き、ミサイルの爆発で発射と同時に無理矢理照準を変える荒技。
八〇〇ミリの砲弾が波を抉る。同心円状に広がる大波を艦隊の攻撃が超える。要塞の塔、最上階の巨砲を探させ、センサを塗りつぶす。
その下を最大船速のまま〈ステラマリス〉はまっすぐに駆け抜ける。
摩天貝楼が迫る。
今や視界に収まりきらぬ、その威容がそそり立つ、それが一つのビルディングを数棟束ねた太さのコンクリートの柱。六本のそれが六角形を描くその上に、その柱を頂点とする六角柱状の要塞が天を高く衝いて聳え立つ。
鱗の様に覆うのは半透明の太陽光パネルで、打ち付ける雨の雫で白く濁って中は見えない。全高は実に一二〇メートル。どこか神話の巨竜を思わせるその形状。どこまで登っても終わることのない悪夢の様に、延々と重なる。
要塞の基部、六本のコンクリート柱のその一つに接近。
操舵手はどんな度胸をしているのだろうか。速度も緩めずに突っ込み、柱に擦り付ける様に横づけする。そのくせ傷ひとつつかない精密さで、切り立つコンクリートの断崖にーー接岸した。
その光景はシン達には、自殺行為そのものと映る。みるみる迫り来るコンクリートの絶壁に知らず息を詰め、目を見開いたまま無意識にその時に備える。
衝突する、その直前で征海艦は僅かに舵を切り、艦首傍の舷側に横づけする形で要塞に接岸。ーーここなら柱の基部が邪魔で、少なくとも突入部隊が登る間は敵の砲撃も受けずらい。
ーー作戦開始。
かちりと意識が切り替わる。雨滴に叩き伏せされたかの様に伏せていた〈アンダーテイカー〉を、ほとんど無意識に立ち上がらせる。ーーその時は自然の暴威への畏怖も圧迫も、戦闘に最適化された意識の中から消し飛ぶ。
レーナの号令が飛ぶ。
『砲兵部隊、射撃開始。ーースピアヘッド戦隊、進出なさい!』
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
-
やってほしい
-
やらなくていい