リノのハミングバードが推進剤補充の為に戻った頃。艦内には同じく補給を受けて再び飛んで行くジェガンの姿が見える。要塞からの攻撃は今は治っており、戦場の中の一時的な静粛が訪れていた。
少なくとも征海艦が到着する前までは激戦が繰り広げられ、観測機母艦を沈めながら前進し、砲撃圏をほぼノンストップで飛行していた。十五機と言う明らかに電磁加速砲型相手には足りない火力。おまけに観測機母艦にレギオンザクがいた時は肝が冷えた。
レギオンには戦闘機は存在しないが、鹵獲したザクはそれには当てはまらないのだろうか。かの機体は背中に無骨なロケットエンジンを搭載して、無理矢理飛ばしていたが……
補給はこれで二度目。エイティシックス達が中に入ったお陰か、外への攻撃は収まっている。レギオンザクの登場の様子もなく。現在は補給を受けていた。
『こちらホーンドアウル。レオーネに報告』
推進剤を注入している中、リノは通信を受けて返事をする。
「こちらレオーネ。何があった?」
『お客さんよ。数八、艦隊に接近中』
「了解した」
するのその瞬間、戦艦から砲撃が飛んだのが確認した。おそらく〈アレグランサ〉のセンサも反応したのだろう。
手持ちのレパント級二隻は轟沈した。全てのロケット弾を打ち切った後に電磁加速砲型の囮となって……
おかげで船団国群の陽動艦隊の損害は極小で終わった。電磁加速砲型が蠅のような大きさでジェット機以上の速度で移動するモビルスーツ相手を撃ち落とすのは酷で、観測機を目に付く限りで堕として行った後は段々とその精度も落ちて無駄弾を撃たせていた。
「補給員、すぐに出る。作業を中断してくれ」
『わ、分かりました!』
そして、推進剤を半分ほどまで補給したハミングバードは再びカタパルトに足を付けていた。
A層第三フロア北東ブロックの最後の敵小隊を撃滅し、ついにA層の攻略が完了する。
シンの率いるスピアヘッド支隊に変わってユート率いるサンダーボルト支隊がB層へと進出。B層第一フロアの攻略を開始。その間にアンジュの〈スノウウィッチ〉を含め、スピアヘッド支隊は弾薬の補給を行う。警戒の部隊をA層第三フロアに残し、一旦第二フロアまで下がった彼女達の元へベースジャバーに乗せられて後続で運ばれてきた〈スカベンジャー〉達が上陸する。壁をビームサーベルで溶断して突入するダイナミックな入場。
この要塞は頂上層から最下層まで一〇〇メートル距離の範疇。対戦車砲や重機関銃。対戦車ミサイルでは至近距離に相当する範疇だ。ましてや対空砲である四〇ミリ機関砲では。
戦闘を交代し、補給と休息の時間といえど気が抜けない。油断なく上方に光学センサを向ける〈ジャガーノート〉の群れの中、ふとシャナが口を開いた。
『ーー流石に少し考えてしまうわね』
征海氏族に思い知らされてしまった。けど、考えれば当たり前のこと。
誇りなんて、いつ。どんなにそれが大切でも。
『あんなに目の前で、堂々と失くされてしまうと。同じ様になったら、私たちエイティシックスはどうなるのか。……あの人たちの様に、それでも笑えるのかしら、って』
む、と眉を寄せたらしいクレナが切り捨てる。考えることを拒否する様に、必要以上につっけんどんに。
『……シャナ、そんなの今考えることじゃないよ』
『なら、いつ考えるのかしら?』
切り返されてクレナは言葉に詰まる。半ば思考に沈んだ声色で、シャナは言う。
『私達はこれまで、考えなさすぎたんだと思うわ。もし私たちが誇りを失うとしたら、それは戦えなくなる時でしょう。戦い抜いた末路だってレーヴィチ要塞の、あの〈シリン〉の死骸の山だとはもうわかっているけど……そもそも戦い抜くことさえ出来なくなるかもしれないなんて考えた事はなくて、それはこの作戦でそうなってもおかしくはない。その事を私たちは……考えないといけなかったんじゃないかしら』
『つっても、だからって今考える事じゃねえぜ、シャナ。気になるのは分かるけどよ』
呆れた様にシデンが割り込んで、アンジュも頷く。言うとおり、ここは戦場。余計な事を考える暇はないし、外では砲撃が始まり戦闘が再発していた。
けど懸念してしまうのも尤もで、そして多分、シャナの言う事こそが本当は、正しいのだろうから。
戦い抜くと。そのためには戦闘に必要ない思考や感情を眠らせて、……そう言いながらいつのまにか、戦場で生きる事以外を考えずに。
『そうね、後で考えましょう。……それこそこの作戦が終わったら、海を見ながらでも』
その時には後でなんて、……言い訳のできない時間を選んで。
要塞の外。最上層に行くと電磁加速砲型の対空火器で蜂の巣にされるのでその一個下で戦闘を行っているモビルスーツ隊は再び要塞の発進口からカタパルトに乗せられて発進する寸前のレギオンザクを確認する。
「沈め……」
そう言い、ビーム・スマートガンの引き金を引くとそのまま発進直前の砲戦仕様の…オリジナル版のザクの推進剤に着火し爆発。轟音が要塞に響く。
『ちょっと!?なんかすごい揺れたけど?!』
そう叫ぶのはハルト、次に文句の声が届く。要塞で爆発を起こすと建物全体に衝撃が加わると。言うわけで二度とすんなと言われた。
「これじゃあ、ビーム兵器攻撃は無理だな……」
少なくとも誘爆を起こす場所を狙って撃つにはいかないと思いながら現在の進捗を確認する。
「今はC層第一エリアか……」
戦闘が起きている場所を確認しながらリノはガンダムを駆る。現在、自分たちの任務は出て来るザクの迎撃と〈ステラマリス〉の防護。要塞上に行けない以上、中に入ったエイティシックス達が作戦成功の要だ。
リノはビーム・スマートガンを持つと引き金を引いてほぼ固定砲と化している戦車型を声を頼りに撃ち抜いていた。
電磁パイルを叩き込まれ、痙攣した戦車型が一旦言うて頽れる。伝わった振動にか、外壁のパネルがぴりぴりと鳴る。
絶叫が途絶え、それからつい、ふ、と一つ息を吐く。
脚を踏み外せば真っ逆様に落ちる、高所での戦闘。普段よりも神経を使う。モビルスーツの戦闘は時折飛翔する事もあるからこんな気分なのだろうか。今はC層第三フロア。残りは後四フロア。
頭上のフロアの連なりを見ると意識のどこか揺らされる気がする。いつまでも明けも暮れもしない薄明の青色の中、重なる無数の幾何学模様。まるで万華鏡を見ている様な気分だ。
果てしない連続を、その果てのなさを認識しきれない己を、突きつけられた気分になる。
所詮、目の前にあるものさえ本当は認識できない、……羽虫と同じ、己の矮小を。
……人間なんて、この世界には。
ふっと醒めた、八六区で染みついた思考が脳裏をよぎり頭を振って追い出す。……〈ステラマリス〉で聞いた、イシュマエルの言葉のせいか、この作戦を最後に、征海という民族の歴史と誇りを失う彼ら。エイティシックスですらそうなるぞと、まるで突きつけるかの様に。
そんなつもりでは、無いのだろうが……
一度、リノが〈ボロザク〉の発射口を破壊したお陰で意識が戻ったことはあったが、再びどれだけ戦っていたのかが分からなくなる。永遠と続く、虚像の空間。
こんな場所で、何を目指して、どこに向かっているのかもわからなくなる様な空間で。自分の形も今にも見失いそうなこんな世界で。
僕は。
『ーーノウゼン、第四層だ。交代しよう』
『ああ、頼む』
気づくとサンダーボルト支隊が駆け上がって、次のフロアに行かねばとセオは思う。そのサンダーボルト支隊の、それを率いるユートから不意に知覚同調を繋いでくる。
『ーーリッカ?交代だ、下がってくれ』
「えっ」
聞き返してセオは我に戻る。指示を、聞き逃した。
「……ごめん」
各フロアの制圧ごとに支隊は交代している。人間の集中力はそこまで続かないし、補給の問題もある。
少し慌てて進路を開けたセオに、ふとユートが続けた。
『どこかの伝承では、人を超越しようとする者は塔を登るそうだ』
「……は?」
『世界の果てにある塔だ。螺旋の階段でできていて、段を登るごとに感情や欲、悪心や懊悩を切り捨てる。頂上に辿り着く頃にはおよそ人間の全ての苦悩を脱ぎ捨てる』
いきなり、何の話を。
「ユート…もしかして動揺している?」
……螺旋の階段を登るごとにあらゆる苦悩を切り捨てる。
それはまるで幸福の記憶を、圧倒的な敵機や死闘、死そのものに対する教具や悲観を。生き物として当然の生存の欲求を削ぎ落としながら戦い続けた。
かつてのエイティシックスが閉じ込められた、八六区の様な。
ユートが言う。ひた、と見据える、光学センサの無機質な眼差し。
『
それは本当に、……ユートの事なのだろうか。まるで鏡写しの自分と話している様だ。
『八六区でその話を聞いた時、少し考えた。もし上ったのがエイティシックスなら、戦い抜く誇りは切り捨てられず残るのか。……それとも誇りさえも、切り捨ててしまうのか、と』
いずれ、死ぬ時に。今、死ぬとしたら。戦い抜いた誇りはせめて。この手の中に。
それとも。ーーそれさえ、征海氏族達の様に。
その瞬間、知覚同調越しに怒声が聞こえた。
『ガキども!逃げろ!!』
「え?」
その瞬間、半透明のパネルの外。大きな黒い影が煙を吐いてどんどん大きくなる。
『っ!!まずい……』
その瞬間、セオ達は向かってくるその影が何なのかを理解して慌てて逃げ出す。先ほどまで話していた塔の話は一旦は仕舞われる。
そして、大きな影はパネルを突き破り、要塞に突っ込む形で撃墜する。足場の鉄骨が壊され、ボルトが吹っ飛んで海に落ちていく。
突っ込んできたザクはそのまま一旦は要塞の建材と化すも、そのまま金切り音を出しながら先ほどの鉄骨と同じ様に奈落に落ちていく。
「ちょっと!……こっちにザク落とさないでよ!!」
思わずそう叫ぶとリノが開いたパネルの外から顔を覗かせて申し訳ささそうに言う。
『すまん、まさか要塞に突入するとは思わなかった。だけど、お前らに実弾打ち込むわけにも行かんだろう』
「そんなのはごめんだね」
先ほどとは打って違って、生きているのだと自分の形を認識した様な気がした。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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やってほしい
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やらなくていい