86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#77 原生海獣の声

 

 

 

 

 

こぉん、と、海が鳴る。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーん、」

 

下から聞こえた気のする声に、シンは瞬く。

 

「……海の中?」

 

現在、サンダーボルト支隊が第四層を攻略中。ここを攻略すればいよいよ第五層、電磁加速砲型のいる場所に突入する。現在スピアヘッド支隊は第三層にて補給を受けていた。

 

「レーナ、海の中……何かいる様に聞こえます」

 

今は声は聞こえない、……けれど気のせいではない……

 

 

 

 

 

 

「海の中、ですか?ーー確認します」

 

応じてレーナはイシュマエルに目を向ける。

手短に要望を伝え、ソナーには現状。反応はないが首を傾げつつも頷く。待機中より電場が減衰する水中では、レーダーは役にたたない。音響を利用するソナーが頼りだ。

指示を受けたソナー室から応答が返る。

 

『兄上。原生海獣が歌っています。かなり遠いですが……そのせいでは?』

「……マジか」

 

イシュマエルは小さく呻く。今度はレーナが首を傾げ、傍で苦く天を仰いで呟く。

 

「こんな鼻先でドンパチやってりゃ気に障るだろうが……今は来るんじゃねえぞ。頼むから」

 

すると話を聞いていたリノが第二波最後のザクを堕としながら呟く。

 

『そうなら、砲光種にでも電磁加速砲型を撃って欲しいものだ』

「馬鹿言え、相手は見境なく攻撃するに決まってんだろ。お前も堕とされる」

『そうですよねぇ〜……はぁ』

 

原生海獣を知っているのか、イシュマエルとリノの話は繋がっている様だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「原生海獣、ですか?……流石にその声と〈レギオン〉を誤認するとは思いませんが……」

 

レーナを経由して帰った答えに、シンは瞬く。

自分が異能として捉えるのは、物理的な音ではなく死んでなお残る亡霊達、最期の言葉や思惟。生き物の原生海獣と鳴き声を混同するとは思えないが……

しかし確証はない、原生海獣の声は船団国群に訪れた時に初めて聞いた。遠く幽かに聞こえていた。彼らの棲む碧洋はあの海岸から数百キロも彼方。この声が陸地まで届くなら。あるいは原生海獣の発する『歌』は音よりも〈レギオン〉の嘆きに近いのかもしれない。

 

「ーー了解。ですが、引き続き警戒を」

『ええ。それは元より。ーーその、……大尉達こそ、気をつけて』

 

僅かに抑えた声で付け加えられた言葉に一つ瞬いた。

 

『侵攻ペース、予定より随分早いです。……もし、何か焦っているなら』

「……ああ」

 

電磁加速砲型の砲火を交える前のイシュマエルの話か。

時間はあれから数時間ほど経っていた。誰もが落ち着いてはいるが、何人かがまだに動揺したままなのをシンは知っている。だから意図的に警戒を促したのだが。

 

「了解。作戦ももう大詰めで、疲労の出る頃合いです。……気をつけさせます」

『あの、決してあなたの指揮を責めているわけでは……』

「それは分かっています。……大丈夫ですよレーナ。少なくとも俺は」

 

連合王国の時の様に惑ったりはしない。むしろ、寄る辺などなくても生きていけると示してくれた様なものだ。イシュマエルにはそのつもりもあっただろうし、そう思えるほどには自分の中で、何かが変わっていると思う。

だから心配すべきは、この作戦での自分ではなく。

 

少し考えて無線を全員に切り替えて話を続けた。

 

「ーー例の原生海獣の骨ーーニコルでしたか。実は、戦争が始まる前に見た事があるのですが」

 

突然の話題転換、それも作戦に関係のない雑談。不審げにレーナは頷く。

 

『……ええ、』

「この戦争がなかったら、もしかしたらそれがきっかけで、研究にでも進んでいたかもとは思いました。子供の頃は、そう、人並みに怪獣の類は好きだったので」

 

レーナも察したらしい、あえて澄ました、揶揄う口調で応じる。

 

『知ってます。……シンが八六区で何度も送って来ていた出鱈目な戦闘報告書、最後の方は書くことに困ったのでしょう。昔のアニメの怪獣と戦ったましたから』

 

予想外のすっかり忘れていた話が帰ってくる。

思わず呻き声を上げてしまう。そうだった。そう言えば。

どうせハンドラーは読まないからと適当に使い回していたそれは、本当に出鱈目で。今思うとそれも言えないものだった。

 

『報告書、今はちゃんと書いていますか?』

「書いています。と言うか、読んでいるでしょう?まさか紙飛行機にでもしてるんですか」

『いつまでも飛んでいるものは、内容が薄くて軽いダメな報告書と判断しています』

「酷いですね……」

 

知覚同調の向こうで何人か失笑し、合わせて緊張が僅かに緩む。…らしく無いが、無駄話の甲斐はあったか。

 

『…気をつけて』

「ええ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

らしく無いやりとり、けれど思惑通りのせられて笑ってしまいながらセオは言う。

 

「因みになんだけど。シン、リトと同じことまで言っているからね」

 

微妙に間が空いたのは、どうやら顔を顰めたから、らしい。

 

「行けば?研究、今からでも。リトと一緒にさ」

『……研究はまあ、悪く無いかも知れないけど。リトのお守りはもうごめんだな』

「ひっど」

 

くすくすと笑い、そのまま続けた。

 

「シンは、さ」

 

軽口のつもりだったが、うまくいかなかった。

 

「本当にこの作戦ーー来てよかったの?」

 

チラリと〈アンダーテイカー〉の光学センサがこちらを見る。

その向こう、同じ色彩の、けれど同じ無機質さは随分払拭された血赤の瞳を思った。

 

シンは変わった。

生きていたいと、思うことができた。……幸福になりたいと願えるようになった。

戦争で分かたれてしまった、会ったこともない祖父母に、会おうと思えた。

かつて八六区の戦場で、誰をも救うのに誰からも救われない死神だったはずの彼を唯一救ってくれた泣き虫のハンドラーにーー共に生きたいと、想いを伝えることができた。

未だどこも歩き出せない、自分とは違って。

 

「まだ僕たちと一緒に来たりなんかして。まだ戦争なんかして、プロセッサーのままで本当にいいの?だってもうーー戦わなくてもいいんじゃ無いの?」

 

言いながら気づく。違う。

戦わなくていい、じゃ無い。戦わないで欲しい。

だってもう、戦わなくてもいい。戦い抜く誇り以外ないもないわけでも、戦場以外に生きる場所がないわけでもない。

それなら戦わないで欲しい。戦場になんて立たないで欲しい。

戦場にいたら、奪われてしまう。イシュマエルが、他の人たちがそうなった様に、それがどれだけ大切でもどれほど必死に抱えていても、鼻で笑うみたいに容易く、あっけなく奪われてしまう。

 

ーー八六区を出ていつのまにか忘れてしまっていた。

最期まで戦い抜くと言う、……それしかない誇り。

そんなものは不確かだ。いつ奪われるとも知れない。奪われないものなんてこの世界には無い。むしろそれしか無いからこそ、ーー理不尽に奪われるのがこの世界の道理。

それならせめて君は。君だけでも。

奪われる前に。また何もかも失くす前に。

戦隊長みたいに、失くす前に。

 

「戦争なんかやめて。……忘れてももう、いいんじゃ無いの?」

 

エイティシックスにとって侮辱でさえある、少なくとも自分が言われたら憤慨するだろうその言葉に。

シンは小さく、苦笑するみたいに笑ったらしかった。

 

『セオ。……今、誰と話しているつもりになっていたんだ?』

 

セオは硬直する。

シンに戦隊長と重ねていたのを。本当は戦隊長に言いたかったことをいつのまにか、彼に問うていたのを見抜かれた。

知覚同調はいつのまにか切り替えられ、彼とだけ繋がっていた。

 

『そうだな、言う通り、戦わなくてもいいんだと思う。誇りしかないとは言わないし、戦場に居場所がないとも、もう思わない。……けど、戦わないと行きたいところに行き着けないし、……それ以上に自分に恥じない様に生きたい』

 

ーー自分に恥じないなら、上等だろ

ーーそうでもしないと、俺は艦隊司令に申し訳が立たない。

 

『だからーー……』

 

不意に知覚同調に対象が一人増えて、無機質なまでに平坦な声が言った。

 

『ノウゼン。第四層、制圧完了した』

 

ふっとシンが口を噤む。

次の瞬間、知覚同調が繋ぎ直され、彼の指揮下の全員に。

応じる声は総隊長としての。

どこか、遠い様な。

 

『了解。ーー各位。これより頂上層、電磁加速砲型の攻略に入る。先に対空設備を破壊してくれ。そうすればMSが突入できる』

 

 

 

 

 

 

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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