86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#89 海の脅威

砲声が聞こえた気がした。

そんなはずはない。音の到達は砲弾よりも遅い。現代の交戦距離の長い戦争では砲声は弾着後に来る。

だが、セオはそんな砲声に促されるようにトリガーを引く。相対する一五五ミリ砲の砲声など聞こえなかった。

直上から叩き込まれた八八ミリ高速徹甲弾は〈フリーダ〉の制御部分を真上から貫通する。直後、砲身内部の電流が行き場を失い暴走。全身から稲妻を噴いて頽れる。自爆装置が作動し、爆発が起きる。

ついでに〈ステラマリス〉の砲弾が着弾。〈ハミングバード〉よって開けられたジャベリンの跡に砲弾が入り込み、爆発を起こす。銀色の流体マイクロマシンが鮮血のように派手に散る。

鉄色の巨艦は津波のように海を割り、波の奥へとあっけなく海中へと沈む。

最後に特攻しようとした一瞥の向こうの征海艦に向け。

満載排水量十万トンの巨大戦艦はあっけなく、海中へ没した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

繋いだままの知覚同調の向こう、電磁砲艦型の嘆きは消えていない。

まだ生きている。その事実にレーナは険しく目を眇める。

沈んだ……いや、沈むかもしれないが、取り敢えずは潜った。そもそも海の中から浮上した電磁砲艦型だ。戦闘できずとも潜航は可能と見るべきだろう。しかし、艦尾のモビルスーツ格納庫の大爆発で再び上がって来れるかは分からない。船体が捲れるほどの誘爆で……しかし制御中枢を撃破できなかった。

傷ついた魚が逃げるように電磁砲艦型の叫喚が遠ざかる。

聞き取って。レーナはイシュマエルを振り返った。

 

「艦長、追撃を。まだ電磁砲艦型は死んでいませーー………」

 

言いさして。

そこでレーナは止まった。

 

誰も彼もそのようになる。

 

外部を望むホロスクリーン。

 

それは中央に一つ、左右側面に一つずつ。眼球一つ一つに人間がそのまま埋まりそうな、あまりの巨体に凝視されているのにも関わらず。視線があったようには感じれない。そんな眼差し。

 

人と言う生き物の脆弱と矮小を、これ以上なく思い知らせるような。

 

黒い瞳孔と周囲の虹彩、瞼はないが殆ど白目の部分は見えず、僅かに透き通る瞳孔の作りから人や獣との作りはそう大差ないと思われる。けれど円や紡錘ではなく鋭角的な菱形の連なる瞳孔と、金属光沢の、それでいて油膜の虹色にも似たでらりと輝く孔雀色の虹彩。

 

人ではない異形の。

 

摩天貝楼拠点からさらに数十キロ。海の色が変わる境。人の領域外との境目。

 

その境目を越えて一頭の原生海獣が浮上していた。

 

もたげられた長い首と尖った頭部。全てが鱗に覆われて、金属の鈍い煌めきの鎧のような尖った鱗を、水晶のように透明な、けれどクラゲのように柔らかな質感の皮膚がもう一枚厚く覆っている。後頭部から首の後ろ、背に相当する部分までずらりと生えた割れた水晶のような背鰭の器官。

 

印象は爬虫類のような、軟体生物のような印相だった。

 

全長は推定三三〇メートルーー観測史上最大級の砲光種だった。

 

碧洋を支配する海の王の一体はその場にいるすべての艦艇を静謐に、そして傲然と見下ろす。

 

〈レギオン〉と人類、そのどちらにも当てはまらない異質な眼差し。

 

満身創痍の人類、もしこの世に神がいるなら、それはこういった眼差しをしているのかもしれない。

 

眼前、砲光種の尖った頭部で不意に、ガバリと口が開く。

 

空を焼くレーザーの発振部だと言う水晶部の突起が覗く。

 

転瞬、砲光種が咆哮した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 

思い、船体がびりびりと震えて鳴るほどの高周波の大音響。人間の可聴域ギリギリの、音と言うよりも衝撃波のそれが全身を打つ。

 

言葉はない。

 

しかし、それが警告であると本能が理解した。

 

本能的に恐怖が思考を凍り付かせる。一体で自然の脅威そのものを表すようなその巨体に唖然とした。

 

開けたと同じくらいに再び口が閉じて砲光種が身を翻す。全長三〇〇メートル、生物とは信じ難いその巨体は、何も恐れない悠々たる動きでその長い巨体を海中へ没した。

 

人は誰一人として身じろぎさえできなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

呼吸さえ、最小限に控えて身を竦める。嵐をやり過ごすような時間が過ぎることしばし。

長く息を吐いて、最初に動いたのは()()だった。

とはいえ無理矢理統合艦橋に来て、その無理が祟って頽れた。

 

「シン!?」

 

慌ててレーナが駆け寄り、肩を貸していたヴィーカが膝をつかせるのに、傍で膝をついた。

 

「もう…だから無理をしないで下さいと……!」

「卿が戻って、どうしてもと言うから連れてきたが……大人しく治療にも戻れ。マルセル、後を頼む」

「え?殿下は?」

「……少し調べたいことがある」

 

そう言うと、ヴィーカは険しい表情で艦橋を出て行った。

取り敢えずマルセルは雑に嵌めただけのレイドデバイスを付け直した。

同調の対象は、当然。

 

「クレナ、セオ。ーー心配かけた。俺は無事だ。他の連中はまだ、回収中で確認しきれてないけど……」

 

大きくクレナが息を呑むのが聞こえた。それから長く長く、泣き出しそうに息を吐くのも。

 

『……………!シン………………!』

『あー、俺も回収済みで。そんで一応生きてる。アンジュやダイヤ達も、少なくとも一緒に拾われているな』

 

続けて、治療室が病室から通信だけを割り込ませてライデンの声も。

セオの言葉だけ返らない。

涙を拭って、先んじてレーナが言う。

 

「助かりました、セオ。貴方が中枢を破壊してくれなかったら、私たちがやられていました」

 

応じる声はなく、シンが聴きかけた直後にようやく。

 

『……よかった。レーナ、シン。ライデンも……よかった、君たちは無事で』

 

その、声の調子。

押し殺したような。何かをーー例えば痛みを、堪えてでもいるかのような。

 

「……セオ?」

 

負傷したと無意識に声が低まる。緊迫が、喉を締め上げるのを自覚した。

この声。

急き込むように問いかけた。

 

「負傷したのか。……自力で戻れないなら今ーー」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

遮ってセオは言う。

多分時間はもうない。刺激が大きすぎて麻痺しているから何も感じないだけで、戻ってくればきっと口も聞けない。

 

「うん。……ごめん」

 

最後に交差した、一五五ミリ艦砲は。

散弾だった。

信管の設定が間に合わなかったのか、直撃ではなかった。破片もほぼ機体の背部が受け止めてくれた。

 

ただ。

 

電磁砲艦型に突撃した〈バイカル〉の残骸の上。〈ラフィングフォックス〉の中でセオはその損傷を見る。閉鎖されたコックピットの中から直接は見えないはずの〈ラフィングフォックス〉の損傷を目視する。ーー背後から襲いかかった砲弾片は、左の脚部と装甲、フレームにコックピットブロックの一部までも切り落とした。

 

空と海の青。海に浮かぶ残骸から遮るものはなく、水平線まで見えていた。

嵐がさった後の雲一つない空。藍碧の碧洋と青い海は、高い陽の光に無数の波の縁を微細な、玄妙なあおいろに煌めかせている。

どちらも光り輝くようで、その奥の深みの闇色は決して見通せない。

あおい色は、闇の上澄み。

見通せぬ奈落の表層だと言うのにーーどうしてこんなにも、吸い込まれそうに、美しい。

戦場を、戦闘を好きだと思ったことはない。

八六区で無人機の部品として戦闘を強制され、その果てに死ねと命じられたことを今でも恨んでいる。

 

 

 

 

 

戦いたくなんてなかった。ただ、それしか道がなかっただけ。

生き残るのに、自分の誇りを保つ為に。

そのはずなのに、なぜだろう。涙が溢れた。

 

 

 

 

 

「僕はもう、ーー一緒に戦えないや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から襲った、砲弾片。頑強なコックピットをも切り裂く威力の。

破片そのものの威力も、大半は背部の砲が受け止めてくれた。けれどーー浸透した衝撃に、内部の部品が引き裂かれて飛び散った。

その一つがすり抜けた左手は、

 

 

 

ーー手首の肘の半ばから斬り落とされてどこにも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいっ!応答しろ!!聞こえないのか!?」

 

艦橋を出て、ヴィーカは知覚同調で呼びかける。しかし、応答はない。

 

「っ……」

 

その事にヴィーカは目を眇めた。そして、言葉が漏れる。

 

「気絶しているだけだと…願いたいな……」

 

最後の砲撃の直前。彼の耳にも届いていた、ある一言がヴィーカにとって肝を冷やすほどの感覚に襲われていた。

 

「……」

 

ヴィーカはそのままいつか応答があると思って知覚同調を付けたまま艦橋に戻って行った。




次章は隔日定時投稿をやるぞ!!(全部出来るかは分からん)

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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