86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#93 最後の言葉の意味

外洋の荒々しい潮騒は気付けば重機の駆動音に変わり、〈ステラマリス〉はとうの昔に港に着いて居たらしい。

待機状態だったシステムが突然ホロウィンドウを表示させ、己の〈ジャガーノート〉ーー〈ガンスリンガー〉の中でうずくまって居たクレナはのろのろと顔を上げる。

見れば〈ガンスリンガー〉のすぐ横に立っているのはフレデリカだ。

 

「ーーなに」

 

外部スピーカー越しに応じたクレナにフレデリカは身をすくませる。

 

『……その、そろそろプロセッサーの下船の準備であるからの。その前に食事くらいとったらどうじゃ。帰路の間中、もう半日もそこにおるのであるぞ。飲まず食わずでは体に悪いし、体も休まらぬ。じゃからーー……』

「要らない」

『しかし……』

「要らないってば。…たかだか半日、食べないからってどうにかなるほどやわじゃ無い。八六区じゃしょっちゅうだったし、連邦でも無いわけじゃないもん。そうじゃ無いと生き残れなかったんだから、死んじゃうんだから今更そんなことくらいで、」

『どいて、チビちゃん』

 

光学センサの死角から、第三者の声が突然言い、キャノピが持ち上がる。ーー緊急用のパスコードが入力され、開放レバーが引き上げられた。反射的に睨みつけ、鋼色の機甲搭乗服。エイティシックスの少女が立つ。シデン達ブリジンガメン戦隊の一人、ミカ。

 

「軍艦の食堂って、誰が食べに来ているかきちんと把握しているんだって。エイティシックスのお嬢ちゃんが一人食べに来て居ないって、コックが気を揉めていたの」

 

片手にトレイを持ち、冷めた食事を突きつけられ、無言でそっぽを向く。

ぴりっとミカは眉を逆立てる。

 

「それと、気づいていないふりをしているんだろうけど、もうとっくの昔に港に着いて、今は〈ジャガーノート〉の搬出作業が始まってる。入院している以外のプロセッサーの退艦準備もね。……分かる?あんたがそこでうだうだ膝抱えてるの、あっちこっち迷惑なの。デフリーフィングだって、あんたの隊は隊長角が二人も負傷離脱してライデンは代理務めで、なのに怪我もしていないあんたがすっぽかすとか」

 

少し離れたところで、馴染みの整備クルーが目に入る。

スピアヘッド戦隊の他の機体は既になくて、彼らが気を回して〈ガンスリンガー〉の搬出を後回しにしてくれたのだとようやく気づく。

デフリーフィングもシンが気絶し、ライデンは副長として代理を務め。セオはーー回収されてすぐに手術室に運ばれ、クレナがいないなら残りはアンジュやダイヤ、カイエなどだけで、相応に大変だったのだろうと想像はつく。

後ろめたさを振り払う様に、逃げる様に睨みつけた。

もっともらしい事を、言っていないで。

 

「……言いたいこと言ったら。誰かが迷惑とじゃなくて、あんたが気に入らないってそれだけでしょ。ーーシャナが死んだのは私のせいだって、そう言いたいんでしょ!?」

 

ぐいとミカの手が伸びて、襟首を掴んで引き寄せた。

 

「それはあんたがそう言って欲しいんでしょ」

 

鼻先が触れ合う様な至近距離で、激昂のあまりむしろ凪いだ金緑種特有の瞳。

 

「私は言わない。……シャナが死んだのは、シャナが戦ったから。戦いぬくってシャナ自身が選んだから。それを勝手に、ーーあんたなんかに背負われたらたまんない」

 

所詮、浸かるための。自己憐憫のための。……責めることでむしろ、自分が楽になりたいがための罪悪感なんて。

赦しはしない。

赦すものか。

 

「シンが安否不明になったからってセオが負傷したからって、その程度で作戦中も今も戦えなくなる様なあんたなんかに!……何よ、シンは生きていたし、セオだって死んだわけじゃ無いんでしょ!だったらまだじゃ良いじゃ無い!こっちだってシャナが死んだの。アルトもサナもハニもメリョーも、帰ってきやしなかったの!それでも私もあんたも生きているのーーそうやって膝を抱えてうずくまってる場合じゃないでしょ!」

 

まだいいーーだと?

キュッとクレナの金の双眸の瞳孔が収縮する。その程度?

 

「そんなの、良いわけないでしょ!まだ良いなんてそんなわけないでしょ!」

 

セオも自分も。ーーエイティシックスには、最早。

 

「戦うしかないんだよ。私達は家族も故郷も何にもなくて、戦い抜くしかもうないんだよ。それなのに戦えなくなったらーー戦い抜くしかないのに、それさえ失くしたら、」

 

誇りしかない。

己を形作るものが、誇りしかない。

あったはずのものは何もかも共和国に奪われて、それだけしかないはずの。

その誇りさえ。

 

「そうなったら、私達はーー……!」

 

考えたこともなかった。

そして今や考えないといけない、突きつけられた目の前に。誇りさえ、奪われるという事を。

それでも死ねないとーー生きねばならないという事を。

エイティシックスでならざるを得ない。そんな未来が、ーーセオに、そして自分にも、訪れるかも知れないだなんて。

そんなの。

『長生きしろ』だなんて、そんな軽々しく出来ない。……誇りさえ奪われたら。

 

「平気なわけーーないじゃない」

 

小さな子供の様な、いかにも情けないその響きが嫌で、ミカを突き飛ばす様にしてクレナはその場を駆け去る。

 

 

 

 

 

胸ぐらを掴んで引き寄せた食事トレイの事はすっかり抜け落ちており、落としたかと思って振り返るとそこではフレデリカが小さな両手で持っていた。どうやら落としそうになった所を、取り上げてくれていた様だ。

 

「……ちょっと、言いすぎたわね」

 

クレナに対してはそう思っていないし、反省もしていないが、セオに関しては。

ーー死んでないからまだ、良いじゃ無い。

良いわけがない。

戦死も戦えないのも、どちらも自分たちにとって差異はない。むしろ戦死するよりも悪いかも知れない。

 

戦い抜くのが、エイティシックスの誇り。

 

その誇りを片作る物さえ、失ってしまうのだから。

……なるほど、思い至って仕舞えば立ち上がらなくなってしまうか。

 

「……ごめん、MSの隊長さん」

 

最後に長生きしろよと全員に言ったきり一向に連絡のつかないその人物にミカは謝罪の言葉を口にする。彼がどんな願いを込めてその言葉を口にしたのか、ミカは理解したつもりだ。だが……

 

「今の私たちは、戦うことしか。自分を証明できない……」

 

そう呟き、自分達に命を張ってまで未来や夢を託してくれた人にミカは心の底から謝罪をした。

いつかは見つかるかも知れないが、少なくとも今は……

 

「……ちびちゃん。取り敢えずそれ、食べちゃってくれない?」

「要らぬわ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

逃げる用にミカの前から駆け去って格納庫を出て、クレナの足は自然と、そちらへ向く。〈ステラマリス〉の医療区画。シンが今、居るはずの場所。

 

ーークレナ。

 

八六区のあの懐かしい隊舎で、クレナがいつも白ブタの憤りや詳しさで塞ぎ込むといつも、傍に呼んでただ黙って一緒にいてくれた時の様に。ただ静かで穏やかな声で呼んでくれたら。

 

最後の角を曲がって、クレナは足を止めた。

目指す病室の前に誰か立っている。青みがかった月白種の銀髪と険しい銀の目。頑強な武人の体躯と、従軍司祭の腕章。

 

「あ、神父様ーー……」

 

大きな熊の様な、長身の神父の視線が向く。ライデンよりも、ダイヤよりも背の大きい、見上げるばかりの巨躯。少女としてはほぼ真上から見下ろすほどの。

まるで。

ーーあの時両親の死骸と姉と幼い自分を、見下して嗤っていた奴のような。

 

「……あ、」

 

その場に立ち戻ったかの様に蘇る。夜の闇を引き裂くマズルフラッシュと血の匂い。

悪鬼の様に笑う、ぎんいろの。

ざっ、と血の気が下がる。

くるりと踵を返して、クレナはその場を逃げ出した。

 

 

 

 

 

セオやユートら重傷者達についての現状の報告を聞き終え、〈ステラマリス〉に残った軽症者の見舞いと確認に戻った征海艦の狭苦しい通路を歩く。

医療区画に入ったところで、出てきたクレナとぶつかりそうになって避ける。まるで逃げる子兎の様に。その背に怪訝に見送り、目を戻すと老神父が黙然と立ち尽くしていた。

 

「すみません。部下が何か失礼を」

「……いや」

 

緩く首を振って神父は振り返る。

 

「あの子らのされた事を思えば、無礼でもなんでもあるまいよ。私の銀髪を恐れるのも、銀の目を怖がるのも」

 

意外な言葉にレーナは瞬く。

 

「怖がる…ですか?」

 

エイティシックス達に侮辱を向けこそすれ恐れる素振りはこれまで見せたことがなかった様に思われるが。

 

「恐ろしいだろうと思うがね。あの子らが八六区へ送られたのはせいぜい七つ八つの幼子の頃だ。そんな小さな子供が、大の大人に怒鳴られ引きずらり回されーー恐ろしかったろうよ。手向かいもできない圧倒的な暴力に、身を護る術もなく曝されたのだから」

「………」

 

己の不明を恥じてレーナは沈黙する。開戦以前から白系種の多かった第一区で育ったレーナはエイティシックス達の護送を直接は見ていない。その時の様子を想像ができるが、実感はできていなかった。

 

「……そうか、私の背丈もーー幼子が大人から見下されていた様に感じたことも、引金になったのだな。これからは気をつけなければ」

「神父様……」

「なに、子供に怖がられるのは慣れている。何しろこの図体だ。……中で寝ている、気難しい元仔猫も会ったばかりの小さい頃には、随分怖がってくれたものだよ」

 

そう言い、その仔猫が誰なのかレーナはすぐに分かった。

 

「シン……ノウゼン大尉は、寝ているんですか?もう?」

 

就寝時間まではまだあるはずだが……

無言で覗き込むと、微かな寝息が聞こえた。周りのカーテンを閉め切って……シンは寝入ってしまった様だ。

 

「負傷で体力を消耗した上に、新型〈レギオン〉の追撃に関してかなり話し合っていた様だ。そのせいで疲れたのだろう」

「………」

 

そう言う人だからと様子を見に来たのだが……やはり無理をしすぎていた様だった。色々と負担もあったはずなのに。

 

「どうにか大人しくさせてくれと、軍医殿から注意された所だ。明日にでも貴方から、厳しく言っておいてもらえないか」

 

それくらいは構わないのだが。それなら親代わりであるーー……

 

「神父様から、言われた方が……」

「もう育ての親の言う事なんて素直に聞かんよ。それより貴方から言われる方が堪えるだろうしな」

 

意味ありげに見られ、レーナは頬を染める。……まあ、うん。

レーナは視線を彷徨わせると、……神父はふと、目元を緩めた。

 

「……収容所で私が見送った時。あれは笑い方も泣き方も忘れてしまっていた」

 

見返した先、神父は病室に目を向ける。

 

「それがまた笑える様になったのはーー貴方の存在が大きいのだろうから」

 

 

 

 

 

オペレーション・ハイスクールをやるか否か

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