軍病院を出て、シンは気が付けば基地のホールの、遊弋する原生海獣の骨の前の立っていた。
今でも竜の骨の様に思えてしまう巨大な白骨。
あの大海の覇者に比べれば赤子の様な大きさ。
ーー僕がいなくても、大丈夫だよね?
「……どうだろうな」
正直なところ、自信はない。言えなかったけど、自信はない。だって思い知らされた。何もできない。
セオの行きついた先に、シンは何もしてやれない、かける言葉さえも……
出来ることなんてない。覆す力なんてない。今もーーいつも。
見下ろす巨竜の白骨は、当たり前だが何も言わない。嘆息を溢し、戻ろうとした時。レーナがそこに立っていた。
流石に虚を疲れてシンは瞬く。
「……どうしたんですか?」
「どうしたって。……シンの帰りが遅くて、心配で」
苦笑して歩み寄る。レーナの表情だって、繕ったものだ。
レーナとセオの付き合いは短くない。それどころか諍いがあったあの音声だけの、確かに通ずる何かのあった数ヶ月に繋がったから、レーナも相当堪えていた。
「セオは、どう……」
「元気なふりをしてました。……自分は平気だから、甘えさせないでくれと」
「そう、ですか……つらい、ですね」
並んで立ち、白銀の双眸が、シンを追って白骨標本を見上げる。
セオの失ってしまった喪失にも、してやれることはない。シンの無力にも。
「ーーええ」
頷いてしまったら、たまらなくなった。
「何かできている、つもりだったんです。心だけでも、守れているつもりだった。でも、いざこんなことになったら、してやれることがない。かける言葉もない。俺はあいつにどうしてやったら良かったのか……」
見当もつかない。
「……すみません。情けない姿を見せてしまって」
「いいえ……その為に来たので」
何処か脆く揺らいだ瞳を、レーナは真っ直ぐに見上げる。それでいいのだと、肯定する様に。
シンも分かっていて、それでもこんなことにならなければよかったと、こんな事になって悲しいと。思う気持ちも間違いではない。
辛いだろうと心を寄せて、無力の打ちひしがれてしまうのもーーそれだけシンにとってセオが大切で、その気持ちが間違いなはずがない。
だからその発露が情けないはずがない。
「頼ってください。辛いなら、寄りかかってください。抱えきれないほど哀しいなら、分けてください。支えますから。共に、抱えますから。あなたが辛くて、哀しくてたまらない時は、私があなたをーー守りますから」
優しい人だ。優しいが故に自分をすり減らし、削れて耐えきれずに潰れてしまうかもしれないから。
「シン。これからは辛い時は私が、そばに居ます。必ず私は、傍にいます」
決して貴方を置いては行かない。
貴方を決して哀しませない。私だけは決して、貴方の傷にならない。
「私もーー貴方が好きです。
一緒にいきたい。一緒に、また海を見たい。貴方が見せたいと言ってくれた海を」
戦場の向こう、貴方が見せたいと共に見たいと望んでくれたものを。
「見たことないものを共に見たい。それを見て笑う、貴方を見たい。気持ちを分かち合いたい。嬉しいことも辛いことも。出来るならーーいつまでも」
貴方が抱える痛みも、首にある傷の由来も。いつか。
首の傷跡をなぞる様に両手で触れ、伸び上がって唇が触れる。
人目を避ける様に隠された傷跡に触れられ、シンは拒まなかった。むしろ壊れ物に触れるように肩と腰に腕が回って抱き寄せられた。重なった唇の血の匂いと味が淡くした。涙の味だと思った。
私の前では流さない。誰の前でも流さない涙の。拭う様に再び口をつけた。
戦場を滑る死神の前で、誓いとして。
鮮血の女王が引き起こす、奇跡として。
「行きましょう、一緒に。この戦争を超えて。命ある限り生き抜く、その最期までーー共に戦い抜きましょう」
そんな期限付きの幸福は望まない。そこらへんの小石の様に死が転がっている戦場で、そんな弱々しい願いでは蹴散らされてしまう。
死にも、二人を分たせない。
「私は必ず、貴方に帰りを待っています。決して貴方を、置いていかない」
それはこの絶死の戦場では奇跡でも起こらないと叶わぬ願いで、互いに履行を迫る以上。これは誓いだ。
「だから貴方は必ず、私の元に帰ってきなさい」
これからどんな戦禍が待ち受けていようとも。死戦を抜けて。
「必ず無事にーー帰って来なさい」
ホールを出ると、そこではカイエやハルト、レッカが集まり。視線の先にはクラウやテオの姿があった。
「あれは……」
何を話しているのだろうとレーナが駆け寄ると、ハルトが気づいた様子でレーナ達に言う。
「あぁ、ちょうどよかった。探そうと思っていたところですよ。二人とも」
「え?」
どう言うことだと思っていると、クラウ達は少し申し訳なさそうにしながらレーナ達に言う。
「今度の派遣で、私達は部隊編成も兼ねて一度本国に戻ることになったのは知っているわよね?」
「はい……聞いています」
するとそこでテオが続く。申し訳なさそうにレーナを見ながら。
「今度、その僕たちの代わりに補充される部隊ってのが…ちょっと問題でね……」
「はぁ……?」
「まぁ、今後は会えなくると思うから。最後の挨拶をしようと思って……」
「えっ…!?」
クラウ達の話に、レーナはやや驚く。本国に帰るとは言っていたが、会えなくなると言うのはどう言うことか。すると、クラウは息を一旦整えるとレーナ達に言う。
「私達ストライカー戦闘大隊は……今度のノイリャナルセ聖教国での任務を最後に、解体される事が決まった」
「……」
レーナもシンも驚いた。確かに海に出た部隊は壊滅的打撃を受けたが、陸上に残った部隊は生き残っているではないか。それなのに……
「元々試験的な意味合いを含めていたのもあるけど、隊長のリノが戦闘に復帰できるかわからない今。他国に部隊を派遣することに懐疑的な意見と、後は大隊のくせに戦力を割きすぎだって議会で揉めたんだってさ。上がいないから解体も簡単に進んだのよ」
「そんな身勝手な……」
確かにリノはまだ面会すら許されていない状況だが、それは無抵抗の人に書類を叩きつけて書かせる様なものだった。レーナはその横暴さに少しだけ憤りを感じて居たが、気になった事があった。
「では、合州国は今後は派遣されない可能性があると?」
「うーん…どうだろう。まだこの計画自体が終わったわけじゃないから、いつかは送られてくるんだろうけど……まあ、でもこんな大規模ではないでしょうね」
「戦果を上げても、結局は目先の事情には叶わないわけで……」
「目先の事情?」
するとテオが詳しく話す。
「モビルスーツの数だよ。ここ最近、レギオンのザクに慣れてきたけど。この前リック・ドムが現れたでしょ?それで上は警戒している。前々からジオン系モビルスーツも徴用して戦線に送り込んでいたし、一年戦争時の旧式機まで持ち出しているんだ。ようは他国に十機以上も最新モビルスーツを持っていくなってい言う事」
「ああ、そう言う事ですか……」
「機密漏洩の可能性もあるから上は慎重になっているのよ」
クラウはそう言うとレーナ達を見ながら改まって敬礼をする。
「彼方の最後は散々だったけど、色々とありがとう」
「いえいえこちらこそ、色々とお世話になりました。皆さんが無事に帰れる事を祈っています」
「もし、合州国に来る事があれば連絡してください。色々と見どころは多い国ですから」
「ええ、その時があれば……」
そう言い、クラウとレーナは敬礼を済ませるとそのままテオはシンの方を軽く叩き、その瞬間にシンの胸ポケットの中に一枚の切れ端を入れるとそのまま去って行った。
「?」
疑問に思って紙を見るとそこにはある情報が書かれていた。
『こんな形ですまないが、リノの様子を一回だけ見る事ができた』
小さき書かれたそれに、シンは意味を理解して少しだけ人目を警戒してその場を去ろうと思ったがカイエが言う。
「ここにいる三人は聞いているよ」
「……そうか」
シンは事情を察し、カイエに聞こうとする。するとカイエは一旦周りを見回した後に言う。
「ここじゃ人目につくから私の部屋に来てほしい。詳しい話をしたいから」
「分かった」
「レーナも聞くかい?」
「……お願いします」
そう言うと彼らは荷物を纏めた状態の宿舎に一旦戻っていった。
ハルト達の止まっていた宿舎の部屋に入るとハルトは警戒の為に外に出て、カイエはベットに座り込むと口を開いた。
「さて…何処から話せばいいのか……」
「できれば今のリノの状況を優先的に聞きたい」
「分かった……でも良いのかい?聞いても…」
「覚悟は出来てます」
レーナはそう言うとカイエは時間も近づいてきているので分かりやすくも要約して話した。
「クラウ達が十分間だけ、集中治療室に入って様子を見て来た。他言無用を条件にね。……それは酷いものだったそうだ。身体中が衝撃波でボロボロに折れ、内出血が酷く内臓がやられたらしい」
「「……」」
レーナ達は静かに話を聞くと、カイエは話を続ける。
「電磁砲艦型の攻撃を受けた際にコックピットが一部剥き出しになっていたそうで、……何よりまだ意識が回復していないそうだ」
「「っ!!」」
シン達は一瞬驚いてしまう。それ程の重体だったのかと……。
「この事は国内の混乱を招く可能性がある為、徹底的に伏せられている。くれぐれも漏らさ無いでくれ。容態を見た二人の命のためにも」
「……」
そう言うと、ハルトが扉越しに声をかける。
『人が来た。そろそろ移動したほうがいい』
「そうか……」
ハルトの話を聞いたカイエはレーナ達に一つの紙袋を渡す。
「これは?」
「……リノが君達にと、作戦前に渡してきた物だ」
「……」
さっきの話を聞いて心が痛くなってしまうが、カイエは続ける。
「受け取っておいた方が、彼も嬉しいと思うぞ」
「……」
しばし考えた後、レーナ達はリノの残したささやかなプレゼントを受け取った。
移動途中、合州国の隊員達が静かに見送る中。レーナとシンはプレゼント中身を見ると、それはペアの香水だった。オリヴィア大尉と同じやり方かと思った後、レーナ達はリノの考えに顔が真っ赤っかになってしまっていた。
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
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やってほしい
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やらなくていい