86-エイティシックス- 獅子の来訪   作:Aa_おにぎり

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#97 貴族の面子

 

 

 

 

 

雪の様に灰が降り続く。

どこか祈りの言葉にも聞こえる独特の抑揚のノイリャナルセ聖教国管制官のアナウンスが響く臨時格納庫の中を、グローブを嵌めつつアノラは歩く。

格納庫には今回派遣された〈ロト〉六両が並び、その反対側には灰色で塗られたフリッツヘルムに換装された〈ハイザック〉や〈M61A5E3〉、〈M353A4〉、〈ジム〉がズラリと並び、奥には〈レギンレイヴ〉が並んでいた。だが、周囲に見知った若い連中の姿は見当たらなかった。今頃は本国に移送されている頃かと想像し、軽く頭を振る。作戦前に気を取られるわけにはいかない。

 

聖教国の軍施設の特徴として、外気を完全に遮断する造りになっている点が挙げられる。アノラやシン達のいるこの臨時格納庫も、外部からは完全に密閉され、フィルターを通して外気が供給されていた。その影響で、格納庫の中はどこか宗教施設を思わせる様な清浄な空気だ。

なんと言うか、軍施設とはかけ離れた印象の壁と天井。

その中でまるで浮かび上がる不吉の影の様に、昏い色彩の巨影が目についた。

〈レギンレイヴ〉の向こう、格納庫の暗闇に厳然と佇む。高い天井に擦りかねない巨軀。生あるもの全てが寝静まる夜の様な、特有のガンメタルの塗装の。

 

 

 

亡霊騎行(アルメ・フュリウーズ)〉。

 

 

 

 

 

「ーー作戦を確認しましょう、ヴィラディレーナ・ミリーゼ大佐」

 

ノイリャナルセ聖教国軍第三機甲軍団シガ=トゥラの司令所は、連邦軍の無骨なそれに慣れ親しんだレーナの目には異教の礼拝堂にも思えた。修道僧の様な軍服も相まって神域の様な清浄さだ。

 

半円球のホロスクリーンで投影された作戦図上で、北方〈レギオン〉支配域内の一点が第三機甲軍団長の言葉に合わせて点滅する。

 

「目標は白紙地帯内部。前線より七〇キロ地点に進出した新型〈レギオン〉攻性工廠型の排除です。参加戦力は我らが第三軍団シガ=トゥラと第二軍団イ=タファカ、そしてこの度連邦と合州国より派遣された、機動打撃軍第一機甲グループと義勇連隊ミルメコレオ連邦派遣旅団。トリントン・グループ一個大隊」

 

つい混乱気味にレーナは見返してしまう。……聖教国に派遣されて半月近く経つが、この軍団長閣下にはどうしても慣れない。現場指揮官であるドミトルと言う大人がここに居ないことがこうも辛くなるとは。

視線の先で、陽光の金色の髪と目をした小柄な、繊弱な少女がクスリと笑った。

 

「極西諸国軍の将の皆様方には慣れていただけたようですが、そういえば誰も最初にお会いした時は目を剥いておられました。驚かれるのも、新鮮で嬉しいですね」

 

ヒェメルナーデ・レェゼ聖二将。

今回共同する聖教国軍第三機甲軍団の、軍団長と言う少女。

そう、軍団長。レーナの様な旅団レベルですらレーナやグレーテですら異例の人事だと言うのに。ここまでくるともはや異常だ。

確かに、数個軍団をヴィーカは指揮していたが、それは連合王国の王子だからだ。彼の国は王が統帥権を独占する専制君主国家。だから当然の事なのだが……

 

「失礼を、レェゼ二将。聖教国では特別な事ではないと、伺ってはいるのですが……」

「どうぞ、ヒェルナとお呼び下さい。大佐はちょうど、お姉さまくらいのお年頃なんです。妹の様に扱ってくだされば嬉しいですから」

 

流行り困惑を隠しきれないレーナにヒェルナは上品な笑声を立てる。

 

「放埒を好むは人の性、低きに流れるは人の習いならば、我らノイリャ聖教の厳格なる教えに異国の民が従えぬのは無理なきこと。まして地の姫神が定めし御役目に身を捧げぬ放埒を自由ば、お気になさることはありませんわ」

「…………」

 

出国前にグレーテから聖教国は何もかも価値観が違うとは言っていたが……。

レーナは嘆息する。ここの幕僚達とも話していてわかる価値観の断絶。

聖教国を中心にこの地域て信仰されているノイリャ聖教の聖典では人は果たすべき役目、従うべき運命がそれぞれに課され、故に全ての魂は果たすべき家の元に生まれつく。何よりものこの宗教を優先するこの国では今でも職業選択の自由が与えられず、結婚の自由も認められていなかった。

傍ら、無言で佇立していた聖教国軍の兵士が軽く咳払いをする。嗜められてヒェルナは細い肩を跳ねさせる。

 

「あっ……すみません。私、何か失礼を申し上げてしまったのですね?」

 

途端に純粋無垢な表情で、叱られた仔猫のように見上げる。ーーそう、あくまで彼女に悪意はないのだ。ただ、考え方が根本から異なるだけで……。

言葉が違うのに、最初から連邦語で話したのがヒェルナだ。言っていることがはっきりとわかるほど自然に。

 

「いいえ、お気になさらず。……それからヒェルナ。私のこともどうぞ、レーナと」

「ありがとうございます、レーナお姉様!」

 

ヒェルナは顔を輝かせた。こう言うところは三歳年下のまだ幼い幼女だった。

もう一度参謀官から咳払いされ、ヒェルナは今度はおどけた様子で大仰に肩をすくめた。あくまで正面を見据える参謀官の、その双眸に妹に向ける様な優しい情愛。

愛されているのだと、この小さな軍団長は。彼女の部下達に。

 

「それではヒェルナ。ーーついでに教えていただきたいのですが、前線から七〇キロも離れた攻性工廠型を、どうやって補足したのですか?」

「予知官の『信託』が捉えたのです」

 

怪訝な顔のレーナに参謀が補足する。

 

「陽金種の異能を我らはそう呼ぶのです、大佐殿。己と同胞に迫る脅威を、肌で感じる能力ーーとでも言いましょうか。焔紅種の千里眼や青玉種の予知のように具体的な脅威の内容は把握できませんが、代わりに検出可能な距離は極めて広い。今代の神託官達なら極西の友邦全体の戦線を把握可能です」

「この十一年間、聖教国と周辺国が形を保てた理由の一つが、この信託にあると評価していただいておりますわ」

 

シンと似た様な異能がこの国にはあるのか……

 

「参謀の申した通り、神託は具体的な脅威の内容を把握し得ません。確認の為、〈レギオン〉支配域に斥候を向かわせた結果。ーーかの巨獣、攻性工廠型の発見に至りました」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……貴族どもは平民出の雑兵がいくら死のうと権力争いを優先してきたくせに、手柄の匂いを嗅ぎつけるなり手駒を投入したって。評判は芳しくないわよ」

 

連邦軍西方方面軍司令本部で、グレーテ、リヒャルト、ヴィレムの三人が集まって〈レギオン〉の動向について話し合っていた。ちくりと言うグレーテに、その貴族の一人であるところのヴィレムはまるで動じない。

 

「貴族()()の軍への影響力をこれ以上増やしたくないと、我々の私兵の編入を拒んできた市民共にそれを棚に上げられてもな」

 

貴族の私兵投入という連邦軍の余裕を失い始めた証拠。

帝政時代から今も軍上層部は大貴族で埋め尽くされ、革命以降は確実に数を増やしつつある市民階級の士官。双方の思惑から大貴族の保有する私兵はこれまで連邦軍に編入されたことはなかった。十一年続く戦争で、夥しい数の戦死者にも関わらず。

 

「そもそも雑兵どもが〈レギオン〉と相討ちになり、数を減らして市民の勢力が衰えるのをまっていたのが、私兵投入を今まで見送ってきた理由だ」

 

冷徹に、だが流石に口には出さずにリヒャルトは思う。

市民が大半を占める〈レギオン〉戦争の戦死者を敢えて座視し、戦争後に私兵を送り込んで軍部の掌握を行う。それが貴族側の目的だった。ーー戦後に激化するであろう。貴族同士の戦いに備えて。

帝政末期の宮廷は幾つかの派閥に分かれ、そのうち帝室護持を掲げた帝室派は、その帝室が滅びた今は烏合の衆。だが、その帝室に変わり、自ら新皇帝となるのを目指した一派はそうではない。権威を維持しながらも、政権転覆の気を狙っている。ーーそう。

 

「ブラントローテ大公はーー新帝派の女王気取りは実際、下民がどれほど死のうが構わぬからミルメコレオと言ったか、例の連隊を寄越したのだろうしな」

 

機動打撃群や軽犯罪者で構成される合州国のPMC部隊と共に派遣された部隊。蟻獅子(ミルメコレオ)。名前の通り、()()()()()()。どれほど必死に獲物を狩ろうと、自らは喰らえずいずれ飢え死ぬ哀れな獣。……気の毒なことだ。

 

「ーー本当に、貴方達大貴族は帝国が滅びても伝統の不仲は改めないのね」

 

僅かばかりの暗澹と目をすがめたリヒャルトの思考はグレーテの声に遮られる。

 

「帝国開闢以来の伝統。夜黒種と焔紅種の反目と対立。……聖教国の敵機は電磁砲艦型の修復後か、少なくとも関連する新型と推定された。かの敵機の鹵獲よりも、破壊を優先して例の試験兵器を投入するのでしょう。重要な情報はミルメコレオ連隊にはーー焔紅種には渡さないと、そう言うつもりよね?」

 

リヒャルトは無言で肩をすくめる。グレーテの言うことはある意味正しい。電磁砲艦型は情報収集の役には立たない。それはシンに確認済みだ。あれに宿る〈羊飼い〉は帝国軍人ではない。彼らが()()()()()()()()は、持っていない。

ただ。

 

「思惑があるのは焔紅種でも同じだ。何しろ第一機甲グループにはノウゼン大尉がいる。暫定大統領エルンスト・ツィマーマンの保護下にあり、何より『ノウゼン』である彼が」

 

一般的にはエルンストが革命を成功させた英雄となっているが、革命を成功させるには何かしらの援護があって成し遂げられた。彼は黒珀種、つまりは黒系種の従種ーー臣民だ。後押しをしたのはリヒャルトの生家アルトナー家やヴィレムのエーレンフリート家を含めた夜黒種の一派。

あくまで自ら載冠を狙う焔紅種達と、戦後激突するであろう夜黒種の最大派閥。その領袖こそがーーノウゼン家だ。

 

「〈レギオン〉最大の兵種を見事討ち取った戦功を掠め取られたくないのはーー民草にこれ以上彼とエイティシックスを英雄視させたくないのは、ブラントローテの女狐と新帝朝派の方だ」

 

 

 

 

 

 

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