通信回線越しに轟く歓呼に応える様に。ヒェルナは片手の指揮杖を軽く石突を鳴らす。硝子の鈴が涼やかに、冷ややかに鳴る。
「地の定めと護国の誇りの下に、ーーシガ=トゥラ、出陣を。この地の戦は我らが戦。我らこそ本攻の心持ちで、あい務めなさい」
独特の繊細な反響で灰の戦場に玲瓏と響く。次の瞬間、軍団全員が咆哮したかのような鯨波が返る。
思わずレーナは気圧されてしまう。ーーこれほどの大軍勢をレーナは指揮した事がない。
「すごいーーのですね」
「我が軍団のこども達は誰もが皆、〈レギオン〉に親兄弟を殺されておりますれば」
もはや熱狂、いや狂信と言えるほどの兵の支持。ヒェルナは正面を見たままで、レーナは気づく。
聖教国は生まれた家で職業が決まる。つまり、ここに居る軍人は全員が戦場に立つ兵士たちの家族だ。
五つの師団がそれぞれに動くシンボルを曲げたまま、まだ紅も引かない珊瑚色の唇が一瞬、涙を堪える様に引き結ばれた。
「ーー私も…私の家族も〈レギオン〉に。ーーレェゼの家門は、聖者の家門。祀り事を司る聖者は政たる戦も司りますれば、十一年前の開戦時にレェゼの一門は皆将として出陣したのです。そして全員戦死した。私以外、全員が」
聖者とはこの国で言うところの大臣の様なもの。開戦時にはまだ幼過ぎて戦場には立てなかっただろうヒェルナ以外の、まさか全員が。
それほどのーー激戦。
落日の金色をしたヒェルナの双眸が、一瞬苛烈な光を帯びる。けれど振り返った時には元の柔らかな微笑だった。
「それを知っているから、皆私を慕ってくれるのです。ーー私達は皆、家族を亡くした……仲間ですから」
〈アルメ・フュリウーズ〉の周囲には発進順に〈ジャガーノート〉が固まり、その一角で待機状態の〈ヴェアヴォルフ〉の側でライデンがインカムを抑え、シンに見返して言った。
「ーーシン、陽動の部隊が動いたぜ。現時点では進捗通りだ。俺らの進発も、予定通り時期に始まる」
「了解。ーーフレデリカ、お前も移動を」
静かな声が向けられ、少し誇らしげにフレデリカは頷く。ーーこの作戦ではフレデリカは観測要員として、前線後背に控えるリト達と同じ旅団本隊、その射撃大隊への配備だ。
「聖教国の陽動部隊が〈レギオン〉前線部隊を惹きつけている間にそなたら挺進部隊が前線後背に進出。攻性工廠型を作戦域に拘束。その上でわらわらち本隊は陽動により生じた敵部隊の間隙を通過、〈レギオン〉支配域六〇キロ地点まで進出し、攻性工廠型を撃破する……であろ。ーー作戦概要は把握しておる。任せておくが良い」
頷いて見せて。ふと、笑みを消してフレデリカはシンを見上げる。
「ーー妾を使う、決心はついたかの。シンエイ」
それはこの作戦でフレデリカを観測要因を任せることではなく。〈レギオン〉の全停止の号令を、帝国最後の女帝に下させることへの。
「……正直、気が進まない事に変わり無いけど」
小さく嘆息してシンは応じる。少女一人に人類の命運を背負わせることを、少女一人を戦争終結の贄とすることをその誇り高さと優しさから彼は良しとせず、……けれどその結果、彼の戦友は一人戦い抜くことを絶たれた。その酷薄な天秤を、苦く、けれど目を逸らさず見据える瞳。
「セオやリノの様な犠牲を、これ以上増やさせない。あいつは俺に何もしてやれなくて。けど、
〈レギオン〉に対峙するありとあらゆる戦場で、今も失われてゆく全ての兵士達をーーこれ以上失わせぬ為の戦いを。
見上げてフレデリカは言葉を紡ぐ。ーーその選択の責任を一人に背負わせぬために。
「言うたであろう。わらわとていつまでも、子供では無い。そなたとてライデンやヴィラディレーナは頼みとするであろ。同じ様なことじゃ、戦友の力を借りるだけのことじゃ。……負い目に思うことでは無いわ」
「
「過保護なお兄様じゃのう。……仕方がないの。そなたを、共和国と同じにはさせられぬ」
やれやれと苦笑し、ーー思いついて付け加える。
「……したがあの厄介者の切り札については、以下にそなたが過保護でも次からは願い下げじゃからの」
「ああ……」
攻性工廠型は元が自動工場型、電磁砲艦型である通り、極めて巨大だ。〈レギンレイヴ〉の八八ミリや〈ヴァナルガンド〉の一二〇ミリ砲では大きなダメージにはならない上に、恐らくは対ビームコーティングを施していると予想しており、ロトの搭載する二〇〇ミリ砲やバズーカが頼りの一つでもあった。
ただ、今回起きられてきた合州国の兵とはあまり行動を共にしたくないとは思っているが……。
新兵器のための観測員なのだがーー何しろその新兵器というのが。
「毎度毎度、行き当たりばったりだの」
「対策が用意されているだけ、今までよりはまだマシだと思う」
突然、誰かの声が割り込んだ。
「ーー我らが黒鳥が、持たざる者らにはさぞ羨ましいのでしょうけど、卑賤とはこれだから嫌ですわ。酸い葡萄の逸話さながら、狐狼豺虎の如き下民は貴人を妬むものなのですわね」
フレデリカは眉を上げる。
「……なんじゃと?」
と言うか……
誰だ?
割り込んだつんと権高な声に、流石にシンは面食らう。何しろ軍基地にはあるまじき。
「そもそも這いつくばるがこと気見窄らしい骸骨風情が、お兄様と〈ヴァナルガンド〉を差し置いて主方面とは
甲高いーー幼い幼女の声だったので。
無意識に目を向け、猫の様に釣り上がった金色の瞳と目が合う。
十ほどの小柄な少女で、きつく巻いた薔薇色に近い真紅の髪を垂れた耳の様に左右に結いあげ、こんな場所で緋色の絹のドレスと赤い宝石のティアラ。なんと言うか……全体的に真っ赤な少女だった。
彼女自身に見覚えはないが、この赤一色の外観はこの派遣で見慣れていて、マスコットの少女だろう。攻性工廠型の確実な撃破と、情報収集のためにシン達に加えて派遣された、もう一個の連邦の機甲部隊の。
シン自身、八六区で彼女と大差ない頃に戦場に出ていたわけだし、ついでのフレデリカで見慣れていたが、連邦軍のマスコット然り〈シリン〉然り、聖教国軍の軍団長然り、どこも非常識だと今更ながらシンは思う。だから、隊員が犯罪者と言う点を除けば常識的な配置である合州国の部隊を見て感覚を直していた。
「かたはら、か?」
「あっ」
意外と素直に、マスコットの少女は声を上げる。フレデリカが遠慮なくーー最前の意趣返しのつもりでーー噴き出たものだからか、少女はきりきりとまなじりを吊り上げる。
「なんですの!生意気な!」
「なんじゃと!そっちこそ生意気な!」
シンはげんなりと息を吐きながら、ここにリノ達がいればと思ってしまった。
リトのことは嗜めたが、ミチヒにとっても聖教国軍の様子は少し不気味だった。
輝く真珠色の無謀の兵士、無数の見慣れぬ形状のフェルドレス。何より、巡礼に向かうかの様な荘厳と敬遠に満ちた聖教国軍。
それがミチヒにはどこか頼りなく、薄っぺらい。エイティシックスはほとんどが神様やら天国を信じないから、その影響だろうか。
『緊張しているのかな、お嬢さん。ーー大丈夫だ。我々ミルメコレオ連隊はか弱気聖教国の民草も君たち機動打撃群のいたいけな子供達も、必ず守り通してみせるから』
雑音混じりのインカム越しに、君が悪くなるほど滑らかな旧ギアーデ帝国の貴族階級の訛り。書類上の保護者とも、リヒャルト少将やヴィレム参謀長のそれとも違い、慣れないせいかなおさら気障りだ。ともあれ、気遣ってくれているのは確かなので、聞こえない様にそっとため息をつく。これでも合州国の部隊よりかは話していても憤りを覚えないだけまだマシかもしれない。
チラリと見やった先、格納庫には自身の〈ファリファン〉を含めた〈レギンレイヴ〉の純白の機影の他に、別のフェルドレスが映る。蹂躙をその任とする頑強な八脚。堅牢な複合装甲に鎧われた厳しい車体。二挺の重機関銃に、戦車型や重戦車型を相手取るための強力な一二〇ミリ滑腔砲。ーー但し、塗装は鮮やかな辰砂の。
連邦の主力フェルドレス、M4A3〈ヴァナルガンド〉。
この作戦で協同する、連邦から派遣された部隊の所属機だ。
「義勇機甲連隊ミルメコレオーーでしたか」
グレーテから聞いたかつての大貴族の私兵部隊を、連邦軍に組み込んだと言う部隊。塗装色が辰砂なのは随伴する装甲歩兵の〈ウルフへジン〉も同様で、貴族らしさが滲み出ている。まるで時代錯誤の鎧騎士の様だ。
傷ひとつないところを見ると、まるで〈レギンレイヴ〉とは真反対だと思ってしまう。
「親切なのは分かりますが、そっちこそ初陣の子供のように言われる筋合いはありません。……馬鹿にしないで頂きたいものです」
聖教国軍の五個師団はそれぞれ進発し、そのどれもまだ会敵の報告はなかった。一息ついたヒェルナがレーナを見上げてそう言えばと小首を傾げる。
「義勇連隊の方々は、どの様なお人なのでしょうか?トリントン・グループは民間軍事企業だと、聞いてはおりますが……」
「……すみません、私も共和国軍人なので、あまり連邦軍の事情にあまり詳しくなくて」
変わってマルセルが周りの参謀に促される形で口を開く。
「元々帝国貴族が持っていた、所領の連隊の名残っすよ」
ヒェルナの大きく澄んだ金色の瞳を見て彼は思わず目を逸らす。
「帝国の頃は、領主もそれぞれ軍隊持ってたんで。連邦ができた時にほとんど軍に接収されたんですけど、一部の有力者は私兵として幾らか手元に持つことを許されたんです。で、帝国では軍人は貴族とその配下が独占していましたから、所領連隊もほぼ貴族の子弟とか貴族の血筋の出とかで。……だからミルメコレオの連中も多分貴族っす。主君に当たるブラントローテ大公は焔紅種の権門だから……あいつらも焔紅種の貴公子様ってことです」
「なるほど……」「そうなのですね……!」
レーナとヒェルナは感心して頷く。道理でかの部隊の士官達は品の良い好青年達ばかりだったのか。
説明した当のマルセルは、何やら納得のいかない顔をしている。
「ただ、……それにしてはあの人たち、」
オペレーション・ハイスクールをやるか否か
-
やってほしい
-
やらなくていい