現世。
山奥の森で囲まれた中にある開けた土地。
そこにとある一族のみで構成された集落がある。
村には幼い子供や働き盛りの青年や娘も多く暮らし、他の村とも幾分か交流があり活気溢れる村だった。
だがここ数年は村への出入りを一切禁じ、村人たちは何かの準備に追われかつての明るさは失われていた。
まるで戦の準備でもしている雰囲気だった、と。近くを通りかかった村人は言う。
――――――――――――――――――――
爆風。風を切る音。怒声。人が倒れる音。
集落がある場所でそれらが絶え間なく鳴り響く。
いや、正しくは集落だった場所となりつつあるのだが。
木造の家屋は大半が砕かれるか焼かれて原型を失われつつあり、また幾つかの建物は既に跡地と化している始末だ。
そんな戦場と化した村の中で怒声の発生源である村人――滅却師たちは一様に険しい顔をし、各々武器と光輝く矢を構えていた。
矢の向ける先は、空だ。
「なぁ、もうええやん。そろそろ観念してこっちの話聞いてってば」
矢の先には金の髪を一つに結い上げ、地上を見下ろす一人の女死神が立っていた。
ところどころ彼女の死覇装は破れ、何かの爆発に巻き込まれたのか頬には軽い火傷を負っている。
死神である彼女、平子真子は抜き身の刀を肩に当て億劫そうに話しかける。
「もしもーし。この距離聞こえて――」
真子の言葉はそこで強制的に中断された。
下から滅却師の矢が放たれたからだ。
「――るっぽいな」
高速で放たれた矢を瞬歩で避け、先ほどと同じく空から地面を見下ろす。
目を細め、険しげに矢を放ったと思われる滅却師を注視した。
そこに居たのは、まだ幼い少年だった。
「うるさいぞ死神が!どうせお前はおれ達を斬るために来たんだろ!」
「……まぁ任務はそうやねんけど、ちょっと聞きたいことがあるだけやんか」
「死神風情に話すことなんてない!」
「おぉ……なんかテンプレ的なセリフやん。ちょっと感動したわ」
真子は手にした刀を鞘へ納め、滅却師とは少し離れた地面へゆっくりと降り立ち両手を顔の高さまで上げる。
滅却師と同じ目線になって、死神は再度問いかけた。
「ほら。今のアタシは無防備で人数もそっちの方が多い。一つや二つの話ぐらい聞いてくれてもええんとちゃう?」
「だから、誰がお前に――」
「――聞きたい事とは、なんだ」
少年の言葉を遮って現れたのは、年老いた男だった。
老人は身の丈ほどもある弓を持ち、話を妨げられ驚きに目を開く少年を死神の視線から隠すように二人の間へ出る。
「お、やっと話聞いてくれるんかいな!爺さん頭硬そうな顔して融通利くやん!」
「……先ほどから思っていたが、随分姦しい死神だな。死神とは貴様みたいに舌が回る者が多いのか」
「ん?せやなぁ……口回るやつも多いけど、お前らみたいに耳塞ぐやつも居るで?」
「減らず口め」
会話の最中にも周りの滅却師たちは真子へと敵意を向けるのをやめない。
真子はそんな視線など感じてなどいないと言わんばかりに老人との会話を続ける。
「見たところ、爺さんがこの村の長っぽいけど、合ってるん?」
「そうだな。私が村長だがそれがなんだ」
「って事は、村の事に一番詳しいって事やんな」
「……先ほどから、何が言いたいんだ」
老人の疑問に真子は上げていた手を下す。
警戒した滅却師の一人が咄嗟に真子を撃つために弓を構えるが、老人が手を上げる事でその滅却師は構えを解く。
「……今から五十年ほど前、アタシら死神はこの辺りの森で虚の集団に遭遇した」
「ほう?」
「いやホンマ、わんさか出よってなぁ。当時現場に居たのはまだ毛も生えてないような大勢の赤ん坊と、一人の保護者や。今考えたらあれワンオペってやつやん」
ケラケラといつもの飄々とした態度で真子は語る。
が、すぐに真子はその態度をかき消し射るような視線で老人を見遣る。
「そん時虚の被害にあってアタシの同期と上司が死んだんやけどさ。お前ら、五十年前にこの辺りで虚の撒き餌使ったか」
「……」
何故撒き餌の存在を知っているなどと老人が問いかける事はない。
彼は真子を彼女と同様に、射ぬくような視線でただ見返しているだけだ。
暫し双方が口を閉ざし、静かな時間が流れる。
「だったらなんだ」
静寂を破ったのは老人だった。
否定とも肯定ともとれる言葉に真子は眉をひそめる。
「……それは肯定って事でええの?」
「貴様の好きに受け取れ」
「あっそ、ならそうするわ。……まぁ撒き餌見つけた時点でそうやろうなとは思ってたし、確証得たかっただけやから別にええんやけど」
「……」
「……他の場所でも、撒き餌使ったか?」
「そんなの知るもんか!」
答えたのは老人ではなく彼の後ろに居た少年だ。
老人の後ろから顔だけ出して鋭い目で真子を睨むが、すぐに老人によって顔を隠される。
「……ま、そりゃそうか。他の地区でも撒き餌を使ったのかどうか分かれば、一番よかったんやけどなぁ……」
真子は小さく呟く。
独り言のつもりで、つい漏れ出てしまったような声だった。
「……聞きたいことはそれだけか。死神」
「ん?あぁ、せやな。もう十分やわ」
おおきに、と感謝を告げて真子は腰に差していた斬魄刀を抜く。
途端一斉に放たれる滅却師の光の矢。
数十を軽く超える矢は真っ直ぐ真子へと向かって、土埃を巻き起こしながら着弾した。
次々と矢は放たれて、まるでそれは光の雨のようにも見える。
雨はしばらくの間振り続け、数秒後に老人が手を上げて攻撃を中断させた。
土埃は辺りを漂い、やがて風が吹き土埃晴れる。
そこには、誰も居なかった。
「え、」
驚愕の声を上げたのは少年のみ。
他の者たちはこうなることを予想しており、辺りを警戒していつでも撃てる準備をし弓を構えている。
「いやマジで殺意たっかいな。怖くてビビってまうわ」
声がしたのは、またもや空から。
自分たちの上を見上げれば、逆さまに空へ立つ死神の姿。
しかし先ほどの雨に少なからず当たっていたのか着ている着物の破れている場所は増え、遠目で見える首筋には血の線が走っている。
片手に持った斬魄刀の形が変形している事が気になるが、消耗しているのは間違いない。
このまま攻め続ければいける。
誰かが小さくそんな事を口にした。
「うん……やっぱ怖いし、一気に決めさせてもらうわ」
死神は柄の部分についた円状の部分を持ち、振り子のように回し始める。
「ホンマは、使いたなかったんやけどな」
どこからか、土埃に紛れて甘い匂いが漂ってくる。
「だって、一度も実践で使ったことないんよ」
矢を番えた少年は、親に貰ったべっこう飴を思い出した。
戦場に、巨大な蕾が芽吹いた。
うふふ あはは 真子 真子
貴女を傷つけた ものどもに 心を痛めるなんて
ああ だからあなたは 甘いのよ
空の蕾がゆっくりと花開く。
そこから現れたのは、左手で肩を押さえ脂汗を額に浮かべる真子の姿だった。
押さえている肩には一本の光の矢が深々と刺さっており、血が徐々に死覇装を侵していく。
真子は少しばかりふらつく足をそのままに、静かになった蕾の外へ出て辺りを見渡した。
「……ホンマ、えげつないなぁ」
そこには、夥しい数の人の抜け殻が散乱していた。
周りは倒壊した家屋の木屑と土埃が空気中で混ざって不快な臭いが漂い、地面からは鉄臭さも立ち込めている。
鉄臭さの原因である抜け殻たちの致命傷は、矢で射ぬかれた傷。
――彼らは味方どうしで傷つけあい、全員が倒れ伏した状態で地に伏していた。
「ん、まぁ……一言余計やったけど、お疲れさん」
彼女は肩から垂れる血で汚れた逆撫を鞘へ直し、柄頭を優しく叩く。
そのままゆっくりと降下し、残骸だらけとなった地面へ足を着いた。
着地の衝撃で痛む肩に顔を歪めるが、次第に霊子で固められた矢は霧散していく。
真子はそのまま消えていく矢を見ていたが、ふと自らの肩の向こうへ見える抜け殻に目が留まった。
それは、あの老人の後ろに隠れていた少年だった。
真子が卍解する直前、この少年は弦に触れていた指を放していた。
放たれた矢は真っ直ぐと真子へと向かい、卍解を発動する隙をつかれる形で真子は直撃を許してしまった。
「……」
真子は何も言わずしばらくその少年の遺体を見下ろし、一度目を深く瞑る。
少しの間その場に佇んでいたが、何かを振り払うかのように頭を振って歩き出した。
後に残るのは崩壊した家屋と、同士討ちした村人のみ。
立ち込める血の匂いもやがて風がかき消し、人が居なくなった村の存在ごと人々の記憶から風化していくことだろう。
――数刻後、滅却師掃討完了との知らせが瀞霊廷へ通達された。