滅却師掃討作戦から早二年が経った。
壊れかけていた現世と尸魂界間にある魂魄のバランスは無事元に戻り、多少の混乱はあれど争いはない日々が流れていた。
そんな平和なある日、お昼過ぎである申の刻の出来事。
アタシ、平子真子は五番隊の執務室で一人の死神と一緒に部屋の片付けをしていた。
「なぁ平子。この書類はもう破棄していいんだっけ?」
「どれ?」
「これこれ。この書類」
「……今期予算書って書いとるけど?」
「ダメ?」
「アカンに決まっとるやろアホかッ!」
アホな事抜かす奴の頭へ一発ツッコみを入れる。
意外といい音をした頭は悶える声を漏らして地面へ沈む。
そのまましばらく畳と仲よくしたらええわ。
「つぅ!いってぇ……ちょっと視界揺れたぞ!」
「ふざけたこと抜かすからやろが。ホラ、さっさと立って片付け再開せんかい」
「ちょっと冗談言っただけなのに……」
ぶつくさ言いながら立ち上がり、先ほどまで居た書類棚へ戻っていく。
アタシはそれを横目で見て自分の作業を再開する。
そうなると途端、物静かになる執務室。
時々中身の確認の為に紙が捲れる音と物を取りだす無機質な音しか聞こえない。
まぁ、言ってしまえば退屈な空間だった。
「にしてもさ、何で俺ら二人だけで執務室整理してんの?部屋の大きさと人数全然合ってねぇし」
その退屈な空間に耐えられなかったのか、またコイツは文句を垂れ始めた。
チラリと横眼で見ると片手に持つ書類から目を離してはいないから、作業自体はちゃんとしているらしい。
「一般隊士に重要書類見せる訳にはアカンからって、隊長が説明してたやろ」
「じゃあ俺も一般隊士だからダメじゃん」
「おいコラ三席」
何が一般隊士や。
三席で一般隊士なんやったらそれより下の席次はなんやの?平か?
……アカンアカン、気にせず片付け片付け。
っと、この棚はえっらい昔の記録やな。
あ、この報告書アタシが初めて書いたやつやん。なっつぅ……
「三席、三席か……全然自覚ないんだけどなぁ……」
「お前相変わらずゆっるいのぉ」
よし、この棚は整理完了。
次執務机やりますか。
さっさと終わらせて甘味処行きたいわぁ……
……他にやる事あるから今日は絶対行かれへんねんけどな。
「それ言うなら平子もだろ。お前そんな顔して凄い出世するじゃん」
「そんな顔ってなんやのそんな顔って。話の脈略もよぉ分からんし、お前いつかシバくからな」
「いやもうさっき既に叩かれてるんだけど」
「あれはツッコみやからノーカン」
「のーか……なんて?」
おっと隊長愛用の筆発見。
……いや愛用の品忘れるとかどんだけバタバタしてたんですか、隊長。
「というか、平子が隊長か……なんか、こう感慨深いものがあると言うか。もう気軽に話しかけられねぇな」
「お前それアタシが副隊長になった時も言うてたで。てかそれ言うならお前やろ。最初に大量の虚見て腰抜かしてた癖に三席て、生意気やわ」
「何十年前の話してんだよ!?やめろやめろ!」
大袈裟に手を振って嫌がるそぶりを見せ、三席のこいつは片手に書類を持って執務机を挟む形でアタシの前に立つ。
ふざけてる顔ではなく、わりと真剣な顔だ。
「なぁ、平子は隊長がなんで引退したのか詳しく聞いてねぇの?」
「……せやな」
隊長……いや、もう元隊長になるんか。
元隊長は元々下級貴族の出で、詳しい事はわからないがなにやら上流貴族のところへ婿養子に行くらしい。
これは五番隊の隊士なら全員知っている話で、目出度いことだとお祝いムードではある。
……では、あるんやけどなぁ。
なにしろホント急に決まった事で、上の首を挿げ替える準備とかなんもしてなかったから、バタバタしているのも事実で。
婿入りする当の隊長は色々準備に追われていて、物凄い申し訳なさそうにしながら副官であるアタシに五番隊の事を任せわけだ。
そもそも引退自体も隊長が望むことではなく、婿入り先の家から引退するように命令されたとチラリとアタシに漏らしていた。
いやもう命令されてる時点できな臭さ凄いけど、隊長はなんか納得しとるみたい。
それに幾ら上流貴族の命令だからって、隊長格の人間を辞めさせる力とかあるん?
……そんな疑問は持っていても、今のアタシじゃ調べようがないんやけどね。
隊長も詳しく教えてくれへんかったからな。
「お貴族様の事情やし、あんまり深く突っ込んで藪から蛇出したないから聞いてないわ」
「あ、そうなのか。平子なら聞いてると思ったんだけどな」
「なにお前、そんな気になるん?」
「いや普通自分の隊の隊長が引退するなら理由とか気になるだろ」
「まぁ、そうかもしれんけど……お前、いつか猫みたいに死なんよう気ぃ付けや」
首を傾げる向かいのやつは無視して、アタシは横にある椅子をひきそこへ座る。
低くなった視界で見渡した部屋はよく知っている筈だが、この椅子から見える景色は見慣れない。
……これから、この視界がアタシの日常になるのか。
そんな事を考えて、なんとなく。
そう、なんとなくアタシは腕に着けている副官章に触れた。
「そういや副隊長はどうするんだ?平子が指名するんだよな」
それを見てか、目の前のこいつはアタシが丁度悩んでいる事を聞いてきた。
「せやなぁ、副隊長か……」
うーん脳内にどうしようもなくあの眼鏡がちらつく。
いや眼鏡やった期間短かったけど。どっちかと言うと髪上げてる方のイメージがあるけど。
え、でもホンマにアタシあいつ副官にするん?
爆弾抱えるようなもんやで?
指名しなアカンの……?
「……」
いやアカン。あいつ自由にさせてたら暗躍し放題や。
仕事忙しくさせた方が研究だか何だかを遅らせて被害減らせる……はず。
確か平子もそういう考えであいつ傍に置いてたよな。いや監視やっけ?
ともかく、近くに置いといた方が一番周りの被害少ないのは正解なんかなぁ。
……ホンマ、実験とかするならしてええけど、人様に迷惑かけんなや。
……しゃーないか。
「まぁ、目星はついてるわ」
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陽が西へ沈みかける酉の刻。
段々と夜の気配を告げる陽の光が強くなり、窓から入り込む斜陽が室内を彩る。
まだ行燈を点けるには少しばかり早い時刻に真子は一人、執務室の窓から外を見ていた。
「入ってもよろしいですか、副隊長」
そんな折、部屋の外から声をかけられる。
真子は声がした方へ振り向き、入室の許可を出した。
ゆっくりと戸が開けられる。
そこに居たのは一人の男性死神だった。
「副隊長、こちらに居られたのですか。探しましたよ」
「……アタシの事探してたん?なんか用?」
声と同時に彼は部屋へ足を入れる。
死神は穏やかな笑みを浮かべ、執務机の前まで歩く。
そこで彼は片手に持っていた紙を執務机に置き、真子の方へ指で滑らせた。
「先ほど朱司波隊長が隊舎前まで来られて、こちらを副隊長に渡してほしいと」
「隊長が来てたん?はー、珍しいな。暫くこっちに来れそうにないとか言うてたのに」
「どうやら無理やり時間を作ったみたいですよ。これを渡してすぐに帰られたので」
「なんや隊長してた時より忙しそうやな……」
真子は置かれた書類を指先で拾い、紙面に目を通す。
上から順に真子の視線が動く。
書類を見終えるまでの間、向かいに立つ死神はただ静かに待っていた。
やがて最後の文字まで目を動かした真子は一つ頷き、机の上へ書類を放る。
「確かに受け取ったわ。おおきにな」
「いえ、では僕はこれで失礼します」
礼儀正しく彼は上官へ頭を下げ、踵を返し部屋から出る為戸に手をかけた。
「あぁせや。ちょっと待ってくれん?」
そこで後ろから声をかけられ、彼は伸ばした手を止める。
振り返り後ろを見れば、彼女は先ほどまで身に着けていた副官章を外し、差し出すように手に持ちこちらを見ている。
入室した頃より鈍くなった斜陽を背負った彼女は、悪戯をしかける童女のような顔をしていた。
真子は副官章を机へ置く。
コトリと、重さを感じさせる音を立てて真子の手から離れた。
「なぁ、お前確か五席やったよな?」
「え?はい。そうですが」
「……アタシの副官。やらへん?」
脈略のない話が彼女の口から発せられた。
真子の言葉を聞いて彼は一瞬、表情を険しくさせた。
だがすぐにその顔は目を丸くして真子を見るものに変わる。
正面に居た彼女が険しくなった彼の表情を認識できたかはわからない。
彼女は依然として童女のままだ。
「僕が、ですか」
「そう。なに?やりたないん?」
「いえ、光栄なことだとは思いますが……少々、驚きまして」
困ったように笑う彼を見て、真子は不思議そうに首を傾げる。
「そないに驚くような事か?」
「いきなり副隊長へ任命する事は、一驚するには充分かと」
「……そういやアタシも隊長に席官命じられた時は驚いてたか」
頭を居心地が悪そうに数度掻いてから、真子は視線を正面へ戻した。
すると自然、二人の視線は再び交わる。
――部屋の空気が先ほどより冷えたように感じるのは、陽が沈んだせいなのだろうか。
いつの間にか室内を照らすものは既に太陽ではなく、柔らかな月に変わっている。
「で、どないするん。副官なるんか、断るか」
彼が居る戸の前までは月の光は届かない。
故に、真子からでは彼が今どのような顔をしているか分からない。
真子はただ、選択肢を提示して男の答えを待った。
問いかけてから、時間はそれほど経っていない。
僅かに男が笑う気配を真子が感じると同時、彼はゆっくりと月の光の下へ歩みを進める。
執務机の前で立ち止まり、月に照らされた男は酷く蠱惑的な笑みを浮かべていた。
「……では、謹んでお受けいたします。隊長」
そして彼は、机の上にある副官章を手にした。
「おう、よろしくな。惣右介」
二人を見る外の月は、三日月だった。
藍染頼む。お前IQ3とかになってくれ。