喜多郁代と佐々木次子、中一からの腐れ縁ということで、中学時代の彼女たちです。今でこそ、佐々木次子は社交的になっていますが、それはすべて喜多郁代のアドバイスによるものだと思っています。「ダンス仲間、増えるかもよ」とかそそのかしたのではないでしょうか。つまり、これは佐々木次子の黒歴史。pixivにも投稿しています。

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誰も知らないアナタを

四月。中学三年生に進級し、学校ではクラス替えがあった。

 新しい人間関係の中で、クラスメイトたちはグループ作りにいそしんでいる。その中で、一人だけ目立っている子がいた。佐々木次子。最初のホームルームで設けられた、自己紹介の時間。そこで、彼女の異質さはクラスの全員に伝わった。

 みんなが一言二言添えて、笑いを取ろうとおちゃらけてみたり、自分が気さくな人間であることをアピールしようとする。

 しかし、彼女は名字だけをさらりと名乗り、担任が何か言う前に着席してしまった。当然、クラスは静まり返った。

 誰とも話さず、例え話しかけられたとしても適当な相づちを打つばかりで、にこりともしない。そのうち、彼女に話しかける人は誰もいなくなった。

 昼休みになると教室から姿を消す彼女の行方は、誰も知らない。もちろん、私だって。授業中はぼう、と外を眺めていることがほとんど。彼女の成績が良いのか悪いのか、そんなことも分からない。

 彼女とは、中学一年生から三年連続同じクラスだ。つまり、中学生活では同じ教室で多くの時間を共有してきたことになる。だけど、友だちが多いと思っている自分でも、彼女との距離は測りきれず、この二年間話したことすらない。

 学校の教室にはいろんな見えるものがある。人数分の机と椅子、棚、黒板、掃除道具入れ、教卓、時計。

そして、教室には見えないものもたくさんある。

 好き、嫌い、無関心、友情、悪意、ヒエラルキー。

 見えないはずのそれらは確かに存在していて、中学三年生という多感な私たちは、見るというよりそれらを肌で感じながら毎日を過ごしていた。

 意識して、時には無意識に。誰も、なにも気にしていないようなふりをしている。けれど、見えないものからは逃げられないことも分かっている。

 それらを気にしていない子もいるけれど、ごくごく一部。ヒエラルキーの頂点にいるような子たちは、向けられる好意や羨望のまなざしで、自分を守る壁を作っている。彼女たちは、ティーン向けのファッション雑誌で読者モデルをやっていたり、部活で活躍するエースだったり、他人とは違うなにかを持っていた。

 私も、そこまで気にしたことはないけれど、佐々木次子はさらに異質だ。渦巻く見えないものと無縁。なのに、特別な何かを持っていないように見えるのだ。誰かが誰かに向ける好意や悪意を気にしないというより、存在していることすら知らないように見える。

 見た目だって浮いていた。クラスで一番スカート丈が短く、ショートボブの髪の毛は明るく染められ、服装検査のたびに天然だと言い張っている。切れ長の瞳で、シャープな輪郭。唇はリップでつやつやしていて、濃くはないけれどアイラインまでキレイに引かれている。校則で禁止されている化粧をしていることは明らかだった。

 バランスの取れた顔立ちで、過剰さがない美人タイプ。それっぽい服装をすれば、高校生や大学生にも見えるだろう。

 彼女のウワサを、たくさん耳にした。本当なのかも分からないけれど、どれも良いウワサでない点で共通していた。私は、そんなウワサを聞かされるたび、曖昧に笑うだけだった。そんな、渦巻く見えないものにうんざりしていたからだ。

 中学三年生にもなれば、友だち同士のつながりも深くて濃くなる。修学旅行や体育祭といったイベントもみんな凄く張り切るし、クラスごとの団結は強くなる。友だちとの会話も赤裸々で、誰かが泣けば一緒に泣いて慰めて、笑う時にはいろんな人巻き込んで涙が出るほど大爆笑する。

 それだけ、重い。みんな無防備を装って、重装備していることを私は知っているからだ。そして、それは自分も同じ。だからこそ、本当に無防備な佐々木次子に興味を持ったのだ。

 彼女には、一匹オオカミという言葉がしっくりくる気がした。それほどに、彼女は浮いている。

 でも、私が抱いている彼女への興味や関心を、友だちに話したことはなかった。なぜなら、誰からも同意されないと思ったからだ。同意されないだけならまだいい。嫌悪されるのが怖かった。

 見えないラインを踏み越えている佐々木次子のことを、嫌悪しているクラスメイトは少なくなかった。私がよく学校で一緒にいるグループにも、そういう子は少なくない。

 クラスという小さな空間の中で、普段一緒にいる友だちからの好意を失うことは苦痛だ。外の世界に比べればちっぽけなものかもしれないけど、今の私にとってはそれが全てだ。

 だから、私は佐々木次子に興味をひかれながら、近づこうとはしなかった。だから、二人で話すことなんて考えても見なかった。あの日までは。

 

♪ ♪ ♪ ♪

 

 朝の教室で、ホームルームが始まるまでの時間。私たちは、数人で集まって他愛ない話をしていた。担任の先生は、いつもより遅れているようだった。

 

「ねえ、昨日のアレ見た?」

 

 友人一人の言葉に、みんなが食いつく。

 話は、韓国人と日本人で構成された九人組のK-POPアイドルグループの話だった。昨晩放送された音楽番組に、彼女たちが出演したのだ。

 友人たちは、興奮気味にテレビ番組の感想を言い合っている。誰々の顔が良いとか、メイク真似してみようかな、とか。衣装がかわいい、とか。グループの好きな所を各々あげて騒いでいる。

 

「喜多ちゃんは、どこが好き?」

 

 急に話を振られて、話半分で聞いていた私は身体がびくり震える。正直な話、私は友人たちと話を合わせるためだけに昨晩テレビを見ていただけであって、そのK-POPアイドルグループのことは詳しくないし、対して好きでもなかった。

 しかし、それでも話を振られた以上、何かを答えなければならない。友人たちの視線が自分に集まっていた。

 

「えっと、私はダンスが好き……かな?」

 

 とりあえず、その場しのぎの返答だ。

 しかし、友人たちは私の胸の中を知ることはなく、満足したようで、「ダンスいいよね」と頷きあっている。

 ライブ見に行ってみたいよね、と盛り上がっていると、話を聞いていたほかのグループの子も興味を持ったようで話に混ざってくる。教室中が騒がしくなってきたところで、担任の先生がやってきて、一旦この話は終わりになった。

 私が自分の席に戻るとき、窓際の席の佐々木次子が私の方を見ていることに気が付いた。心の中で声を上げるほど驚いた。なぜなら、そんなことこれまでなかったからだ。

 でも、目が合ったのは一瞬だけで、彼女はまた窓の外を見るように首を回した。別に怒ったような顔じゃなかったけれど、騒がしくてイライラしていたのかもしれないと思った。

 

♪ ♪ ♪ ♪

 

「喜多ちゃん、カラオケ行かない?」

 

 放課後、友だちからのカラオケの誘い。それを、私は断った。断ったのに、明確な理由はない。なんとなくだ。母親から買い物を頼まれているの、と伝えるとすんなり納得してもらえた。

 教室内で帰ろうとしない友だちに手を振り、階段から生徒用の出入り口に向かっていると、ねぇと声をかけられた。振り向くと、佐々木次子が立っていた。

 ほかに、生徒はいないから今の呼びかけは彼女が発したものだと分かった。私は、驚きで言葉を返すことができなかった。さらに、驚くような言葉が続く。

 

「ちょっと話せる?」

 

 私は、こくこくと頷くことしかできない。それを確認すると、彼女は歩き出した。

 彼女の後を無言のまま付いていく。すると、連れてこられたのは下の階のトイレだった。職員室から近いこのトイレは、生徒はほとんど使うことがない。さらに、先生たちは職員用のトイレを使うことになっているから、先生たちも来ない。きっと、それを知っていてここに来たのだと思った。

 緊張を隠して、佐々木次子の後からトイレに入る。彼女がなにをしたいのか分からない。想像もつかない。今朝、彼女と目が合ったことを思い出した。もしかすると、いつもうるさいんだよと、キレられるのかもしれない。

 万が一のことを考えて、ドアに近い方に立った。

 私が何の用か聞きだすよりも先に、向こうが話し始めた。彼女の口から飛び出してきたのは、思いがけない質問だった。

 

「ダンス、興味あるの?」

 

 すぐに答えることができなかった。ええっと、と口ごもる。それはそうだ、クラスメイトと話している中でダンスと答えたのは、薄っぺらいその場しのぎに過ぎなかったのだから。

 

「今朝話してたの、昨日のテレビでしょ? そこで、ダンスが好きって言ったじゃん」

 

 聞いていたのか、と思った。そのことを不快には思わなかったけれど、なんでこんな話をこんな場所でするのだろうと思った。

 

「良いもの、見せたげる。今から。買い物頼まれたっていうのも、ウソなんでしょ?」

 

 簡単な質問口調だったけど、友だちとのやりとりまで聞かれた上で図星を突かれ、なんとなく気まずい。

 だけど、次の瞬間にわかったと、私は返事をしていた。

 断ることもできるのに。彼女の提案は意味不明で、目的も分からない。怖さや疑問よりも、彼女に対する興味が上回ったのだ。

 私の返答に、佐々木次子は満足げに微笑んだ。

 こんな顔して笑うんだ、と私は思った。

 

♪ ♪ ♪ ♪

 

 集合場所に指定されたのは駅前だった。集合場所、つまり私たちは学校から一緒に駅へ向かったのではない。トイレで話したあと、別々のタイミングで学校を出て、違うルートを通って駅まで来た。それは、佐々木次子の指示だった。

 

「一緒に来ても良かったんじゃないの?」

 

 私は疑問をぶつける。佐々木次子は、駅前の道を足早に歩きながら答えた。

 

「そうだけど、ほかの子に見られたらヤでしょ? また変なウワサ立てられても面倒だし」

 

 私は、彼女が意外なことを気にしているのに驚くと同時に、背筋がひやりとした。

 すたすたと無言のまま歩く彼女は、自分のウワサについて何もしらなかった訳じゃない。そして、私が興味を持ちながらも、他人の目を気にして彼女に近づこうとしなかったことすら悟っているのではないかと感じた。ちょっと怖かった。慌てて話題をそらす。

 

「佐々木さんは良く行くの?今から行くところ」

 

 私の言葉に、佐々木次子はゆっくりうなずいた。そのあとで、その呼び方やめてと言った。

 

「私、苗字キライなの。佐々木、ってありきたりでダサいから」

 

 どう答えていいか分からなくて黙っていると、苗字以外なら好きに呼んでいいよと言われた。分かったと答えたけれど、良い呼び方は浮かばない。それっきり、私たちは黙っていた。

 目的の場所にはほどなくして到着した。一階がコンビニになっているビルだ。その前で、佐々木次子が足を止める。

 

「ここ?」

 

 私が首をかしげると、彼女は短く、ああと答えた。コンビニの入口の横にある階段を昇っていく。コンクリートの壁にはめられている大きなガラスの扉に、ダンススタジオという文字が書かれていた。

 後に続いて入っていくと、聞きなれない曲調の音楽が聞こえてくる。通されたのは、一面ガラス張りの部屋だった。そこで、ガラスの壁に向かって数人が踊っている。

 

「お、きたかツグ」

 

 男の人が一人、私たちの姿に気づいて動きを止めた。流れる汗を、タオルで拭っている。

 

「ごめん、遅れた」

 

 ここでは、佐々木次子はツグと呼ばれているらしい。彼女は、学校指定のカバンから、着替えらしい服を引っ張り出している。

 

「そっちは、友だち? それとも、新メンバー?」

 

 私たちよりも年上に見える女の人が、私のことを見ながら言った。高校生、もしかすると大学生かもしれない。ダボっとしたスウェットと、白いTシャツを着ている。彼女は、物珍しそうな視線を私に向けている。

 佐々木次子は、首を横に振った。

 

「ただのクラスメイト。今日は見学。いいでしょ?」

 

 

 私のことを、彼女はただのクラスメイトと言った。その通りだと思った。私と彼女はただのクラスメイトだ。友だちじゃ、ない。私はぺこりと頭を下げる。

 

「お邪魔します」

 

 すると、最初に声をかけてきた男の人が、ゆっくり見てってよと言った。うんうんと、女の人がうなずいている。奥で、もう一人男の人が見えた。その人は、板張りの床に座り込んで、スポーツドリンクを飲んでいた。

 

「じゃあ、私着替えてくるから」

 

 佐々木次子は、私に適当に座ってて、と言って部屋を出て行った。手には服を持っていたから、着替えに行くのだろうと私は思った。

 

♪ ♪ ♪ ♪

 

 ほどなくして戻ってきた佐々木次子は、サルエルパンツに丈の短いTシャツを着ていた。彼女が動くたび、おへそがちらちら見えている。そのまま、仲間たちと何事かを話した。すぐに、聞きなれない音楽が聞こえてくる。英語の歌詞と、軽快な曲調。昨晩テレビで流れていた、きらきらした音楽ではない。それに合わせて、佐々木次子を入れた五人が踊っている。

 不思議な光景だった。鏡越しに見える佐々木次子の表情は、真剣だけど楽しそうで、どれも学校では見せない顔。私は、その姿に見入ることしかできなかった。

 曲が終わると、佐々木次子が近づいてきた。

 

「どうだった?」

 

 彼女の質問に私は、すごかったと答えた。これは、本心だった。その場しのぎでも、輪から外れないようにする急ごしらえの答えではない。彼女のダンスを見て感じた、そのままの気持ちだ。

 

「なにそれ」

 

 と、佐々木次子が笑う。彼女の額には、大粒の汗が浮かんでいた。

 

「ヒップホップダンス、初めて見た?」

 

 今のダンスのこと、と佐々木次子が続ける。私は、こくこくとうなずく。私は、自分が何も知らない子供であるかのように感じた。

 

♪ ♪ ♪ ♪

 

「ダンス、上手なのね」

 

 帰り道、私は思ったことをそのまま口にした。

 そこまでじゃないけど、と佐々木次子が言う。ぶっきらぼうな否定が、かえって私の言葉を肯定しているように聞こえた。

 外は、もう暗くなっていた。二人並んで、駅に向かう。

 

「今日はありがとう。楽しかった」

 

 事実、さっきまでの時間を私は楽しんでいた。もしかすると、学校でほかの友だちと過ごす時間よりも。

 

「ねぇ、明日ヒマ? さっきのビルの前で四時に会わない?」

 

 どこか、試すような口調だった。意味深な言い方。だけど私は、わかったと答える。

 じゃあまた、と言うと、佐々木次子はさっさと立ち去ってしまった。駅の人ごみの中に消えていく。

 

♪ ♪ ♪ ♪

 

 次の日、もうビルの前に佐々木次子は立っていて、近づいてきたのが私だと分かると口の端を少し吊り上げた。

 

「時間、あるよね」

 

 質問ではなくて、決めつけるような口ぶりだった。否定しない私を見て、彼女は歩き出す。ビルに背を向けて。てっきり昨日のダンススタジオに行くのだと思っていたので、面食らう。

 

「どこ行くの」

 

「ちょっとだけ」

 

 答えになっていない答えだ。けれど、私は昨日より緊張していないことに気が付いた。逆に落ち着きすら感じる。

 佐々木次子から離れないように、近づきすぎないようにしながら後を付いていく。

 連れてこられたのは公園だった。散歩をするおじいちゃんや、ベビーカーを押しているお母さん。追いかけっこをする小学生など、色んな人がいる。

 もしかしたら、ダンスの練習をするのかも、と思ったがそうではないらしい。佐々木次子は、公園の一角にあるベンチに私を案内した。ベンチに腰かけて、背もたれに体重を預けた。いつもそうしているんだろうと思わせる座り方だ。

 私が立ったままでいると、表情だけで座るようにうながされた。おずおずと隣に座ると、ふとももに感じる板はひんやりしていた。

 私は、伝えようとしていたことを思い出し、口を開く。

 

「ダンス、いつから始めたの?」

 

 ありきたりな質問だけど、気になっていたことだ。

 

「中学一年から、かな」

 

 彼女は、私を見ないまま答えた。

 

「中一のとき動画を見てさ、カッコいいって。やってみたいって思って。ヒップホップに比べたら、ほかのダンスを踊ってるアイドルなんかダサいなって思うようになっちゃって。親に頼み込んでスクールに通わせてもらって、そこでみんなと会ってチーム? サークル? を組んだんだ」

 

 彼女が言うみんなとは、昨日ダンススタジオにいた人たちだと分かった。そして、彼女がクラスで誰とも関わらない理由も、少しだけ理解できた気がした。テレビからは流れてこない音楽でダンスをして、私たちよりも年上の人たちと関わっている。

 細い身体で、色んなことを考えて、感じて、一生懸命実行している。それは、彼女の魅力なんだと思った。

 

「喜多は、何か好きなものある?」

 

 質問が返ってきた。

 

「可愛い服とか、キレイなアクセサリーとか、美味しいもの……とか?」

 

 私は、恐る恐る言った。

 

「欲張りだなぁ」

 

 佐々木次子は言う。つまらなさそうでもなく、ほかのクラスメイトのように過剰に反応することもなく、ただ答えを受け止めているような感じだった。

 

「佐々木さんこそ、ほかに好きなものないの?」

 

 言い終わって、私は呼び方を間違えたことに気づいた。彼女の顔が曇っている。

 

「さ、さっつー」

 

 初めての呼び方だった。

 

「そんな風に呼ぶの、喜多だけだよ」

 

 彼女は微笑んだ。やっぱりつまらなさそうでもなく、過剰でもなく。私が付けた新しいあだなは、間違いじゃないって思った。

 

♪ ♪ ♪ ♪

 

 それから私たちは、とりとめのない話をした。

 さっつーが好きな歌手の話や、私の好きな洋服ブランドの話。昨日踊っていたダンスの話や、駅の近くにある、おしゃれなカフェの話。なぜか、学校の話はしなかった。さっつーはどうか分からないけれど、この空気が壊れてしまうような気がしたから。

 彼女と話していると、落ち着くのはなぜだろう。この空間のせいかもしれない。同じ公園内で、他人同士が適度な距離で一緒にいる。奇跡みたいな空間。

 でも、それだけじゃない。さっつーの存在。それは、学校では異質なもののはずなのに、私を落ち着かせてくれる。ずっと前から付き合いがあって、いつもこうしているみたいだった。

 私は、昨日からずっと考えていたことを聞いた。

 

「どうして私にダンスを見せてくれたの?」

 

 言ってから、恥ずかしいことを聞いたかも、と思った。彼女は、私の質問に真剣な顔をして悩んでいる。

 ヘンなこと聞いてごめんなさい、と質問を撤回しようとすると、真面目な顔で質問が返ってきた。

 

「喜多は、色んなことを考えていそうだったから」

 

「色んな、こと」

 

 私が繰り返すと、さっつーは迷った様子でうなずいた。彼女は、言葉を選ぶように続ける。

 

「ごめん。私、説明とかうまくなくて。なんか、喜多はほかの子と違って見えたんだ。何も考えず、だらだら過ごしているとか、そういうんじゃない感じがしたから」

 

 付け加えられた彼女の説明も、やはり感覚的なものだった。

 けれど、私は嬉しくなった。クラスの中で特別視されているさっつーに、私は特別視されている。

 私が、感じていたクラスで渦巻く見えないものや、それに対する違和感。それを、彼女も感じていたのかもしれない。そう思うと、この関係が急に誇らしいものに思えてきた。

 

「ありがとう」

 

「お礼言われるようなことじゃないよ」

 

 そう言って、さっつーは目を閉じた。私たちの間に沈黙が流れた。彼女に、貴女の方がいろいろ考えてるよ、と言うタイミングを逃してしまった。

 あたりは、薄暗くなりかけている。空を見ると、星が見え始めていた。大きかったり、小さかったり、色が濃かったり、薄かったり、色んな大きさや色がある。

 私たちがいる教室とは違うと思った。学校の教室には、何もかも同じものが詰め込まれている。さっつーの隣で星を眺めていると、どんな形や色も許されるような気がした。

 

「よくここに来るの?」

 

 さっつーに、私は訊ねた。彼女は、目を閉じたままうなずいた。

 

「私も来ていいかな」

 

 ちょっとだけどきどきした。さっつーは目を開けて、真剣な顔でこっちを見るから、余計にどきどきする。

 

「いいよ。ってか来てよ」

 

 真面目な顔のまま言って、また目を閉じた。二人しか知らない秘密ができたように感じるのは、私だけだろうか。

 

♪ ♪ ♪ ♪

 

「で、彼とはうまくいってるの?」

 

「まぁ、それなりにね」

 

「うそ、休み時間になるたびに携帯見てにやにやしてるくせに」

 

「ちょっと、人のこと観察しないでよ」

 

 廊下を歩きながら、友人たちが声を上げている。次の授業は体育だ。なので、私たちはいつもいる五人組で体育館に向かっていた。

 私は、彼女たちの話を聞きながら、わーとか、えーとか相づちを打つだけだ。会話の内容なんて、ちっとも頭に入ってこない。無視していない空気を出すため、反射で声を出しているだけだ。

 あれから、何度もさっつーと公園で会っていた。ダンススタジオで練習がある日は、そっちの見学も許してくれた。

 はしゃいで騒ぐわけじゃないけれど、彼女といるとたくさん喋ってしまう。

 さっつーと話したり、彼女が軽やかに踊るのを見る時間は、特別だ。

 何を話していても、何をしていても彼女は真剣に見える。くだらない話で笑っているときだって、何かを考えていそうな気がする。あの日さっつーは、私に考えていそうといった。けれど、それが本当にあてはまるのはさっつーの方だ。

 授業中、あんなに退屈そうにしているクセに、なんだかんだ彼女は人の話をよく聴いている。

 さっつーと言葉を交わし、仲良くなっていくのは嬉しくて楽しい。これまで知らなかった彼女の新しい部分を見つけるたび、トクした気分になるし、逆に私のこともさっつーに知ってもらいたいと思う。

 さっつーの存在が、日に日に私の中で大きくなっていくのが分かる。

 一方で、ほかのクラスメイトと話すのが苦痛になってきているのも事実だった。今みたいな恋の話だけじゃない。バイト先の話や放送中のドラマの話、アイドルの話もウワサ話だって全部が退屈。どうでもいいものに思えてくる。

 前は、そんなことなかった。それなりに楽しく笑えていたはずなのに。前みたいに自然に笑えることは少なくて、誰かの笑いに合わせるようにタイミングを見て笑顔を作るだけだ。周りに合わせることばかり、上手くなっている。

 みんな、同じ笑顔を貼り付けて、何かをアピールしている。

 さっつーといて、無理して笑ったことはない。笑いたい時だけ、笑う。大げさに笑いあわなくても、むしろお互い無言でいたって、楽しく思える。さっつーと一緒なら。

 そんなことを考えているうち、私はあることに気が付いた。

 

「ジャージ忘れちゃった。先、行っててくれる?」

 

 ごめん、と顔の前で手を合わせると、友人たちはええっ、と声をあげた。マジで手ぶらじゃん、と笑っている。ていうか、気づかないウチらもウチらだよね、と笑いが起きた。

 急いで教室に戻ると、思いがけない存在があった。さっつーだった。机に突っ伏している。寝ているのかもしれない。ジャージが入ったトートバッグをロッカーから出しても、彼女が起きる気配はない。私は、初めて教室でさっつーに話しかけた。いつの間にかできていた、教室では話さないという暗黙の了解。それを、破った。

 

「さっつー、起きてる?」

 

 すると、彼女は顔をあげた。やはり、眠っていたのだろう。まだちょっと、ぼんやりしている。状況が掴めていないようだった。

 

「体育、サボるの?」

 

「うるさい。関係ないじゃん」

 

 突然立ち上がるさっつー。いきなり向けられた怒りに訳が分からず、名前を呼ぼうとしたとき、自分の後ろに気配を感じた。

 振り返ると、そこにはさっきまで一緒に体育館に向かっていた友だちの一人が立っていた。彼女も状況が分からないのだろう。眉間にしわを寄せて困った顔をしている。

 さっつーは、教室を出て行ってしまった。取り残された私も、どうしていいか分からず立ちすくむばかりだ。

 

「佐々木さんに構わなくていいのに。喜多ちゃんってば、ホント優しいんだから」

 

 さっつーの気配が消えた教室で、友だちがこの状況をどう捉えたか分かった。

 私が、寝ている佐々木次子に話しかけて、親切に体育の授業に出るようすすめた。でも、佐々木次子はそんな親切心を跳ねのけて、自分勝手に怒った挙句、教室から出て行ってしまった。

 私が被害者で、佐々木次子が加害者。分かりやすいストーリーだ。私と彼女の関係を、ほかの友だちが知っているわけがないから。

 

「喜多ちゃん、早くいかないと遅刻だよ。私も、ありえないなんて笑ったけど、私も忘れ物しちゃってて、ありえないよね」

 

 友だちが、そう言って笑った。私も吊られたように笑う。なぜなら、笑った方がいいと思ったから。

 体育館へ向かって廊下を走りながら、さっつーのことばかり考える。ごめんね、と心の中で何度も繰り返した。

 あの瞬間に分かったこと、それはさっつー自身がクラスメイトからどう思われるかを気にするより、私がそれに巻き込まれることをさっつーが避けたことだ。

 

「それにしても、さっきの佐々木さんの態度はないよね。喜多ちゃんが、親切に声をかけたのにさぁ」

 

 友だちの言葉に、私は何も答えられなかった。最低だ、と思った。早く、さっつーに会いたかった。あの、公園で。

 

♪ ♪ ♪ ♪

 

 私たちは、これまで何回ここで会ってきたんだろう。私には分からなかったし、きっとさっつーも数えてはいないだろう。

 あの出来事以来、私たちは学校で一度も会話をしていない。でも、どこにいても、なにをしていても、私はさっつーと話すことを考えていた。会ってない間も、それはさっつーとの時間だった。

 実際、この場所で、このベンチで、彼女と数えきれないほどの言葉を交わしてきた。学校だけじゃなくて、今までの人生で彼女を知らなかった時間すら埋めるように。彼女と話す何もかもが楽しかったし、なんでも受け入れられるような気がした。

 あと何回ここで会えるんだろう。そう考え出したのは、年が明けてからのことだ。でも、それはさっつーには言わなかった。言葉にして、終わりを意識してしまうのが怖かったからだ。

 今日も、さっつーと並んでベンチに座っている。平静を装ってはいるけれど、あと何回会えるんだろうという心配が胸をざわつかせている。

 

「寒いね」

 

 さっつーが言った。吐く息は白い。何度も繰り返した言葉だったけど、寒いね、と私も繰り返す。

 

「緊張してる?」

 

 寒さで、さっつーの頬は赤くなっている。こんなに寒いけど、暖かくて人の多いところにいこうとは思わない。多分、さっつーも。

 

「してないよ」

 

 私は、強がって言った。白い息を吐く。

 明日は、高校受験の日なのだ。受けるのは、難しい進学校ではない。判定も、多分問題ない。さっつーも、私と同じ高校を受けると言ってくれていた。それでも、さっつーに伝わるほど緊張している自分が情けなくて、恥ずかしい。

 

「してるくせに」

 

 くすくすと笑うさっつーに、私が何も返せないでいると、彼女はごそごそとカバンを漁り始めた。何にも飾りが付いてない、カバン。

 

「これ、あげる」

 

 小さな紙袋を渡される。数日後に控えた受験のせいでなく、どきどきしながら中を見る。中には、お守りが入っていた。紙袋をひっくり返すと、手のひらにぽとりと落ちてくる。嬉しくて、言葉がでてこなかった。

 

「ごめん、さっつー。私、何も用意してない」

 

「いいよ、別に」

 

 彼女のどこまでもフラットな言葉。私は、黙ってうなずく。カバンの取っ手に、紐を括り付ける。

 

「ありがとう」

 

「私、成績悪いから。ご利益ないかもだけど」

 

 と言って、さっつーが笑った。私も、笑う。

 

「じゃあ、だめじゃん」

 

「じゃあ返してよ」

 

「イヤ。もう貰ったもん」

 

 さっつーが私の腕を掴み、カバンをひったくろうとしてくる。真剣でないけど、私も本気で嫌がるふりをする。二人で、しばらくじゃれあった。

 

「疲れた」

 

「疲れた」

 

 同じタイミングで、同じ言葉が出たことに、私たちは笑いあう。これまで、ここで何回も起きたことだ。寒いのに、こんなとこでなにやってるんだろうね、と。

 

「高校生になるんだね」

 

「高校生になれるかな」

 

「なれるよ」

 

 我ながら、親戚か親みたいな言い方だなと思った。

 

「うん」

 

「寂しいの?」

 

 さっつーの顔をのぞき込む。彼女は、ぼんやりと空を見ていた。私は、黙り込む。

 

「私だけ落ちて、喜多と離れちゃうかもしれないし」

 

 冗談めかした質問だったけれど、彼女の表情は真剣だった。彼女の言葉通り、もしどちらかが受験に失敗すれば、もうここで会うことはなくなるかもしれない。それは、私だって寂しい。彼女と、いつまでもこうしていたい。

 

「私も、そうなったら寂しいよ。さっつー」

 

 私の言葉は、彼女にとって意外なものだったらしい。さっつーは、私をじっと見つめた。

 

「私も寂しい」

 

 しばらく無言で見つめ合ったあと、どちらともなく唇を近づけていった。唇が触れるか触れないかの距離になったとき、目を閉じる。座っているベンチも、漂う空気も、何もかも冷えている。その中で、さっつーの唇だけが温もりだった。

 

 


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